68:魔物を拾った魔物
レオロを拾った少女──アージェンの摩訶不思議な魔法により、一瞬にして近くの大きな街に辿り着いた彼らは、一旦街の外の人気の無い場所に出ようとした。だがそこで、彼女の仲間のエルフの方が背を向けた。
「ちょっと……僕は一旦離脱させて頂きます。色々有り過ぎて、ちょっと頭が……」
「ありゃ。了解だ」
「……ええ、大丈夫です。貴方への信頼は堅いですから。……僕はフュールといいます、それでは」
最後に名乗った後、エルフは静かに街の雑踏の中に溶け込んでゆく。その背を見送りながら、アージェンはもう一人のドロイドの方に目を向けた。
「あんたはどうするよ」
「自分は付いて行くのであります。いざという時、司令官殿をお守りせねばなりませんから」
そう真剣そうに言う少年の横顔には、街の外に出るから、だけではない警戒の色が浮かんでいる。積極的に表には出さないが、レオロの事を全く信用していないのだろう。
「……ま、こんな所だよなぁ。わたしに引いてない晴嵐のが異常なくらいで。
あと、アレだ、晴嵐。万が一、フュールが妙な気起こしてたら、止めてくれ」
「合点承知であります!」
白い帽子を抑えながら、彼女は小さく呟く。自分が警戒されるのは分かるが、何故彼女が引かれなければならないのかよく分からなくて、レオロは内心首を傾げた。
「よし、こっから先は外出てから話そう、人に聞かれたらやだし。──ああ、まだちゃんと名乗ってなかったな、わたしはアージェンという」
「……自分は晴嵐であります」
そう言いながら、彼女はさっさと歩き始めた。レオロと、晴嵐なるドロイドはそれに追随する。
「依頼完了報告はー……まぁ後ででも良いか、疲れたし」
「依頼、とは」
「あんたの村に来てたのは、吸血鬼を討伐する為だったんだよ。……慰めになるかどうかは知らんが、親玉は殺したし、村人グールも全滅させたよ」
事も無げに彼女は言う。魔物を討伐した、といえば簡単だが、相手は皆人型の魔物だったのだ。人の姿をしたものを殺したのに全く堪えてないという事は、それに慣れきっているのだろうか。
鍛えているとは言えあくまで素人、しかも衰弱している状態のレオロに力比べで負けたから、それ程実力の無い冒険者だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。吸血鬼を悠々と狩り、人型を殺す事にも慣れた実力者──小さな筈の彼女の背が、途端に大きく、そして頼もしく思えた。
「……お前はどのくらい冒険者をやっているんだ」
「んーと三、四ヶ月……じゃない、こっちの時間なら数年くらいか。まだまだぺーぺーさ」
「こっちの時間?」
「ンアー、えーっと……“使者”って言って分かるか?」
首を横に振る彼に、アージェンは歩きがてら説明をする。気前良く質問に答えてくれるのは、打ち解けるためであり常識の擦り合わせをする為でもあるのだろう。
曰く“使者”とは、異世界より呼び寄せられた、世界樹とやらの使いであるらしい。一般人には無い権能を多く持ち、『インベントリ』なる亜空間に物体を仕舞い込んだり、先ほどのように行った事の有る場所に一瞬で『転移』出来たりするのだという。
“使者”は普段は故郷の世界に居て、時間が有る時にこちらにやってくる。そして異世界とこの世界の時間の流れは全く違うため、実時間と彼女の主観時間にはズレが有るのだ。
いきなり異世界からの“使者”なんて頓珍漢な事を言われて困惑したが、どうやらこれは外の世界では常識であるらしい。まぁ、彼女が本当にそういう力を持っている事は、実際に色々実演されて知らしめられたが。
「と、ここらで良いかね」
やがて、街を流れる川沿いに遡り、人気の無い深い山の中に辿り着いた辺りで、アージェンは足を止めた。水のせせらぎと木々のそよぐ音、鳥たちの鳴き声等々、何とも長閑な環境音がしている。
「さて、話し辛い事も話せる所までやって来た。が、まずはだな──」
そう言いながら、彼女は半透明の板『メニュー』から何枚かの布を取り出す。それをレオロに押し付けながら、アージェンはやや眉根を寄せながらこう続けた。
