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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第五章:理想郷症候群
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37:愛とアイスとサウダージ


 黒曜の月、17日。麻薬流行事件の終息から約二ヶ月経過したその日、何処何処中枢メンバーの三人は、互いの近況を報告し合う為に、ルシフェルの部屋へと集っていた。

 バグ発生以来、何となく定期的に催している集まりであるが、当初は五人も集っていたというのに、今や三人にまで減ってしまった。テーブルを囲んだ互いの間の距離が広がった事に、えも言われぬ寂寥を覚える。

 何処何処のメンバー全体で見ても、初期から比べればがくっと減ってしまった。ここ二ヶ月での脱落者は居ないが、アージェン自身も含め、全員がいつまでも保つわけはないだろう。


「……いつまで、わたしたちはこうして集まれるのかね」


 自嘲するような引き攣り笑いと共に、アージェンはそう呟いた。そんな、俯きっぱなしの彼女に対し、ルシフェルは対照的なまでに朗らかな笑みを、口元にだけほんのり浮かべて言う。


「オレたちが『集まろう』って思える限りは、いつでも集まれるだろ。……いつまででも」


 そう語る彼の顔は、硬いながらも希望に満ち溢れていた。逃れられない絶望感から必死に目を逸らしている状態のアージェンとは大違いだ。

 いつしかのローテンションさは何処へやら、嘗ての風雲のような眩しさをルシフェルは放っている。この状況下、彼は何故それ程までの明るさを持てているのだろう。……大体予想はつくのだが。


「じゃあ、近況報告を始めようか。オレからは、まず……えー、色々なんやかんや有って、ディーネイと正式に付き合う事になった」


 予想通りであった。抑えられないにやけを無理に抑えようとして、彼は酷い顔になっている。そんな顔芸に対し、女性陣二人はこみ上げる笑いを堪えながら平静を取り繕って応じた。


「ん、やっぱそうなのか。良かったじゃん、おめでとう」

「あら、それはめでたいわね。あたしたちの言葉は役に立ったかしら?」

「ああ、良い指針になったよ。ありがとうな、二人とも」


 アレで役に立ったのか、ややもすれば逆効果になっていたのではないかと少し不安だったアージェンは、彼のそんな報告にほっとした。自分の所為で友人の恋路がへし折れるなんて事が起きたら、半年は引きずる自信が有る。

 アージェンは内心で胸を撫で下ろしつつ、ルシフェルの幸福が末永く続く事を願った。そうしていると、何やらメニューを操作しているネリネが不意に口を開いた。


「ねぇ、ジェンさんはどうなの?」

「え、何が?」

「ロマンスとかスンマロとか、起きないの? 確か、三人くらいの男の子と一緒に冒険してるって言ってたわよね」


 意地悪そうな笑みと共に問うネリネに、アージェンは面食らって一瞬瞠目する。この話を自分に振られるのは、ちょっと予想外だった。目を閉じ、ううんと考え込む。


「ンウェー……無いわー、うん」

「えー、残念」


 NPCに対して何も思う事が無いわけではないが、ルシフェルの様な本気の恋愛感情は何処にも無い。愛着やら信頼やらは確かに存在するが、それは甘い雰囲気とは全く無縁な類いの感情だ。

 まぁ、三人とも守備範囲に入っているから、もし向こうから言い寄られたなら悪い気はしないだろうが、それでもこちらからアプローチをするのは面倒だ。折角の信頼関係を、痴情の縺れで壊したくないし。

 自身の揺るぎない心を確かめ終えた後、彼女は詰まらなさそうに唇を尖らせるネリネへと、反撃するようにこう問いかける。


「そう言うネリネさんの方はどうなのさ。コノハズク君と二人っきりなんでしょ、いつも」

「それこそ無いわよ。コノハズクはあくまで従者で手下、大切だけれど恋情は何処にも無いわ。そもそも彼、喋らないし」

「ドライだなぁ、二人とも……」


 ネリネは全く動じずに答える。そんな一連の応酬に、どこか感心するように呟くルシフェルに、ドライと評される程ドライだろうか、とアージェンは軽く首を傾げた。

 と、そこら辺で、ネリネが徐にインベントリから小さな一つの木製の壷を取り出した。何故か『三倍』という文字が蓋に書き込まれている。続けてお皿とスプーンを三セット並べながら、ネリネは自分の事を話し始めた。


