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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第九章:吐く程に甘い夢
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78:泥濘に堕ちて


 ウテウロイ地方のとある田舎町『フィクル』。十把一絡げの、何処にでも有るような小さなその街に、アージェンたちは滞在していた。

 ルシフェルの復帰、及び雲居王国出立から数えて、大体一月程経った。結局拒食状態は治せなかったが、なんやかんやで無事晴嵐の誕生日は祝えた。見るだけなら耐えられる程度まで克服したのだ。

 それから、ルシフェルとも直接話をした。ネリネの助力を得、何やらやらかそうとしているらしい。にこやかに応じる彼の様子に、アージェンは安堵を覚えた。……違和感を感じなかったわけではないが。

 彼はあんなにニコニコと笑うような人物だっただろうか。険しげな仏頂面がデフォルトで、それが似合うタイプの男ではなかっただろうか。


(ま、良いか。考えても致し方無し)


 引っ掛かるものは消えないが、消しようもない。何か変化が有ったのだろう、で片付けておく。

 さて、今アージェンはフィクルの領主館の前、輪っかの形をしたモニュメントが有る広場をうろついていた。隣にはレオロも居る。奇妙なそのモニュメントはちょっとした観光名所で、ちらほらと他の旅人の姿も有った。


「……こんなの見てて楽しいのか?」

「うん。レオロは詰まらないかもしんないけど」


 設定考察──もしかしたら考古学とかになるのだろうか──は好きな方だ。それは今になっても変わらない。意味深なオブジェクトが有れば、それが示唆する過去を読み取りたくなるのだ。

 とはいえ、何も知らないレオロにとっては退屈だろう。そう思って相手の顔色を窺うと、彼は首を横に振ってこう言う。


「付いて来たのは俺の勝手だ。気にするな」

「ん、そう」


 金属らしい材質の直径五メートル程の輪っかが、広場に疎らに佇んでいる。輪の下部からは、コードと思しき細長い筒が伸びている。コードたちは殆ど土に埋もれてしまっており、何処に繋がっているのかを知るには、大規模な発掘作業を行う必要があるだろう。

 また、地面をよくよく観察すると、輪っかだったらしい金属の残骸が埋まっていたりした。それを見れば、どうやら元々この輪たちは等間隔に並んでいたらしいという事が分かる。

 やはり、古代文明の何かだったりするのだろうか。砂や埃や雪等を被り、苔の侵食を受け、しかし殆ど錆びてはいない金属物体の表面に、アージェンは指を這わす。


「一体、何だったんだろうね。どんな人たちがこれを作ったのかな。どんな想いでこれが使われていたのかな」


 輪っかたちはともすればゲートのようにも思える。いや、大砲の類いだったのかもしれない。いやいや、実は天変地異に干渉する為の大掛かりな儀式装置なのやも。取り留めの無い空想を巡らせる。

 そうやって広場を三周くらいした所で、ふと視界の端に見覚えのある姿を捉えた気がして、彼女は辺りを見回した。間もなく、その視線は漆黒の翼の翼人を捉える。ルシフェルだ。

