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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第十章:H.Y.O.
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84:蘇るいのちに捧ぐ血


「さて、何から話しましょうか。そうですね、まずはわたくしの生い立ちからでしょうか」


 やや興奮気味な早口で話し始めるジトロの前で、ナツメグは他の生き残りたちがこちらに集まってくるのを認めた。確認出来る限り、彼自身を含めて七人。


「わたくしの名前はジトロ・ユグドラシル。世界樹の統制者、という意味らしいです。ロジバン的には意味通ってないですけど、ま、名前は響きの方が重要ですしね。

 イドノス暦1998年黒曜の月16日に稼動を開始した、世界最新鋭のI型ドロイドです。シリアルコードは『JITRO-Y』になります。

 この事から分かるように、わたくしは大昔のイーアイレアの人たちに作られたのですよ。今もあの国って有るんですかね? 生まれ故郷ですし、変な事になってないと嬉しいんですけれど。

 で、何の為にわたくしが作られたか……気になりますよね? 気になっちゃいます~? そうですよねそうですよね、皆様を殺してまで何を成したいのか、気にならない筈が有りませんものね?」


 要するにコイツはこのゲームのラスボスで、今は戦闘前の演説タイムなのだろうか。正直口調が物凄くむかついたが、飛びかかる気力も最早失われていた。


「実はなんと! わたくしは『lo mujytricu dursipna selpla』というモノの為に作られた、最高のオーダーメイドドロイドなのです!

 lo mujytricu dursipna selpla……えー、ロジバンのままだと分かり難いですかね。Hibernate Yggdrasil Operation、世界樹冬眠計画……皆様の言葉に訳するなら、こんな所でしょうか。

 これはですね、息も絶え絶えなこの惑星(ほし)を、生きた世界へと再び蘇らせる為の崇高な計画です。弱り切った世界樹に本来の力を取り戻させ、同時に死にかけの星を蘇らせるっていう、すんごいプロジェクトなんですよ!」


 辺りに転がる死体の臭いが酷い。血の臭いから腐乱臭までよりどりみどりにブレンドされて、精神力をごりごりと削る凄まじい悪臭になっている。視覚的にも惨いのに、そのただ中に在るジトロは、そんな事なぞ気にもしていないように朗らかだった。


「けど、どんなに技術が有っても、無から有を作り出す事は出来なかったんですよね。この星を再生するだけのエネルギーをウィナンシェ上だけで生み出す事は、何をどうしても出来なかったんです。

 せめてあと10年くらい有れば、その問題も解決出来たかもしれませんが……わたくしたちには時間が有りませんでした。大量に建設されたワープゲート群の所為で時空が歪み、歪みから溢れ出す『本来存在しない筈のもの』たちの所為で、世界樹の寿命もどんどん削られていましたから。

 だから、足りないものを外から持ってくる事にしたんです。三千世界の遥か彼方、成り立ちさえ異なる遠き隣人の所から」


 ふと、ナツメグの隣に一つの小柄な人影が現れる。地面に引き摺りそうなくらいに長い白髪に、無数の布を連ねた形の衣装。確か、何処何処とかいうギルドのマスター・風雲だとかいう奴だったか。


挿絵(By みてみん)


「ma'u'ei zo'oi……そうして連れて来たエネルギーの元が、ボクたちなのかい?」


 話す一方のジトロに対し、彼は確とした声音で問いを投げかける。その言葉に、ジトロはこれ以上無く嬉しそうに頬を綻ばせながら答えた。


「そーです! そうなんですよ~! ああ良かった、あんまり反応が無いものだから、言葉が通じてないのかと思いましたよ~。

 魂は、皆様自身の物をこちら仕様に変換して。肉体は、皆様の世界で作って頂いた情報を元に、そちらの電力をこねて混ぜて。命の素に、“いどのす”の断片を少々」

「その“いどのす”ってのは何だい?」

「ああ、これはですね──っと、これはまだ喋れない奴ですね」


 その言葉にカチンと来て、ナツメグは相手に飛びかかろうと武器を握る手に力を込める。だがそれを制するように、風雲が一歩前に出た。


「それで、ボクたちを呼び寄せて……どうするつもりだったんだい?」

「まず、『本来存在しない筈のもの』たち……魔物、という呼称が分かりやすいでしょうか。それらを殺して頂いて、魂、肉体、魔力、生命、その他諸々を総合した『存在の強さ』──レベルを上げて頂きました。

 そうして規定のレベルまで強くなった皆様に、この神樹と惑星の狭間の道で喰い合って死んで頂きます。そして、死んだ皆様を良い感じに変換したエネルギーを使って、世界再生のトリガーを引くのですね」


