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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第四章:喪われた友に流す泪
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幕間06:闇駆ける漆黒の翼


 とある謎を追い、彼は数多のVRゲームをプレイして来た。自由時間の殆どを返上して、発表されたタイトルは全てチェックして、VR関連の情報にもアンテナを張って。

 そして十年間鍵を探し続けて、その果てに辿り着いた一つのゲームこそが、《Hibernated Yggdrasil Online》だった。実は彼の兄がこれの開発に関わっていたらしい、という情報を得た彼は、当時まだオープンβだったヒョの世界に飛び込んだのだ。

 彼──有明祐介ゆうすけこと†堕落の熾天使†ルシフェルは、兄・有明哲也が変わってしまった理由を知るために、ヒョを始めた。……最初は、それだけが理由であった。




 ルシフェルが初めてヒョに降り立ってから一週間程。彼はそれなりにこのゲームを楽しんでいた。

 魔法システムがとても好みだし、種族選択の幅が広いのも良い。例え彼がVRの謎を追いかけていなくても、ヒョには辿り着いていただろう。そう思う程に、好みに合致していた。

 彼の目的の情報は、そう簡単には手に入らないだろう。思わぬ所に手がかりが転がっているかもしれないから、一先ずは好きに遊ぼう。それに、こんなにも面白いゲームを、ただ謎解きの道具にするのは勿体無い。


(当初の目的は忘れちゃいないがな)


 なので彼は今、このゲームを楽しむ一環として、資金調達の為に賞金首の盗賊団を追っていた。相手は人さらいの悪党集団で、若くて弱い少年少女をメインに攫い、隣国のアスディへと売り払っている奴らであるらしい。

 ルシフェルは基本ソロなので、普通にやれば一対多の不利な状況になるのが目に見えている。だがそれへの対策も、彼はちゃんと立てていた。そうでなければ、この盗賊団をターゲットになんかしない。

 見つけ出した敵集団のねぐらの出入り口を、隠れて監視しつつ最良のタイミングを待っていると、彼はふと自身の翼が風に揺れるのを感じた。土や緑の匂い、吹く温い風、それらはどれも他のゲームではまず実装されていなかった要素だ。


(本当にリアルだよな、このゲーム。まるで本物の異世界みたいだ)


 近頃は風なんかを実装しているゲームも出てきたが、どれも現実の風が持つ不規則さは無く、不気味の谷に居る事は否めなかった。それなのにヒョのはこんなにもリアルだ。ここら辺に彼の兄が関わっていたりするのだろうか、と取り留めの無い推測をする。


「ふわ~あ……今頃、他の奴らはお楽しみなんスかねェ……」

「はぁ、早く下っ端卒業してぇ~……」


 洞穴の入り口にて、見張りをしながらぼやく二人の下っ端の姿を観察しつつ、そろそろ頃合いか、とルシフェルはインベントリから投げナイフを二つ取り出した。そして自分が相手から見て風下になるのを見計らい、小声で呪文を唱える。


「ma'u'ei lo nu lo bradi cu selkevgau .au kei cu simsa le lindi ma'u'oi

 zi'e'ai lo renro kamgunta cu tsabi'o」


 投擲による攻撃力や命中率を全体的に向上させる、自身への付与魔法だ。ちなみに、詠唱はオリジナルである。


「ma'u'ei lo nu mi smaji .a'o kei cu simsa le ricfoi ma'u'oi

 zi'e'ai doi makfa ko mipri lo nu mi zvati」


 次に発動したのは、彼の気配を薄れさせる魔法。彼の付与魔法はL2なので効果の程は知れてるが、かくれんぼの手助けにはなる。やがて向かい風が止んだ所で、彼は下っ端二人のうち、居眠りを始めた相方を尻目に腕を組んでいる方へナイフを投げた。

 ナイフは銀に煌めきながら風を斬り、狙った相手の喉笛へと見事に刺さった。敵は「がッ」と呻きを漏らしながら、咄嗟にナイフを抜き取る。すると傷口から大量の血が噴き出始めた。

