34:罪咎のコンチェルト
琥珀の月23日、アスディ民主主義共和国首都・ステイシー。その街の遥か上空、分厚い雲の海を見下ろす程の高度に、彼女たちは居た。
事前に詠唱とMPを込めておく事で、術者の代わりに魔法を発動してくれるアイテム『魔法球』を使い、防御魔法による足場を形成した上に立ち、六人は雲を見下ろす。この場に居るのは、アージェン、キュリオス、ジャディスリィ、ルシフェル、ネリネ、そしてコノハズクだ。
「皆、これを」
緊張が冷えた空気を更に引き締める中、ネリネが他の五人に能力値を一時的にブーストするポーションを配る。魔法使い組には魔法攻撃力やMPパフォーマンスを上昇させる物を、残りの二人には機動力や防御力等を上げる物を。
「ありがとう」
誰かがそう言ったのを皮切りに、五人はそれぞれポーションを飲み干した。ステータス欄にバフのアイコンが浮かび上がる。そうして空のフラスコをネリネに返した所で、彼らのPTチャット上にキーマからの言葉が出現した。
『ニテイ及びロアノメィスの出現を確認。詠唱を開始してください』
来た。魔法組の三人はそれぞれ構える。アージェンは《魔性開放》に邪魔になる装備を外し、キュリオスは銀の輪を二つ両手に持ち、ジャディスリィは手ぶらのままふわりと浮かんだ。
まずキュリオスが、ロジバンを唱え始める。
「ma'u'ei .a'a sanli ba'ucu'i lo .ii kunti
.ije .a'a catlu .i'o lo .uu toljinsa tarci .uonai ma'u'oi
zi'e'ai .a'e ko murta .ia mi sai lo .uo denmi bumru」
発動したのは、この足場の周辺を包み隠す幻惑の魔法だ。本命の魔法を放てば すぐに彼女たちの存在はバレてしまうだろうが、少しでも発見を遅らせる為に手を打っておくに越した事は無い。
キュリオスの魔法が無事発動したなら、次はアージェンの番だ。早まる鼓動を鎮めようと胸に手を当てると、ヘイゼルに貰った首飾りが触れた。その感触に刺激され、彼女の姿が脳裏に浮かび上がる。
(……もし、わたしの声が届いているならば……ヘイゼルさん、力を貸して)
プレッシャーに押し潰されそうになるが、彼女の笑顔を思い浮かべれば少しそれも和らいだ。そのまま目を閉じ、アージェンはロジバンを組み立てる。そして溢れ出る想いのままに声を上げた。
「ma'u'ei .o'ucu'i
mu'i lo nu fe lo stuzi be lo nu xruti be fa le traji selpa'i be mi cu bandu
mu'i lo nu fe lo noi seltcu mi ku'o stuzi cu bandu──」
紡ぐ。ヘイゼルの帰る場所を守る為に。
紡ぐ。自らの拠り所を守る為に。
「mi lo selsa'a cu binxo .a'onairu'e
.ije mi la'e di'e do dunda se'inai
.i lo selki'a be lo po mi pruxi ma'u'oi
zi'e'ai mi'o co'a tisna lo jmive nejni」
回復魔法と付与魔法が組み合わさって発動し、魔法組の三人に『リジェネ』のバフが付与された。現在彼女たちのHPは満タンなのでまだ効果は出ないが、これから行う魔法の為には必要不可欠なバフである。
以上で準備は整った。ここからが本番である。三人は示し合わせ、順番に同じ効果の呪文を唱える。
「zi'e'ai be'unai lo jmive nejni .e lo makfa nejni mi'o co'a gubni……」
「zi'e'ai ri'ecai co'a selgubni .i'i lo .ia mivnejni .e lo .ai mafnejni cai」
「zi'e'ai .u'icaile'o lo jmive nejni lo makfa nejni cu co'a gubni!」
アージェン、キュリオス、ジャディスリィの順で発動したそれは、付与魔法を応用した『HP・MP共有魔法』である。これで三人のHPとMPは共用状態となり、単純に三倍のリソースを一度に使用する事が出来るようになった。
それがアージェンの考えた作戦だ。魔法の威力は能力値やバフの他、長い詠唱や消費したMPの総量によっても引き上げる事が出来る。特に消費MPを増やした場合の威力上昇は、他に比べて手間がかからないし、顕著なのだ。
「ma'u'ei
.i ko kruvi krinu krili krixa!
