表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第七章:ほつれた楽園
69/117

60:じょうずなプレイヤーの**しかた

 ※注意※

 引き続き覚悟してください。


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 苦しい。怖い。痛い。怖い。嫌だ。怖い。怖い。苦しい。怖い。痛い。嫌だ。

 死ぬ。死んでいる。死ぬ。死にたい。死にたくない。怖い。死ぬ。死にたくない。死ぬかもしれない。死ぬのは怖い。嫌だ。

 誰か、誰か助けて。誰でも良い、何でも良い。如何なる対価を求められても。誰か助けて早く助けて早く速く疾く助けて助けてお願い助けてお願いします何でもしますから!

 誰か、誰か! 誰か! だれか!! ここからわたしを何が何でも救い出して!!

 ルシフェル! ネリネ! キュリオス! 誰でも!!

 …………。

 ……ヘイゼルさん。ヘイゼルさん。助けてよヘイゼルさん。帰って来てよヘイゼルさん。ヘイゼルさん。

 ……。

 なぁ、レオロ。あんたならわたしを──。




 目が覚めた。アージェンは寝台の感触の上で、徐に目蓋を開ける。窓から淡い陽光が差し込んでいた。

 ちゅんちゅん、ぴぴぴ、ちよちよ、と鳥の鳴き声が聞こえる。眠いなぁ、と思いながら、彼女はぐだぐだと寝返りを打つ。

 思考回路に、徐々に火が入ってゆく。どうして自分はこんな所で、しかも全裸で寝転がっているのだろう。確か、ディーネイを救い出す作戦を真っ最中だった筈なのに。

 ……そうだ、作戦は失敗したのだった。どうして失敗したのだっけ。ディーネイが生首になっていたからだ。そして──。


「うッ」


 両手で口元を押さえ、どうにか吐き気を飲み下す。死ぬ直前までの記憶が、一気に想起され始める。

 見知った顔のドワーフに、首を落とされた。それで死ぬ前にリジェネを掛けられ、そのまま首から下を解体するさまを見させられた。舌を切り取られ、脳みそを開けられた。助けて欲しかったのに、誰も来なかった。『自分』を食べている様を見せつけられた。それから、それから、それから──。


「い、ギッがっ、あああああ、ああああああああああああああああああ」


 鮮烈な記憶と共に、生々しい感覚までもが蘇ってくる。動きを完全に封じられ、腹を裂かれ、腑を引きずり出され、皮を剥かれる、その全ての感触が、鮮やかに。


「嫌だ嫌だ許してください嫌だごめんなさい許してわたしが悪かったごめんなさい許して痛い怖いやめてお許しくださいごめんなさい嫌だやめて嫌だ嫌だ──」


 身を捩り、暴れ、必死にその手から逃れようとする。だが物理攻撃で幻を払う事なぞ出来る筈も無く、徒に寝台を傷付け、部屋をボロボロにしてゆくばかりだった。

 本棚を蹴り飛ばしひっくり返す。ナイフを取り出し幻影を刺そうとして壁を刺し、タペストリーをずたずたに引き裂く。転がり落ちた土産物のよく分からない像が、ぐしゃりと踏み潰されて砕ける。


「消えてッ、消えてなくなれっ!! 居なくなれ無くなれ亡くなれなくなれここからいなくなりなさい消えろ消えろ消えてしまえいなくなればいいきえてなくなれきえろよォ!!」


 防具どころか一糸すら着けていない身体はどんどんと裂け、拉げてゆくが、恐怖に焼き尽くされた彼女の心はそれを一切気にしない。音割れする程に振り切れた感情は、ひたすら彼女を暴力行為に駆り立てる。

 やがて時間が経ち、何処からともなく部屋に入って来た誰かに殴って無力化されるまで、アージェンはずうっと暴れ続けていた。




 ネリネによる事後処理は、速やかに行われた。

 まず、発狂して暴れ回っていたアージェンを無力化して保護した。そして真っ当で穏健な拘束を施し、精神状態の回復を待つ事になっている。……あの状態から復帰出来る可能性は、あまり高くなさそうだが。

 次にはキュリオスと共に、捕まえた犯人たちの完全な無力化を行った。UセンタとSセンタの相互干渉作用を断つ魔法は、プレイヤーに対しても問題なく機能した。

 動かなくなった彼らの肉体は、万が一に備えて声帯を破壊した後、鋼鉄製の大きな一つの棺桶の中に押し込められた。後々、それは地中深くに埋葬される予定である。

 その事実は、プレイヤーたちに対し大々的に発表された。流石にセンタ関連は伏せたが、『ネリネを怒らせたら酷い事になる』という事実はよくよく周知された。これで一先ず、彼女の手の届く範囲に一応の平穏が訪れるだろう。

