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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第七章:ほつれた楽園
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59:グランギニョールの人形劇

 ※注意※

 引き続きエグイです。覚悟を決めてください。


「……ルシさん」


 協力者たちがそれぞれ指定した場所に移動している間の暇を縫い、ネリネはルシフェルのリスポーン地点たる私室を訪れていた。

 一目見るだけで分かる程に、彼の心はズタボロに切り裂かれているようだった。椅子の上で体育座りをして俯いたまま、彼はビクとも動かない。

 少なくとも、アージェン救出・犯人確保の際に彼を駆り出す事は不可能だろう。けれども、駄目元でネリネは言葉をぶつける。


「ねぇ、これから敵を捕まえに行くの。ルシさんも──」

「放っておいてくれないか」


 ルシフェルは皆まで言わせず、鋭く遮る。剣呑過ぎる声音にネリネが臆している間に、彼は訥々と拒絶の言葉を紡ぎ始めた。


「……オレはもう戦えん。無理だ。自分を御するのに精一杯なんだ。

 奴らが怖くて仕方ない。今は殻に籠りたいんだ。……すまん、ネリネさん」


 『怖い』。彼の口からそんな単語を聞く事になるとは。彼とアージェンが見たモノは、それ程までに惨烈だったのか。

 再び沈黙の帳が降りる。澱んだ静寂にちくちくとした居心地の悪さを感じながら、彼女は目を閉じる。


「……分かったわ」


 短く、凛と、一言。何かと──それはルシフェルなのかもしれないし、自分自身なのかもしれない──決別せんと、発せられた。

 ネリネはルシフェルに背を向け、歩き出す。そしてメニューを開き、無事位置に着いた事を報せる協力者たちからのチャットを認めながら、彼女は足元に伸びる自らの影に対して呼びかけた。


「コノハズク、来なさい」


 瞬間、彼女の半歩斜め後ろに、まるで影のような姿の竜人──コノハズクが現れた。廊下を歩き続ける彼女に、彼は足音も立てずに追随する。


くわよ。付いて来て、あたしを守りなさい」


 コノハズクが頷く気配を感じながら、ネリネは一時足を止め、転移を発動した。そして向かうのは、キュリオスの計算により導き出された、ケヴルーア大陸の中心地点である。




 今回の作戦は、要するに『超広範囲の探査魔法』を使い、ケヴルーア大陸全てからアージェンを見つけ出す、というモノである。

 けれども一大陸全土を覆う程の探査魔法なぞ、例えそれのみに特化したプレイヤーであっても、一人では不可能だ。しかし、一人でなければ可能になりうる。

 これまでの実験により、BセンタはHPやMPの共有だけではなく、発動している魔法──NセンタだかFセンタだかの統御にも使える、という事が明らかになっている。それを利用する。

 まず、コノハズクに『対象を指定していない探査魔法』を込めさせた魔法球を、協力者たちに指定した場所で起動させる。そしてネリネが、それをBセンタを介して統率する。対象がハッキリしていれば、意志の無い対象にBセンタを介して接続する、くらいは超遠距離でもなんとか出来る。

 複数の魔法をBセンタで纏めると、どういうわけだか互いの威力が増幅される事が分かっている。その相互増幅効果により、探査魔法はケヴルーア全てをその範囲内に収める。

 そうしたら、アージェンの事を良く知っているネリネが、彼女を探査魔法の対象に指定する。無事彼女の事を見つけ出せたら、支配下に置いている探査魔法を集束させ、高密度の催眠魔法に変換し、アージェン諸共犯人たちを眠らせた後、コノハズクが敵の確保に向かう。──これが一連の流れである。


(……大丈夫かしら)


 魔法の統御や集束、変換自体は実証済みだから失敗は無いだろうが、大陸規模の魔法なんて初めてだ。想定外の事態が起きない保証はどこにも無い。

 怖じ気付いたか、と自嘲する心の声がする。今からでも作戦を切り替える事は出来る。転移でアージェンを救出し、犯人の確保は後でに回す方策へと。

 だがネリネはぶんぶんと首を振る。ここで日和るのは有り得ない。それなりの時間が経過した今、アージェンがまだ何もされていない可能性は低いし、ならこのまま突き進んだ方が良い。

