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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第四章:喪われた友に流す泪
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35:喪われた友へ


 作戦が成功に終わったその後、ルシフェルはステイシーのビルの間を飛び回っていた。

 少し前までは毒の煙が充満していた所だが、ジャディスリィの放った浄化の炎のお陰で、ガスマスク等を付けなくても普通に呼吸が出来る。曰く、アレは攻撃魔法の応用であるらしい。本当にヒョの魔法は自由度が高い。

 誰も彼もが眠りこけている上を、漆黒の翼をはためかせて彼は飛ぶ。このゲームを始めた当初は、リアル過ぎる感覚の中、身一つで空を飛ぶという行為が怖くて怖くて仕方なかった時期も有ったが、今となっては慣れたものだ。

 ゆるやかに滑空し、時折羽ばたいて高度を確保し、曲がり角では小さく円を描いて旋回する。緑と青の双眸をくわっと見開き、眼下に広がる人々の群れを確と眺めながら、彼は目的の人物を探した。


(……と、見つけた)


 無秩序に重なり合って眠っている人々の中に、彼は見慣れた姿を見つけた。立派な髭をぼさぼさにした小さいおっさん──ラインハルトの姿だ。ルシフェルは高度を落とし、彼の元へ向かう。


「あ……あ……アレが、ない、と……あ、ああっ」


 寝言でもドラッグを求めながら、ラインハルトは眠り続けている。立派だったアバターは惨めに薄汚れ、窶れた頬に濃いクマは彼の症状の重篤さをこれでもかと示していた。

 どうにか地面の空いている所を見つけて着地し、ルシフェルは翼を折り畳む。長らく飛行を続けてきたから、少し疲れた。羽の筋肉を解しつつ、彼はラインハルトの姿を見下ろす。

 それを視界に捉えた事により湧き上がる想いの名は、失望。ただただ深い失望だけが、ルシフェルの心の中を満たす。このざまでは、ラインハルトの語った正論がまるで詭弁だったようではないか──否、あれは実際詭弁だったのだ。

 ジャディスリィの情報を踏まえて考えるに、12日前彼とラインハルトが口論になったあの時、既に彼も麻薬常習者になっていた可能性が高い。そんな胡乱な者の言う事なぞ、少なくとも正気の者にとってはノイズでしかないに決まってる。


「……いつか、アナタは、NPCに寄りかかるオレを無様だ、と言ったな。

 否定はしない。そう考える奴も居る、それだけの事だ。……だが──」


 左右非対称の目を細め、自分の中の何かと決別するかの如く、言い放つ。自らの選んだ道が正しいと信じる為、彼の道は間違っていたと断ずる為。


「今のアンタの方が、余程無様に見えるよ」


 客観的に見ても、今のルシフェルとラインハルトを見比べて、ラインハルトの方がマシな状況だと言う輩は居ないだろう。その声は断定的であり、冷徹だった。

 そしてラインハルトからのレスポンスが有る前に、ルシフェルは素早く飛び立つ。その羽ばたきは、先ほどまでより幾分か軽かった。




「戻って来なさーい、コノハズクー!」


 敵が全員墜落した事により、滞空状態で指示待ちしていた従者を、ネリネは呼び戻す。彼は静かにネリネたちの居る足場まで戻って来ると、《限定竜化》状態を解除し元の姿になった。

 彼は強く、相手は数こそ多かったが弱体化していた。しかしそれでも完全に無傷では済まなかったようで、所々に負った傷から青い血を流している。そんな彼に対し、ネリネは普段より気持ち優しげな声で命令した。


「ちょっとそこでしゃがみなさい」


 静かに従い、その場でしゃがみ込んだコノハズクに、ネリネは徐に近づく。そして彼女は右手を伸ばし、コノハズクの頭を撫でた。


「良くやったわね。お疲れ様。……傷は自分で治せる?」


 大人しく撫でられながら、コノハズクは無表情に頷く。相変わらず彼の感情は読めないが、この労りもネリネの自己満足なのでこれでいいのだ。やがてネリネが頭から手を離すと、彼は立ち上がり魔法で自身の傷を治した。


