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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第八章:パラダイムチェンジ
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69:彼方よりの使者


 アージェンに拾われてからの日々は、めまぐるしく過ぎていった。

 まず、拾われた翌々日には彼女は居なくなっていた。晴嵐曰く、元の世界に帰ってしまった。毎回差はあるが、大体10~20日くらい経てばまた戻って来るのだそうだ。

 その空白期間の間、レオロは『何が出来るか』を色々と試させられた。魔法は使えるか、身体能力は如何程か、どんな武器を持たせるのが最良か、等々。

 その結果、まず魔法のセンスが絶望的に無い、という事が分かった。使えないという事は無いのだが、まともに明かりを点す事すら出来なかったのだ。


「あんりゃ、魔法駄目なんか」

「ええ。本当は魔法を扱うには才能と努力が必要なんですから、致し方無いかと。前衛を張れて魔法もベテランなアージェンさんが異常なんですよ……」

「ハッハッハ、何せ“使者”だからな」


 他三人は全員魔法を使えた為少し焦ったが、どうやらそういう物であるらしい。仲間たちからの報告を聞きつつ、12日間を経て再び姿を見せたアージェンは、レオロの姿をまじまじと眺める。


「となると、物理で殴る方向性か。成る程、やっとわたし以外のまともな前衛が増えるわけだな」

「じ、自分だって前に出れるのでありますよ」

「だってあんた、相手の攻撃避け損なったらほぼ死ぬじゃん。回避力は高いかもしんないけどさー、わたし基本的に100%以外は信じない主義だからさー」

「まぁ、90%を10回引ける確率となると、四割を切りますからね……試行回数が増えれば増える程、無傷率は下がりますし」


 これまで彼女はずっと、こんなにちみっこいのに一人前衛に立ち続けていたのか。レオロがひっそり驚く中、しゃっしゃっと彼女はメニューを弄る。そして幾つかの大きな包みを取り出して、レオロに手渡した。


「これは」

「武器とか防具とか、間に合わせの奴だけど。とりあえずはそれで色々やってみて、その内あんたに合わせたのをオーダーメイドしてもらうから」

「……何から何まで」

「なぁーに、あんたをわたしたちの修羅道に引きずり込もうとしてんのは、完全なわたしのエゴだからな。応じてくれるならこのくらいはするさ」


 彼女は薄っぺらい笑みをにへらと浮かべた後、今度はフュールと晴嵐の方に目を移した。そして柔らかな視線を向ける。


「それから、二人とも。……気持ちの整理はついたかい」

「自分はもうとっくに。個人的に彼の事は気に喰いませんが……」

「……まぁ、出会った当初なら分からなかったでしょうけど、今の僕にはアージェンさんをどうこうするって選択肢は有りませんよ。レオロさんに関しても、信頼は出来ませんが許容はします」

「ん、重畳か。本当なら、もう既に屍を野に晒してても文句言えねー立場だからな」


 軽薄な声音で恐ろしい事を言う。自身の異形との付き合いは長いようだし、受容だとか覚悟だなんていう領域は、きっととっくに踏み越えているのだ。レオロもその内そうなれるのだろうか、と何となく思う。


「なら、次。いきなり実戦に放り込むのはわざわざ死なせるようなもんだし、まずは訓練だな」

「訓練、ですか。どっかの道場にでも預けるのですか?」

「いや、そうしたら何日──否、数ヶ月単位で掛かりそうだからな、わたしが稽古を付ける。戦線に放り込んでも即死はしない程度にして、そしたらまたエンヴィードゥ紀行再開な。