「次はあたしね。最近、今こっちの世界には無い物を作るプロジェクトを進めている……ってのは、もう二人も知ってるかしら。これはその成果よ」


 彼女のその計画は、アージェンたちも知る所だ。ヒョの舞台たる惑星ウィナンシェは衰退した世界であるから、現実に有った物でこちらには無い物というのは割と多い。

 なので、そんな現状を嘆いたネリネは、『無いなら作れば良いじゃない』とそれらを作り出すプロジェクトを起こした。それでその為の材料やら何やらの調達等を、彼女は何処何処メンバーに依頼したりしていたので、アージェンたちも彼女の計画を知るに至っていたというわけだ。


「アレ、上手くいったんだ。一体何が出来たの?」

「ふっふっふー、聞いて驚け見て驚け。──じゃじゃーん!」


 口で短くファンファーレを奏でながら、ネリネはちゃぶ台の中央に置いた壷の蓋を開ける。どうやらこの壷は保冷の魔法が組み込まれている代物であるらしく、開けた途端白い冷気が立ち上った。同時に、甘いミルクの香りが漂って来る。

 何かのお菓子だろうか。ルシフェルとアージェンは揃って身を乗り出し、小さな壷の中身を覗き込む。するとそこには、細かい氷の結晶を纏った白い物が入っていた。


「アイスクリームでーす。やっと納得のいく味に仕上がったのよ」

「……アイス、だ」


 アージェンは思わず神妙に呟いてしまう。アイスクリームも、こちらには存在していない代物だ。これまでそれなりに探したりもして来たが、かき氷はあれどアイスクリームは見つからなかった。

 思えばヒョに閉じ込められて、主観時間でもう半年弱である。その間、ずうっとアイスを口にしていなかったのだ、感動したくもなる。

 心持ちはルシフェルも同様であるようで、彼は言葉を失ったままアイスに見入っている。その横顔には、先ほどまでのとはまた別種の光が宿っていた。


「でね、二人にも試食してみて欲しいの。忌憚の無い意見を聞かせて頂戴」


 そう言いながらネリネはスプーンでアイスを掬い、三つの皿に手際良く盛りつけてゆく。あまり量は作れなかったらしく、一人分の分量はほんの少ししかなかったが、間違いなくアイスクリームだ。

 各々スプーンを手に取り、白く冷たい甘味を口に運ぶ。すると、現実のそれとは少し風味の違うミルクの味が、ひんやりと舌の上に広がった。


「……間違いなく、アイスだね」

「ああ、アイスだ……」

「どう? ちゃんと美味しく出来てるかしら?」

「うん、美味しいよ、とても美味しい。本当に……」


 郷愁だろうか、それとも安堵だろうか。涙が溢れて来る。塩辛い液体がアイスに落ちてしまわない様に、アージェンは素早くハンカチを取り出し目元を押さえた。


「ネリネさん、これは量産出来るのか?」

「大量生産は無理だけど、レシピは確立させたから、それなりに作る事は出来るわよ」

「うーむ、だと、あんま大規模には出来ないか……だが、これは売れるぞ」


 ルシフェルはちびちびとアイスを舐めながら、そんな事を言い出す。確かに、これだけ美味しいアイスなら売れる。プレイヤーは元より、NPCにだって大人気になるだろう。


「売る、ねぇ……考えてなかったけど、それも良いかもしれないわね。なら、早急に他のフレーバーの開発も進めなきゃ。また試食、お願い出来る?」

「もっちろん! 出来上がるの、楽しみにしてるね」

「材料集めも手伝うぞ」

「あ、なら、次の目標の為にも欲しい物が有るの。炭酸飲料を作ってみたいからさ──」


 青く円い目をきらきらと輝かさせながら、ネリネは意気揚々と注文を二人にぶつける。言いつけられる色々な植物やら鉱石やらの名前をメモしながら、ふとアージェンは零した。


「……ラインハルトさんにも、味わわせてやりたかったな」


 言って、しまった、と自身の口を塞いだ。だが時既に遅し、ネリネは露骨に眉根を寄せ、ルシフェルも苦々しげに目を伏せさせてしまった。

 あの後、ラインハルト含む強力麻薬──曰く、正式名称は『にてい☆すぺしある』とかいう、何ともふざけた名前であるらしい──の中毒プレイヤーたちは、全員何処かで禁固される事と相成った。そして、彼らが何処に居るのかや、どうやって大人しくさせているのかは、防犯の為に秘匿されている。

