31:酸鼻なるフーガ
「まぁ、世界征服というのは本当に本当の最終目標であって、現在のニテイさんの一番の目標は『アスディの完全掌握』です。
ちなみにこれの根拠は、彼女自身のギルチャでの発言ですよ。いっつも『世界征服したい』とか言ってましたから。
と……アスディがどんな国か、ってのはご存知ですか?」
敵の目標のあまりのスケールの大きさに、少しの間呆れ返って真顔になってしまっていたキーマだったが、ジャディスリィのそんな問いかけに慌てて我を取り戻して頷いた。
「治安最底辺の民主主義共和国カッコワライ、でしょう?」
「……まぁ、その程度の認識ですよね。良いでしょう」
彼の認識では足りなかったのだろうか。ジャディスリィは少し残念がるように眉尻を垂れさせ、ここからの説明に必要な前提知識を彼に伝え始めた。
「アスディの政治形態は、そのシステムだけを見れば現実の日本と良く似ています。国民が投票で政治の代表者を決め、その代表者たちによって国を治める……憲法上はそうなっています。
けれどもその実態は、腐敗し果てています。何時からか投票は記名式になり、投票をしなかった者、現在の首相の仲間以外の候補に投票した者は“不審死”を遂げるんです」
「……本当に腐っていますね」
「ええ、そうでしょう? ですがまだこれは序の口です」
まるで自作の絵を褒められた子供のように、ジャディスリィは得意気に笑った。心から楽しげに笑う少女の姿は中々に可愛らしく、話題が腐敗政治の事でなければときめきを感じていたかもしれないな、とキーマは思う。
「更に腐っているのは、独裁者たる首相すらも傀儡だという事です。その背後には新興カルト宗教の教祖、そのまた背後には広く世界に手を伸ばしている豪商が居ます。
教祖の方は、信者という名の被搾取者を増やすため。豪商の方は、権力欲を満たすため。二人は利害が一致しているので、現在手を組み、自分たちに都合の良い国づくりを進めています。例えば、違法だった薬物を合法にしてしまったりだとか。
……と、ここまでが、あなたに押さえておいて欲しい前提です」
そこまで語り終えた彼女は、はぁ、と沈黙を落とす。かなりの量話したから、流石に疲れたのだろう。キーマは静かに、再び彼女の口が開かれるのを待った。
「これまでの話から分かる通り、アスディを掌握するには自分が傀儡の操り主になるか、教祖と豪商をも傀儡にしてしまうかするのが、一番手っ取り早いです。恐らく、ニテイさんもそうしようとしています」
「……それと麻薬流行に、何の関係が?」
「推測ですが、ニテイさんは操り主たちに取り入ろうとしたのだと思います。取り入って近づいて、相手が隙を見せた所で、何かしらのアクションを起こそうとしているのだ、と。
その為に彼女は麻薬流行計画を彼らに持ちかけたのだ、と考えられます。あの強力な麻薬で、彼ら経由でアスディのNPCたちを汚染し、権力をより確かな物にしてしまおう……と」
どうやらニテイは、プレイヤーの無力化とアスディの掌握、その二つの計画を同時に進行させていたらしい。アスディを支配した後、速やかに次なる征服の為に動き出せるように、邪魔な《蓮の糸》を前もって排除しようとしたのだろう。そう合点し、キーマは頷く。
「事件の背後関係は把握出来ました、ありがとうございます。となると、ニテイなる人物を逮捕出来れば、根源はほぼ絶てるという事ですね」
「ええ。ですが、件の強力ドラッグの流通開始以来、彼女の行方ははたと途絶えています。きっと、操り主たちに匿ってもらってるのでしょう」
犯人は行方知れず。キーマは頭を抱える。このゲームでは、メニューからフレンドやギルドメンバーの現在位置を知る事も出来ないから、隠れている相手を見つけるのは凄まじく難しい。
魔法を上手く使えば、指定した人物を見つけ出す魔法なんてのも作れるが、それを防御する魔法だって有る。ニテイもその辺りの対策はしているだろうし、彼女を捜索し逮捕するのには骨が折れそうだ。
そんな思考が顔に出ていたのだろうか、ジャディスリィはゆるゆると首を横に振った。心配は要らない、とでも言うかのように。
「今日から丁度五日後に、操り主の片方の新興宗教が大きな集会を開くという話が有ります。多分ニテイさんの計画にも関わりの有る物でしょうから、近くに彼女も出て来るでしょう。そこを狙います」
「黒幕がそうノコノコ出て来るとは思えませんが……」
