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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第七章:ほつれた楽園
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56:守りたいあなたの笑顔


 キーマカレー失踪から十日、血玉の月30日。広い広いモジュアリノトルの西部、漸くウテウロイ地方の小規模国家群が近づいて来た辺りの街の手頃な喫茶店にて、アージェンはいつも通りに仲間たちと合流していた。

 まずアージェンが待ち合わせ場所に赴くとフュールが先に来ていて、時間のきっかり五分前に晴嵐が来て、そしてやや遅れて眠たげなレオロがやって来る。全員がテーブルに着いたのを見計らって、アージェンは話を切り出した。


「皆揃ったな。フュール、音声遮断結界お願い」

「またですか、最近物々しいですね。──zi'e'ai lo noi mipri lo voksa ku'o canlu」

「サンキュ。……こっから先話す事は他言無用だ、良いね?」

「その位、こうして結界を張らされたのですから、分かってますよ」

「左に同じなのであります」

「……了解」


 三人が頷くのを見てから、まず彼女はキーマ失踪の件や、それに関してのあれこれを話す。プレイヤーによる全体的な治安の悪化が予想される事、それによる被害を防ぐ為に、前もって“使者”を悪者にする噂を流す予定である事等々。

 彼らに伝えるべき事柄を一通り話し終えた所で、アージェンは一時口を閉じ皆の反応を見やる。それぞれに複雑そうな顔をしている三人のうち、最初に言葉を発したのは晴嵐だった。


「“使者”に悪印象を抱かせるという事は、司令官殿にも悪評が降り掛かりかねない、って事でありますよね?」

「そうなるな。だから面倒くさそうな事態になったら、“使者”って事はなるだけ隠していこうと思う。わたしは平気だが、あんたらにまで累が及んだらヤダしな」

「身に覚えのない中傷を受ける可能性に、抵抗は無いのか」

「有るさ。だが、あんたらが害される可能性を少しでも減らす為だしな」


 それに、打てる手が有るのに打たないでいるのが心地悪いのだ。震え始める指先に、アージェンはおまじないのように腕輪を撫でる。


「つーわけで、もし“使者”を悪く言う奴が居ても気にしないでくれよ。勿論、そこから何か因縁付けてくる奴にゃあ容赦しなくても良いが」

「分かりました。……“使者”も万能じゃないんですね、はすのいと、でしたっけ、たったの二年弱でそれが駄目になってしまったという事は」

「あんたらは“使者”を何だと思ってるんだ。わたしたちだって普通の人だよ、色々便利な力を持ってるけどさ」

「死んでも平気な顔して蘇って来たり、自分の命を簡単に盾に出来る奴の事を、普通の人とは普通は言わない」


 呆れてるようなレオロの言葉に、死への恐怖も人並みには有るのだけどな、と思ってアージェンは肩を竦める。仲間たちに死なれるのがそれ以上に怖いだけで。

 これ以上近しい者を失いたくない。親しい者を死なせたくない。無くすのはもうたくさんなのだ。ヘイゼルのように──。


「うぐゅ」


 涙腺が緩み、頬を一筋涙が伝う。自分で自分の地雷を踏んでしまった。押し寄せる悲しみに、しかし彼女はどうにか踏み止まり、袖で涙を拭った。そうしていると、レオロがやや動揺したような声を掛けてくる。


「お、おい、そんなに傷付いたのか……?」

「んえ? ……あ、いや、あんたの話は関係ないから大丈夫。ちょっと自爆しちまっただけだ」


 端から見ると、彼の台詞に対して泣き出したように映ったのだろう。彼女の否定に、レオロへ冷ややかな視線を送っていたフュールと晴嵐がそれを止めた。


「とま、秘密の話はこれまで。フュール、結界解いて良いぞ」

「分かりました、ではし──」

「ちょっと待った」


 『si'e'ai』と唱えかけたフュールを、レオロが遮る。一体何だろう、とアージェンは首を傾げた。


「あんたからも秘密の話?」

「いや……そこまでのではないが、だが大きな声で言うべきではない、程度か」

「分かりました。なら、もう少し結界を継続させますね」


 別に聞かれても危険が発生するわけではないが、出来るなら聞かれない方が良い。だからフュールが音声遮断結界を張ってる今のうちに話しておこう、という魂胆なのだろう。

 レオロは残っていたコーヒーを飲み干した後、マフラーで口元を隠しつつ、言葉を紡ぎ始める。


「最近、“使者”の追っかけ界隈で流れてる噂なんだが……」


 “使者”の追っかけ。いつしかディーネイの言ってた奴と同じコミュニティなのだろうか。というか彼も“使者”ファンをやってるのか、それとも“使者”たるアージェンの仲間だから向こうから接触してくるのか。