 だから、彼女が口にした事は本当にどうしようもない事なのだ。それだけではなく、『もっと早くに出来なかったのか』とネリネに当てつけをしているようにすら聞こえてしまう。自身の失言に顔を青ざめさせながら、アージェンは頭を下げた。


「ごめんっ、ネリネさん。口を滑らしてしまって……」

「ん……謝ってくれたし、良いわよ。……あたしだって、彼にもアイスを食べさせたかったのは同じだし」


 平謝りしたアージェンを、ネリネはきゅっと肩を竦めながら許した。彼女が許した事によって、ルシフェルも雰囲気を和らげさせる。


「……本当に、あと少し正気を保っててくれればねぇ……」


 ネリネはそう呟きながら、自分の分のアイスの最後の一口を口に運んだ。アージェンも、溶けかけているアイスを慌てて食べる。

 やがて全員がアイスを食べ終えた所で、閑話休題とルシフェルが顔を上げた。そして次の話題に移る。


「さて……何か、プレイヤーのキナ臭い動きは無かったか? オレの視座からは見当たらなかったが」

「わたしが見る限りは、通常運転だったよ」

「右に同じ。あの事件で、問題を潜在的に持ってた人が一掃されたのかもしれないわね。……そうじゃない人も巻き添えになったけど」


 ルシフェルの問いに、ネリネとアージェンは揃って首を横に振って答えた。この情報交換は、この間のような大惨事がもう二度と起きないようにする為の対策でもあり、これから先予想される問題に対する備えでもある。

 その『予想される問題』とは、自治組織の腐敗である。現在《蓮の糸》はそれなりに秩序を保っており、きちんと目的を果たし続けているが、しかし時間経過と共に腐敗を開始するだろう。

 あの麻薬事件が無く、《蓮の糸》を構成していた優秀な者が失われていなければ、その心配は無かったかもしれない。少なくとも、今から気を張る必要は薄かった筈だ。

 だが現に初期メンバーは失われ、能力的・人格的に劣っていると判断されて弾かれていた者がその分加わった。キーマの選別眼を見くびっているわけではないが、優秀な者の数には限りが有るのだ。《蓮の糸》メンバーの質は、絶対に低下している。

 もしかしたら考え過ぎかもしれない。だが、それでも、ルシフェルは最悪の事態を想定するべきだ、と断じ、一部のメンバーへと気を付けるように通達した。表立って言うと要らぬ反感を呼ぶのは目に見えているので、極秘にだ。


「とりあえずは大丈夫なようだな……だが、備えあれば憂い無しだ。皆も、いつ何か起きても良い様、用意は怠らないようにしてくれ」

「言われなくても。ルシフェルさんこそ気を付けて」

「それと、ディーネイちゃんの事もちゃーんと守ってあげるのよ」

「ちゃ、茶化すなって……」


 そんなずしりと重い背景とは裏腹に、ネリネのちょっかいにルシフェルが恥ずかしがる光景は和やかだ。こういう場面がいつでも見れるような状況が、なるだけ長く続きますように……と、アージェンは目蓋を閉じる。


(もう、わたしから何も奪わないで)


 これ以上奪われてなるものか。強く固い意志を胸に、彼女は拳を握りしめる。密かに静かに、茶化し合い戯れ合う二人に気付かれないように。

 この手からすり抜け、そのまま落ちてしまった物は多い。だが、だからこそ、残った物を大切にしたい。彼ら然り、NPCの仲間たち然り、正気の鎹がこれ以上落剥してしまわないように。

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