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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第五章:理想郷症候群
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45:不安のたゆたう夜


 翌日。無事に討伐証明の目玉を依頼人に引き渡し、報酬を受け取ったアージェンたちは、一時エウデアを去りイーアイレアへと飛んで来ていた。

 その首都リザマトラにある、この国の中枢たる施設『I.R.E.A.タワー』。全体的にスチームパンクな雰囲気を漂わせるイーアイレアにおいて、しかしI.R.E.A.タワー周辺だけはサイバーパンクになっている。

 根元からでは天辺が視認出来ない程の威容に、曲線的なシルエット。そして鏡の様に磨き抜かれた銀色に輝くそれは、時に『銀の世界樹』と呼ばれる事も有るらしい。

 そんなI.R.E.A.タワーは、イーアイレアの国政を司る施設であると同時に、世界最高峰の叡智と技術が集積された塔でもある。ドロイドに関する知識、魔法やロジバンを学ぶ為の書籍、古代遺跡から発掘された遺産の数々等々、有形無形問わず多くのモノが集められているのだ。

 それだけ有って、この塔はイーアイレアにとってこれ以上無く重要な施設である。なので、許可が無ければその周辺区画に入る事すら許されない。

 だがアージェンたちは、タワーへの入場を限定的ながらも許可されている。何故ならば彼女たちが、晴嵐という生きたII型ドロイドと一緒に、古代のドロイド製造施設を発見した功労者だからだ。

 すっかりインベントリの奥に押し込まれていた許可証を見せて塔のエントランスに入り、受付係のドロイドの女性に『晴嵐のメンテナンスは出来ないだろうか』とアージェンは問うた。そうして呼び出された担当者は、『とりあえず診てみよう』と彼を連れて行った後、


「軽い記憶障害と、そこから発生したノイズによる不具合ですね」


 という診断結果と共に、待合室でごろごろしてたアージェンたちの元に戻って来た。渡されたカルテをしげしげ眺め、専門用語とよく分からない単位が並ぶ中から、何とかその意味を汲み取ろうと頑張る。


「記憶障害、って……どういう事?」

「生まれてからの記憶には、全く問題は無い、との事であります。けれども、本来II型ドロイドなら生まれる時に植え付けられているべき基本の記憶が欠落が、今になって問題になってきた……らしいのであります」


 晴嵐自身による解説に、そういえば確かにファーストコンタクトの際、色々設定されてなくて一悶着が有った事を思い出す。あの件はアージェンが設定した事で解決したと思っていたが、実はそうではなかったらしい。あの設定は、本当に最低限のだったのだろう。

 神妙に頷くアージェンに、やはりドロイドな技術者が言葉を続ける。


「それでー、丸一日くらいこちらで預からさせて頂ければ、晴嵐さんの自己修復プログラムを修復して、問題を解決する事が出来ます」

「で、出来るんですか!?」

「ええ、可能です。II型のメンテナンス設備も、アナタ方が見つけて下さった遺跡から発掘出来ましたから。

 ただ、普段使ってない設備を動かす関係で、どうしても多少料金が必要になるのですが……」

「金なら有ります。どうか、晴嵐の事を頼みます」


 提示された金額は安いとは冗談でも言えない数字だったが、しかしアージェンは一切の躊躇も無くインベントリから現金を取り出す。そのやり取りを見ながら、晴嵐は浮かない顔でこう言い始めた。


「司令官殿、その……」

「ん? どうした?」

「……自分はII型ドロイドです。II型は、使い捨ての奴隷として運用する為に開発された、量産型のドロイドです。だから、基本的に耐用年数はそれ程長くないのであります」


 滔々と語る晴嵐に、対峙する者たちはそれぞれに表情を動かす。現在この世界に存在するドロイドのほぼ全てを占めるIII型は、確か100年きっかり生きるという不老の長命種だった筈だが、II型は違うのか。


「じゃあ、実際どれくらいなのさ、寿命は」

「正確には分かりません……でも、III型程長くはない、っていうのは分かるのであります」


 アージェンはこめかみに手を当てる。彼の稼働開始からは、確か十数年程経っていたか。あの時から見た目は殆ど変わっていないが、内部には着々とボロが積み重なってきているのだろう。

 晴嵐に先立たれる未来。今すぐに来るわけではないとしても、それは確実に近づいて来ている瞬間だ。プレイヤーは死なない、病気も老化も無い。だがNPCは年を取るし、死ぬ。