 それに、ここで犯人を捕まえ、相応の裁きを受けさせる事が出来れば、他の犯罪者に睨みを利かせる事も出来るやもしれない。何より、アージェンとて仲間のNPCの危険を放置する事は望んでいないだろう。


『皆さん、魔法球の発動をお願いします』


 チャットを通じ、ネリネは指示を飛ばす。次々と起動報告が画面上に並ぶのを認めながら、彼女はふと傍らのコノハズクの顔を見上げた。


「……頼むわね」


 そして呟く。何の含みも無く頷く彼の姿を認めながら、ネリネは装備を着替え始めた。

 下着以外の全てを脱ぎ捨て、代わりに十二単の如き重ね着のローブを身につける。髪も解き、頭を完全に覆ってローブと一体化するヘルメットを被り、仕上げに装備出来るだけ魔力強化系のアクセサリを身につける。

 流石に頭の前面は半透明の素材で作られているが、それ以外は肌色どころか身体のラインすらも定かでない程の重装備だ。背に負う大きな羽飾りの効果で浮き上がり、地面から足が離れれば、最早身長すらも分からなくなる。

 魔法能力を強化する為の装備変更であるが、アバター装備を利用すればこんなめんどくさい格好になる必要は無い。だがあえて機能装備そのままの姿にしているのは、所謂気合い入れの一環である。


「ma'u'ei mi ze'epuru'i pamei

 .i da lanzu .i da tadgri .iku'i mi pu pa po'o mei

 .iku'i jinvi lodu'u ri'a lonu penmi do ku mi pupu'i cenba

 .i jinvi lodu'u djuno filoka pendo」


 見渡す限りのサバンナの中心で、彼女は詠唱を開始した。服が重くて腕を上げる事すらままならないから、浮いている以外は棒立ちの態勢のままだ。


「.i .a'o sidju lo dirba pendo

 .i .aunai caze'eba cirko ri

 .i .aisai mu'i la'ede'u mi cuxna

 .ida'i .uinai do mi xebni

 .ida'i mi mrobi'o ma'u'oi!」


 ローブの中で両手をそれぞれ握りしめながら、彼女はヘルメットの中で決意を叫ぶ。


「zi'e'ai xlura lo byzei senta folo drata makfa gi'e

 jajgau lo pe la .kevruu,an. ku sisku makfa!」


 そして実行。頭の奥でピピッとした音のようなものが鳴り、各地で展開された探査魔法と自分の意識が接続される。発動自体はしているものの、まだ本格的に動き出してはいない魔法たちに対し、彼女は探査対象の設定をする。


「ma'u'ei .ei doi lo'i mafyboi ko binxo lo po'e mi kanla ma'u'oi

 zi'e'ai xlura lo fyzei senta folo drata makfa gi'e

 sisku tu'a lopo la .ajen. ku selzva」


 アージェンを探せ──自らの意識を介し、そう命ずる。すると魔法たちは一気に動き出し、それに引きずられてネリネの感覚も広がり始めた。

 奇妙な心地だ。視覚や触覚というわけでもない、しかしそれらと同等に明瞭な不思議な感覚と彼女の意識が接続され、連動している。ケヴルーア中に広がり駆け回る魔法感覚に、ぐいぐいと思考が薄く伸ばされていくようだ。


「ma'u'ei jorne .i brabi'o .i jirkla .i sisku

 .i cmobi'o .i romei turni……」


 まだアージェンは見つかっていないが、次の為の詠唱をし始める。超広範囲の探査魔法に接続している所為で、段々自分自身が曖昧になっているのが分かったが、だがロジバンを紡ぐ口は止まらない。


「.i tirna lope lo munje ku nu badri

 .i ganse loka lo romei cu dunku

 .i lonoi marxa mi ku'o betri」


 魔法の副作用か、目的とは何の関係も無い情報が、ノイズとして意識の中に入り込んで来た。誰かの嘆き、知らない人の苦悶、無関係の悲劇──おそらく、それらは探査範囲の中に存在するモノなのだろう。

 心の表面を荒いヤスリでざわざわと撫でられているような気分だ。痛みは感じないし実害も無いが、気分が悪い。


『──.i .a'ACaI Ko SE beNJi lO LuNra giIhE sNAdA dOi Vi vOkSa』


 何か、混ざった。雑音まみれのそのロジバンは、ネリネが考えた文章ではない。魂の片隅に引っ掛かったナニカの想いが、混入する。


(な、に)


