58:砕けた夢の破片
※注意※
今回大変えぐい描写が出て来ます。覚悟してください。
ゾグシェーノ王国の、とある大森林の近くにひっそりと佇む、がらんどうの家々。それが、エルフ少女誘拐事件の犯人のアジトと目されている場所だ。
疫病によって壊滅した地域のど真ん中、未だ復興の目処の立ってないそこを、アージェンたちは遥か雲居の上から俯瞰していた。魔法球によって生み出された空中の足場には、彼女たち四人の他に数十名の協力者が集っている。
だが結局、アジト突入メンバーの追加人員は得られなかった。MPタンクの方はこれだけ集まったが、やはりそこまでの危険は冒したくない者は多いらしい。
「二人とも、準備は良いかしら」
ネリネが小さく声を掛けてきた。アージェンは頷きつつ、真剣な表情でメニューを操作するルシフェルの横顔を見る。
まず、ネリネ、キュリオス、アージェン、ルシフェルの四人でPTを組んでおく。敵地に突入するのはアージェンとルシフェルだけだが、万が一の際外部からの転移で脱出出来る様、ネリネとキュリオスも同PTに入れておくのだ。
ルシフェルがマップ画面からディーネイを見つけたら、彼女をPTに加え、転移を使用し救出する。治療が必要であれば、アージェンがそれに当たる。そうしたら催眠魔法を放ち、突入組二人が犯人の確保に向かう。
──以上が、今回の作戦要項だ。予定外の事態が起きた際のチャートも、十全に話し合って用意してある。
(多分、大丈夫だと思うけど……なーんか、やな感じがねっちょりしているんだよな)
油断はせずにやろう。アージェンはそう思いながら、身体から力を抜いて精神統一に励む。と、その辺りで、ルシフェルがこれ以上無く苦々しげな声を上げた。
「ディーネイが、見つからねえ……」
「え? ……まさか、見当が外れたか?」
キュリオスが間違えるとは思い難いが、それなら情報収集のし直しか。だが彼は首を横に振る。
「これを見ろ。……敵は居るんだ、敵は」
彼が自身のマップを開示にし、アージェンたちに見せる。するとそこには辺りの地形と、地下深くでうようよしている敵対反応、それから数個の中立反応が映し出されていた。
中立反応たちのステータスは、全て開かれている。皆エルフだが、レベルは殆ど一桁だ。『昏睡』『出血』等の状態異常のアイコンや、半分以下にまで減っているHPを認め、アージェンは眉を顰める。
「最後に会った時、ディーネイのレベルは88だった。……つまり、そういう事なのだろう」
誘拐の被害者らしいエルフは居る事から、この敵対反応は間違いなく犯人なのだろう、という事は推測出来る。だのに、ディーネイの反応は見当たらない。わざわざ彼女だけ隠す理由も見当たらない。
それらから導き出される可能性。それは、既にディーネイは殺害されてしまったというモノだ。
NPCは、死ぬと死体となる。この死体はモンスターの死骸と同様にアイテム扱いで、インベントリに仕舞う事も出来る。勿論アイテムなので、マップ上にはキャラクターとしての反応は出ない。
「ハァー……マジか……」
彼は目を覆い、苦しそうに呟いた。予想され、ルシフェル自身も覚悟していた可能性だが、しかし実際に目の当たりにしたのはキツかった様だ。
「ま……まだ諦めるのは早いよ、ルシフェルさん。五体満足で新鮮なら、蘇生ワンチャン有る」
アージェンはそう元気づける。死亡してから時間が経っておらず、遺体の損傷が酷くなければ、死亡したNPCも回復魔法で復活させる事が出来る。死亡してから大体数十分以内でないと駄目な上、結構な確率で記憶や知能に障害が残るが、まだ希望は完全には潰えていない。
「……ああ、そうだな。その時には、アージェンさん、頼む」
「任せときな。でだが、ディーネイさんをPTに組み込めないなら、予定変更だな。催眠魔法をぶっぱなした後、侵入して彼女を回収、って具合に」
「遺体が見当たらなかった場合は、敵のインベントリにぶっ込まれてる可能性が高いわ。その時は、犯人の確保を最優先で。他の中立NPCは、余裕が有ったらね」
PTに組み込めれば他の被害者を救う事も出来るのだろうが、中立NPCをPTに入れるには相手の受諾が無ければならない。友好なら受諾無しでも良いから、遠くからでも出来るのだが。
アージェンの能力からして、レベル100の相手に対する催眠魔法の効果時間は、良くて十分程度。相手が耐性を固めていれば、三分行くか行かないか。最悪、アージェンたちの“切り札”を切る事も視野に入れるべきだろう。
「じゃあ、そろそろ決行と致しますかね。協力者の皆さん、わたしとMP共有をお願いします」
彼女は一歩離れた所で待機している協力者たちに、そう呼びかける。すると彼らは銘々立ち上がり、口々にMP共有魔法を唱え始めた。
合唱のようにも聞こえる呪文が終わった頃には、十数人分のMPがアージェンの物となっていた。それを認め、彼女は詠唱を開始する。
「ma'u'ei .a'asai mi lo selsa'a cu binxo
.i re'e doi lunra ko tu'a lo voksa be mi lo kerlo be do cu ganse」
普段使うメイスではなく、魔法能力に特化した長い杖を掲げ、唱える。今回はNPCの目に触れる可能性も有るので、《魔性開放》はしない方針だ。
「.i mi lo noi co'a kalri lo pluta be tezu'e lo nu sidju lo selpa'i be lo noi naka'e basti ku'o pendo ku'o gusni cu zbasu
.i mi lo noi zbasu lo noi dicra lo noi ze'eba ranji ku'o badri kamki'i ku'o balre ku'o kampa'a cu zbasu ma'u'oi!