 また、それと並行して、今回の事件の全ての元凶──つまり、キーマ発狂の原因となった存在についての調査がなされた。そして、それは恐ろしく容易く見つけられた。

 そう、本当に、本当に簡単な事だった。少し能動的に調べようとしたら、キュリオスの力を借りずとも簡単に辿り着けた。

 禁固されていた犯罪者たちを解き放ち、キーマから最後の良心すらも失わさせた全ての悪因──そいつの名は、ギルド『ボールマウス愛好会』マスター、このみ。


「こンの、クズ女郎がァァァァァ!!」


 キーマの名を騙っての呼び出しにノコノコと応じたこのみに対し、SAMSARAハウスの《蓮の糸》本部で待ち構えていたネリネは、問答無用で殴り掛かった。まずは腹に一発入れ、素早く足払いをして地面に転がす。


「アげっ、ぐっ、な、何ですかぁ……?」


 このみは如何にも人畜無害そうな上目遣いをしてくるが、その程度ではネリネの怒りは静まらない。コノハズクとキュリオスに見張りをさせながら、ネリネはこのみの襟首を掴み上げ揺さぶりつつ問う。


「おまえ、どうしてシャバに居るの? 麻薬事件の時、ドラッグの流通に関わった容疑で逮捕されてたんじゃないの?」

「そっ、それは、私は何も悪くないですもん。ギルメンの皆に、協力してあげてね、って言いはしましたけど──」

「……《蓮の糸》は、何をしてたのよッ!!」


 あの件にはボールマウス愛好会も関わっていたと聞いていたし、メンバーの九割以上がしょっぴかれたとの事から、てっきりこのみも禁固されてるものだと思っていた。だが、実はそうではなかったようだ。

 何故その時にコイツの事も調べなかった、という憤りのままに、彼女はこのみの身体を放り投げる。小柄なハーフリングの身体だが、80代後半というレベルに相応しい膂力は、いとも簡単にこのいけ好かないヒューマンを投げ飛ばした。


「あうッ! な、何って、それは、私という善意の優秀な人材を無駄にせず、良くやってくれたんでしょう?」

「黙れ。あたしの質問に答える時のみ、発言を許可する」

「ええっ、そんなぁ──」

「zi'e'ai .o'onai ko mutce cortu」


 一切の容赦無しに放たれた魔法。それは直接的なダメージは一切与えないが、代わりに痛覚を直接操作して激痛を与える魔法だ。精神作用故にプレイヤーには効き難いが、しかし拷問には十分である。

 甲高く耳に痛い悲鳴が上がる。ショックによりHPがごりっと削れた所から見るに、コイツは痛みへの耐性が相当低いらしい。平均的なヒョプレイヤーなら、先ほどの魔法程度平気で耐えてみせるのに。


「si'e'ai。……次、あたしの命令に背いたら、もっと酷い事するからね?」


 このみはこくこくと必死に頷く。どうやら随分と効いたらしい。しつけに最も良く効くのは痛みだ、とは何の言葉だったか。


「質問。どうしてこんな事した? どうして犯罪者どもを野に解き放った?」

「あっ、それはですね、えっとね、可哀想じゃないですか、達磨にされて閉じ込められてるなんて。だってあの人たちだって、この異常な環境に歪められてしまった被害者なんですから~」


 ピキ、と青筋が浮かび上がる。確かに彼らも被害者であるやもしれないが、しかしそれは奴らが許される理由にはなりやしない。永遠にこの世界から排除されるべきだった存在を、解き放って良い理由になぞ。

 禁固方法については初耳だが、まぁセンタの事を知らないならそれが一番効率の良いやり方だったのだろう、責めはしない。だからこそ、この偽善者の身勝手さに対する苛立ちが更に募る。


「可哀想、って……ならば今回の件の可哀想な被害者を、おまえはどう見る?」

「知りませんよ~、そんなの~」

「──知れよ! 間接的にとはいえ、おまえがやった事よ!?」

「別に良いじゃないですか~、誰かが幸せになれば誰かが不幸になるものなんですし~。それにケンカは良くないですし~、後始末はしてくれたんでしょう?」


 ネリネは言葉を失う。理解が出来ない。喩えるならば、人間大のかたつむりに対して説法を垂れているような、そんな気分になる。こんな奴の所為で──ネリネの表情が醜く歪む。


「……テメエがッ!!」


 激情のままに、彼女はこのみの腹に蹴りをぶち込み、そしてそのまま馬乗りになる。以前のプレイヤーのドラッグ汚染を悪化させただけではなく、今回の悲劇の原因にまでなったコイツが、許せなかった。


「奴らを! 解き放った所為で! あたしのっ……あたしの、友人は! おかしくなってしまったのよ!!