 彼だけではない。フュールだってそうだ。エルフの寿命は長いが、それでも終わりが無いわけではない。レオロも、デイウォーカーの寿命がどんなもんだかは知らないが、殺されれば死ぬ。

 認識したその事実に、頭を強かに殴りつけられたような気分だった。どう足掻いても待ち受ける絶望に、悲鳴を上げたい衝動に駆られたのを何とか抑える。


「……歴史書によると、まともに天寿を全うしたII型ドロイドは、全くと言って良い程居なかったそうです。だから、私からはなんとも……」


 分厚い眼鏡の奥の目をばつ悪そうに伏せさせながら、ドロイドの技術者は頭を掻く。古代人たちはドロイドにそんな酷い境遇を与えていたのか、という胸糞悪さが湧き上がるが、一先ずそれは置いといて、アージェンは晴嵐に向き直る。


「晴嵐……わたしはあんたには長生きして欲しい。まだあんたを失いたくないんだ。だからそう諦めたような顔にならないでくれ。わたしは……」


 そこまで言葉を紡いだ所で、嗚咽が一緒に出て来そうになったので、彼女は口を噤む。泣きそうなのをどうにか呑み込み、毅然とした表情を保ちながら、コホンと小さく咳払いをした。晴嵐の顔を確認する余裕は、無かった。


「あー、つーわけでお願いします、技術者さん」

「ええ、分かりました。I.R.E.A.タワーの技術者の誇りにかけて、過不足無く修復してみせます」


 だぼだぼの白衣から覗く骨張った手と堅く握手を交わした後、晴嵐を連れてエレベーターホールに向かう技術者の背を見送る。その最中、晴嵐が一度ちらりとこちらに目をやり、何やら覚悟を決めたように頷くのも、彼女は捉えた。

 そうしてこの場に会話を齎していた二人が居なくなると、途端に静かになる。すると、先ほどからずっと黙りきりだったフュールが、徐に口を開いた。


「アージェンさん……大丈夫なんですか?」

「何の事だい? わたしゃ何時でも通常運転だよ。さ、晴嵐が帰って来るまで待とう。エウデアに戻るかい? それともこっちで滞在するかい?」


 おずおずといった様子だった彼の問いに、アージェンは渦巻くつらみを押し隠すように捲し立てて応える。いつもより数段早口に並べられた台詞に、フュールは怪訝げにしながらも圧倒されてそれ以上の追及を止めた。


「で、でしたら、今日はここで」

「分かった。じゃあ、特に転移で送らなくても良いよな」

「え、ええ。では、失礼します」


 早口を緩めぬまま言った後アージェンは待合室を出、そのままI.R.E.A.タワーを去る。その勢いに乗せられたフュールも歩き出し、そのまま姿をリザマトラの雑踏の中に消した。

 その辺りで、やや遅れてアージェンに追い縋り始めたレオロが、長かった沈黙を破って声を掛けた。


「アージェン、少し」

「……今度は何だい」


 色々と心が揺さぶられたから、早く一人にして欲しいのだが。そんな希望をどうにか押し隠して足を止め、くるりと振り返るアージェンに、彼は周囲を気にしながら距離を詰め、そして小声でこう言った。


「あー……ええと……渇いた」


 主語も目的語も無い端的な言葉から、アージェンは全てを汲み取って頷く。要するに彼は血が欲しいのだ。周りには結構人が居るので、こちらも具体的には言わずに返す。


「分かった。じゃあどっか人通りの少なさそうな……いや、それよりも良い所が有るか」

「……一体?」

「ウチの──えー、“使者”のギルドの本拠地さ。宿舎が有って、普段はそこで寝起きしてるんだ。

 わたしの部屋なら安全だし、いずれは緊急避難先としてあんたたちに紹介する予定だったし」


 人気の少ない所を選んで人避けの魔法を使っても、見つかる時は見つかる。そういう時には恋人の逢瀬のフリでなんやかんや誤摩化して来たが、避けられるリスクをわざわざ被りに行く必要は無い。


「つーわけで転移するが、構わんかね?」


 メニューを操作し始めながら、軽く首を傾げてレオロに問う。そうして相手の顔を見上げてみると、彼は何故かパチパチと瞬きを繰り返していた。相変わらず顔の大半が隠れている所為で感情は読み取り難いのだが、動揺しているのだろうか。