 彼もここに来ていたのか。何という偶然だろうか。どう声を掛けようか、と考えていると、向こうもアージェンに気付いたらしく、こちらに手を振ってきた。


「あ、アージェンさん! どうも!」

「や、奇遇だね」


 軽く駆けてくるルシフェルに、アージェンは常並の態度を崩さず応じる。ルシフェルは間もなくレオロにも気付き、笑顔を作って自己紹介をし始めた。


「そっちはアージェンさんの仲間かな? 初めまして、彼女の友人をやってるルシフェルって言います」

「あ、ああ……俺はレオロだ、よろしく」


 そんなルシフェルの台詞に、また違和感を覚える。彼はNPCに対し敬語を使うキャラだっただろうか。中二病っぽい要素も入ってないし、何だか気味が悪い。


「こんな所で何をしてるの?」

「ああ、とある計画の準備段階の最終シーケンスをね」

「……とある計画?」

「詳細は秘密。目の当たりにしてのお楽しみ、ってね」

「そうなのかー」


 以前メールでも言っていた『やりたい事』とやらだろうか。この金属の輪っかに関係する事なのだろうか、とアージェンは予測する。


「あ、そうだ。アージェンさんたちはここに滞在してるのか?」

「そうだよ。近々発とうと思ってるけど」

「そりゃ都合が良い」


 何が、と言う前に、彼は顔から笑みを剥がして続けた。


「夜までにフィクルを去って、出来るだけ遠くに行くんだ」

「……どういう意味だ?」


 レオロが剣呑な声音で飛ばす。対するルシフェルは、全ての感情が抜け落ちたような無表情で返答した。


「アージェンさん。オレはアナタを友達だと思っている。だからこその忠告だ。……どうか、何も聞かずに従って欲しい」


 どうする、とレオロが目を向けてくる。アージェンはううんと考えながら、ふとルシフェルの瞳を覗き込んだ。

 その顔と同じく、彼の眼には何の感情も宿っていない。だが、そこには確かに、築き上げた友情の残滓が有るように思えた。彼女は頷く。


「分かったよ、そうしよう」

「良かった。ご理解ご協力感謝します、ってか」


 その台詞を最後に、彼はふらふらと他の所に歩いて行ってしまった。その背が視界から消える前に、アージェンは通信腕輪に手をかける。


「よし、早速連絡するか」

「……あの翼人の言いなりになるのか」

「あんたの気持ちはよくよく分かるよ。けども、単なる嫌がらせってふうでも無かったし、今回は従っとくべきだと判断したんだ。

 どっちにせよ近々発つ予定だったんだし、良いきっかけになったとでも思っときな」

「そんなに親しい友人だったのか」

「過去形じゃない、現在形さ。今も友人だからこそ、あいつはああして忠告をしてくれたんだろ。

 ……あ、勿論、わたしが恋情を向けてるのはレオロだけだからな?」


 そう付け足して、彼女はレオロの手を握る。そして握り返される感触を心地よく思いながら、片手で器用に腕輪を操作し始めた。フュールや晴嵐に、急ぎ出立する旨を伝えるのだ。


(……ルシフェルさんは、何を思ってんだろうな)


 分からない。この輪っか状モニュメントを作った人たちの内心と同じくらい、分からない。




 その日の夜。日が沈み始めるより前に急遽町を出たアージェンたちは、見晴らしの良い丘の上で野営をしていた。

 熾となった焚き火を囲み、四人で明日以降の道程を相談する。まだ時分は瑪瑙の月、空模様によっては肌寒さを感じる。晴嵐辺りは寒そうに身体を丸めていたが、レオロは全然平気であるようだった。吸血鬼は寒さには強いのだろうか。


「しっかし、フィクルの街で、ですか」

「ん……フュール、何か心当たりでも?」

「いえ、心当たりといいますか。あの金属の輪っか、アージェンさんも見たでしょう?」


 街を離れるに至った経緯は既に説明済みだ。そこから何か思いついた事が有るなら、些細な事でも聞いておきたい。アージェンは問いかけに頷く。


「アレ、古代イーアイレアっぽいでしょう?」

「ああ、ものっそいイーアイレア系だよな。コードっぽいのとか」

「自分も見ましたが、確かに親近感のようなものを感じるのであります」

「ですから、やっぱりアレを使って凄い事をしようとしてるのではないか、と。“使者”の皆さんでさえ、ドロイドとかには驚嘆を禁じ得ないのでしょう?」

「そうだねぇ……」


 とはいえ、具体的に何が起きるのか、までは分からない。人造人間なんてものを実現し、果てには量産までしてしまった文明の遺産となると、相当の事が起きそうだが。


「だが、アレは無惨なまでに壊れていただろ。何百年も風雨に晒されて」

「そりゃなー……でもなー、わたしら“使者”だしなー……」


 レオロの言葉を、アージェンは曖昧に否定する。“使者”の力が有れば、『センタ』の知識が有れば、あの輪を再起動する事も可能やもしれない、と。


「……少なくとも、あの街の危険が危ないのは間違いないな」


 ルシフェルがああ言ったという事は、そういう事なのだろう。うんうん、と他三人も同意する。あの町に住んでいる人たちには気の毒だが、ぽっと出て来た冒険者が危険を訴えた所で、どうにもならないだろう。

 そうこう話しているうちにも、夜は容赦なく更けてゆく。そろそろ寝るか、と仲間たちが話し始めるのを聞きながら、ふと正体不明の不安感が背筋を駆け上がるのを感じた。


「ん?」

「……何でありましょうか、これは」

「嫌な感じがするな」


 晴嵐とレオロも同様の不安を覚えたらしく、顔を上げて辺りを見回し始めた。その間に、アージェンはマップ画面を見て予感の正体を探る。だが、何処にもそれらしい反応は見当たらない。