 みるみるうちに彼のHPは減ってゆき、そのまま崩れ落ちて気絶する。相方が倒れた事で、居眠りを始めた方も慌てて目を覚まして武器を構えた。


「だッ、誰だ、何処だッ! 出て来やがれ!」


 刃こぼれしたサーベルを振り回し威嚇するそいつに対し、ルシフェルはもう一つのナイフを彼の右腕目がけて投擲した。腕に突き刺さったナイフに、彼は悲鳴を上げ得物を取り落とす。

 その隙にルシフェルは素早く駆け、彼の背後へと回った。そして三本目のナイフを取り出し、相手の喉元に刃を触れさせる。すると腕の痛みに涙を浮かべながらも、彼はぴたりと動きを止めた。


「ひ、ひィッ、な、ナイフ、当たってるッス……!」

「当ててんだよ。このまま相方の二の舞になりたくなければ、ボスの所まで安全なルートで案内しろ。

 もし罠にかけようとしたら殺す。味方に知らせようとしても殺す。分かったな?」

「わ、分かったッス、だからナイフを離して欲しいッス~!」


 数度トントンとナイフで相手の首を叩いた後、ルシフェルは大人しくナイフを仕舞った。代わりにメイン武器のレイピアを抜き、見せつけるように陽光に煌めかせる。


「ううう、なんてこった……こんな事なら家出なんかしないで、大人しく農夫に徹してれば……」

「黙れ。キビキビ歩け」

「ヒィッ……」


 ドスを利かせた声で脅し、下っ端に案内を促す。やがてブツブツとぼやきながら歩き始めた彼に、ルシフェルはレイピアの切っ先を彼の背に突きつけながら追随した。




 安全に無数の罠をくぐり抜け、ルシフェルは洞穴の最奥部らしい部屋に辿り着いた。分厚い金属製の扉の向こうからは、下卑た男たちの笑い声が微かに聞こえて来る。


「……よし、ご苦労だったな」

「あは、あはははは、どういたしまして……」


 下っ端は乾いた笑いを浮かべながら、この場から逃げ出したさそうに足を小刻みに動かしている。それを認めつつ、しかし彼は無慈悲にロジバンを紡いだ。


「ma'u'ei ko dunda lo noi rinka lo nu lo bradi cu porpi ku'o nejni ma'u'oi

 zi'e'ai slunejni cu tsabi'o

 ma'u'ei ko binxo .e'i lo noi simsa le xekfagri ku'o kamcro ma'u'oi

 zi'e'ai punji lo nu spoja baza lo pano snidu kei jbama lo po'e ti birka

 ──最後の仕事だ。そこの部屋に入れ」

「ええっ」

「まぁ、やりたくないってんなら良いぞ? ……その時はアンタの死体を武器にするがな」

「ヒッ、やりますやります、やらせてくださいッス!!」


 真っ青な顔で意気揚々と扉に手をかけた彼に、ルシフェルは壁に身を寄せて部屋の中の者たちの視界から外れる。部屋の中に入っていった下っ端は、がたがたと震えながら不機嫌そうな親玉と対峙する。


「ああ? 何だ、良い所だってんのに……見張りはどうしたんだァ?」

「あ……ああ……あああああ」


 極限状態に追い込まれた彼は、意味の無い声を間抜けに上げる。と、その瞬間──。


(ヒャア、ゼロだ……なんてな)


 ──彼の両腕が爆散した。


「アアアアアアアアアアアアア!!」

「ギャアッ!?」

「す、スミスの腕が!?」


 先ほどルシフェルが彼に使った魔法は、付与と攻撃魔法を組み合わせた時限爆弾の魔法である。10秒後彼の腕が爆発するデバフを付与したのだ。

 これこそが彼の立てた作戦。攻撃力は殆ど無いが、爆発四散する血と肉と骨の破片で敵を驚かすには十分である。


「フン、汚い花火だぜ」


 人攫いどもは俄に浮き足立つ。その隙にルシフェルは素早く部屋の中へ立ち入り、まず入り口側に居た二人を足払いし、転んだ所で膝の裏にレイピアを突き刺した。同時に敵の数を確認する。腕が爆発した奴と今転ばした奴を除き、残り五人。また、一人の被害者らしい少女が居た。