 パチン、とジトロが指を鳴らす。するとたちまち辺りに転がる死体たちが、どろりと溶けて消えた。リスポーンする際には光に包まれて消える筈だから、これも異常であると一目で分かる。


「つまり、ボクたちは全員殺されてしまうのかな?」

「ええ、最終的には。この場ではもう殺しませんけどね。1000日間では1000人だけを共食いさせる、って決まりですし。

 神樹再生の1000時間と、惑星蘇生の1000分間が終わったら、後片付けの1000秒間が始まります。ここで死ななかった皆さんにも、最後の16分40秒には魔物諸共全滅して頂くのですよ」


 悪びれる様子も無く、ジトロは和やかに死の宣告をしてみせる。それにいよいよプッツンと来たナツメグは、今度は風雲の制止も意に介さずジトロ目がけて駆け出した。


(殺されてたまるか……!!)


 相手にどんな高尚な目的が有ろうが、粛々と死を受け入れる事なぞ不可能だ。こんな見知らぬ世界の為に命を差し出そうと思える理由が無い。


「クソが……ゲームの所為で死ぬなんて事、受け入れられるかよッ!!」


 長い演説タイムの間休んでいたお陰で、多少気力は復活していた。全速力で隙だらけの懐に入り込み、ジトロの首をかっ切る。不意を突かれたジトロは、驚愕の表情のまま本来有り得ない角度で天を仰いだ。

 首の三分の二程くらいまで入った切れ込みの断面から覗くのは、赤い肉や白い骨等ではなく、機械であった。歯車、モーター、ケーブルの束等、まさに人造人間といった具合の中身が、火花を散らせながら露になる。


「あー、ゲーム、ね。騙しててごめんなさいね? 全部、皆様を呼び寄せる為の釣り餌だったんですよ。だって、『異世界を救う為に戦って死んでください』って馬鹿正直に売り込んでも、1000人も集まらないでしょう?」


 返事を期待してない悪態だったのだが、思いがけず返答が有ってナツメグは驚いた。確かに致命傷を負わせた筈なのに、とジトロをねめつけるや否や、腹部に激痛が走った。


「それと、下手にわたくしに手を上げない方が良いですよ。こう見えても世界最高峰の技術の結晶な上に、今ももう半分くらいは“いどのす”ですから、皆様程度なら軽くあしらえますし」


 貫手でぶち破ったナツメグの腹の中を掻き回し、白磁の肌に返り血を浴びながら、ジトロは微笑んでそう言う。焼けるような痛みと吐き気に、ナツメグは声にならない呻きを漏らした。

 確かに切り裂いた筈のジトロの首は、いつの間にか継ぎ目も無く元通りに繋がっていた。間もなく、呆然とそれを認める彼の腿にも、両方に一回ずつ貫手を入れられる。


「ほら、さっさと帰った方が良いですよ? もうメニューも使えるようになってますし、転移で何処へなりとも」

「もう一つ、訊きたいんだけど」


 腹から手を抜かれ、その場に崩れ落ちるナツメグのすぐ後ろに、いつの間にか風雲がやって来ていた。何かを悟ったような穏やかな表情でジトロに向かう彼は、依然として微笑み続ける相手に問いかける。


「ここで死んだ人たちは何処へ行くの?」

「こう、捏ねて混ぜてフラットにして、“いどのす”復活の為の素にします。残りの魔物は、ここから先この星が生きてゆく為の当分のエネルギーになる予定です」

「……この場で逃げ帰っても、五体満足で生き延びられる可能性は低いか。最後の1000秒間に出てくる敵が未知数な以上……」


 ぐい、と風雲がナツメグの肩を掴み、自身の後ろに放り投げた。土手っ腹に開けられた風穴が、腑をはみ出させながら激痛を訴える。

 投げ出されたナツメグは、どうにかこうにか身を起こし、風雲の背を見上げる。すると、風雲は解禁されたメニューをあれこれと弄っている最中だった。

 画面のうち一つに、開示状態のジトロのステータスが映し出される。種族はドロイド、レベルは『$ャ+ゾ』──『友好的』である故に詳細まで表示されているその画面は、文字化けした数値まみれだった。


「なら、ここで試す価値は有るかな。……えっと、ナツメグさん、だっけ」

「ぐっ、は……ああ……」


 苦悶の声を上げながら、不意に話しかけてきた風雲に応答する。ナツメグの苦しげな返事を聞いた風雲は、インベントリから一つポーションを取り出し、こちらに投げて寄越した。


