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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第四章:喪われた友に流す泪
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33:泥黎の灯


 ──琥珀の月19日、午前10時半。アージェンとルシフェルの二人は、キーマに呼び出されて、SAMSARAギルドハウスに有る《蓮の糸》本部に訪れ、そして待たされていた。

 ネリネの救助後、ルシフェル経由でラインハルト逃走の件を報告した所、キーマの方でも正気を失った中毒者たちも逃走していたという事が伝えらた。そしてその件に関する対策会議をするとの事で、二人に召喚がかかったのだ。

 しかし、それなら代理ギルマスのルシフェルだけで良い気もするが、何故かアージェンも指名されたのだ。実はネリネも呼ばれたのだが、まだ彼女は回復しきっていないのでそれは断っておいた。

 まぁ、アージェンやネリネまでもが呼ばれた理由は不可解だが、そこまでは何とか分かる。何よりも分からないのは、この場にジャディスリィが居るという理由だ。


(何でこの人と仲良く隣り合って座ってるんだ、わたしは……)


 ルシフェルとジャディスリィの間で、小柄な身体を更に縮こまらさせながら、アージェンはちらりとジャディスリィの表情を窺う。しかし、目を閉じ何か瞑想しているふうの彼女から、その考えを汲み取る事は出来なかった。


(本当、どういう事なのさ……わたしの考えてた黒幕候補の筆頭だったのに、コイツ……)


 犯人は高レベルのプレイヤー、というネリネの推理を聞いた時、アージェンの脳内には真っ先にジャディスリィが黒幕として浮かんだのだ。プレイヤーや《蓮の糸》が混乱に陥って一番得しそうなのは、彼女たち悪人ロールプレイヤーだから。

 だがこの対策会議の場に居るという事は、少なくともキーマから見て彼女はシロだという事なのだろう。アージェンはキーマの能力を未だ計りかねているが、ヘイゼルに自治組織のリーダーとして指名された事実から鑑みるに、そこまで愚鈍な男では無いと思うから、一先ずこの事件に関わる限りはジャディスリィは味方である筈だ。


(まぁ、そうホイホイ心を許したら、絶対つけ込まれるだろうけどさ……コイツが強いのは確かだし、心強いっちゃ心強いわな)


 そこまで考え、彼女は邪推を打ち切る。無闇に探って藪蛇に噛まれたくはないし、経過は考えず『ジャディスリィは現在協力者である』という結果だけ見て納得しておこう。

 アージェンはジャディスリィから視線を外し、逆隣に据わるルシフェルの方を見やる。彼は腰の翼を小さく折り畳んだまま、眉間に皺を寄せて何やら思案に沈んでいる様だった。

 彼も、『ブラッディリボンの所為で痛い目を見た』という体験談を語る事が有ったから、ジャディスリィがこの場に居る事に対しては複雑な思いなのだろう。緑と青のオッドアイからは、疑念や不信といった感情がこれでもかと溢れ出ていた。

 と、その辺りで、用事を終わらせて来たらしいキーマが、赤い髪のラミアの女性を伴って部屋に戻って来た。あのラミアは、確かバタフライエフェクトのサブマスの片割れで、現在はキーマの補佐を務めているキュリオスだったか。彼女もヘイゼルの話に時折登場していたので、その人となりは少し知っている。


「お待たせしました、皆さん。ではこれより、ドラッグ流行対策会議を始めます」

「……? あの、メンバー、これだけなんですか?」

「ええ、色々とワケが有りましてね」


 アージェンの問いに、キーマは空いているソファに座りながらそう答える。キュリオスも大蛇の尾をぐるぐると巻きながら座った所で、彼は会議が小規模である理由を語り始めた。


