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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第六章:数多重ねた手と手と
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52:饐えた花の臭い


 翌月、黒曜の月22日。ルシフェルに呼ばれたアージェンは、彼の部屋へと徒歩で向かいながら、ぼんやりと考え事をしていた。

 その題目とは、《蓮の糸》の事だ。何故そんな事を考えているかといえば、ついに今日で給金が支払われなくなってから一ヶ月が経過したからである。

 別に食うに困るわけじゃないから良いのだが、いよいよ自治組織の崩壊が現実的になって来た。報酬目当てのメンバーは勿論、キーマの指導力に見切りを付けて離れる者も増えるだろう。

 アージェン自身も、そろそろ彼を信用するのを止めようと思い始めていた。いくらヘイゼルが選んだ者だったのだとしても、だ。『センタ』の事を知らせなかった時点で、もう相当信じていなかったのやもしれないが。


(ま……一応、義務は果たしておくけどね。《蓮の糸》が満身創痍でも、生きてる限り)


 報酬の催促はせず、しかし指示が有る限りは動き続ける。それが、彼女の精一杯の誠意だった。

 キーマを助けようとする事はしない。彼女にリーダーの代わりなんて務められないし、この現状を解決する妙案を持っているわけでもない。無責任な救いの手を差し伸べられるよりは、都合の良い駒で有り続けた方が彼も有り難いだろう。

 と、その辺りで、彼女はルシフェルの部屋の前に到着した。軽くノックをした後、そのままドアを開け入室する。


「ウィーッス」

「やっと来たわね。はい、麦茶」


 彼女が入室するなり、ネリネが空だったコップに氷と麦茶を注ぎ始めた。それを認めながらアージェンが空いている椅子に座ると、ルシフェルが早速切り出した。


「さて、全員揃ったな。では、定例の近況報告を開始しよう。……オレのは、一緒に頼み事もしたいから、後回しにさせてくれ」

「りょーかい。じゃ、あたしから話すわね」


 ネリネはそう言うと、一口自分の麦茶を飲み、そしてインベントリから数冊のノートを取り出した。ほう、とそれぞれ唸る二人に対し、彼女は続ける。


「あれから色々魔法について研究したの。これはそのノートね。興味が有るなら貸し出すわよ、無断の又貸しは厳禁だけど。

 まず、SセンタとUセンタを切り離す魔法について。MP消費がえごかったけど、実際に使えたわ。プレイヤーにはまだ試せてないけど、少なくとも魔物や動物の類いには効くみたい。

 詳しくはノートに纏めてあるけど……簡潔に結果だけ言うと、HPMPはそのままで全く動かなくなったわ。ご丁寧に、専用の状態異常アイコンまで用意されてたわよ」

「なら問題無く、オレたちの切り札に出来そうだな」


 この魔法が他に認知される可能性は少しでも低くしたいから、本当に最終兵器だが。アージェンの合いの手に、ネリネは頷いた後更に続けた。


「それとね……ジェンさんの魔法実験の成果から、錬金術に革命が起きかねない事実が判明したわ」

「どゆこと?」

「ええっと、どう説明すれば良いかな……実際に見せるのが一番かしら」


 以前魔物相手に実験して得られた知識は、既に三人で共有済みだ。そこから何やらヒントを得、ネリネは新たな魔法の可能性を見出したらしい。

 二人が見守る中、彼女はメニュー画面から鉄のインゴットを取り出した。それを徐にテーブルの上に置き、魔力強化の指輪をはめた後、呪文を唱え始める。


「ma'u'ei mi pacna lo nu zgagau la .ajen. .e la .rucifel. lo tadni selsnada be mi

 .i xlura lo sy zei senta fo lo drata makfa ma'u'oi

 zi'e'ai galfi le bliku gasta lo junla」


 実行文が唱えられると同時に、インゴットが淡い青の光に包まれ、そしてみるみる変形し始めた。ファンシーな効果音と共に、無骨な鉄の塊のシルエットが円形の何かへと変化してゆく。

 やがて光が掻き消えると、鈍色に輝く平べったい円状のものがその姿を露にした。ネリネはそれを手に取り、その蓋になっている部分を外して見せる。

 そして現れるのは、シンプルな時計。カチッ、カチッ、と一定のリズムを刻んで右へと回ってゆく秒針と、それに呼応して少しずつ動いている分針は、これがただのハリボテでない事を明朗に物語っていた。


「この通り、魔法で時計が作れちゃったわ。他にも、材料さえ揃っていれば、調合の手間無くポーションを作れたりしたの」

「マジでか。これじゃあ、生産系スキルの存在意義が無いな……」

「そんな事は無いわよ? 結構消費がキツイから量は作れないし、複雑なアイテム程消費MPは増えるわ。例えば魔法球とか、あたしじゃどんなにMPをブーストしても足りない位必要になると思う。