 人知れず恥ずかしい二つ名を広めたりしているその共同体も気になるが、今はそれよりもレオロの話だ。黙って続きを聞く。


「アージェンに恋人が居る、と。そんな話がまことしやかに囁かれている」

「……ひょ?」


 わけの分からない話に、思わず間抜けな声を上げてしまった。ぱちくりと瞬きを繰り返している彼女の傍ら、晴嵐が素っ頓狂に問う。


「しっ、司令官殿、それは真でありますか!?」

「な、な、ンなわけねーだろアホか!? おいレオロ、その情報の出所はどこだ!?」

「わ、分からんよそんなの……だが、本人が確かにそう言った、という話も一緒だったぞ」


 その補足で、アージェンは思い出す。確かにそのような方便をディーネイに対して使ったな、と。そこから“使者”ファンコミュニティを通じ、彼の元にまで伝わったのか。

 合点顔になった彼女に、レオロが言い募る。


「……心当たりが有るのか」

「あー、うん。そんな感じの事言ったわ。だけどソイツは場を収める為の方便で、真っ赤な嘘だ。騒がせてすまんな」


 苦笑いを浮かべ、彼女はその嘘を切り捨てる。出来ればその噂を跡形も無く消し去ってしまいたい所であるが、人の噂も七十五日というし、放っておけば自然消滅してくれるだろう。……してくれる筈だ。

 内心で溜め息を吐くアージェンに、フュールが口を開く。


「そうだったんですか。僕の耳にも届いてましたけど……あながち誤りでもないかなー、とか思ってたのですけど……」

「何でだよ。わたしに恋人が出来るように見えるかい?」

「見えますよ。美人で気さくで優しくておまけに強いアージェンさんが、モテないわけが無いじゃないですか」

「……イヤミなのか褒め言葉なのか、判断に困るなー……」

「褒めてるんですよ、僕は、貴方を」


 フュールの目に悪意の色は無い。純粋な賞賛なのだろう。これで彼にはこちらへの恋情が無いらしいのだから、彼の価値観はよく分からない。


「まぁ、居ないなら良いんだ……居ないなら」


 くきくきとアージェンが首を傾げる傍ら、レオロがぶつぶつと唱えるように呟く。その言葉に、アージェンは少し良いからかいを思いついた。にひ、と意地悪く口元を歪め、彼女は問いかける。


「しっかしレオロよ、んな根も葉もねー噂をわざわざ確かめたがるとかさー、もしかしてあんた、わたしに気が有んのか~?」


 否定される事を前提とした冗談。だがしかし彼の反応は期待していたモノではなく、マフラーに鼻まで埋めて押し黙るという応答であった。


「えっ、ちょっ……え、マジで?」


 予想外の事態に、アージェンはたじたじする。まさかまさかの展開か、ともの凄い思考速度で言い訳を準備し始めた所で、レオロがビシリと人差し指を彼女に突きつけながら声を上げた。


「ち、違う! ただ単に、俺らのリーダーが妙な奴に籠絡されたんじゃないかと心配しただけで……!」

「あ、あっはは、だーよーなー? はー、一安心……」

「大体だな、誰がお前みたいなちんちくりんを真面目に相手にするんだ。あらぬ疑惑がかかるわ」


 彼曰く『ちんちくりん』な姿にしたのは自分の意志だったとはいえ、流石にそこまで言われると傷付くのだが。アージェンはやれやれと苦笑いをする。


「……ともかく、俺が話したかった事はこれだけだ」

「ん。じゃあフュール、今度こそ結界解いてくれ」

「分かりました。si'e'ai」


 実行終了の機能語と共に彼が片手を振ると、そのまま不可視の結界の気配も消えた。そうしたところで、アージェンはとうに空になったマグカップを両手で握り、手の中でくるくると回し始める。


