89:蕩ける程に苦い現
語りたくなかった。この事を語ってしまえば、最早ただの妄想で片付けられなくなってしまうから。
けれども、語らねばならなかった。さもなくば、尊敬すべき主・アージェンが死んでしまう。為す術も無く殺されてしまう。
如何なる古強者も、今回の敵は事前情報無しには対処出来ないだろう。……アージェンのような人物であるならば、尚更。
何故ならば、その敵とは──他ならぬ、晴嵐自身の事であるのだから。
「……ふぁっきん、古代人。で、あります」
アージェンが時たま使う独特の罵倒を真似する。涙は枯れてもう出ない。数多の偶然が重なりに重なって、彼女の元に生まれてきたのは、幸運だったのか不運だったのか。
20年近く続いた甘く楽しい夢は、終わりを告げた。それに覆い隠されていた苦い現実が、今露になる。ただ、それだけの事。
覚悟を決めて、晴嵐は淡い紫の通信腕輪のスイッチを入れた。何もかもが幻なら良いのに、と心の片隅で願い続けるまま。
蛍石の月16日。晴嵐の連絡を受けて、アージェンは仲間たちをまた避難所に集めた。四人揃い、ネリネから購入したソーダを配り終えた所で、まず前座にとフュールが口を開く。
「じゃあ、まず僕から。アルファルドの資料を、外国人でも出来る範囲で色々当たってみたんですけれど……」
「ふんふん」
「1000年以上前の歴史は、露も見つかりませんでした。正確には1100年くらいですけれど……それ以前の事を記した書籍は、ひとっつも存在してなかったんです。建国がそれ以降だとすれば然程違和感は有りませんが、そういうわけでもないんですよね。
許可が無いと入れない禁書庫とかなら、何らかの手掛かりが有るやもしれませんでしたが、僕には入れませんし許可も下りませんでしたし、お縄につくのも嫌だったので忍び込むのも出来ませんでした」
「ふむ……成る程ね。情報を得られなかった、ってのも立派な情報だ、有り難く活用させてもらうよ」
一般には隠されている何かが有る、と予測出来る。その答を彼は握っているのだろうか、とアージェンは晴嵐に視線を移した。
目の据わった顔をした晴嵐は、しゅわしゅわと泡立つソーダを一口飲むと、彼女の視線に答えるように面を上げた。そして、意を決したように口を開く。
「自分は、II型ドロイドであります」
誰が号令するでもなく、彼以外の三人は口を噤んでいた。沈黙の中、少年は訥々と語り出す。
「II型ドロイドは寿命が短く、また生殖能力も有りません。製造施設も全て廃棄されましたし、本来この時代には存在しない筈の種族だったのであります。……偶然に偶然が重なって、自分が造られるまでは。
だから、古代人たちも想定していなかったのでしょう。II型ドロイドが“使者”と接触するというパターンは。
……II型ドロイド用の共通データベース。III型がアクセス出来るものとは別のそれには、『世界樹冬眠計画』の全貌が記録されていました。消し忘れ、なのでありましょうね」
アージェンは瞠目した。もしかすると、彼はずっと前から全てを知っていたのか。言葉の続きを待つ。
「以前、イーアイレアでメンテナンスをしていただいた事が有りましたよね。その時に、自分は全てを知った──否、思い出させられたのであります。
死にゆく惑星を蘇らせるため、削れた“いどのす”を復活させるため……と、この辺は天丼になってしまいますかね。そうだ、アージェン殿、《Hibernated Yggdrasil Online》という単語に心当たりは?」
「……有る」
「そうですか。自分にはその詳細までは分からないのでありますが、それが惑星エアルトに仕掛けた罠の名称だそうであります」
エアルト、というのは、恐らく地球か、それに属する者の事だろう。アージェンは頭を抱え、短く溜め息を吐いた。
「……。あんたが適当言ってる、つー可能性が消えちまったな」
罠の名前が《Hibernated Yggdrasil Online》である事まで言及されたら、最早これを晴嵐の虚言だと一笑する余地は無くなってしまう。そう口にすると、晴嵐が細い肩をきゅっとすぼめた。
「それで──」
「ちょい待ち。その、“いどのす”っつーのは何だ?」
「……分からないのであります。地名、あるいは道具か機械か、それとも種族か……そうだ、種族。多分種族だと思うのであります。
フィクルでの一幕を覚えていますか? あの時出て来たベネトナシュの神が、“いどのす”であると直感していたのであります」
その回答から、段々輪郭が見えて来た。恐らく、“いどのす”とは世界樹や古代人と関わりを持つ種族、あるいはそれそのもの。十中八九、黒幕側の存在だろう。
「記録によると、連中は古代人の科学でも解明しきれない力と技術の持ち主で、この計画の根本に関わる者だとか。最後の1000秒間にも出て来るらしいのであります」
「……本当に何も分からないのか」
「この期に及んで隠し事なんてしないのであります」
レオロがぽつりと漏らした問いかけに、晴嵐は冷静に答えた。知っている事は洗いざらい話しているのだろう、その声音に揺らぎは無い。
「それで、多分司令官殿が一番求めている情報は、1000秒間について、でありますよね」
「うむ。何か新情報が有ったりする?」