「現状、誰が黒幕と繋がっているか分からないので、こうして少人数にしているのですよ。いちいち全員の白黒を明らかにさせてる暇も有りませんしね」

「じゃあ、何故このメンバーなんです?」

「真っ先にプレイヤー産麻薬の報告を上げたアナタがたなら、余程の事でない限りシロでしょうし。ジャディスリィさんの方も、大体同じような理由です」


 という事は、ジャディスリィも何らかの垂れ込みをキーマにしたのだろうか。彼は続ける。


「……一先ず、情報共有をしましょう。話はそれからですね」


 アージェンとルシフェルは頷き、ジャディスリィもまた瞑していた目を徐に開いた。そして情報交換が始まる。

 アージェンたちからは、ネリネが分析した麻薬の材料だとか、依存症の治療方法を模索したが見つからなかった事だとかを。ジャディスリィからは、今回の事件の背後関係の全て、そして黒幕・ニテイの事を。

 ジャディスリィが自身の情報を洗いざらい話し、黒幕を捕まえるチャンスまでもを親切に提示した事に、アージェンは驚きを覚えざるを得なかった。とはいえ、その理由は大体察しがつく。

 きっと、彼女が倒したい黒幕の目的等から考えるに、彼女もアスディを牛耳りたいからなのだろう。彼女は悪の首領というロールを纏っているのだから、多分間違いない。


「──と、いう事なので、皆さんには四日後確実に黒幕を捕らえる為の手筈を考えて欲しいのです」


 良くもまあそこまで独力で調べ上げた物だ、と感心する。そうして彼女の言葉が途切れたのを見計らい、アージェンは思案に必要な要素を求める為の問いを発した。


「えー、じゃ、ジャディスリィさん。いくつか質問が有るのですけど……黒幕のニテイなる人物や、豪商や教祖の姿とかって分かりますか?」

「はい、こちらに似顔絵を用意してあります」


 相手はそうにこやかに応じ、インベントリから三枚の絵を取り出した。そこには敵の名前と共に、中々精巧な似顔絵が描かれていた。

 まず、ニテイ。……ウサギだ。ウサギとしか言い様が無い。服を着ているデカイウサギだ。

 彼女は二足歩行のウサギの獣人であるようだ。ほんのり水色っぽい毛並みと深い青のつぶらな瞳、それからぴょんと立った長い耳に幾つも付いているピアスが特徴の、直立しているウサギだ。

 獣人でも、人型ベースのに比べて獣ベースのアバターにしているプレイヤーは少ないとされているし、ここまで強烈な特徴が有れば見間違える事は無いだろう。最初からこの似顔絵自体が偽だったら、どうしようもないが。

 次に教祖の方。名前は『ロアノメィス』というらしい。眉目秀麗で色白な、線の細い美男といった印象だ。だが人外の特徴は見当たらないので、ただ綺麗なだけのヒューマンなようである。

 陰陽師が被ってそうな縦長の帽子に、亜麻色のロングストレートヘアー。名前の下に、『帽子も含めてかなり背が高い』『服は白っぽい』等とメモが書き込まれている。

 最後に豪商。『メトゥメタ』と名前の書かれたその似顔絵には、ふくよかな笑顔の好々爺が描かれている。ふさふさの深緑の髪が生えているが、紙の余白にでかでかと『ヅラ』と書いてあった。こちらも、パッと見る限りはヒューマンらしい。

 メモには、『貴金属や宝石をふんだんに身に着けている』『メタボ』『緑のタヌキ』等と書き付けられている。そこはファンタジー豪商のテンプレートに沿っているな、なんて事をアージェンは思った。

 そうして黒幕たちの特徴を頭に叩き込みながら、彼女は考える。どうすれば楽にターゲットを捕縛出来るだろうか。


「相手の戦力はどの程度なのでしょうか」

「正確な数は分かりませんが……ロアノメィスの宗教の総信者数は500万人弱──アスディの国民のおよそ半分が信者ですね。

 流石にその全員が敵兵となる事は無いでしょうが、正面から戦っても数の暴力に負けるのは必至でしょう」


 七桁。一騎当千の力を持つ高レベルのプレイヤーであっても、それほどの数の敵を正攻法で捌ききる事は不可能だ。なので、捌けるシチュエーションを考え用意する必要が有る。

 最初に思い浮かぶ手段は、超広範囲の破壊魔法による制圧だ。敵が居る辺り全域を覆う攻撃魔法を放ち、一網打尽にする方法。強力な魔法の使い手が居れば、これが一番手っ取り早い。多くの罪無き中立NPCも巻き込まれる、というリスクも有るが。


