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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第六章:数多重ねた手と手と
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51:たのしい魔法実験


(……なんじゃこりゃ)


 柘榴の月13日、7時47分。モジュアリノトルのとある街の喫茶店にて、アージェンは暖かなココアをふぅふぅと飲みながら、ルシフェルから転送されたメールを眺めていた。

 キュリオスは実は有能だ。ヘイゼルの友人たるアージェンは、その事実をよくよく承知している。だがだからといって、キュリオスの言葉がすぐに理解出来るわけではない。


(『魔法の秘密は遠き空』ってのは……要するに月って事だよな。だがもう一つはめっちゃ分からんぞ)


 『時空は同元』は、まだ何とか分かる。だがそこから先が、どうしてそうなるのか分からない。聞き手を置いてけぼりにした理論展開に、アージェンは為す術も無かった。

 一旦寝かせておこうか、と思いながらまた一口ココアを飲む。まろやかな甘味を少し舌の上で転がした後、そのまま嚥下する。そうして内側から暖かさが心地よく広がるのを感じていると、今度はネリネからメールが届いた。


『題名:ルシさんとジェンさんへ

 本文:ちょっとキュリオスさんと直接話してみる。成果はまた追って知らせます。ネリネより』


 彼女は何か掴んだのだろうか。普段から喋る事の無いコノハズクと暮らしているから、一見意味不明な文章からでもその意志を汲み取る事が出来たのだろうか。ならばとりあえずはネリネに任せておくかな、と思いながらマグカップを口元に運ぼうとすると、隣で鋭く言われた。


「──アージェン!」

「ンアッヒェッ!?」


 突然の声に、アージェンは肩をビクつかせながら奇声を上げてしまった。カップを取り落としかけて、何とか保守に成功する。

 一体何事か、と声の主の方を振り向けば、彼女が驚いた事に驚いているレオロの姿が目に入った。視線を動かせば、同じテーブルについているフュールと晴嵐の姿も捉えられる。


「な、ななな何だよいきなり!」

「それはこっちの台詞だ。さっきからずっと呼んでいた」

「そ、そうなん? そりゃ悪かったな、気付かなくて」


 そういえば、そもそも待ち合わせの為にこの喫茶店に居座っていたのだった。いつの間にか揃っていた仲間たちの顔を見回しつつ、アージェンはメニュー画面を閉じる。


「何か有ったのでありますか?」

「うんにゃ、特に問題が有ったわけじゃない。ちょっと身内で謎解きをしてるだけさ」

「謎解き?」


 晴嵐の問いに、アージェンは周囲に視線を巡らす。それなりに他の客も入っており、このままで密談をするのは難しそうだ。


「フュール、ちょっと、音声遮断結界頼む。他の客に聞こえないように」

「え、は、はい、分かりました。zi'e'ai lo noi mipri lo jufra ku'o canlu」


 フュールが軽く手を振りながら呪文を唱えれば、一瞬四人の周囲に薄い膜のような物が現れ、すぐに見えなくなった。これで、外からの音は問題なく聞こえるが、中の音は外に漏れない。

 こんな結界を張らせたという事は、と、三人はそれぞれ姿勢を正す。察しの良い彼らの様子に気分を良くしながら、アージェンは徐に口を開いた。


「あんたら、『センタ』って単語に心当たりは有るか?」


 NPCたちは『センタ』の事を知っているのか、知っているとしたらどの辺りまでなのか。それを探る為の問いに、まずレオロが首を横に振った。彼には最初から期待してない。次にフュールが暫く考え込んだ後、エルフ耳をへたれさせながら言う。


「申し訳有りませんが、パッとは思い浮かびませんね。一体何を示す言葉なので?」

「元はロジバン単語のsentaなんだが」

「ああ、senta……でも、貴方が求めてそうな事は知らないと思いますよ。ただ単に、層って大意の単語だって事しか」


 博識なフュールでも知らないという事は、普通の人は知らないモノなのだと捉えて良いだろう。イーアイレアの研究者とかなら知っているかもしれないが、突然即死魔法が飛んで来る可能性が消えた事に、彼女は安堵の息を吐いた。