zi'e'ai .u'o ko to'e xanka sipna!」
形の無い魔力の波動が杖の先から発せられ、廃墟を覆い尽くす。すると、敵の状態異常欄に、続々と『睡眠』のアイコンが現れる。
「──突撃ィ!!」
それを視認したアージェンは吶喊し、そして足場から勢い良く飛び降りた。そして素早く武器をメイスと盾とに持ち替え、全身が風を斬る音にかき消されながら魔法を唱える。
「zi'e'ai vacri kicne!」
放出された魔力が着地予定地点周辺の空気に干渉し、柔らかな緩衝剤のようなものに変質させた。結構な速度で真っ直ぐに落下していたアージェンを、その空気のクッションが受け止め、無傷のまま地面に辿り着かせる。
ルシフェルの方も、間もなく自前の翼で優雅に降りて来た。二人は一瞬視線を交わし、そのまま敵対反応の集まっている所を目指して駆け出す。
「急ぐぞ、兵は神速を尊ぶ、だ!」
と言いつつも、彼はアージェンと足並みを揃えて走る。単独で突出して、罠やらの集中砲火を受けたら目も当てられないからだ。
やがてアージェンが先頭に立ち、扉を蹴破って目星の屋内へ突入する。シンプルな構造の平屋の中には人の気配は無かったが、奥の壁際に謎の細い縦穴が空いていた。
マップを見、それが間違いなく地下に通じている事を悟ると、まずアージェンがその中に飛び込んだ。ルシフェルも、翼で速度を制御しながらそれに続く。
落下距離自体は何もしなくてもノーダメージな程度だったが、着地地点にびっしりと竹槍が仕込まれていた。だがこの程度の罠では、彼女に傷を与えるまでに至らない。防御力で踏み潰す。
「フン、せめて鋼鉄製の棘の山でも用意してきな」
ルシフェルの降下に支障が無い程度に竹槍を潰しながら、アージェンは不敵に呟く。そして前方を見れば、そこには数メートル程の通路が続いており、その奥にいかにもな扉が設置されていた。
それを認めたアージェンは、両腕を顔の前でクロスさせて頭部をガードしながら駆け出す。案の定無数の罠が仕掛けられていたが、彼女はその全てを踏み抜き受けきっていった。
トラップを全て発動させ終えた所で、流石にちょっぴり減ったHPを回復させながら、アージェンはルシフェルの合流を待つ。彼が駆けつけ、こちらに向けて頷いたのを確認した後、アージェンは最後の扉に勢い良くタックルし、それを破った。
「ディーネイッ!!」
魔法による明かりが点いているとはいえ薄暗い空間に、ルシフェルがまろび出て叫ぶ。むわっと叩き付けられる濃厚な血の臭いに顔をしかめながら、アージェンもきょろきょろと部屋の中を見渡した。
未だに眠り続けているプレイヤーたち。巻き添えに眠らさせられた被害者。それから*****の**。──思考にノイズが入る。
「……っは」
目の前の光景と、自身の知識が上手く結びつかない。(認識してはならない)***が*になっている*****の**だ。(理解するな)それから、**のように***けられた*い*。(見るな!)他にも一杯のエルフの**が、大きなテーブルの上に並べられている。
「……あ、あ」
早く、目的を果たさなければ。(それどころじゃない早く逃げろ)……はて、ここに来た目的とは何だったのだっけ。(良いからさっさと転移だ!)そうだ、人を探しに来ていた筈だ。(逃げろ逃げろ逃げろ手遅れになる前に!!)その探し人の顔や特徴は良く覚えている、さっきも見た、彼女は──。
ふらり、とルシフェルが一歩踏み出す。そしてテーブルの上に並べられている**のうち、長い銀髪が無惨に血脂に塗れているのを両手で持ち上げた。そして、彼は言う。
「ディーネイ、こんな所に居たのか」
場違いなまでに明るい、親しい者に語りかけるような口調。それは、アージェンにとってのタブーであった。キーワードに刺激され、急速に認識が繋がってゆく。
ルシフェルが持っているのは、ディーネイの生首。脳みそが露になっているディーネイの生首だ。