「有ります。……最後の1000秒間で“使者”と魔物を殲滅せんとするのは、先ほども言った“いどのす”の連中と──自分たち、ドロイド全てであります」
当たって欲しくなかった推測が、ぴたりと正解してしまっていた。悪態を吐きたい気持ちを募らせながら、アージェンは視線で晴嵐に続きを促す。
「III型ドロイドは何も知りません。彼らはこの時まで血を繋ぎ、異物を排除する兵士となるべく造り出された種族ですから、余計な事は一切データベースに記されていないのです。
けれどもその時が来れば、彼らは今の人格を全て塗り潰されて、記憶も何もかも消されて、ジトロ・ユグドラシルの手駒にされてしまうのであります。……きっと、自分も」
青ざめた顔のフュールが息を呑む。晴嵐がやり切れなさそうに言葉を切ったのを見て、アージェンは片手で口元を覆いながらぶつぶつと問うた。
「それをどうにか避ける方法は無いん? あんたはII型ドロイドなんだし、記憶の件と同様に抜け道とか有ったりしない?」
「可能性は無くはないですが、自分には見つけられませんでした」
「……後でイーアイレア当たるか」
イーアイレアの専門家でさえも、II型ドロイドについての知識はあまり無い。故に希望は薄いが、手を打っておくに越した事は無いだろう。
「じゃあ次、“いどのす”については臨機応変に対処するとして、操られたドロイドたちはどんな感じの脅威か教えて」
「はい。まず、“使者”の使う『転移』と同様の物が使えるようになります。能力も全体的に強化され、一個の司令塔に操られているが故の連携力も恐るるべきであると思われます。
それから、1000秒間はドロイド以外は魔法が使えなくなるようであります。この辺も抑えておかねば、痛い目を見る事になるでしょう」
「魔法、封印されるのかー……」
確かに、それを前提とした戦略を立てねば苦戦を強いられるだろう。生き残る為に重要な情報を知れて、もしかしてこれは今アージェンたちだけが独占している事実なのでは、と考えたりした。
「最後に、殲滅の対象に関してであります。異界由来の動植物なんかも入っていて、人類のうちでは“使者”ではないヒューマン、エルフ、竜人、ついでにドロイド以外全てとなっております」
「……多くね? ドロイドの総数とか把握してないけど、殲滅とか無理だろそれ」
「でも、そういう事になっているのでありますよ。……司令官殿の役に立つ情報は、これで全てでしょうか」
徐にメモ帳とペンを取り出し、彼から得た情報を箇条書きにしてまとめた後、疑問点が無いか確認して、うむすと頷く。現状これ以上聞き出したい所は無いし、もし新たなハテナが浮かんだらその都度訊ねれば良いだろう。
「となると、とれる作戦はー……ドロイドの居なさそうな無人の場所で籠城、ってのがベストかな。場所は晴嵐には知らせずに……ハブるようで悪いけど」
「いえ、気にしないで欲しいのであります。その作戦が最も効果的かと」
「晴嵐さんはアレだとして、僕は大人しくしてれば大丈夫って事ですかね?」
「その通りであります。魔法は使えなくなりますが、変に出しゃばらなければ流れ弾に当たる事も無いかと」
ふむふむ、とメモの次のページに現在出来る事を記述してゆく。晴嵐をジトロの支配から守る方法の調査と、アージェンとレオロが籠城する為の準備。大きく分ければこの二つだ。
正直、一晩くらい時間を置いて落ち着きたいというのが本音だった。だが時間は限られているのだ。たった一晩に泣く羽目になるやもしれないし、結果が出るまではフルパワーでやってく必要が有る。
「なら、早速行動を開始しようか。フュールはアルファルドを引き払って、イーアイレア当たってくれる? 晴嵐も」
「了解であります」
「分かりました。レオロさんとアージェンさんは?」
「籠城の方の準備だな。情報戦の方も考えにゃならんし……」
今晴嵐から聞き出した事実は、まだこの四人しか知らない代物だ。貴重な上に実益も齎し得る、価値の高い情報である。これをどう扱うか、彼女は考えなくてはならない。
全体の為を考えるなら、さっさと広く知らしめてしまえば良い。ネリネやジャディスリィとの取引にだって使えるだろう。だが真っ先に彼女の脳裏を過ったのは、何とも自己中心的な考えだった。
(囮は、多い方が良い)
何も知らないプレイヤーが沢山右往左往していてくれれば、それだけ敵の目がアージェンたちに向く可能性は減る。そんな下衆い打算が浮かび上がって、彼女は肩を竦めた。
「……悪を遂行するか、善人になるか。どーすっかなー」
「どういう意味ですか?」
「うんにゃ、何でもない。つーわけで、ソーダ飲んだらそれぞれ送ってくからな」
そう言って、アージェンは自分のコップを一気に傾け、ソーダを飲み干した。善か悪か、と言われれば少々悩ましいが、自己犠牲か他者犠牲か、そう考えればすぐに結論は出る。
(……全部、秘密にしてしまおう)
馬鹿な囮は一人でも多い方が良い。良心の呵責を感じるが、アージェンはそれを握り潰す。一番大事なのは、仲間たちの生存。究極的には、それ以外はどうなったって良いのだ。
善人になろうとしたばかりに、本当に大切な物を取りこぼしては目も当てられない。その方向性で、今後どう振る舞うかを考えてゆく。
第十章はここまで。
ロジバンの奴は十一章とまとめて。