 と、その辺りで、晴嵐が肩を震えさせている事に気付いた。血の気の失せた顔に冷や汗を浮かべながら、振動がテーブルを通じて伝わって来るレベルにガタガタ震えている。


「おい、どうしたんだ、晴嵐」

「っ、ちが、あう、ので、あります。じぶ、は、しらな、なにも」


 とてもそれが真実だとは思えない態度だ。喉に何か詰まらせたような声で「しらない、しらない」と呟き続ける姿は、雄弁に何かを知っている事を物語っていた。


「……何か知ってるんなら、ちゃっちゃと開示して欲しいのだが」

「知らないッ!! 本当に自分は何も知らないのであります!」


 険しげに投げかけられたレオロの声に、晴嵐は叫ぶように返した。かなりの大声だったが、結界が効いているため他の客は気にしていない。


「何だよ、知ってるって言ってるようなもんじゃ──」

「レオロ、その辺に」


 今にも泣き出しそうな晴嵐に、尚も食い下がろうとするレオロを、アージェンは片手を突き出して制止する。表情の読めない顔を彼女に向けてくるレオロに、アージェンは首を振る。


「誰にだって言いたくない秘密は有る。あんただってそうだろ?」

「……むう」


 彼にも心当たりが有るのか、大人しく引き下がった。それを見届け、彼女は晴嵐の方に向き直る。


「言いたくないなら無理に言わなくていい、晴嵐。だが、もし話す気が湧いたら、話したくなったら、何時でも声を掛けてくれ」

「……了解致しました、のであります」

「つーわけで、この話はおしまい。協力ありがとな。それと、この話をした事はわたしたちだけの秘密だ。良いね?」

「分かった、守ろう」

「……は、い」

「承りました。じゃあ、魔法解きますね。si'e'ai」


 彼の持っている情報は気になるが、あんな状態の相手から聞き取ったって寝覚めが悪くなる予感しかしない。晴嵐の心境に整理がつくのを期待する事にして、アージェンはこの話題を打ち切る。


「じゃ、本題に移るかね。特に問題が無いようなら、このままこの街を発ちたいんだが」

「あー、それなんですが、ちょっとばかし延期に出来ませんか?」

「ん、何でだ?」

「ちょっと時間の掛かる依頼を請けてしまって、まだ終えられていないんですよ。あと三日くらい、ここに滞在させて頂けませんか?」

「む。二人とも、どうだ」


 アージェン自身はその位全く構わないのだが、他二人はどうだろうか。反応を見ると、揃ってちょっと不満げにしていたが、やがて問題は無いと返答した。


「じゃあ今回は見送りだな。となると予定変更……あー」

「どうした」

「いんや、気にしなさんな」


 こういう時の為に考えていたプランBは、出来ればフュールに協力して貰いたかったモノだったのだが、出来ないのならば致し方有るまい。別に不可欠というわけでもないし。


「晴嵐、レオロ、この後手ェ空いてるか?」

「自分の力が入り用でございますか?」

「ああ、ちょっと魔法で実験をしたくてな。ま、他にやる事有るってんなら別に良いが」


 例の風雲ノートを読んだ時から、ずっと試してみたかった魔法の数々を試してみるのだ。とはいえセンタ関連の魔法ではなく、別の思いつきの実証なのだが。

 彼らの手を借りれたら嬉しいけれど、別に一人ででも不可能ではない。その程度の優先度だ、という旨を込めた言葉に、二人は即頷く。


「予定は特に無い。いくらでも付き合おう」

「自分も同様なのであります!」

「ん、ありがたい。なら決まりだな」

「魔法なら僕も混ざりたかったな……まぁ、身から出た錆なので諦めます」

「そうでありますよ、今後は時間管理をきちんとして、このような事が無い様心がけてくださいね?」


 これで今後の予定は決まった。残念そうに眉尻を下げるフュールに、晴嵐がぶうぶう言う。それを穏やかに眺めつつ、アージェンは冷めたココアを軽くかき混ぜ、そして一気に飲み干した。