.i ko balre bandu bancu badri!
.i ko rimni ricfu rinju rigni!
.i le'o ko mi xebni cai
ki'u le nu le ka nei le po mi bapli cu binxo .uisai!」
ジャディスリィの詠唱が始まった。両手両足を柔軟に踊らせながら、彼女は苛烈なロジバンを紡ぎ上げる。彼女もロジバン慣れしているのか、文章構成に遊びが有って発音も整っていた。
「.i ga'i doi le censa cenba cerni certu cevni fagri!
ga'i doi le fatci ferti festi fenki fengu glare!
citka fa ko le po mi pruxi
gi'e livla le po mi xadni ko!
.ije le'o le daspo bradi bratu brife cu binxo ma'u'oi!」
詠唱の終わりを示す機能語を口にするのと共に、ジャディスリィは髪を結わえていた真っ赤なリボンを解き、それを掲げた。それを見て、アージェンは身構える。
「zi'e'ai .aiba'u mi le no'u le ro nejni ku blujadysri cu pilno gi'e galfi le fagri nixli crida!」
言い放つと同時に、ジャディスリィのリボンが燃え上がった。三人のMPと、加えてHPまでもが死なないギリギリまで一気に消費され、それと引き換えに、ジャディスリィと瓜二つの姿をした炎の塊が生成される。このように、魔法はHPを削って威力を上げる事も出来るのだ。
だが一気に残り1まで削られたHPに、ジャディスリィとアージェンはがくりと足場の上に崩れ落ちる。HPが半分以下にまで減ると、以降減少分に比例して全能力値が下がってゆくのだ。先ほどかけたリジェネがじわじわとHPを満たすが、それではじれったい。なので、
「《魔性開放》!」
アージェンの《魔性開放》で全快する。HPMP共有状態で《魔性開放》をすると、共有相手も一緒に全快するのだ。残念ながら、能力上昇等はアージェンにしか適用されないが。
回復した所で、ジャディスリィは再び立ち上がる。そしてキュリオスの方に視線を向けながら、短く実行文を呟いた。
「zi'e'ai .uo mi ra la .kiuri,os. cu dunda」
それは形成した人型の炎の術者を、ジャディスリィからキュリオスへ変更する術式だ。他の者が紡ぎ出した魔法は基本的に他人には操作出来ないので、操作者を交代したい場合はこういう呪文を挟む必要が有る。
「ma'u'ei .i .ia condi xamsi .ii fi lo .a'onai selklaku .i .ia tirna .ianai lo .oi cmabo'a
.i .u'e nau co'a tolpifygau .ai lo .u'anai po mi kakyki'a」
炎の制御権を得たキュリオスが、それを動かす為の魔法を組み上げ始める。その隣で、アージェンもまたロジバンを紡ぎ始めた。
「ma'u'ei .i mi lo terki'i be le gleki prudi lo latna cu zbasu
.i ku'i mi lo crisa ke nalgu'a djedi cu na sisti」
キュリオスのが制御詩ならば、アージェンのは癒しの詩だ。ジャディスリィの生み出した炎は、時間経過による威力減衰を防ぐ為に術者のHPを削り続けるようになっている。その為のリジェネだが、どう計算しても減少量に回復量を上回らせる事は出来なかった。
回復役であるアージェンの能力値が足りないのがいけないのだが、彼女以上の回復力を持つ者は今は存在しなかった。ので、どうしても減っていってしまうHPを補う為、回復魔法を詠唱するのだ。
「.i .ia xamsi fi lo vu'enai flecu ciblu be mi noi selxai lo .i'enai spisa be lo noi porpi ku'o selpa'a be'unai
.i .uinai na fanmo lo seldri .i .oicai ca'o ranji fa lo palci rinka
.i ri'enai ko lo romei .e le romei cu jitro gi'e turni ro'inai」