「じゃあ本題。以前までの予定では、このまま西へ、ウテウロイ地方に向かう予定だったが……」

「……? 何か問題でも発生したのでありますか?」

「うん。さっき言った“使者”のうんかん関連なんだが、わたしの予想だとウテウロイにも何か起きかねないんだよな。

 だからここは転移でばっと高飛びして、『ギーオット大陸』に行っちゃおうかなーって」


 ギーオットとは、ウテウロイよりもさらに西、大洋を越えた先にある大陸である。紛争続きのケヴルーアや、世界最大たる故にそれだけ問題も多いエンヴィードゥとは違い、少なくとも今現在はユガタルファの次くらいに安定している地域だ。

 だが晴嵐が、彼女が提示したプランに異を唱える。


「ちょっと待ってください、司令官殿。ウテウロイ、行かないのでありますか?」

「んー、余程の事が無い限り、ウテウロイやケヴルーアには近づきたくないんだよな」

「確かに最近、ウテウロイもキナ臭いようですし、年末の祭事に合わせて何か起きそうな気もするのでありますが……だからって、だからってぇ!」


 幼気に悲しそうな顔をしながら、晴嵐は朱色のコードを抗議するようにぺんぺんと振る。一体何が彼をそこまで駆り立てるのか分かりかねていると、フュールが助け舟を差し出してくれた。


「年末に祭事を催すのは多くの国で行われる事ですが、ウテウロイ地方のは特に豪華なんですよ。それに今年は閏年ですし、例年よりも更に賑わう筈なんです」

「へー……んー、わたしも気になるが、だが駄目だ。また来年、な?」

「ううう……五年に一度ぉ……うううーっ」

「……そうだ、アージェンさん、そのお祭りの時期だけ転移でウテウロイに行く、ってのはどうでしょう」

「む、それなら良いかな……」

「っ!! それは本当でありますか!?」

「ああ。となると、ブックマークの為に一度は行く必要が有るかな」


 転移を行う為には、一度はその場所に赴いている必要が有る。彼女の旅の最終目的の一つにも、この世界の全ての場所に転移出来るようにするという物が有ったりする。流石に幾つかの場所には既にブックマークをしてあるが、それを利用するのは最低限にしていた。


「じゃあ一先ずは予定通りにウテウロイ地方へ。そこからは、情勢を見ながら歩を進めて、ヤバそうな所は避けて、でそこそこの所でギーオットにドビュンと。そんな具合で行こう」

「了解なのであります!」

「分かりました」

「把握した」


 無事皆の意見を纏められた所で、そろそろ発つか、と飲みかけや食べかけの物を口に押し込み始める。その最中、レオロがふとこちらに顔を向け、言葉を発した。


「今年が閏年となると、俺の本当の誕生日も来るのか……」

「んえ? 『本当の』?」


 閏年、誕生日。この二つのキーワードから導き出される答は、要するに『2月29日が誕生日の人』といった具合のモノだ。

 この世界で広く使われている暦は、一ヶ月は30日きっかり、それが12ヶ月で一年である。最初から順に、翡翠、月長、瑪瑙、琥珀、柘榴、黒曜、玉髄、金紅、瑠璃、金剛、血玉、蛍石。

 だが五年に一度の閏年には、蛍石月の次に『禁色の月』という六日間しかない閏月が存在する。要するに彼は、この禁色月生まれなのだろう。


「俺は禁色月の3日生まれでな……それと、この肌と髪と目の色の所為で、色々苦労したが……もう遠い思い出だな」

「そうなのかー。そういや、あんたも相当波瀾万丈な半生だよなー……」


 所によっては、閏月に生まれた者を悪魔やら何やらと蔑む因習が根付いている事も有る、という記述が公式の設定資料集に有った。レオロの出生地の村も、大体そんな社会だったのだろう。