 それに、生産スキルレベルに応じて加算される品質へのボーナスが、この方法だと全く入らないの。……ま、十分バランスブレイクだとは思うけどね」


 並べられる彼女の推測に、ルシフェルは低く唸る。これは別に『センタ』の事を知らなくても辿り着き得る知識だ。アージェンにはこのような裏技をwiki等で見た記憶はないが、しかし彼女たちの他にも知っている者が居る確率は高い。

 とはいえ材料が無ければ作れないみたいだし、この方法での量産も現実的でないようだから、これで崩壊するバランスは比較的軽微だ。それよりも、とネリネは更に連ねる。


「そんな事より重要なのは、『あたしが時計の詳しい構造なんて知らないのに、時計が作れてしまった』事よ。

 ポーションの調合だってそうだわ。一体どんな成分がどう変化して回復薬になるのか、あたしは何も知らない。知ってるのは材料と手順だけよ。

 なのに魔法で作れてしまった。その詳細をロジバンで説明する事も、頭の中で想像する事も、完璧には出来ていないのに。

 だからね、多分、有る程度曖昧なイメージでも魔法が過不足無く発動する様、ここも“翻訳”されてるんだとあたしは思う」


 彼女の仮説に、アージェンとルシフェルは揃って納得に頷いた。調合に限らず、例えば人体について詳しくないのに欠けた部位を再生出来たりするのは、そういう“翻訳”が有るからだと考えた方が自然だ。

 と、そこで浮かんだ疑問を、アージェンは口にする。


「……そういや、何でぶった切られた腕とか治せるんだろ。くっつけるならともかく、一から生やすのとか」


 今までは『回復魔法だからそういうものなのだろう』としてきた事であるが、魔法の分類がほぼ主観でのみ決まっているという事実を踏まえて考えると、これは不自然だ。防御魔法で作った壁の維持には常にMPを消費するのに、失われた後再生させた腕を維持するのに消費が無いのは不整合ではないか。


「それはまだよく分かってないんだけど……多分Rセンタが関わってるんじゃないか、って仮説をあたしたちは立ててるわ。また何か分かったら連絡するわね」

「分かった。……って、複数形?」


 ルシフェルの浮かべたその疑問符に、ネリネは軽く頭を掻きながら返答する。


「言う事が多いとどうしても色々抜けるわね……ええっとね、以上の研究は、全部あたしとキュリオスさんの合同でした。

 この前の謎メールから接触した、ってのは二人も知ってるわよね。なんやかんやで割と意気投合して、色々一緒に研究してるの。……勝手だったかもしれないけど、彼女には『センタ』の事を教えたわ、ごめんね」

「いや、あの人ならめっちゃ口堅そうだし、構わんが……どうやって意気投合したんだ……」

「ま、ああいう手合いに対する話術は、コノハズクで散々学んだし。……彼女、想像以上に有能だし、味方に引き込めたのは大きな収穫かもしれないわ」


 ふむ、とアージェンは頷く。ナツメグやヘイゼルという理解者を失っていたキュリオスだったが、成る程ネリネがその代替となり得たのか。このコネクションが有れば、彼女を《蓮の糸》の潰裂から救い出せるかもしれない。


「と、あたしの報告はこれまでね。……うん、全部言った、ちゃんと言った、ハズ」

「なら次はわたしか。そうだなぁ、あんまインパクトの有る報告は無いが」


 やや不安げにネリネが話を切り上げた後、アージェンは口を開く。濃密だったネリネの報告の後では、何を言っても薄味に感じられてしまいそうだ。


「わたしはNPCとプレイヤーの両方から、『センタ』知識の認知度について調べてみた。ああ、下手に広めちまうようなヘマはしてないから、安心してくれ。

 結果、どちらも『知らないのが普通』みたいだった。I.R.E.A.タワーとかも入場出来る限りで調べてみたんだが、やっぱり普通には知られてないみたいだった。

 後……晴嵐っていう、わたしの仲間のII型ドロイドに割とダイレクトに訊ねたりもしたんだが、そしたらそいつ、急に取り乱し始めたんだ。詳しい所は追及出来なんだが、II型ドロイドは何か知ってるってのは間違い無いと思う」


 彼女がこの一ヶ月で手に入れられたのは、たったそれだけの情報だった。とはいえ、レオロたち以外には悟られないように慎重に行動したという事実を踏まえれば、使用した時間に見合う対価であろう。


「わたしからはこれだけ。知ってる奴を探す事も可能やもしれんが、藪蛇は突きたくないしな」

「ご苦労だった。じゃ、最後、オレだな」


 既に麦茶は飲み干され、氷だけが残っているコップをからからと振りながら、ルシフェルは数度瞬きをする。そうしながら、彼はやおらに言葉を紡ぎ始めた。


「まず、アージェンさんと同じような調査をオレもやったが、アージェンさん以上の結果は得られなかった、という事を報告しておく。

 それと、キーマさんへ『現実的解釈』の事を伝えたが、返答はキュリオスさんのしか無かった、って事も」

「……これはもう駄目かもわからんね」


 何となく察しはついていたが、いざ事実を目の当たりにすると辛い。キーマは彼女たちの報告を取るに足らないモノだ、と切り捨ててしまったのだろう。だからこそ、キュリオスがあんな形での私信を送って来たのだろう。