「.i mi lo mlana be lo banli rirxe cu rivbi klama
.i lo daspo selbalvi cu co'a zgike」
複数の魔法を同時に走らせる事が出来るのも、複数人詠唱の強みである。他にも、幾つかの魔法スキルが必要な場面でも、特化している分野が違う者同士が組めば、一人でやるよりも良い結果が出せるという利点も有る。
「.i .uu badri fa mi .i .ii terpa fa mi .i .oi fengu fa mi
.i .a'asai gapru catlu lo .ionai ro mi .ije .uenai turni .uo ma'u'oi」
やがて、早口なキュリオスの方が一足先に詠唱を終えた。間髪入れず、彼女は実行に移す。
「zi'e'ai .u'ecu'i lo .io fagri nixli crida cu ca bu'u mo'ini'avu bajra .ie gi'e marxa .ei lo po'e lo .oi .nitein. ku voksa galxe .i'e」
よくこんなにも長い呪文を噛まずに早口で言える物だ、とアージェンは感心してしまう。そうしてキュリオスが実行文を言い切ると同時に、待機していた炎の人型が身じろぎし、そして動き出した。
雲居の中に飛び込み、分厚い雲海に大きな穴を空けながら、炎は真っ直ぐ下方へと進む。これで流石に敵も異常に気付くだろう。
「──.i fi lo noi fe lo lenku selpla cu desku ku'o nu pendo be mi cu selcri cu klaku ma'u'oi」
と、そこでアージェンの詠唱も完成した。自分たちのHPがそれなりに減っている事を確認し、実行文を紡ぐ。
「zi'e'ai .ai lo po mi selsa'a lo ci mi'o lo kamji'e cu tolxai .e'o」
そうして再び三人のHPがほぼ満タンに戻った所で、遥か下方のニテイの元へ真っ直ぐ向かう炎と、予想通りに張られていた防御結界とが衝突した。同時に、事態に気付いた敵の尖兵たちが、空を飛んだり足場を使ったりして彼女たちの元に向かって来る。
それを確認すると、空気だった残り三人が動いた。まずルシフェルがレイピアを抜き、一つ深呼吸をしてそして翼を広げ飛び立つ。
「──フッハハハ、我が名は“堕落の熾天使”ルシフェル! 彼女たちに手を出したくば、まずはこのオレの翼を折り地に臥せさせてみるが良い!!」
何とも中二病な名乗り口上を言いながら、彼は空を飛んで来た虫羽翼人の一人の翼をレイピアで貫き、飛行能力を奪った。プレイヤー同士でどうこうするときは基本真面目な態度の彼だが、それでも戦闘時は知らない内にロールに入ってしまうらしい。
「コノハズク、《限定竜化》! あたしたちをあの不届き者どもから守りなさい!」
そんな彼の傍ら、ネリネが従者へと命令する。するとコノハズクはこくりと頷き、ぱっと足場から飛び降りた。
その瞬間、彼の背から翼のような結晶が生えた。他にも、耳の辺りの結晶が角の如く肥大化したり、翼と同じ材質らしい鱗で覆われた尻尾が出て来たり、両腕が同じく鱗で覆われたりする。
竜人という種族固有のスキル《竜化》の、比較的低レベルで習得出来る方が、この《限定竜化》だ。効果はほぼ《完全竜化》の劣化版だが、空は飛べるようになるし爪なんかも使えるようになる。より人型を保つこちらの方が小回りが利く場面も有る。
「とろいとろい、止まって見えるわ! このオレに刃を届かせたくば、今の10倍速くなってから出直すが良い!」
「良い調子よ、コノハズク! ……あっ、そこ、後ろ! ──っはー、詰まらない事で余計な怪我を負わないでよ!」
自在に空を駆け回る二人が、敵の軍勢を蹴散らしてゆく。向かって来ている敵の殆どは高レベルのプレイヤーだが、麻薬の副作用か、その動きは著しく鈍かった。油断せずにやれば二対多でも十分に対応出来るレベルである。
「ジェンさん、これ」
「ん」
ネリネからMP回復薬を受け取りながら、アージェンは結界と戦う炎の方に視線を移す。一条の槍の如く結界に突き刺さり、ピシピシとヒビを入れているそれは、やがて半球状の防護壁を大きく撓ませながら貫いた。
「──ッシャオラァッ!」
突破成功。長く尾を引きながら真っ直ぐターゲットに向かう人型の炎を見送りながら、アージェンは祝杯の代わりにポーションを呷った。
ニテイは焦っていた。
全て、彼女の思惑通りに進んでいた筈だった。馬鹿なボールマウス愛好会を利用し、麻薬を流行させ、プレイヤーを無力化する計画。それは、彼女特製ドラッグ『にてい☆すぺしある』の流通開始により、何もかも盤石になる筈だったのだ。