「……おーい、レオロ? 何か、新手の精神攻撃でも喰らったのか?」


 彼の目の前でぱたぱたと手を振りながら、アージェンは念のためステータス画面を確認する。そうして何の異常も無い事を確かめた辺りで、彼は漸く我に返って頷いた。


「あ、いや、大丈夫だ、問題無い」

「そうか? ……あー、もしかして、他の“使者”に会うのが嫌か? あそこに居る奴らは皆良い奴だし、あんたにどうこう言う奴も居ないが」

「そういうのは気にしてない。だが……いや、別に良い」


 一体何を思って固まっていたのか。だが彼女は、これ以上探る前にまず転移だと断じ、メニューの操作に戻る。その最中、「部屋って……」と呟く声を捉えた事で、漸くアージェンは彼の動揺の正体を知った。

 異性の私室に赴くのが恥ずかしいのだ、彼は。例え仲間として友人として長らく付き合って来た相手なのだとしても、それとこれとは話が別なのだろう。

 まぁ、彼の動揺してる様子を見るのは中々楽しいので止めるつもりは無い。人前では喋り難い関係で寡黙である印象が強いレオロが、こうして軽くでも取り乱している光景は貴重だ。


「ぷっ、くくく」

「ど、どうして笑うんだよ……」


 咎めるように言う声音すらも可笑しくて、アージェンは歪んだ口元を覆い隠してくつくつと一頻り笑う。そうしてどうにかこみ上げた笑いを消化し終えた所で、彼女は深呼吸をして調子を整えた。


「あーあ、毒気抜かれたわ……難しく考えるのは中止だ、中止」

「はぁ。そりゃ、良かったな……?」


 先の事を考えるのは後でで良い。今日には今日の風、明日には明日の風が吹くのだ。多少マシになった心境に、アージェンは鼻歌を奏でながら転移をする。




 その日の夜頃、晴嵐の自己修復プログラムの修復は無事終了した。だが念のため他の所も診ておこうという事で、彼を担当している技術者はその為の設備を起動しに行った。

 そうして空いた時間に、晴嵐は許可を得てI.R.E.A.タワーの外を散策していた。ただでさえ夜通し街を照らし続けるカラフルな電灯の所為で明るいのに、その上今日は満月まで出ているから、夜空には一等星さえ殆ど見えない。


「……」


 と、同時に、件の修復プログラムが早速動き始めた。最近の記憶から遡り、薄れかけていた重要な記憶を追憶させてゆく。教訓、トラウマ、事実──そして、生まれる以前の記憶。

 肉体が形成されるよりも前、彼というドロイドを構成するデータが作り出された時。流れ続けた時に晒されボロボロになったジェネレーターが、最後の力を振り絞って彼に生を与えようとした時の、朧げな回り灯籠。

 その『晴嵐』を形成する根っこの部分に、欠けていた物がねじ込まれ始める。『司令官』の名と、彼女に与えられた名前と存在理由だけが在った、不可侵である筈の領域に。


 ──世界樹。神。星。月。ルラ。ウィナンシェ。“使者”。ドロイド。昔。

 ──“いどのす”。


 情報が蘇る──否、流し込まれる速度は、どんどんと加速する。信じられないような計画、おぞましい妄執、それに関わる断片的な単語。


「知らないッ!!」


 思わず叫んだ。修復される記憶を、片っ端から投げ捨ててゆく。記憶の書庫の奥底に押し込み、厳重に封を掛ける。


「知らない、知らない……自分は、何も知らない、のであります……」


挿絵(By みてみん)


 何も知らない、何も見ていない、何も聞いていない。だのに、長らく欠落していた記憶であるらしい情報が、次から次へと浮かび上がって来る。怖かった。

 その恐怖さえ上塗りするように、ドロイドの感情回路が機械的に刺激されて生まれる多幸感。そして外部から心を操作されている事に対する、再びの恐怖。

 与えられた使命に歓喜せよ、と命ずるナニカの声。それを拒絶し泣き叫ぶ、自分の声。不協和音を奏でる二つの声にぐわんぐわんと脳みそが揺さぶられ、頭が割れそうな気分だった。


「司令官殿……」


 震えながら、蚊の鳴くように呟く。記憶修復が終了した後も、彼は担当者に呼ばれるまで、そこに虚ろに立ち尽くしていた。

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