「さて、ちゃっちゃと撤収しなきゃ……コノハズク、ジェンさん持って。キュリオスさん、自力で帰れる?」


 作戦が終わるなりぶっ倒れそのまま眠り始めてしまったアージェンを、コノハズクに抱えるよう命じながら、ネリネはキュリオスにそう問う。彼女は逡巡した後、こくり、と小さく頷き、メニュー画面を弄り始めた。

 もう一人、ジャディスリィの方は、既に転移で何処かへ行ってしまった。ネリネたちに必要以上の借りを作りたくない、という事なのだろうか。曲がりなりにも手を組んで戦った相手なのだ、少し心配だが。


(ま、わざわざお節介焼きには行かないけど)


 ネリネは足場を形成する魔法球に手をかける。現状限られた場所でしか売られていないそれは、1000年前滅びた古代文明の遺産であるらしい。

 正式名称を『NF変素機関』というらしいそれは、今も量産化には至っておらず、とても高価な貴重品だ。まぁ、これはネリネの手作りなのだが。

 キュリオスも転移で立ち去ったのを確認し、ネリネは魔法球を停止させる。その瞬間足場が消えるが、それと同時に彼女は何処何処ハウスへ転移した。

 無事にギルドハウスの有る南の島の浜辺に戻って来て、彼女は終わった事を実感する。一先ず、今回の騒動は終息を迎えたのだ。


(……まぁ、ベターエンドよね)


 ベストな結末には至れなかった。だが、最悪の事態は避けられた。ラインハルトは失ってしまったが、しかしルシフェルたちやコノハズクは無事に残ったのだ。

 納得がいかなかった点は多い。だがその辺りを考えるのは後にして、今は一時の安らぎを噛み締めよう。そう結論付けながら、彼女は自身の斜め後ろに立つコノハズクの方へ振り向く。


「じゃあコノハズク、ジェンさんを──あ……鍵閉まってるじゃん……」


 そのままアージェンを彼女の自室へと運ばせようとした所で、彼女はその事に思い至った。部屋の鍵を持っているのは部屋の主と、鍵束を託されたルシフェルしか居ない。


(んー、ルシさん呼ぶか……その方が早いし)


 チャットを開き、ルシフェルへの個人チャットを送り始める。あの後何を思ってか地上に降りていった彼だが、そろそろ用事も終わってるだろうし。




 斯くして、ヒョのプレイヤーたちを騒がせた麻薬騒動は終わりを告げた。軽度な中毒者は治療と処罰を経て復帰し、重篤な者はそのまま禁固に処された。また、麻薬の流行に関わったとされる売人たちは、中毒の如何に関わらず禁固された。

 とはいえもうどうしようもない程に重度の中毒者の方が多く、《蓮の糸》も半壊してしまった。ギルド単位で見ても半壊した所が殆どで、中には丸ごと中毒になって事実上消滅したギルドも有った。

 バタフライエフェクト、ボールマウス愛好会、SAMSARA、YAmmand、紙背文書。他にも数多のギルドがヒョには存在していたが、その殆どが崩壊してしまったのだ。

 崩壊ギルドの残されたメンバーたちは、様々な身を振り方をした。身を寄せ合う様に合併したり、これも良い機会だと解散したり、そのままでやっていく事にしたり。

 そんな中、何処何処は数名の中毒者だけを出したのみだった。普通のゲームプレイヤーよりもこちらの世界に適応しているからか、他のロールプレイヤーギルドも比較的傷が浅かったという。

 それでも、友を失った者は多かった。ゲームの中でのプレイヤーは不死身だけれど、死ぬ事は有るのだ。残された人々は、それを痛感した。


 一気に減少した《蓮の糸》の人員は、再びの募集で以て補う事になった。流石に事件前程の人数に戻る事はなかったものの、それなりのメンバーを確保する事が出来た。

 もう二度とこのような事件が起きないように、キーマは今回の事を教訓とし、メンバー同士での相互監視の制度を制定したり、どんな小さな事でも怪しいと思ったらすぐ報告する事等を《蓮の糸》に命じた。

 起きてしまった事はもう変えられない。けれども過去を踏まえる事で、次の過ちを避ける事は出来る。

 そう信じて、彼は終わりの見えない道を往く。いつしかダンジョンに向かった者たちが、何らかの打開策を手に入れて戻って来る事を待ち望みながら。

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