だのに、何故か組織立った中毒者の取り締まりが執行された。《蓮の糸》だって無力化していたし、キーマが事態を把握するのが遅れる様、ニテイの網の中を嗅ぎ回っていたネズミどもが手を引くのを見計らって流通させ始めたというのに。
とはいえ、相手の処置が甘かったのか、中毒者の殆どは禁断症状でニテイの手の者の元に戻って来た。ので、相手が今日の集会を狙って来るのは予想出来たから、骨抜きになったプレイヤーの中で最も防御魔法に長けている者を使い、こうして強力な防御結界を張ったのだ。
しかしその結界も破られてしまった。一つの矢のように迫る炎を、彼女はつぶらな青い瞳で呆然と眺める。防御魔法はL10だった、破られる筈が無いのに。
「ど、どうするんですか、これは!?」
「少し黙ってるでちゅ。今考えているのでちゅから」
隣であわあわとしているロアノメィスに、ニテイは平静を取り繕って答える。表情の出難い獣ベース獣人のアバターは、こういう時に有り難い。
(どうちまちゅかね……転移は先ほど使ってちまいまちたし)
現実に帰れなくなったならば、この世界を支配して自分に都合の良いように変えてしまえばいい。その世界征服の第一歩が、アスディの有力者たちをにてい☆すぺしある中毒にする事で叶う筈だった。
ロアノメィスの信者たちを使い、このステイシーの街中で麻薬を盛大に焚く。ここは首都だから、アスディの政治を担う議員たちも数多く居を構えている。議員たちを纏めて骨抜きにしてしまえば、ロアノメィスやメトゥメタは更に動きやすくなる。
その為に彼女はこの日まで、アスディとプレイヤーとに入念に麻薬を流行らせ、下地を整えて来たのだ。我ながら完璧な計画だった。
しかし現実では、ステイシーの寂れたビル街を立ちこめる煙を切り裂くように、炎が迫っている。頬を叩いても抓っても、この現実は変わってくれない。
どうすれば良い。どうすれば逃げ延びられる。美貌を蒼白にさせているロアノメィスを見上げながら、彼女は彼にこう語りかけた。
「よち、良い事を思い付きまちた」
「な、何ですか?」
「おまえはそこで突っ立ってるでちゅ。その隙に──」
「……隙に?」
「あたちが逃げまちゅ!」
「ちょっ」
ロアノメィスが止めるのも聞かず、ニテイは正に脱兎の如く逃げ出した。捕まったら何をされるか分かったもんじゃないし、もしロアノメィスが失われてもメトゥメタが無事なら適当な後継者を見繕う事も出来る。
(彼には気の毒でちけど、あたちが生き残る為の犠牲になってもらいまちゅ。尊く、必要な犠牲でちゅ)
街中に充満した煙にぼうっとしている人々の間を縫い、ニテイは走る。事前に中和剤を服用しておいた彼女は、煙を吸っても中毒にならない。
だがどんなに逃げても逃げても、炎は彼女を追いかけて来る。ロアノメィスは足止めにもならなかったらしい。役立たずめ、と彼を心の中で罵りながら、徐々に距離を詰めてくる炎に冷や汗を流す。
このままでは終わってしまう。彼女の征服劇が、第一歩すら踏み出せないまま終わってしまう。
「どうちて、何が悪かったんでちゅかっ!? 一体あたちの手腕の、何処が!!」
ヤケクソ気味に叫んだその声に応じるかのように、炎が彼女の耳を掴んだ。ぐいっと引っ張られ、無理矢理炎の方を振り向かさせられる。
「あ……い、うあ……」
炎は、少女の姿をしていた。大きなリボンで結わえたポニーテール、エルフ耳、すらりと長い手足──そう、ニテイの所属しているギルド・ブラッディリボンのマスター、ジャディスリィと瓜二つの。
ニテイが最も畏れ、恐れる存在。悪を貫く外道の女王。彼女の毛皮を焼き焦がすその姿は、こう語りかけているかのようであった。
──このジャディスリィを敵に回したのが、全ての運の尽きだったのだ。
炎はその左手をニテイの口の中に差し入れる。舌を焼き、喉を焼き、肺腑を焼き潰す痛みを、彼女は受け入れる事しか出来なかった。
(ジャディスリィ……あいつはあたちの味方じゃ、無かったの……)
ブラッディリボンはどのような悪も受け入れると言っていたではないか。実際、今までもニテイは相当に好き放題して来たが、ジャディスリィは咎めず、それどころか応援すらしてくれた。だというのに、何故今更。
その答を彼女が知る術は無い。声帯を潰され四肢を折られる痛みの中、彼女はキーマの姿を捉える。目に痛い金髪がこちらに近づくのを眺めながら、ニテイは静かに考えるのを止めた。
「ma'u'ei .i mi me le pa noi ca'o carmi jelca ku'o cinse cinmo cipni cinla selce'a
