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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第五章:理想郷症候群
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38:ユグドラシル・クローン


「とてもあつい」


 十数人乗りのホバークラフトの船で、NPCの仲間たちと共に揺られながら、アージェンはそんな感想を零した。晴嵐もルービックキューブを弄びながら頷き、その愚痴に同意する。

 黒曜の月19日。荒野の国グゥクルゥ最西端の街から、エルフの国アルファルドの国境に向かうホバークラフトで移動している真っ最中だ。現実のホバークラフトとは違い、魔法で浮いて動いているらしいが、しかしホバークラフトと呼ばれているので、アージェンもそう呼称する事にしている。

 この乗り物はアルファルドの最先端の技術であるらしく、数も少なく料金も高かった。だが歩きや馬車等では数日掛かる距離を、たった半日にまで短縮出来るのだ。アルファルドを楽しみにし続けていたアージェンは、脇目も振らずこの移動手段を選択した。


「ma'u'ei .a'enai mi lo nu citka lo porpi bisli kei cu pacna ma'u'oi

 zi'e'ai mi lo lenku vacri cu zbasu」


 だがしかし、とても暑い。最先端ならばクーラーくらい付けられないのか、と汎用魔法で冷気を生み出しながら考える。普段あまり弱音を吐かない晴嵐すらも嘆きを口にし、フュールに至っては乗り物酔いとうだるような暑さのダブルパンチで真っ青な顔になっている。


「フュール、大丈夫かあんた」

「だいじょうぶ、じゃ、ないです……ウッ」

「お、おい、吐くなよ!? 今回復魔法使ってやるから!

 ma'u'ei ko na vamtu .e'o ma'u'oi zi'e'ai .iuru'e mi lo tolxai selsa'a cu siclu!」


 自身の右隣に座る彼が、暑さによるそれとは別種の汗を吹き出させたのを見、アージェンは慌てて詠唱した。すると間一髪間に合ったようで、彼は顔色を多少回復させる。


「たすかり、ました……うう、あとどれくらいなんでしょう……」

「えー、後大体三時間ぐらいかな? 多分」

「サンジ、カン……」


 望みが絶たれたと言わんばかりに力無く俯く彼に、アージェンは冷気を生み出し扇子で扇いでやる事で元気づけようとする。しかし、本当に彼は乗り物に弱い。

 フュールがアージェンと共に冒険者を始めてから、こちらの時間で数えればもう20年近くになる。その間彼は色々な乗り物に乗って来て、しかしその度に酔っていた。

 そろそろ慣れても良いのではないか、と思うが、軽くなる兆しは全く現れない。だが一切乗り物を使わずに旅を続けるのも難しいので、彼には多大な負担を強いてしまっている。


「向こうに着いて落ち着いたら、夕飯でも奢ってやるから。どうか辛抱してくれ」

「……いえ……それには、およびませ──うぷっ」

「遠慮するなよ、あんたには色々辛い思いさせてるからな……zi'e'ai .oi mi lo marce ke rigni selbi'a la .fiul. cu vimcu」


 追い回復魔法をかけながら、アージェンは軽く目を伏せる。なんだかんだで彼はずっとアージェンに付いて来てくれてるが、彼の性分と冒険者稼業は合っていない筈だ。とはいえ彼が欠けると戦力が著しく低下するのも事実で、彼が文句を言わないのを良い事にずうっと連れ回し続けている。

 その勝手が食事を奢る程度で埋め合わされるとは思っていないが、自己満足という奴だ。まだ微妙に青い顔に弱々しく笑みを浮かべながら礼を言うフュールに、アージェンは良心の呵責を感じた。

 と、その辺りで、左隣のレオロの更に隣でルービックキューブを弄っていた晴嵐が、六面とも揃える事に成功した。4×4の、結構難易度が高い奴だ。達成感に表情を綻ばさせながら、彼は仲間たちにキューブを誇示する。


「見て見て、司令官殿ー、揃ったのでありますー」

「おっ、すげえじゃん。やるなぁ」

「のでー、また適当にバラバラにしてくださいますか? まだまだ時間は有り余ってますし……」

「ん、分かった」


 どうやら寝ているらしいレオロの前で、アージェンは晴嵐からキューブを受け取り、慣れた手つきでがしゃがしゃとバラバラにし始めた。晴嵐が暇潰しにルービックキューブで遊び、完成した所でアージェンがそれを振り出しに戻す。このループは最早彼女たちの間で恒例行事になっている。