「ま、良いや、折角の機会だし、何か欲しいものでもありゃくれてやるよ。あんま法外なもんは無理だが」

「……考えておく」

「ええーっ、レオロ殿だけずるいのでありますー」

「っはは、なら晴嵐の次の誕生日にも何か用意してやるよ。いつだっけ」

「もー、瑪瑙月の17日なのであります。覚えておいてくださいよ?」


 インベントリからメモ帳を取り出し、彼女はその事を書き付ける。汚い字で彼らの誕生日の事を確とメモした後、元の場所に戻した。


「んじゃ、そろそろ──んあァ?」

「あ?」


 そして彼女は、開きっぱなしにしているマップ画面に、数個の敵対反応を捉えた。この店に程近い、通りからは見えない路地裏に屯している。

 脳の奥底を衝くような悪寒を感じた彼女は、メニューを操作して相手のレベルが軒並み95以上である事を確認した。そして素早く立ち上がり、メイスと盾を取り出し詠唱する。


「野郎ども、伏せろ……ma'u'ei bandu .i bandu .i bandu .i .uo bandu .i .uocai mi do lo nu ri lo selbe'e be fi mi cu xrani kei cu na fraxu ma'u'oi

 zi'e'ai fe lo noi ke'a lo ka kusru cu vimcu ku'o bandu cu zbasu!

「司令官殿、何を──」


 MPとHP、使用可能な全リソースを消費しての防御魔法を展開する。そして半透明な分厚い球状の結界が彼女たち四人を覆うと同時に、店に数人の暴漢が闖入してきた。

 彼らは一瞬店内を見回し、プレイヤーたるアージェンを発見すると、まず前衛らしい獣人がランスを構えて突撃してくる。勿論それは彼女の結界に遮られるが、しかしピシリと小さなヒビが走った。

 だが同時に結界から長い棘が何本も生え、攻撃してきた相手を突き刺し反撃した。相手のHPがごっそり減ったのが分かる。

 突然の乱闘に客や店員が浮き足立つ中、アージェンはフュールに目配せした。全てを了解したように彼は頷き、素早く本を開いて唱える。


「zi'e'ai ko sipna!」


 実行文のみの魔法では、高レベルの相手をそう長く眠らせる事は出来ない。だが取り押さえるなり殺すなりするだけなら、ほんの数分の無力化だけでも十分だ。

 アージェンは結界を解きつつ、麻縄と布団を数セット取り出し、周囲の人に呼びかける。


「皆さっ……うう、ぐっ」


 協力を呼びかけようとしたが、残りHPが真っ赤っかで元気が出ない。ふらふらと椅子にへたり込む彼女の代わりに、晴嵐が威勢良く声を張り上げる。


「皆さん! この暴漢どもの確保にご協力ください! まずこの布団で巻いて、その上から縄で縛るのであります!」

「魔法で眠らせていますが、効果はそう長くは保たないかと! 掛け直し続けますが、協力して頂けると早く終わって助かります!」


 フュールも一緒になって呼びかければ、胆力や正義感の強い者から動きだし、暴漢たちを縛り上げ始めた。アージェンはぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながらMP回復のポーションをがぶ飲みする。

 そして敵たちを観察する。彼らの傍らには、かなり小さいサイズに縮小されているものの、人数分の『閉じたメニュー』が浮かんでいた。つまりこいつらは、暴徒化したプレイヤーなのだ。


「……気を抜くなよ、フュール……そいつら、“使者”だ……縛り終えても油断はするな、一瞬でも目覚められたら、逃げられかねん……」

「わ、分かりました。アージェンさん、大丈夫ですか?」

「ああ……自分で、治せる……」


 復活したMPで回復魔法を唱えながら、アージェンは歯を噛み長く息を吐く。《蓮の糸》という箍が完全に外れてしまったとはいえ、もう強盗まがいの事をし始める者が出て来るのか。

 今回は強盗という比較的マシな行動であったが、プレイヤーはその気になればいくらでもこの世界を傷付ける事が出来る。それこそ、街中で大爆発を起こしたり、だとか。前準備をすれば、きっとユガタルファ大陸くらいなら沈めてしまえるだろう。


(……どうすりゃ良いんだよ、わたしは……!!)


 ぎり、と歯が鳴る。信用出来る者以外のプレイヤーを皆殺しにしてしまえば、その時こそ枕を高くして眠れるのだろうか──過激な考えが過った。

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