「身体清めろ、な? 流石に今のあんたみたいに不潔な奴は連れ歩きたくない。沐浴の類いはしない文化かもしれねぇが、リーダーはわたしだから命令には従え」
価値観は押し付けず、行為のみを強制する。見た所アージェンたちはそれぞれ故郷は違うようだし、それによって生まれる摩擦を軽減する為の話術なのだろう。レオロは頷き、差し出された布を受け取った。
四苦八苦しながら身体を清め、一旦離れて周囲を警戒していたアージェンたちの元に戻る。彼の気配を察知すると、アージェンはこちらに振り返ってこう言った。
「うんうん、随分マシなナリになったじゃん。それじゃあ、はい」
そう言って、彼女は再び何かを差し出した。赤く細長い布のような物だ。一体何なのだろうか、とまごついていると、アージェンが説明をし始める。
「口元隠す用のマフラーだよ。あんた、喋ったりすると牙が見えるからさ。流石にちょっと見られたくらいなら大丈夫だろうが、念のためにね」
そう言いながら、彼女はレオロにマフラーを巻き付けた。やはり隠す必要は有るのか。そうして巻き終えた後、アージェンは今度は自分の帽子を外してみせる。
「さて、話そうか。まずはわたしの事を」
大切そうに帽子を抱え、彼女はそう切り出す。頭に生えた二本の角は、今は小さなコブ程度のサイズだ。
「でー、まずレオロ、あんたは『半魔』という種族についてどのくらい知ってる?」
「何も」
「ん、分かった。じゃ、説明するね──」
そして語られた半魔という種族についての委細は、あのフュールとかいうエルフの態度も頷けるものであった。本来は凶悪な魔物の類いで、発見されれば問答無用で狩られる程の種族。人のフリをしていられるアージェンは、“使者”だからこその例外なのだ、と。
「今までは晴嵐にもフュールにも隠して来たんだが、まぁ盛大にバレて、どうにか許された感じかな。正直やり直しかなーとか思ってたが……」
「自分の忠誠は、種族程度で揺らぐ物ではないのでありますよ。例えフュール殿が敵対したとしても、自分は司令官殿の味方であります」
「っはは、ありがと、晴嵐。つーわけで、普段はエルフで通してるから、そのつもりで」
帽子を被り直しつつ、彼女はそう締めくくった。こうしていると全く人にしか見えないが、しかし彼を弾き飛ばす時にみせたあの異形を秘めている事は、忘れてはならないだろう。
次に、とアージェンによって話題が転換される。
「あんたの事だ、レオロ。まず、あんたは普通の吸血鬼じゃあない。普通の吸血鬼は、この長時間日光に晒されてりゃ死んでるしな」
日の光がいつもより眩しいように感じていたが、普通の吸血鬼ならそれだけでは済まない所だったらしい。困惑を深める彼に、アージェンは記憶を探るように目を閉じながら語る。
「わたしも公式──えーと、文献で知ってるくらいなんだが、あんたは吸血鬼の中でもレアな、デイウォーカーって奴なんだ。日の光が平気なのが、一番の特徴らしい。
それから、文献が正しけりゃ……通常の吸血鬼よりも強くて、必ずしも人の生き血を必要としない、との事だ。血が摂取出来るなら、それに越した事は無いっぽいが」
「流石司令官殿、博識ですね。という事は、コイツは覚悟さえ有れば、司令官殿と同様、人と共存する道を選べると?」
「そうなるね」
こんな会話をしているが、それが分かってたからこそ彼女はレオロを助けたのだろう。なるだけ暗い木陰を選んで佇む彼に、アージェンは金色にも見える瞳を向ける。
「これから先わたしたちの庇護を受けるなら、あんたには正体を隠してもらわなきゃならない。当然、他人を襲うのはもってのほか、牙もなるだけ露出させない方が良い」
「……分かった」
「もし、あんたが一般人を襲って血を吸ったら、あんたは討伐対象になっちまう。一度懐に引き込んだ奴を殺すのは、流石のわたしでもクるものが有るからな、頼むぜ」
それでも『殺せない』とは言わない辺り、相当に覚悟が決まっている。だからこそ、優男エルフに少年ドロイド、そして小柄な少女のリーダーなんてチームでやって来れたのだろうが。