「んんー……件の集会が開かれる場所の地形は、どんなもんなんです?」

「アスディの首都・ステイシーのとある公園を中心に、街全域にて何かが行われる様です。

 ステイシーには、嘗てアスディがまともな法治国家だった時の名残として、多くの高層ビルが立ち並んでいます。殆どは廃墟ですが、まぁ障害物にはなるでしょうね」


 ジャディスリィの回答に、アージェンはううんと唸る。普通の平屋程度なら魔法に巻き込めてしまえただろうが、高層ビルが有るとなると難しい。体積の大きい障害物の所為で魔法の威力が減衰してしまうだろうし、敵が建物の中に逃げ込む事も出来てしまう。

 ならば敵を全員殲滅するのは諦め、最初から大将首のみを狙った方が良いだろう。そんな結論を脳内で出した所で、「ああ」とジャディスリィが何か思い出したように新情報を提出する。


「そういえば、言い忘れていた事が有りました」

「何です?」

「逃げ出した麻薬中毒プレイヤーたちですが、彼らは多分ニテイさんの元に集まっていると思います。

 確証は有りませんが、彼女が何か仕掛けていたか否かに関わらず、禁断症状から脱する為に、薬を求めて売人の元に行きたがると思いますから」

「……つまり、敵の中にはプレイヤーも居る可能性が高い、って事か」


 ルシフェルの換言に、ジャディスリィは満足げに頷いた。敵の中にプレイヤーが居るとなると、何か策を講じないと大将首を獲るのも難しくなる。

 依存症プレイヤーの数はそこそこ多かったし、その中に防御魔法のエキスパートが居る可能性は高いだろう。そうなると、とても厄介だ。

 wikiに載っていた小ネタ集の中に、同じ能力値のプレイヤーが使った実行文だけの防御魔法L10と攻撃魔法L10では、防御魔法の方が勝つという検証結果が有った。今回は防御魔法の方が周到に準備する余裕が有るし、普通の攻撃魔法ではまず破れない防壁が張られると見て良いだろう。

 相手の有利は、流石にそう簡単には覆せない。知恵熱が出そうな気分でうんうんと考え込む中、キーマがジャディスリィへ質問を飛ばす。


「黒幕たちの戦闘力は如何程なので?」

「そうですねぇ……メトゥメタは一般人です、戦闘力たったの5なゴミです。ロアノメィスの方は新興宗教の教祖なのですから、何らかの魔法が使えるのだと思われます。

 そして、ニテイさんはlv53。あまり高レベルでなく、SPも生産スキルに割いているので、戦闘力は低めです。まぁ、爆弾とかの攻撃手段は持っているでしょうけど」


 ロアノメィスの実力がハッキリ分からないのは怖いが、所詮ヒューマンはヒューマン、NPCはNPCである。どうにか黒幕に牙を届かせる事が出来れば、後はどうにでも料理出来るだろう。


(う~ん……どうやれば……)


 敵が全力で張って来ると予想される防壁を突破する方法。アージェンは考え考え、やがて一つの可能性を見出した。


「──皆さんは、どの程度魔法が使えますか」


 問う。その道が実行可能な物であるかを確かめる為に。すると、ルシフェルとキーマが首を横に振る中、ジャディスリィとキュリオスがこう答える。


「攻撃魔法と汎用魔法がL10、回復魔法がL8で、付与がL5と防御がL1です」

「付与L10、攻撃L9、汎用及び回復L5、防御L4」


 アージェンを含め、高レベルの魔法が使えるのは三人。出来ればもう一人くらい欲しかったが、何とかなるだろう。彼女は頷き、思いついた作戦を説明し始めた。


「一人じゃ難しいなら、三人で魔法を使いましょう」


 目をぱちくりさせるキーマに、意を得た様子のルシフェル、同じく訳知り顔になるジャディスリィ、そして無表情のままのキュリオス。そんな四人の表情を見回しつつ、アージェンは続ける。

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