 危険をなるだけ避けて、わたしたちで全力でフォローすりゃ、道沿いに往く分にゃ問題無いだろ。異議は?」


 恐らく、あまり長く一所に留まりたくないのだろう。異存の有無を問う声に、フュールが分厚い魔法書の背表紙を撫でながらこう言う。


「構いませんけれど……アージェンさん、武術の指南の心得なんて有るんですか?」

「教える側の経験は無いが、付け焼き刃の知識は有る。今回のでそれを正真正銘自分の刃に出来りゃ、万々歳だろ」

「付け焼き刃……」

「まー心配すんな、風雲さん──ちゃんと経験の有る人に教えてもらった奴だから」

「あ、そうなんですか。なら、余計な心配は不要ですね。僕に異論は有りません」


 それも、彼女の故郷の世界から取って来たものなのだろうか。それ以外の疑問は誰にも無いらしく、アージェンはもう異が唱えられない事を認め、うんと一つ頷く。


「で、訓練しないとだから、えー、今月いっぱいくらいはこの街に留まる事になるかな。皆そのつもりで。

 じゃ、早速始めるかね。まずは座学からやってくか」

「自分たちの手は必要でしょうか?」

「んー……今は良いかな。また必要になったら言うわ」

「承知致しました。逗留先をお伝えしておきますね」

「でしたら僕も」


 そうして連絡を取る手段を確保した後、アージェンはその場を立ち去ってゆくフュールと晴嵐の姿に手を振った。そして残ったレオロの方を見上げてくる。

 こちらの方が背が高いから、必然的に彼女は上目遣いになるのだが、しかしそこから感じられるのは見た目不相応の覇気であった。間違っても『小動物的だ』なんて感想は出て来ない。


「よし、移動するぞ。どっか長時間落ち着ける所有ったっけな……」

「座学、とは、どんなものをやるんだ」

「何だって、まずは基礎知識が必要だろ。戦闘も旅もお料理も、知識と経験のバランスが大事なのさ」


 ここで例に挙げた、という事は、彼女も料理をするのだろうか。そんな事を考えると、彼女はやや声を潜めてこう続ける。


「ああ、それとな。わたしもあんたの種族について、全てを知ってるわけじゃない。何か具合悪いとか感じたりしたら、すぐ言ってくれ」

「……分かった」

「それ関連でだが、こう、お腹減ったりしてないか? ホラ、種族的なアレ系の」

「思えば、よく分からん癒えない渇きが有る……」

「ふーむ、となると先にそっちの解決かな。腹が減っては戦も勉強も出来ないしな」


 正直にそう返答すると、彼女はちょいちょい、と手招きをしながら歩き出した。それに従い、レオロも足を動かし始める。




 アージェンに対して抱いていた印象は、彼女たちと共に過ごした数ヶ月で随分と変化した。

 最初はただの荒くれ者の類いかと思っていたが、実際は口調こそ粗暴では有るが概ね善良な傑物であるようだった。身内以外に対して冷めている部分は有るが、その分温かさが仲間に向いているようだ。

 また、彼女は驚く程に多くの事柄を知っていた。曰く『全ては付け焼き刃』だそうだが、例えそうなのだとしても、それが仲間たちを大いに助けているのは間違い無い事実だ。

 頭の回転も速く、時に恐ろしい程に残酷な決断も、彼女は躊躇無く下せる。変な所が抜けていたり、複雑な計算が苦手だったりするが、そこはフュールや晴嵐が補っている。

 実力が確かで、強固なまとまりが有り、互いの弱点は補完し合えている。良いチームなのだろう。ずば抜けて有名というわけではないが、ちょくちょく『銀髪エルフのあのチーム』とか、そんな具合の噂を聞いたりするし。


(完全に俺、ただの足手まといじゃないか……)


 そんな事を思う。この数ヶ月で、敵の殺意を目の当たりにしても尻込みしない程度にはなったが、まだまだアージェンたちのレベルにはほど遠い。

 「最初は誰でもそんなもんだ」と彼女は鷹揚な態度を崩さないし、他二人も特に何か言ってきたりはしないが、しかし申し訳なさは感じる。多くのリスクを呑み込んで彼女はレオロを救い上げてくれたのだから、その分の恩くらいはきっちり耳を揃えて返したいのだ。