 バグか何かか。『ロジバン魔法』を設計した者にとって、これは想定外の規模の魔法だったりして、それ故に予期しない動作が発生しているのだろうか。


「.i .e'anai sisti lozu'o cadzu

 .i .e'anai sisti lozu'o gasnu

 .i ki'u lonu loka tolpa'a cu jelgau lo .iu se pacna keiku」


 考えながらも、詠唱は止めない。またノイズが走る。希釈された自我は、他の影響力に容易く感化された。


「──.ehO.O'onAI Na cAzEhEBaRu'i dASpO Lo VI MUnJe」


 単にローブの所為か、それとも動かし方を失念してしまったのか、身体が重くて動かない。だが彼女は気合いで呼吸を繰り返し、そしてロジバンを詠み上げ続けた。


「.i doi pa po'o se pacna ko to'e canci lo nenri be lopo'e mi menli!」


 半ば夢心地のまま、彼女は口を動かす。同時に、探査魔法に動きが有った。漸くアージェンを見つけたのだ。


「.i ko jajgau lo so'i pa'aselsku voksa gi'e binxo lope lonoi pacna ke'aku'o balvi ku sinxa ma'u'oi!」


 全力でそこに意識を集中させる。その座標を起点に、半径50メートル程の球形範囲を指定し、催眠魔法のイメージを組み立てる。


「zi'e'ai xlura lo fyzei senta folo drata makfa gi'e──」


 集束、そして変換。間違いなく発動する様、彼女は強く、ひたすら強く念じた。


「──galfi lo sisku makfa lonoi sipygau loi sruri la .ajen. ku'o makfa!」


 瞬間、魔法が収縮し始めた。ネリネの意識も引きずられ、収斂してゆく。ぼやけていた感覚が鮮明になり、そして目標地点周囲の風景を捉え始める。

 やがて、全ての魔法が範囲内に集結した。Bセンタを介して増幅されたそれらが次々と催眠魔法に改変され、範囲内の全ての生き物を眠らせてゆく。同時に、集束した彼女自身の意識が、その場の惨状を明確に知覚する。


「……う、げ」


 場所は、どこかの廃屋のようだ。まき散らされた夥しい量の血、地べたに直接並べられた何かの球のようなもの、片隅に堆く積まれた骨や服の断片。

 並べられた球のようなものは、良く見れば人の頭だ。被害者のエルフたちと思しき生首たちは、皆一様に頭蓋を開けられその中身が露出している。頭の大きさに対し中身が少な過ぎやしないか──その疑問は、周囲に無数のスプーンが転がっていた事からすぐに解けた。


(喰った、のか……)


 成る程、ルシフェルがああなるわけだ──妙に冷静な感想が、まず浮かぶ。次いで全身の中身を全て嘔吐してしまいそうな程の吐き気がこみ上げ、彼女は潰れたカエルのような悲鳴を上げる。


「あ、あ、このは、ずく……」


 縋るように、彼女は従者の名を呼ばわる。するとそれに応えるように、ネリネの左手が大きな手に握りしめられた。どうやら服越しであるらしく、温かいのか冷たいのかすら分からなかったが、しかし確とした肉体に対する刺激はネリネの思考を冴えさせた。

 確かに知覚した残酷劇と向き合い、彼女はくぐもる声で力強く唱える。


「zi'e'ai xlura lo ubuzei senta folo drata makfa gi'e

 ctuca la .kono'azuk. lopo la .ajen. ku selzva!!

 ──行けっ、コノハズク!!」


 瞬間、彼女の手を握る存在が消えた。同時にアージェンの周囲に広げられている感覚の中に、コノハズクの気配が現れる。

 コノハズクは黒い影のような繭で包む魔法を使い、次々と下手人どもを拘束してゆく。その最中、彼女はふと、無意識に気を向けないようにしていた魔法感覚の中心──アージェンの方を“見”て、しまった。


「あ」


 彼女は、生きていた。他のエルフたちと同様の状態──首だけで、脳みそを開けられて、目玉も片方落ちて潰れてて、身体はもうどこかに行ってしまっていて、もしかしたら目の前に有るぐちゃぐちゃの肉の塊がそれやもしれない──そんな、凄惨な有様にも関わらず。