 ステルス状態なのか、それとももっと遠くにいるのか。マップをズームアウトさせて探すが、やっぱり見当たらない。そうしていよいよ首を傾げたその時、晴嵐が声を上げた。


「しっ、司令官殿! あっちを、フィクルの方を見てください!!」


 弾かれたように彼が指差す方を見上げる。すると、宵闇に沈んだ小さな町に、一本の光の柱のようなものが立っているのが目に入った。


「何あれ」

「強大な魔法の気配を感じます。……破壊の気配は有りませんね、回復ないしはそれに近い何かかと」

「……あの輪っかを修復してるのか?」


 ビリビリと耳を震えさせながら、フュールが冷静に分析を口にした。それを受け、アージェンが推測を巡らせる。

 とはいえ、どんなに考えても、この距離からでは何も干渉出来ない。精々防護壁を作るのが限度だ。フュールと協力してありとあらゆる攻撃に対応出来る即席要塞を作り上げながら、突如として出現した光の柱を注視する。


「──!!」


 動いた。柱が音も無く爆裂したのだ。目が使い物にならなくなる程の光が放射される。


「うおっ!?」

「ま、まぶしっ」


 数秒経って視覚が復活すると、柱が有った空間に『皺が寄っている』のが捉えられた。まるでその部分を巨人の手で握り寄せたかのように、風景が歪んでいるのだ。フィクルの町並みまでもが、その巻き添えになっている。

 一体あれは何なのだ──分からないなりに考えながら成り行きを見守っていると、今度は耳を劈く叫び声が聞こえて来た。


『エエエエエエエエィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアエエエエエエエエエエエエエエムエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアテエエエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ──』


 女の金切り声のような、聞く者の警戒心を引きずり出す慟哭。何処からともなく、東西南北天地古今に鳴り響く悲鳴。生物が発する声のようでもあり、風が鳴る音のようでもあるそれ。大音量で絶える事無く鼓膜を叩き続ける叫喚に、アージェンはふらつく。


(ひーうるせえ! 何だよこれ!?)


 声を上げても、悲鳴にかき消されてしまう。耳を塞いでも尚聞こえる声に辟易しながら、アージェンは今一度フィクルの方に目を向けた。

 皺が寄っていた辺りの夜空に、ヒビが入る。やがてフィクル上空の空間が『千切れ』、何とも形容し難い“虚空”が露になった。叫びがますます甲高くなる。

 直視する事すらままならない、全ての法則の抜け落ちた虚穴。真っ暗な闇が広がっているようにも、極彩色の風景が垣間見えるようにも、神々しい程の光が溢れ出ているようにも見える。


(……時空に穴が空いた?)


 そうとしか喩えようのない光景。ルシフェルは一体何の為にこんな事を。世界に入ったヒビはずんずんと広がり、やがてフィクルをも呑み込んでしまった。


『──.i xruti klama fo lo slabu panci fe lo purci jvinu .i .ia to'e jinsa lo cilmo dertu .i .iasai lo xance cu to'e jinsa lo ciblu

 .i .a'ocai tezu'e lo ka gleki slabu──』


 喚く声の合間から、空間が歪んでいる所為でか、こんなに距離が離れているにも関わらず、ルシフェルの声で紡がれるロジバンが聞こえてくる。帰る、懐かしい、過去──そんな単語の断片から、アージェンは彼が成そうとしている事を理解した。

 タイムリープ。過去の改変。不可逆の流れに逆らって遡行する為に、彼は時空を破り宇宙の法則を乱したのだ。

 やがて悲鳴が収まり、ルシフェルの詠唱も聞こえなくなる。だが空のヒビ割れは消えず、寧ろ広がってゆく一方であった。


「あれ、ヤバいんじゃないかな」

「触ったらただじゃ帰れなさそうですねぇ……」

「……逃げた方が良いと思うが」


 レオロの提案に、他三名は揃って頷く。慌ただしく撤収を始めながら、ふとアージェンはチャットの入力画面を開いた。焚き火を踏み消しながら、彼女は素早く文面を組み上げる。


『ルシフェルさん。あなたがやろうとしている事は、ディーネイさんに自らの手で血と泥を塗りたくる行為だ。本当にそれで良かったのか?』


 個人チャットとして、それを送り出す。既に時空の彼方に行っているであろう彼に届くかどうかは分からないが、どうしても言いたくなったのだ。

 多分、フィクルの住人は全滅だろう。マップ画面もバグってる所為で、そこから生存者の有無を確認する事は出来ないが。


(……後少し間が悪かったら、わたしたちもアレに呑まれてたわけか)


 ルシフェルとあの場で鉢合わせなかったら、彼女たちは今ものんびりフィクルに滞在していた筈だ。間一髪で死の運命を躱せた事に、ほっと胸を撫で下ろす。


(全く、薄氷の上でタップダンスを踊ってる気分だぜ)


 そうやって冗談めかして思わないと、有象無象の胸騒ぎに発狂してしまいそうだった。

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