テーブルの上に並べられているのは、焼肉のように切り分けられた赤い肉。他にも、一杯のエルフの生首が並べられている。この状況から察するに、肉の正体は──。
「ああああああああああああああああああああああああ!!」
全てを理解した──理解してしまったアージェンは、叫喚した。覚悟の遥か上をゆく狂気に、彼女の感情の全てが恐怖の色に塗り潰される。
それでも幽かに残った冷静さが、今すぐ逃げろ、と彼女の右手をメニュー画面に伸ばさせる。絶望に凍り付き言う事を聞かない腕に、全身全霊の気力を込めて動かし、転移を発動させようとする。
が、その瞬間、刃が彼女の目の前で閃いた。メニューに伸びていた腕に、骨の半ばまで達する深い傷が刻まれる。爆発する激痛に、彼女の動きはいよいよ完全に停止する。
「あッ、がっ、て、転──ごガッ」
ならば、と音声入力で転移をしようとする。だがそれすらも、背後から喉を貫かれた事で遮られてしまった。
これでもかと見開かれた目を動かし、アージェンは自身の気道を塞ぐそれを視認する。己の新鮮な血に塗れたそれは、日本刀のような切っ先をしていた。
彼女の防御力を優に貫通してきたという事は、相手は攻撃特化の高レベルプレイヤーか。自分のHPが、凄まじい勢いで減少していっているのが分かる。手先足先から感覚が薄れていって、自身の力では立っていられなくなる。
ずるり、と刀が抜かれた。最後の支えを失った彼女は、重力に従い崩れ落ちる。今度は自身の出血が喉を塞ぐ息苦しさを感じながら、夥しい量の古い血が染み付いている地面に這いつくばった。
「グャッ……あ、ぅふッ、えぁっ」
そして彼女は、次々と目覚めて動き出す犯人たちの姿を、ぼやけた視界の中に捉える。更に、久方ぶりに見る姿のドワーフが、ルシフェルの脳天をかち割り殺している場面も認めた。
それから、彼女の喉を貫き、片足でその腹を踏みつけ押さえている相手の姿をも視認する。青黒い肌に、背中に付いたステゴザウルスのような背びれ、肥大化した二本の角に、レモン色の短い頭髪と毒々しい紫色の目玉。
(ラインハルト……キーマ……きさま……)
胸が張り裂けそうな悲嘆のままに、彼女は一筋の涙を零す。そのまま目蓋を落とし、アージェンは意識を闇の中に沈めてゆく。
作戦は失敗だ。だが、ルシフェルの死亡とアージェンの無力化はネリネも認識出来ているだろうし、きっと転移で救い出してくれるだろう。そう思って、アージェンは深い失意と一抹の安堵に脱力する。
廃墟の上空にて、仲間や敵のステータスとマップ画面から戦況を見守っていたネリネは、ルシフェルが死亡した事、アージェンが無力化された事──そして、アージェンの所在を示すアイコンがマップ上から消滅した事を認め、それへの対策を素早く考え始めていた。
(余程の事が起きたんだわ)
二人が無力化される直前の数秒間、それまでは機敏に動いていたというのに、彼らは足を止めてしまっていた。きっと、ルシフェルの覚悟すら踏み潰す程の異常事態が、あの場には繰り広げられていたのだ。
アージェンのアイコンが消えたのは、敵にステルス化の魔法をかけられたからだ。ステータス欄にそのバフのアイコンが浮かび上がっている。一緒に近くに居た敵対アイコンも消えたから、恐らくはそいつが彼女をどこかに攫おうとしているのだ。
他の中立NPCの反応も消滅したが、こちらはステータス画面も一緒に無くなったから、きっと殺されてしまったのだろう。間もなく、他の敵対反応も周辺マップから消える。
(……冷静に。冷静になれ、ネリネ。『何が起きたか』『何をすべきか』考えるのよ)
自身に言い聞かせる。感情的に転移を発動させてしまいたくなったが、どうにかそれを押し止めた。これ以上の最悪になんて転がりっこないし、少しくらいゆっくり考えたって良い筈だ。