 おまえの所為だ! おまえがッ! 大して熟考もせず! 自分勝手な偽善で! あんな行動をしたっ、からッ……!!」


 台詞の韻を刻むように、彼女は相手の顔をボコボコに殴る。コイツの所為でディーネイは殺された。コイツの所為でアージェンは発狂した。コイツの所為で、ネリネは一度に友人を三人も奪われた。

 もうコイツから聞き出したい事は無い。情報を聞き出すにも、わざわざコイツから聞き出すより他を当たった方が効率が良い。後は思う存分鬱憤を晴らし、溜飲を下げるくらいにしか使い道は無いだろう。


「このっ! このっ! このッ!! 死ねッ! 死んでしまえ! 肉体的精神的社会的に形而上形而下全部死んじまえ! 死ねよ、なあ死んでくれよ!!」


 故に、ネリネはひたすらこのみの顔を叩く。頑丈なグローブとナックルダスターを装備した両拳でリズム良く殴り、HPが減り過ぎたらコノハズクに回復魔法を掛けさせ、更に殴る。

 デッドライン突入と全快を計四回程繰り返した後、ネリネは漸く手を止めた。全身で息をして整えながら、魔力強化やMP効率上昇のポーションをぐびぐびと飲み干す。


「……二人とも。周りに人の気配は有る?」


 そう言いながら、彼女はコノハズクとキュリオスの方を見上げる。すると、二人は揃って首を横に振った。それに対しネリネは頷き、魔法の詠唱に入る。


「ma'u'ei .a'enai mu'i lonu lonoi mintu ku'o betri cu nacaze'ebareroi krefu keiku

 mi vitno vimcu .a'o lo jitfa clite lovi munje ma'u'oi

 zi'e'ai xlura lo te ckini belo ubuzei senta beilo syzei senta folo drata makfa gi'e

 prane livgau lo pruxi lo xadni」


 UとSセンタを切り離す、プレイヤーに対する最終兵器。それは今回も問題なく発動し、そしてこのみを完全に無力化した。


「……キュリオスさん、コイツを例の“棺桶”にぶち込んで頂戴。一人くらいなら余計に詰め込めるでしょう。

 コノハズクとあたしは、先に帰って寝てるわ。流石に、疲れた……」


 ふらふらと立ち上がりながら、ネリネはコノハズクの元に歩み寄る。キュリオスは彼女の指示にこくりと頷き、徐にこのみを抱え上げ、PTに加えた後転移して行った。

 ネリネもコノハズクとPTを組み、アトリエに転移する。心身に馴染んだ静謐な空気に満ちたその空間に戻った瞬間、ふと彼女の双眸から涙が零れた。


「……う、ううう、ううううう……」


 憤怒を全て発散し終えた後に残った、悲哀。修復不可能な程にずたずたにされた絆に、ネリネは抑えられない嗚咽を漏らし始める。


「もうやだぁ……いやだよぉ……おしまいに、してよぉ……!!」


 がくり、と彼女はその場に崩れ落ち、悲愴な泣き声を上げ始めた。誰にも憚らず、彼女はもう一つの激情を露にする。


「その内皆みんな頭がおかしくなって死ぬんだ。あれだけ強かったルシさんやジェンさんがああなったのがその証拠よ! いずれはあたしだって……もしかしたら、もう……!

 ねぇコノハズク、あたしはどうすれば良いの!? どうすれば、良かったの……? あたしは、あたしはっ……!」


 絶望と悲しみと憤りと苦悶の、不快な香りをした感情のカクテルが、思考をぐちゃぐちゃに掻き乱す。コノハズクに縋ってみても、彼は何の反応も示さなかった。


「あああっ、あああああ……あっ、あうっ、あああ……」


 言葉にならない嘆きを、ネリネはただひたすら吐き出し続ける。声として、涙として、震えとして。

 堰が切れたように感情を吐露する彼女の小さな双肩は、コノハズクだけが見ていた。静かに、何もせず、ただひたすらに見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