(彼女は拉致被害者か。親玉の可能性も有るが)


 推測を巡らせつつ、音声入力から敵のステータスを呼び出す。相手のレベルは15~20程、少女のみ9。ちなみに、ルシフェルのレベルは現在29だ。

 そして計画通りに、全員軽度の『恐慌』状態に陥っていた。このチャンスを逃す理由は無い。


「滅せ!」


 まずルシフェルは右手に駆けつつ、二人の膝を突き刺した。同時に流れるようにナイフを取り出し、左手側に居た二人のふくらはぎ目がけて投げる。すると四人は野太い悲鳴を上げながら、無様に崩れ落ちた。これで少女を除き、残り一人。


「あ、アヒィ、いいおいだれぁあああ!」


 残った一人は何やら命乞いを始めるが、まともな言葉になっていない。うるさいが生かしておかねば賞金に換えてもらえないので、膝と肘とを突き刺して無力化しておく。

 一先ず、この場に居た者たちは全員無力化出来た。死なれない様簡単に止血して、手早く簀巻きにした後、彼は最後に残った少女の方に目を向けた。

 布の塊を口に突っ込まれ、後ろ手に縛られたそのエルフの少女は、服が半分くらい破られている。賊たちの会話から察するに、まぁ“そういう事”の寸前だったのだろう。

 間に合って良かった。レベルも低かったし、敵側である可能性は限りなく低いだろう。ルシフェルは警戒を解き、彼女の戒めを解いた。


「キミ、大丈夫か? 助けが必要なら、助けるが」

「あ……あのっ……ありが、とう、ござっ、ごじっ……う、うわああああんっ!!」

「うぉっ!?」


 彼女は礼を言おうとしていた様だったが、途中で堪え切れなくなったのか、そのまま泣き出しルシフェルへと飛びついた。彼は驚きつつも少女を受け止め、黙って相手が落ち着くのを待つ。


「ううっ、ひくっ……ごめ、なざっ……う、あ、安心、しぢゃって、うぐっ」

「あー……コホン。落ち着くまで、存分に泣くが良い」

「ずび、ばせっ、ひっく」


 とはいえ、服の脱げかけた少女にいつまでも抱き着かれているというのも心臓に悪い。彼はインベントリから外套を取り出し、少女の身に被せてやる。それでも彼女の体温だとか、そういうのは伝わって来てしまうのだが。

 やがてたっぷり泣き続けた後、エルフの少女は漸く落ち着きを取り戻し、ルシフェルから離れた。そしてぺこりと深く深く頭を下げる。


「あのっ、本当にありがとうございました。私、もう駄目かと……助けてくれて、本当に、ありがとうございました……!」

「礼を言われる程の事ではないが、有り難く受け取っておこう」


 実際、この悪党どもに賞金がかけられてなければ、この少女を助ける事も無かっただろう。とはいえ乗せかかった船だ、残党が居ないか確認した後最寄りの街まで送るくらいはしてやろう。


「私はディーネイ、ディーネイーウ・メフィアーノと申します。あの、どうか貴方のお名前を教えてくださいませんか?」


 ディーネイと名乗った彼女は、涙に濡れた花緑青の瞳を擦りつつこちらにも名を問う。それに対しルシフェルは、一つ小さく咳払いをした後、待ってましたと言わんばかりにポーズをとった。そして用意しておいた名乗り口上を口にする。


「名乗る程の者でもないが、今日は特別に名乗っておこう。

 我が名は“堕落の熾天使”ルシフェル。いずれは全世界に名を轟かす男である!」


 鉄色のレイピアを軽く振り、黒い翼を大きく広げながらそう力強く言う。ゲームの中でこういう『中二病』の仮面を纏うのは、終わりの無い謎の探求の過程で心を潰してしまわない様に、と見つけ出した楽しみだ。