 元々恵まれた体格で、またヒューマンを辞めたおかげか、病気をしなくなったし身体能力も向上した。単純な腕力ならアージェンよりも上だ。

 だが経験の深さが違う。年季の差を埋める為に努力はしているが、やはり道のりは長い。


「はーぁ……やっぱり良いよなぁ」

「良い、とは、何に対してでありますか?」

「んー、何というか……望まないしがらみから逃れて、本当に自由でいられるからさ、この世界では」


 今日も今日とて街から街への道を進む最中、無言で考え事を続けるレオロの傍らで、アージェンと晴嵐が緊張感の無い声で会話をしている。現状敵や障害の気配は無く、精々無害な野生動物の視線が感じられるくらいだ。


「……司令官殿は、故郷の世界は好きではないのですか?」

「ああ。好き、つったら嘘になる程度にはな。夢も希望も在りゃしない」

「その割には、完全にこっちに移住したりはしないんですね」

「ん……出来たらそうしたいんだが、そうさせちゃあくれねぇからな。わたしたちにも事情が有るのさ」


 彼女は残念そうに肩を竦める。余程退っ引きならない事情が有るのだろう。やがて彼女は、不意に遠くの空に視線を向ける。


「ま、本当に苦しくなったら、わたしは賭けに出るけどね。まだ、その勇気は湧かないかな」


 誰に言うでもない、強いていえば自分自身に言い聞かせるような声。彼女の一挙一動全てから発せられている威圧感が、その一瞬だけ鳴りを潜めていた。

 しかしそれはすぐに取り戻される。幽かにだが、何かの鳥系の羽音が聞こえて来たからだ。メニューの機能の一つである、高性能な地図板に、高速で移動する敵対反応が映し出されている。


「おりょ、敵か。今相手のステータス開くわ」

「はい。空を飛んでますし、いつもの、やります?」

「だな。ちょっと遠過ぎるから、近づかねばならんだろうが」


 足を止め、遥か上空を見上げて目を細めながら、頭脳の二人が作戦会議を展開する。アージェンが開いたステータス板は計五枚、それはそのまま敵の頭数だ。

 生半可な魔法すらも届かない程の高空を、敵が優雅に旋回している。板を見るに、どうやら相手はワイバーンという種であるらしい。

 あそこからなら、最早気付いているとはいえ急降下して攻撃されれば相当脅威になるのだが、相手が動き出す気配はまだ無い。アウトレンジから悠々と、こちらの出方を窺っているようだ。


「皆、いつもの『必殺催眠』するよ。まず距離を詰める。フュール、わたしにおぶさって。

 晴嵐とレオロは下で待機。こっちも気を払うが、落下物には気を付けて。生きてたらトドメお願い」

「合点であります!」

「分かりました!」


 『いつもの』だなんて言われても分からないのだが。だが問いかける間も無く、フュールを背負ったアージェンは、魔法で空中の足場を作り上空へと駆け上がってゆく。


「な、何するつもりなんだ……?」

「見れば分かります。レオロ殿、頭上に注意を。……何か有ったら、司令官殿が悲しみますから」


 地上に残された晴嵐が、弓矢を構えながらそう声をかける。彼に倣ってレオロも剣を抜きつつ、アージェンたちの姿を見上げた。

 次から次へと半透明な足場を形成しながら、彼女はぴょんぴょんとワイバーンたちとの距離を詰めてゆく。やがて相手がそれに気付き、まずは突出した二人を歯牙にかけんと突撃してくる。


「ma'u'ei doi si'o makfa kei ko frati gi'e tolcanci .a'o ma'u'oi

 zi'e'ai sipna dilnu!」


 だが、アージェンに背負われたフュールが何やら唱えた瞬間、魔物たちの周囲に灰色の霧のような物が広がった。それから一拍置いて、元気に急降下してたワイバーンの翼から力が失われ、重力に引かれて地面へと真っ逆さまに墜落してくる。

 それに追随するように足場を降りながら、アージェンとフュールは魔法でワイバーンの落下軌道をずらしてゆく。だがそれでもレオロは、次々と降り注ぐ巨大な落下物に、思わず叫び声を上げてしまった。