.i .u'unai ko le voksa be mi cu terpa
.i .u'unai ko le selbi'o be mi cu tolracli」
キーマから無事ニテイを確保したという連絡を受け、彼女たちは最後の仕上げに入った。ジャディスリィがいち早く詠唱を始める中、同時進行でキュリオスも呪文を唱え始める。
「ma'u'ei ca dunda .uu
lo .iu panpi selsne .e lo .ui gleki selsne .e lo .au nalfa'o selsne .e──」
死ぬ程早口だった先ほどまでのとは打って変わって、ゆったりと優しく語りかけるような声音。こういう声も出来るのだな、とアージェンは回復薬をがぶ飲みしながら思った。
「.i da'i mi le jelca festi cu binxo
.i ku'i mi le bebna ruble cu daspo
.i da'i le menli be mi le kamxe'i cu binxo
.i ku'i mi le bradi be mi cu catra
.i .uicai le po le drata be mi kamcro cu me le titla selgei be mi
.i ko daspo .i ko xrani .ije ko spoja sputu spisa spofu .uunai ma'u'oi」
しっとりと詠むキュリオスとは対照的に、ジャディスリィはどこまでも苛烈に過激に謳う。しかし詠唱文の内容とは裏腹に、彼女の表情はどこか楽しそうですらあった。
「zi'e'ai le fange na'e fanmo to'e fadni fagri le vindu le jvinu be fi mi zi'o cu vimcu!」
そして全リソースの約半分を消費し、魔法が発動する。地上に降りていた彼女の炎が俄に勢いを増し、膨れ上がった後そのまま破裂した。
ステイシー全域に向けて飛び散る炎は、浄化の力を孕んでいる。焚かれた麻薬の煙を無毒化し、ついでに中毒のバッドステータスを解除する魔法だ。これで二次被害が抑えられる。
「lo .a'o nu fanmo lo kusyselsne .e lo .o'o vitno smaji .e lo .o'e tolxanka manku
lo .a'enai ro do ma'u'oi
……zi'e'ai .e'u ko caze'ebaru'i bu'u co'a sipna」
数秒程遅れて、キュリオスの詠唱も完結する。彼女が実行文を高らかに詠み上げると、残りのHPとMPとをまたギリギリまで使い、彼女を中心に不可視の波動が発生した。
発動したのは付与魔法L10、先ほどの炎と同じ範囲に対して放つ、強力な催眠魔法である。無力なNPCであれば抵抗も出来ず丸一日眠り込み、バステ対策をしているプレイヤーでも数十分は眠らせてしまう程強烈な催眠だ。彼女たちを狙ってこの高空まで駆けて来たプレイヤーたちも眠りだし、地面に墜落する。
自分たちは対象から除外しているその魔法だが、しかしアージェンは失われたHPにふらつき倒れる。全身全霊を尽くして作戦を遂行し終えた彼女は、HPMP共有状態と《魔性開放》を同時に解きながら、深く深く息を吐いた。
「……やった……」
圧倒的に不利だった状況下、やり抜いた。無事黒幕を確保出来た。この場に居た中毒者たちも、精神まではどうにも出来ないが、少なくとも肉体的な依存症は治せた。
文句無しの成功である。仰向けに寝転がったまま、アージェンは戦友たちの姿を見回した。
ネリネがぴょんぴょん跳ねながら、ルシフェルとコノハズクに手を振っている。ジャディスリィはアージェンと同様に疲弊のままに膝を付きながら、共有魔法を解除する。一方キュリオスは涼しい顔で解除しつつ、銀の輪をインベントリへ戻していた。
(ああ、疲れた……)
やがて眠気がやって来た。HPが残り1まで減った事から来る疲弊感と、《魔性開放》の後遺症たる倦怠感、そして多大な重圧の中試練を乗り越えたという達成感が、彼女を夢の中へと誘う。
彼女はそれに逆らわず、静かに意識を手放した。久方ぶりの睡眠の中に、無抵抗に沈んでゆく。
34話の詠唱和訳→https://www.evernote.com/shard/s282/sh/56f8bed9-430b-410c-9758-bd7a5d1b9e70/a1fc719063f35bdadcef87e6c8ab9b3c