 その街から程近い、針葉樹の立ち並ぶ森にて、アージェンはまず実験台とする為のモンスターの生け捕りをレオロたちに丸投げした。

 そうして頼んでから十数分。今彼女の目の前には、熊とイノシシの間の子のようなモンスターが、催眠魔法を掛けられて転がされていた。


「言われた通り、頑丈そうなのを持って来たぞ」

「この程度の魔物なら、もう自分たちの敵ではありませんね」

「ありがとよ、助かった。じゃ、実験開始と洒落込みますか」


 全く常並の余裕を見せているレオロと、得意気に胸を張る晴嵐。無事頼み事を果たしてくれた仲間たちにアージェンは礼を言いつつ、魔物の方に歩み寄った。

 泥と汚れた雪の上に血を流しながらぐったりしている魔物を見下ろしながら、アージェンはメイスをくるくると振る。やがて彼女は相手のステータスを開示設定で開き、相手のバイタルをつぶさに観察出来るようにしてから詠唱を始めた。


「ma'u'ei lo selsa'a be mi cu minra

 .i ri lo munje cu nutli viska

 .i fe lo gusni .e lo manku .e lo jmive .e lo morsi lo selsa'a cu bakfu ma'u'oi

 zi'e'ai .u'i ko cu du'emei culno lo velxai gi'e tolxai!」


 発動するのは『攻撃魔法L1』。魔法攻撃は完全に切り捨てているが故のL1止めだが、今回の実験にはこれで十分である。

 メイスの先端部から円形の魔法陣が展開され、そこから黒いレーザーが放たれた。熊イノシシの脳天に、それが真っ直ぐ突き刺さる。


「あっ」


 レオロの咎めるような声。折角捕まえたのに、とでも言いたげだ。だがすぐにその表情は驚愕の色に塗り替えられる。

 アージェンの魔法を受け、魔物のHPが回復したのだ。回復量は何ともお粗末だったが、攻撃魔法で回復が出来た。如何にも攻撃らしいエフェクトだったにも関わらず、だ。


「……今、何をしたんだ?」

「オーバーフローで回復……っつっても、この概念説明するのむずいな」


 彼女が今使ったのは、『ダメージオーバーフローのイメージで回復させる魔法』である。とは言っても、完全に捨ててる彼女の魔法攻撃力ではオーバーフローするようなダメージは叩き出せないし、そもそもオーバーフローする仕様なのかどうかすら怪しいし、あくまでイメージだけだ。

 プレイヤーになら簡単に説明出来るのだが、NPC相手に解説するのは難しい。言いあぐねていると、足元から獣の唸り声が聞こえて来た。少しとはいえ回復したから、意識を取り戻しかけているのだ。


「あっやっべっ」


 アージェンは熊イノシシの頭辺りを思いっきり踏みつけ、ぐりぐりと躙って大人しくさせる。その様子を見て息を呑む晴嵐を視界に捉えながら、彼女は次の魔法を唱え始めた。


「ma'u'ei ti me lo noi milxe glare carna ku'o morji tergu'i

 .i lo gusni lo ro jmive cu carvi .ei

 .ije ko lo noi bancu lo jimte ku'o kampa'i cu dunda ma'u'oi

 zi'e'ai ko cu du'emei culno lo ka tolxai gi'e xrani!」


 発動するのは『回復魔法』。こちらはさっきとは逆で、オーバーフローによるHP減少をイメージしている。

 そうしてきらきらとした光に魔物が包み込まれると、その穴という穴から血を噴き出すと同時にHPがごっそり減った。返り血を浴び、アージェンは黄色い悲鳴を上げながら飛び退く。予想よりえぐい効果だった。