「う、うおおおおああああッ!?」

「大丈夫です、動かなければ巻き込まれません」


 無防備に地面に打ち付けられた魔物どもが、耳を劈く断末魔と共に息絶えてゆく。これにも慣れているのか、晴嵐は涼しい顔でアージェンたちが戻って来るのを出迎えた。

 紛い物の竜が五体野に転がるのを背景に、地上に帰り着いたアージェンが足場の魔法を解く。そして背負っていたフュールを地面に降ろした後、ぐったりと転がる魔物たちを見下ろして言う。


「フン、空を飛んでなけりゃ落ちる事も無かったのに……と、この作戦も割と相手を選ぶんだけどね。

 魔法への抵抗力が高過ぎる相手だと出来ないし、有る程度知能が高い相手だと、こっちに魔法使いがいる時点で高度を下げてくるし」

「でも、ハマる相手には強いですよね。ワイバーン五体なんて、正面からやったら面倒ですけど、これなら成功すれば一発ですし」


 魔物たちはぐしゃぐしゃに拉げ、見るも無惨な有様になっている。もう動く事は無いだろう。けれども、アージェンは抜け目なく周囲に浮かぶメニューを確認していた。


「あっ」


 そして何かに気付いたように声を上げると、次の瞬間跳ねるような足取りでレオロの方に動いた。何だ、と問いかけるよりも早く、彼は背後から響く唸り声を聞く。


「狩り残しが──」


 レオロの手が握られ、ぐいっと引っ張られる。同時に、引っ張ったアージェンが更に進み出た。先ほどまで彼が居た空間に彼女の身体が入り、そして振り上げられたワイバーンの尻尾による最後っ屁を受ける。


「有っゴュエッ」


 尻尾の打撃を脇腹に喰らい、彼女は何とも苦しそうな声を漏らした。だが吹き飛んだり倒れたりする事は無く、少し衝撃の方向につんのめり、それのままに動きながら晴嵐に目配せをする。


「ファイアッ!!」


 それを受け、晴嵐は素早く弓に矢を番え放った。矢は正確に敵の鱗の隙間を縫い、脳天に深く突き刺さる。すると、その一匹も今度こそ間違いなく息絶えた。

 アージェンは打たれた腹を痛そうにさすりながら、他四匹に素早く視線を向け、メニュー板を弄る。もう生き残りが居ない事を確信すると、彼女は溜め息を吐きながら回復魔法を唱えた。


「いっててて……ヒャー、流石にちょっと肝が冷えたぜ……」

「油断してましたね。あの高さから落ちて生きてる筈が無い、と。……ああいう魔物の生命力を舐めてました」

「きちんと死亡を確認せねばなりませんでしたね。慢心は禁物であります」

「だな、反省点だ──と、レオロ、怪我は無い?」


 そう言い、文字通り身体を張ってレオロを庇った彼女は、彼の方に振り返る。まだ痛みが残っているのかやや苦い表情を浮かべながら、こちらへと歩み寄って来た。


「あ、ああ。助かった、感謝する」


 あの攻撃を無防備に喰らっていたら、死にはしないだろうが痛い目には遭っただろう。謝意を告げれば、彼女は報われたと言わんばかりに笑顔になった。


「ならば良し、痛い思いをした甲斐が有った。じゃ、場所を移動する必要性も無し、この場で解体をしちゃいましょ」


 白い歯を輝かせて笑う彼女の横顔に、ふとレオロは惹かれるものを感じた。寒い夜を越えて漸く訪れた暁光のような、手がかじかむ中やっと火種を点けられた瞬間のような、そんな感覚を。

 彼女はインベントリから解体用具を取り出し、皆で協力して死にたてホヤホヤの魔物を切り崩し始める。間もなく、ぼうっとしている彼にも声が掛かった。


「おーい、レオロー? どうした、腰でも抜けたかー?」


 その声に首を横に振り、彼も動き出す。しつつ、先ほど彼女に掴まれた方の手を、軽く握りしめる。まだあの柔らかな温もりが残っているような気がした。

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