「まぁ、オレたちに出来る事は無いだろう。下手に手を出して共倒れコースとか、勘弁だし。

 でだ。皆に相談したい奴なんだが……」


 バサッ、と彼の翼が一瞬ばたついた。


「ディーネイがストーカー被害に遭っているらしい。それも、結構前から」


 彼の言葉に、ネリネが眉を潜め、アージェンも表情をぴくつかせた。無言で以て、説明の続きを促す。


「事の始まりは数ヶ月程前。だが、オレが知ったのはつい最近だ。……心配をかけたくなかったから、ずっと黙っていたらしいが、いよいよ気味悪さの方が勝ったようでな。

 その間も、オレたちは転移も利用して結構な距離を移動してたりもしたが、オレが居なくなるとすぐに邪な気配を感じたという。この事から、恐らく犯人もプレイヤーなのだと思う。転移での移動に付いて来れるのは、プレイヤーだけだ。

 そうなると、オレとディーネイだけでは対処し切れないかもしれない。だから、二人にもストーカーの捕縛に協力して欲しい。……《蓮の糸》は、ちと頼り難いしな」


 淀み無く語る彼の言葉を、ネリネが素早くメモ帳に要約して書き付けてゆく。軽く説明した後、二人に手助けを求めたルシフェルに、アージェンは頷く。


「断る理由も無いし、良いよ」

「同じく。もっと詳細を聞かせて貰えるかしら?」

「ありがとう、協力に感謝する。そうだな、何から話すべきか……何か、質問でもしてくれるか」


 差し迫ってる予定は無いし、友人が困っているのを放っておくわけにはいかない。快諾の後質問をぶつけ、ルシフェルからストーカー被害の詳細を聞き出す。

 犯人の人数や特徴は不明。一度に現れるのは一人だけだが、毎回姿かたちが別人のように変わる為、単独犯なのか複数犯なのか判別出来ないらしい。

 現れるのは、ルシフェルが側に居ない時ならば何時でも何処ででも。魔物の出没地帯では基本的に二人揃って行動していたが、ある時試しに一人で出て行った所、やはり視線を感じたとの事だ。


「……うん、やっぱプレイヤーだよな。それも、それなりに高レベルの。姿が変わるって事は、多分魔法使ってるんだろうし」

「どちらかといえば、単独犯のセンのが濃いかしら。ストーカーってそういうモノだし……」


 得られた情報から考えられる最善手を探しながら、彼女たちは互いの思いつきを口に出し、共有する。選択肢はそれ程多くなく、正解と思われる一つ以外は、パッと考えただけでも愚策と分かる代物だった。

 しかしその正解も、ルシフェルやディーネイにとってはあまり良いとは言えないかもしれない。そこまでは彼自身も至っているようで、その表情は険しい。

 自分たちは凡人だ。神の一手なぞ思いつけるわけがない。自分自身に開き直り、アージェンは口を開く。


「普通に情報収集をしてたら、すぐに相手に勘付かれてトンズラされちまうだろう。手っ取り早く終わらすには、ディーネイさんを囮にするしか無いだろな。プレイヤー相手じゃ、例え幻覚魔法で変装しても偽物は見抜かれちまう」


 ステータス画面を使えば、例え姿を変えていても敵対状態でも種族とレベルは見抜かれてしまう。この場にエルフは居ないし、よしんばフュールに協力させる事が出来たとしても、レベルの違いでバレてしまうだろう。

 プレイヤーというモノは、敵に回すとこうも相手取り難い。それを実感しながら、ルシフェルの表情が一瞬苦虫を噛み潰したように歪むのを捉える。それに対し、ネリネがニヤリと笑いながらこう言う。


「ま、でも? あたしたちが味方になったからには、ディーネイさんにゃ傷一つ付けさせないけどね? いざとなれば、コノハズクが居るし」

「……!」


 元気づけるような彼女の言葉に、ルシフェルの表情はすうっと緩んでいった。うんうん、とアージェンも頷く。


「敵は厄介かもしれない。だがわたしたちも強い。慎重に全力で当たれば、きっと解決出来るさ」

「あ、ああ、そうだな。サンキュ、二人とも。分かった、その作戦でいこう」

「なら善は急げよね。可能な限り早くディーネイさんと接触して、顔合わせも兼ねて作戦説明をしたいのだけど」

「今連絡をしてみる」


 ピアス型の通信機を起動し、ルシフェルはディーネイと連絡を取り始める。その最中、アージェンはふと仲間たちと繋がる腕輪を撫でた。


(……あいつら、大丈夫かな。妙な事に巻き込まれたりしてないかな……)


 震え出しそうになる手先を、なんとか抑制する。もし何らかの悪意によって彼らが傷つけられたとしたら──想像しただけで憎悪と憤怒とが湧き上がり、一瞬遅れて恐怖が生じた。

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