「ボクの仲間の……一番生き残ってそうなのはネリネさんかな。何処何処の中枢メンバーか、バタエフェの仲間か、その辺りにここでの顛末を伝えてよ。

 間違ってもジャディスリィに保護を求めるんじゃあないよ。きっと碌な結末にならない。何処何処やバタエフェが無くなってても、ブラッディリボンだけは駄目だからね。

 ああ、もしアージェンさんも生きてたら、隠さずにヘイゼルさんの事も伝えて欲しい。そうしないと何処にも行けなさそうだしさ、彼女。

 それに、出来ればボクのNPCの友人たちにも──いや、数えきれないくらい居るし、無理か。でも、エジャ伯爵だけにでも話して欲しいな。世界樹の再生がどんな犠牲の上に成り立ったのか、知って欲しいし。

 それから、1000日ってなると地上では二年以上経ってる計算になる。キミの友達、きっと寂しがってると思うから、思う存分に甘えさせてあげるんだよ。

 それから、それから──ああ、もう、心残りばっかりだなぁ、ボクったら」


 ぺらぺらと語りかけながら、彼はやおらに両腕を一杯に広げてみせる。すると、風も無いのにその髪がふわりと浮き上がった。何故だろう、と思う間もなく、彼の足元から無数の光の球が出現する。


「ま、良いや。上手く行けばまた会えるだろうし。ナツメグさん、とりあえず、ボクが死んでる間の事は頼んだよ」

「がふっ、何を──」

「待たせたね、ジトロ・ユグドラシル。この風雲の、葉山美穂の悪あがき、とくと味わうが良い──zoi cu me le kamjgi ma'u'oi」


 そう、彼はずっと詠唱をしていたのだ。すっかり油断していたジトロが身構えるが、相手が距離を取るより早く、風雲がその顔を両手でむんずと掴む。


「zi'e'ai le makfa be fi mi cu bandu mi ri gi'e daspo la .jitron.!」


 高らかに唱えられた実行文と共に、浮き上がった光の球がジトロへと殺到し、無色の爆発を引き起こした。同時に展開された防壁が、至近距離の風雲を守護する。

 やがて光が晴れると、そこには千切れた幾本ものコードだけが有った。流石は『魔攻お化け』と評される精霊の攻撃魔法だ、跡形も無い。

 風雲はジトロの中身や人工皮膚の残骸を見下ろしている。その中には少量だが血や肉も混じっていた。その正体は、防壁で覆えずジトロ諸共弾けとんでしまった彼の手首から先だ。


「……やった、ウグェッ、のか……?」


 思い出したように風雲に渡されたポーションを飲みつつ、ナツメグは声を上げる。腹の風穴は塞がってくれたが、腿の傷が深いのか単に腰が抜けてしまったのか、まだ立ち上がれなかった。

 そんなナツメグの言葉に、風雲は首を横に振る。そしてこちらに背を向けたまま、彼はぽつりと呟いた。


「……バーチャルリアリティ、あるいは魂の転送・変換技術を有明哲也に与えたのがキミたちなのだとすれば……つまり、ボクと出会った哲也は、既にキミたちの手中だったわけか。

 成る程ね。キミたちはボクを間接的に救ったのか。……だからといって、悪あがきを止める理由にはならないけれど」

『ア、リ、ア、ケ……』


 途切れ途切れながらも再びジトロの声が響いた事に、風雲以外の生き残りたちはどよめいた。間もなくジトロの破片が浮き上がり、再構成されてしまう。


「そうか、ハヤマ・ミホ……記録に有りますよ、あちらでの魂の理論を確立させる為に一役買った、植物状態の夢見る少女。それで妙に冷静なんですね、主観年齢なら宇宙より上ですもの」

「跡形も無く吹っ飛ばした筈なんだけどな……どういうカラクリ?」

「皆様と根源は一緒ですよ。いくら吹っ飛んでも復活出来るから、ご覧の通り装甲は捨ててるんです。

 ……ま、そろそろ話題の種も尽きてしまいましたし、お開きにしましょうか。せーのっ」


 不意にその顔から微笑みを消して、ジトロは片手を振り上げる。それを認めた風雲は、ぐっとほんの少し身体をずらした。──相手へ踏み込むように。


「あっ」


 その声を上げたのはジトロだった。直後、振り下ろされた手刀が風雲の首を刎ねる。髪の毛ごと分断された彼の首がごとりと床に落ちたのを見て、まず生き残りの誰かが悲鳴を上げた。それに煽動され、他の者も恐慌状態に陥り始める。


「いっけない、1001人目を殺してしまいました……ま、いっか、一人くらい」


 溶け消える風雲の死体を無感動に見下ろしながら、ジトロはそう呟く。その身体に付いた返り血すらも消えてゆく中、ナツメグはやっとの思いでメニューを開いた。そして、無我夢中のまま転移を発動する。


「う、うわあああああああっ!!」


 他の生き残りを気にかける余裕なぞ無かった。早くここを脱出せねば、こっちまで風雲と同様に殺される──その恐怖から逃れる事しか考えられなかったのだ。

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