「ま、そうでないなら、その内どっかに後ろ盾を見つけて、わたしのパーティーを抜けて生きてくのもアリだろう。でも暫くは、事情知ってるわたしたちに付いて来る事を推奨するが」
「……少なくとも、もっと外の常識や生活力やらを身に付けてから、考える」
レオロの返答に、アージェンは少し嬉しそうにうんうんと頷いた。詰まない道を選べる判断能力が有る事に、彼女は喜んでいるのかもしれない。
「とま、種族について話すべきはこれくらいかな。次は依頼完了の報告がてら、軽く常識編かね~。わたしたちに付いて来るなら、戦闘力も必要だろうが……それはまた次回以降に回すか」
「そうでありますね。今回の話は、フュール殿にも伝えておきますか?」
「ん、頼む」
どうやら、ここから先の講義は街に戻ってからやるらしい。メニューの板を何やら弄り始めた彼女に、レオロは一つ問いかける。
「待ってくれ。訊きたい事が有る」
「む、何だい」
「……俺のこの髪や、肌や、目の色は。村にはこんな色の奴は居なかった。何なのか、お前なら分かるか」
「んあー……それか」
拍子抜けしたように瞬きしながら、彼女は数度自らの顎を撫でる。その反応に少し不安を覚えるが、アージェンの顔には悪感情は浮かんでいなかった。
「それは『アルビノ』って奴でな、遺伝子……つっても分からんだろうし、説明面倒だしなぁ。うーん、晴嵐」
「はい。生まれつきの病気の一種、とでも言えば良いでしょうか。治る物でもありませんが、伝染したり直接命を脅かす物でも無いですから、心配は無用かと」
平たく噛み砕いた説明に、レオロは目元を抑えながら、ゆっくりと頷いた。呪いだ何だと言われてきたこれは、なんとただの病気だったのか。他人に移す心配が無いのは良かったが、何だか色々アホらしくなってしまった。
静かに取り乱す彼に、アージェンはこちらに目を移さないまま続ける。
「ま、アレよな、相当レアな奴だし……レアとレアが合わさってハイパーレアじゃん? わたし的にはとっても嬉しいのよね、不謹慎かもしれないけどさ。
わたしはこの巡り合わせに感謝をしている。これまでの如何なる要素が欠けてても、わたしとあんたは交わらなかっただろう。なーんてな」
「……司令官殿、随分とコイツに好意的でありますね……」
「そら、トゲトゲしてたって何の益もねーし。見習えとは言わんが、この場合好感度は高けりゃ高い程良いでしょ」
にんまりとした彼女の笑みが、晴嵐に向けられる。すると彼は、その台詞に思う所が有ったのか、納得顔になって「流石は司令官殿!」と頷いた。そんな勢いのまま、アージェンは笑みをレオロにも向けてくる。
「それはそれとして。レオロ、あんたの『これまで』は簡単に割り切れるもんじゃないだろうし、そこに余計な口出しをする気も無いけど、ともかくわたしはあんたを歓迎する。勿論、人生相談に乗って欲しけりゃ受け付けるぜ。
大船に乗ったつもりでわたしに付いて来な、何処に着くかは分からんが、少なくとも転覆はしないさ。だから、よろしくな?」
「……自分は第一に司令官殿の部下ですから、同じく司令官殿に従うのであれば、同僚としては認めるのであります。私情としては、気に喰いませんが」
どうやら、彼の狼狽なぞお見通しだったらしい。アージェンは両腕をぱっと広げ、余裕たっぷりに大言を叩く。その横で、晴嵐が肩を竦め背を丸めぶすっとしながら言っていた。
「じゃ、転移するから動くなよ~」
晴嵐の態度に苦笑いを浮かべながら、彼女はそう指示を出して再びあの板に指を伸ばす。すると、三人は一瞬のうちに街の門の前に移動した。
「じゃあクエストオフィスに報告しに行くけど、レオロは『唯一の生き残りを保護した』って事で。何も間違った事は言ってないでしょ」
「了解であります」
「何で連れてくのかーって訊かれたら、このままじゃ生きてけないだろうし責任を取る為に、ってね」
小声で口裏を合わせつつ、アージェンたちは街の中に入っていった。迷う事無くすたすたと進む彼女と、キビキビとその背を追う晴嵐の後ろを、レオロは静かに歩いてゆく。