 アージェンはタンクだ。それ故に防具無しでの耐久力も凄まじく高く、首を落とされてもすぐにはHPが減りきらない程である。だから、HPが完全に失われて死ぬ前に、『HPのみを』回復する魔法を掛け続けたら──アージェンが攫われた時から考慮はしていた可能性だったが、まさかそれが現実だったとは。

 声は聞こえない。それを出す為の器官は最早彼女からは失われてしまっているし、今は催眠魔法で眠っている筈だ。けれども、彼女の恐怖と苦痛と絶望は、痛い程に感じ取れた。


「……っあ、やっ、う……」


 やがて犯人の確保を終えたコノハズクが、リジェネの回復量と『首以下喪失』のダメージ量が拮抗しているアージェンの頭を砕き、とどめを刺す。すると彼女の頭だった破片と、肉体だったらしい肉塊や骨片が消滅した。デスルーラしたのだ。

 コノハズクはそのまま犯人の入った黒い繭を抱え、事前に用意していた留置所へと運んでゆく。敵の全てが確保され終えたのを確認した後、ネリネはからからに渇いた喉でロジバンを紡いだ。


「し……へ、はぃ……」


 魔法球たちとの接続が切断される。そして彼女は、糸の切れたマリオネットのようにその場に倒れ伏した。浮いている状態からの転倒だったが、分厚いローブとヘルメットはそのダメージを完全に遮断する。

 もう魔法感覚とのコンタクトは途切れた筈なのに、いまいち身体に感覚が戻らない。まだあの廃屋が知覚下に在るような気分だ。肉体から魂がはみ出て、そのまま流れ出してしまうような、そんな錯覚さえ覚える。


(……流石に、無茶、し過ぎた、かしら……)


 超広範囲探査魔法の副作用。この意味不明な精神と肉体の乖離の正体は、恐らくそんな所だろう。

 転移のクールタイムは事前に経過させてあるから、一言『アトリエへ転移』と唱えればすぐにこの場を脱する事が出来る。だがしかし、唇が動かない。早くここを離脱せねば、いつ魔物が寄って来るか分からないのに。


「ma'u'ei .i ki'u lo nu do jinvi kei ku mi zasti

 .i ki'u lo nu mi jinvi kei ku do zasti ma'u'oi」


 ふと、聞き取るのに苦労する程低音のロジバンが、耳に届いた。地面と身体の間に何かが差し込まれる感触がして、少し遅れて浮遊感が有った。


「──zi'e'ai broda」


 何だろう、と彼女は目を開ける。すると、半透明のフェイスガード越しに、コノハズクの姿が捉えられた。どうやら、助けに来てくれたらしい。

 彼は謎の魔法を実行した後、ネリネを抱きかかえアトリエへと瞬間移動する。その辺りで、いつの間にか身体の感覚が平常に戻っている事に気付いた。


「……おまえがやったの?」


 所謂お姫様だっこ状態から床に降ろされたネリネは、ふらつきながらも自立しつつそう問う。すると、コノハズクは静かに頷いた。


「ん。ま、ありがと。助かったわ」


 安楽椅子に転がり込むように座り、彼女はまずメットを外す。籠っていた熱気が一気に解放される奇妙な快感を感じながら、装備画面を操作し元の服装に戻した。


(次は……そうだ、ジェンさんの保護が最優先。その後は犯人の『完全な無力化』、それから各方面への『見せしめ』……後、協力者への報酬の支払い……)


 猶予の時間はそれ程無い。今すぐ眠り込んでしまいたい程の疲労が絡み付いているが、少なくとも前二つは早急に取り組まねばならない事柄だ。


(あたしがやらなきゃ、誰がやる。もうあたししか居ないのよ、何処何処で、己の足で立っている奴は──)


 アージェンも、ルシフェルよりも酷い精神状態になっている事が予想される。常識的に考えて、プレイヤーでなければ死んでいるような惨い目に遭って、普通に正気を保てる人間なぞ存在しないだろう。

 良くてルシフェルと同様の引き蘢り化。悪ければ発狂して犯罪者化。さて、アージェンはどうなるのだろう。一抹の好奇心が生まれるのを確かに了解しながら、ネリネは一時の休息を終え、再び立ち上がった。

59話の詠唱和訳→https://www.evernote.com/shard/s282/sh/ccfff763-a474-4877-9e4f-5c3a970600b0/0ecead1e0f1033f09d375dce7e75e6bb

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