「う、うっわあ……」

「……今度は何をしたんだ」

「さっきの逆バージョン。めっちゃえっぐいなぁ……でも、こりゃ使えそうだ」


 この実験により、アージェンの考えは実証された。このゲームでの魔法の分類は、術者の主観に大きく左右される。だからイメージさえ上手く出来れば、さっきのように回復を攻撃魔法で行ったり、攻撃を回復魔法で成す事も出来るのだ。

 これは大きな成果だ。アージェンも魔法能力自体は高いから、これならまともな魔法攻撃を行う事も出来るようになった。出来ればもう少しスマートにしたいが、その辺の改良はまた今度考えるとしよう。


「で、おーばーふろー? ってのは何なんだ」

「んー、難しいんだよなぁ……薬も過ぎれば毒になる、ってのと似たような感じ、かなぁ?」

「ああ、それなら分かるのであります」

「……釈然としねー」


 そんな会話の横で、満身創痍レベルまで減った熊イノシシのHPを、目覚めない程度に回復してやる。まだまだこいつには実験に付き合ってもらわねばならない。


「じゃあ次。レオロ」

「まだ何かやるのか」

「うん。その為にまず、コイツの片腕をちょっと切り落としてくれ」

「……相手が魔物でも、流石に罪悪感が湧いて来たぞ」


 邪気の無いアージェンの頼みに、レオロは眉根を潜めながらも、納めていた剣を抜き構える。そして渋々と言った様子で魔物の元に寄り、前腕の二の腕目がけて一息に振り下ろした。

 痛みに熊イノシシは叫喚し、俄に目覚めるが、すかさずアージェンが催眠魔法を掛けたので再び眠り始めてしまう。ドバドバと血を流しながら倒れ込むその姿に、アージェンは一抹の憐憫を感じながら、次の呪文を唱えた。


「ma'u'ei ko lo simsa be la .gacangacan. cu binxo ma'u'oi

 zi'e'ai mi lo birka be ti cu tolxai!」


 欠けた肉体を再生する回復魔法だ。だがただ再生するだけではなく、その部位をカッコイイ機械にしてしまうオマケ付きである。


「うわぁ……」

「し、司令官殿……」

「堪えてくれ。必要なんだよ、これは」


 命を弄んでいるようでちりりと良心が痛むが、好奇心には勝てない。無事にイメージ通りの機械腕が完成した所で、まずそれを触ったり動かしたりして観察し始めた。

 関節になっている所は問題なく動くし、生身との融合部分もしっかりと繋がっており、引っ張っても捥げない。恐らく、能力値も元のままだろう。ただ見た目だけが機械に変化し、復活したのだ。


「ふーむ、成る程な……」


 魔法はイメージ次第で如何様にもなり得る。システム的な分類や先入観に惑わされず自由な発想で使えれば、それは他のプレイヤーを出し抜く強い力となるだろう。

 果たして、これで生体実験は終わりだ。アージェンは魔物から離れ、最後の魔法を唱え始める。


「ma'u'ei lo cabna lo po do dunku cu fanmo ma'u'oi

 zi'e'ai ko du'emei tisna lo kamji'e gi'e se catra .ei

 ……これでおしまいだ。付き合ってくれてありがとな」


 回復魔法のオーバーフローによる攻撃で、実験台の魔物にとどめを刺す。眠っていたため、その最期は静かなものであった。


「終わったか……」

「ああ。じゃあ解体すっか。この毛皮とか牙とか、小遣いにはなるだろうし。腕は隠滅しなきゃならんだろうが」

「了解なのであります」


 アージェンはメイスを仕舞い、代わりに巨大なノコギリを取り出す。他にも色々な解体用具を取り出して地面に転がした後、まず機械になった腕を切り離し始めた。

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