「よし……出来たよ。ほい」

「ありがとうございます!」


 良い具合にぐちゃぐちゃになったキューブを、彼女は晴嵐に返す。すると彼はまた楽しそうにキューブを回し始めた。

 そんな晴嵐の横顔を微笑ましく眺めながら、アージェンは乗り出していた身を元に戻し、背もたれに体重を預け直す。すると、一連の動作によってバランスが崩れたのか、眠るレオロがアージェンの方にもたれ掛かり、彼女の肩へと頭を着地させた。

 ちょっとビックリしたが、熟睡しているらしい彼を起こすのも可哀想だ。ので、アージェンはそれを受け入れスルーする事にした。ついでに、牙を隠すためのマフラーや、直射日光を避ける為の長袖長ズボンで暑がっているだろうし、と彼女は扇子でレオロも扇いでやる。


『え~、間もなく~、向かって右手の窓からアルファルドの神樹、ベネトナシュが見えて参りま~す』


 運転手によるそのアナウンスに、他の乗客たちも窓に目を向け、外の光景を見ようと躍起になる。アージェンも、レオロの頭が滑り落ちない程度に自身の背後に有る窓に齧り付き、『神樹ベネトナシュ』の姿を探し始めた。


「ど、どこだ?」

「司令官殿、結構前側であります! でっかい樹が生えてるのであります!」

「前……あっ、見えた、見えたぞ! わたしにも見える!」


 思いっきり窓に顔を押し付けて前方を見ると、やっとその姿が見えた。グゥクルゥ最後の街の辺りはまだ荒野だったのに、アルファルドに近づくにつれて長閑な草原となってゆくその中心に、威風堂々と聳え立つ大樹の姿が。


「いやはや、デカイなぁ~……話には聞いてたけど、実際見るとやっぱ違うなぁ」

「この距離からでもこれだけ大きく見えるって事は、麓から見たらどれくらい大きいのでしょう? うう~っ、考えただけで首が痛くなるのであります……」


 流石に雲には届いていなかったが、しかし周りに有る筈の他の建物が一切見えない距離からでも存在感を放っていた。もう少し近くなったらまた見る事にして、アージェンは姿勢を戻す。

 うろ覚えだが、公式サイト曰く、アルファルドの守り神として崇められているあの大樹は、実はユガタルファの世界樹のクローンであるらしい。ずうっと昔にこの地に挿し木された世界樹が、本体が枯れ落ちた後も残っているのだ、と。

 その真偽は定かではないが、ステップ気候地帯に在る中、アルファルドが穏やかな四季の有る温帯気候になっている辺り、その力は本物なのだろう。この辺が草原になっているのも、ベネトナシュの影響であるそうだ。


「……でも、なんでここいらに街作らなかったんだ? グゥクルゥとかの奴ら」

「ああ、それは……夜になるとこの辺りには、『悪霊』がわんさか出るからですよ……」

「悪霊ったぁ、またけったいな……」


 ヒョでの悪霊と聞いて真っ先に連想するのは、ゴースト系のモンスターだ。アンデッドタイプのモンスターであるそれは、基本的に実体を持っていないので、一部の魔法攻撃しか効かない。

 能力自体は弱いのだが、他にも障害物を無視して移動したり、強力なものなら人に取り憑いて操ったりも出来る。強い光や宗教関連のモチーフやアイテムに弱かったりもするが、討伐しようと思うととても面倒くさいタイプの相手だ。

 そんな奴らがうじゃうじゃ湧いて出る土地なんて、いくら他の条件が良くても住みたいとは思わないだろう。アージェンはうんうんと頷いて納得した。


「だから……この船は、日中に駆け抜けてしまいますが……ここを通る馬車には、ベネトナシュの絵が描いてありますし……徒歩の人も、お守りとかを買って行くのだそうです……」

「ああ、あの変な蛇の絵、そういう意味が有ったのか……辛い中説明くれてありがとな、フュール」


 そういえば、グゥクルゥで見た馬車の半分くらいに謎の白蛇の絵が描いてあったな、とアージェンは納得する。あれはベネトナシュの神の絵だったのか。

 フュールは説明を終えると、力尽きたように背もたれに寄りかかった。アージェンの回復魔法が効いたのか、吐き気は鳴りを潜めているようだ。そんな彼に、アージェンは徐にインベントリから出した予備の扇子を差し出す。


「扇子有るけど、使うか?」

「……では、お言葉に甘えて……」


 彼はそれを受け取ると、慣れた手つきで展開しぱたぱたと首元を扇ぎ始めた。それを認め、アージェンは冷気を発生させていた汎用魔法を終了させる。MPにも限りが有るから、絶え間なく冷気を生み出し続けるのは難しいのだ。


「早く向こうに着かないかなー……」


 フュール程ではないが、アージェンも他の二人もこの暑さには参っている。相変わらずぐっすり眠っているらしいレオロの頭の所為で、左肩の辺りに熱が籠るし肩が凝ってくるし。