まず、思いもよらない異常事態が有った。それに二人は気を持ってかれ、そのままルシフェルは殺害されて、しかしアージェンは殺されず囚われた。アージェンは誘拐され、ルシフェルはデスルーラでリスポーン地点。これが、今までに起きた出来事だ。
そして今後予想される事。恐らく、奴らは他の場所にアジトを移すだろう。とはいえ、PTを組んでもいない他人を巻き込んでの転移は出来ないから、少なくともこのケヴルーア大陸の外に出られる事は無い筈だ。
それから、何故アージェンが攫われたのか──半魔の外見は角と紋様を除けばエルフそのものだから、他のエルフ少女と同様の目的なのやもしれない。然れば、一刻も早く救出すべきではないか。
「ネリネ」
結論を導き出し、今度こそ転移を発動させようとしたその時、キュリオスの声が掛かった。ネリネは手を止め、彼女の方を向く。
「臭い物から救い出したとて、他が落ちる可能性は残る。ならば丸ごと焼くべきではないか」
相変わらずの謎掛けめいた言葉に、ネリネは暫し考える。……要するに彼女は、この事件の根元から断ち切るべきだと──何としてでも犯人を捕まえてしまうべきだ、と言っているのだろう。
確かに、今転移でアージェンを救出しても、犯行が止む事はないだろう。それどころか、アージェンという足手まといが無くなれば、転移で大陸の外に出て行ってしまうやもしれない。
そうなれば、また一からやり直しだ。次も相手の根城を見つけられるとは限らないし、足枷たるアージェンが居て、絶望的な程遠くに行ってないうちに手を打つべきなのではないか。
その場合の最善手も有る。ネリネは自身のインベントリから、一冊のノートを取り出す。それは、キュリオスと共に設計した魔法を書き付けたものだ。
「……そうね、そうするべきかもしれないわ」
探査魔法。強力な探査魔法であれば、アージェンを目印に敵を見つけ出す事も出来る筈だ。探査妨害魔法が彼女のバフ欄に浮かぶ気配は無いし、恐らく相手は失念しているのだろう。透明化魔法を掛けていれば見つかるまい、と。
とはいえ、探査魔法の基本的な範囲はあまり広くない。ネリネの能力では、精々街一つを覆うのが限界だ。キュリオスならもっと広範囲を探す事も出来るだろうが、探査魔法は対象の事を良く知ってないと確実さが弱まるから、どうにも微妙な所だ。
だからここは、“切り札”の一端を切る。『Bセンタ』を利用したこの魔法を──。
「……協力者の皆さん」
ざわつきながらもまだここに残ってくれている協力者たちに、ネリネは向き直る。しつつ、彼女はメニューを操作し、こんな事も有ろうかと用意しておいた、幾つもの魔法球たちを取り出した。既に術式は組み込み済で、MPも十二分に込めた物である。
「犯人に逃げられました。そこで、こういう事態に陥った時の為のプランに移ろうと思います。
その為には人手が必要です。この魔法球たちをこちらが指定した場所で起動し、護衛するだけの簡単なお仕事です。
勿論、報酬はMP提供のとは別口で用意します。お願い出来ますか」
慣れない丁寧語での呼びかけ。それに対し、暫しの沈黙の後、まず協力者たちの内一グループが進み出てきた。
「キチンと報酬が支払われるなら、追加の依頼を受けるのも吝かじゃあありません。承りましょう、その頼み」
彼らはロールプレイヤーではないが、しょっちゅうアイテム集めの依頼を出していた一団だ。下手な何処何処メンバーよりも付き合いが長い彼らの代表は、笑みを浮かべてこちらに歩み寄る。
そして次に出て来るのは、何処何処内での親しい者たちだ。彼らは口々にこう言う。
「……全く、水臭いなあ、ネリネさんは。ここまで来たら、もう我々何処何処ギルドは一つの運命共同体でしょう」
「何か考えは有るんでしょ? なら、私たちもそれに乗りますよ」
色好い返事の数々に、ネリネは軽く口角を上げる。彼女は頷き、一旦PTを解散させた後、マップ画面を開示して一人一人に指示を出し始めた。