 恥ずかしいと思う事も有るが、その感情も確かに彼の心を生かしてくれる。目の前のディーネイの苦笑いすらも、彼にとってはエンターテイメントだ。


「……でも、今はまだ無名なんですよね?」

「今は、な。だがすぐに世界で指折りの英雄になってみせるぞ」

「……一人だけで、ですか?」

「フフッ、オレくらいの強者となると付いて来れる奴が何処にもおらんのだ。まぁぼっちだろうが、このオレにとって大した問題にはなり得んがな」


 大言壮語を叩けるだけ叩いた後、何とも微妙な表情になったディーネイから情報を引き出しつつ、彼は残党や他の被害者が居ないか探索を始める。幸い、賊は入り口近くで倒れていた見張りも含めて九人だけで、他の部屋に押し込められていた数名の被害者たちも、衰弱してはいたが全員無事だった。

 そうして救出した被害者と、簀巻きにした賊どもと共に、転移を使って彼は最寄りの街へと帰還した。それ以上は面倒を見切れないので、そこでディーネイ含めた被害者たちには別れを告げた。




 以上が、ルシフェルとディーネイのファーストコンタクトの記憶である。何処何処宿舎の自室にて、布団に包まりながら懐かしい記憶を回想し終えた彼は、徐に身を起こし文字通り羽を伸ばした。

 あの後、そのままなら恐らく彼は二度とディーネイと顔を合わせる事は無かっただろう。それなのになんやかんやで手を組み、二人組の冒険者として今までやって来る事になったのは、ディーネイが「命の恩を返すため」と彼を探し出し同行を申し出て来たからだ。

 カッコ付ける為にソロを貫きたかったルシフェルだったが、彼女の押しの強さと、その為に両親を説得し準備をして来たという行動力に負け、結局組む事になったのだ。正直、あの第一印象でどうしてこうなったのか、未だに分からない。女性の考える事は謎に包まれている。


(まぁ……これまで色々やって来たけど、ディーネイ居なきゃヤバかった場面も多いし、あれは重要なターニングポイントだったよな)


 最初は弱かった彼女も、経験を積む毎に強くなり、今や居なくてはならない回復支援役だ。やがて、一向に掴めない兄の謎に疲弊した心を癒してくれる、大切な仲間にもなり、そして──。


(……いつの間にか本当に惚れてたし。変だってのは百も承知だが、それでも……)


 今は彼の想い人。ゲームのキャラクターに本当に恋愛感情を抱く、という状態の異常さは彼自身も分かっていたが、そんな常識の呵責程度で薄れる程彼の想いは軽くなかった。


(それに、もうこんな状態になっちまったしな。現実に帰れないんじゃ、兄貴の事を調べる意味もねーし……)


 そうして自分に言い訳をして、彼は本来の目的だった筈の物の優先度を下げる。今までの調査から、有明哲也はこのゲームをやっていない、という事を彼は突き止めていた。だからもう意味が無い。意味は無いのだ。

 だから心置きなく、ディーネイとの日常を最優先にする事が出来る。現実世界では有り得ない、理想の美少女エルフと共に過ごす日々に耽溺する事が出来るのだ。


(……よし、出掛けよう。買い物に行こう)


 自身の心持ちを確認し終えた彼は、数度翼をバサバサとさせた後それを折りたたみ、メニューを操作し始めた。ネリネからのアドバイスで花束を買う為に、緑豊かなエルフの国『アルファルド』へと転移する。

 何故そんなけったいなモノを買いに行くかといえば、明日ディーネイへと告白する為である。『ベタベタだけど、告白ならやっぱ花束じゃないかしら』──彼女はそう言い、アージェンもそれに同意した。

 それが功を奏すかは分からないが、無いよりは有った方が良いだろう。そう断じ、彼は歩き始める。

第四章はここまで。

おまけの詠唱和訳→https://www.evernote.com/shard/s282/sh/52daf865-beae-434d-b9a8-2526dd89540d/ea229fad3ee8bb64f33ebe07cdc58659 (34話のは別です)

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