 けれども彼女はレオロを起こす事もせず、扇子でぱたぱたと風を生み出し、それで幾ばくかの清涼感を得る事に躍起になる。同時に水筒を取り出し、その中身の氷水を口に含みつつ、どうやって暇を潰すかを考え始めた。




 半日に渡る船旅を終えたアージェンたちは、国境でもある『アルファルド大結界』の内側にへばりつくように存在している街『ラウ』に入った。

 アルファルド大結界とは、この国の領土全域を覆うように展開されている巨大な半球ドーム状の力場だ。それは外敵から国を守る防壁であると同時に、国内の気候を操作し住み良い環境に整えている代物でもある。

 東西南北に一つずつ在る国境の街の門以外から結界を越える事は出来ず、無理に越えようとすればたちどころに風に引き裂かれて死ぬ。そんな結界に守られているから、アルファルドは豊かな国土を抱えながらも、有史以来侵略らしい侵略を受けていないのだそうだ。


「っはぁ~、外と比べると天国のような涼しさだ……」

「もう二度とあのホバークラフトには乗りたくありません……」

「蒸し焼きになるかと思ったのであります~」

「……ねっむ……」


 入国審査を終え、何となく和風な建物が立ち並ぶ中を歩きながら、四人は口々にそんな感想を漏らす。操作された気候のお陰で、結界内は程良い気温だ。あの地獄のようなクルーズを乗り越えた後だと、余計にその快適さが際立つ。


「じゃあ今日の所は解散で、次に天気の良い日に首都の『ヒドレ』に向かい始めようか」

「この雲の様子なら、多分明日は晴れると思うのであります」

「じゃあ明日だな。良いかい、三人とも?」

「……俺は問題無い」

「明日……また随分と性急ですね」


 アージェンの確認に、晴嵐とレオロが揃って頷く中、フュールは難しい顔で目を逸らしながら耳をへなりとさせる。そういえば彼はこの前も、アルファルドの名を出した途端にこんな顔になっていた。


「何か、嫌な思い出でもあるのか? 本当、無理しなくて良いんだぞ」

「いえ、大丈夫です! ただ、ちょっと、実は、僕の両親がここの出身で……」


 それは初耳だ。他の二人も知らなかったようで、各々驚きの表情を浮かべる。


「そうだったのでありますか……でも、フュール殿は確かユガタルファに居たのですよね? 何故わざわざ、こんな良い所を離れたのでありますか?」

「それは僕にも分かりません。両親がユガタルファに行ったのは、僕が生まれる前の事だったそうなので……」

「へー……」


 晴嵐の問いに答えるフュールの横顔を眺めながら、アージェンは彼の抱える複雑さの正体を悟った。彼の両親がアルファルドを去ったという事は、この環境の良さを差し引いても不快な要素が有ったという事で、それを思って彼は微妙な表情になっているのだろう。

 もしかしたら違うのかもしれないが、わざわざ相手の痛そうな腹を探って楽しむ趣味は無い。「そうなのか」とアージェンは頷き、それきりこの話題に言及する事を止めた。


「じゃ、明日の朝八時前後にラウの西門前集合で、今日は解散だ。ゆっくり身体を休めて、明日からに備えてくれ。何か有ったら、通信腕輪でわたしに連絡な」

「了解しました」

「合点承知なのであります!」

「……把握した」


 ラウの街の中心辺りまで来た所で、アージェンは三人にそう言った後、メニューから転移を起動させた。木造建築の街並と、道を行き交う無数のエルフたち、そしてそれらを背景として佇む仲間たちの姿が消え、代わりに何処何処ハウスの自室の光景が現れる。

 そうして、既に現実の自室よりも親しみを感じるように思えて来た部屋に戻った彼女は、装備のいくらかを外した後ベッドにダイブする。あの地獄クルーズの疲れを癒さなければ。


(う、あああ……眠たい……でも寝たくないな……)


 枕と布団の感触を肌に感じると、一気に眠気が湧き上がって来る。だが彼女は頑としてそれに抗った。別に睡眠を取らずとも、半日程大人しくしていればMPは全快する。

 とはいえ一睡もしない生活が続くと、それだけ精神はすり減ってゆく。なのに彼女が眠りたがらないのは、寝れば100%悪夢を見て、余計に精神が削れるからだ。

 だから彼女は、バグ発生以来数える程しか眠っていない。それが自身の心労を加速させている事は重々承知だが、眠ってもまともに休まらないのだから意味が無いのだ。


「ヘイゼルさん……」


 親友の名を呼ばわりながら、アージェンは首飾りに触れる。その小さな感触は、しかし彼女の悪夢を払うには至らない。

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