「最低でも教祖は出て来るでしょう。例えニテイさん自身が来なくても、そいつを締め上げて情報を吐かせれば良いのです。こう見えてもわたし、尋問や拷問には覚えが有りますから」
ニィ、と彼女は口角を引き上げ、軽く歯を見せた。覚えを持てる程拷問をやった事が有るという事実も恐ろしかったが、同時に頼り甲斐を感じる事が出来た。
しかし、どうにも腑に落ちない点が有る。ジャディスリィの真っ赤な目と視線を交わしつつ、キーマは疑問を投げかけた。
「……犯人捕獲の為に尽力してくださるのは有り難いのですが、何故そこまでしてくれるのです? アナタの人格から考えるに、単純に治安維持の為に手を貸そうとしているだけではないでしょう?」
彼女は外道だ。彼女がこれまで為して来た悪行の数々は、キーマの耳にも届いている。今は何を思ってか《蓮の糸》に参加しているが、それも善意や報酬目当てだけでは無い筈だ。
今回の麻薬流行事件の解決方法を垂れ込みに来たのも、この事件の収束によって彼女に何らかの益が齎されるからに違いない。キーマはそう見て、ジャディスリィにこう問いかけたのだ。
「うーん……本当の事言っても怒りませんか?」
「内容次第です」
問われたジャディスリィは心細げな表情を浮かべ、不安そうにそんな確認をしてみせる。思わず心が揺らいだが、どうせ演技だ、とキーマは撥ね除け毅然とした態度を貫いた。
暫く彼女はキーマを見つめ続けたが、やがて諦めたように溜め息を吐いた。そして、自身の目的を白状する。
「……単に、わたしもアスディを牛耳りたいだけですよ。その為には、ニテイさんは邪魔なのです」
「アナタまで世界征服ですか?」
「悪の首領が目指す物なんて、世界征服と相場が決まっているでしょう? ……まぁ、今はアスディだけですよ。少なくとも、《蓮の糸》がわたしにとって価値ある存在である限りは」
パッと笑顔を華やがさせながら、彼女は開き直るかのようにそう答えた。そんな答に、キーマは顔色を難しくする。
今はアスディ以外には手を出さないと言っているが、いずれは他の国や大陸にも支配の手を伸ばすのだろう。このまま彼女の言うなりにニテイを排除し、彼女にアスディの覇権を握らせてしまっても良いのだろうか。
「ああ……ここまでわたしから情報を引き出しておいて、今更わたしを噛ませずに終わらせるなんて不義理、キーマさんがするわけないですよね?
もしそんな事されたら、わたし悲しいです。悲し過ぎて、つい意趣返ししたくなっちゃうかもしれません」
全体的に暖色系な格好をしているジャディスリィの、それとは対照的なまでに冷徹な視線が、彼の懸念を見透かしたように刺さる。不義理には不義理を、裏切りには裏切りを──少女の真っ赤な目はそう語っていた。
(……一杯食わされましたかね)
もし彼が今、ジャディスリィをニテイ逮捕作戦に噛ませないという選択をしたら、彼女は事実を脚色して吹聴し、キーマに『不義理者』というレッテルを貼り出すだろう。そして《蓮の糸》の信用をも失墜させる。呵責すべき事実が本当に有ると無いとでは、その効果は大違いだ。
今回の騒動の鎮圧に関わる事が出来れば、恐らく彼女は何かしてアスディを手に入れるだろう。関われなくてもキーマの立場を突き崩し、何らかのアクションを仕掛ける隙が出来る。もうどちらに転んでも、彼女に利益が生まれる状況なのだ。
「実際、アスディはわたしに支配させておいた方がお得ですよ? 《蓮の糸》が有る限り、わたしは《蓮の糸》に協力し続けますし、そうすればあなたは、治安最底辺のとはいえ、一国の力を利用する事が出来るようになるのですよ。
わたしはアスディの女王様になれる。あなたはアスディの力を得られる。ねぇ? あなたにとっても、魅力的な提案でしょう?」
不敵な微笑をたたえ、ジャディスリィは自分にアスディを牛耳らせた場合のメリットを語る。実際、アスディを他の馬の骨に取られるよりは彼女に占有させておいた方が良いのかもしれないし、何より何処に敵の手の者が潜んでいるか分からない現状、確実にこちら側と分かっている彼女は貴重だ。
やや身を乗り出し気味にしながらこちらを見つめる彼女に、暫しキーマは頭を抱えて考え込み、やがて結論を出した。
「分かりました。麻薬流行の鎮圧及び黒幕ニテイの捕縛に、協力してください……ジャディスリィさん」
「はい、喜んで」
望み通りの言質を得た彼女は、一際明るく了承の声を発して見せた。そうして駆け引きが一段落着いた所で、心無しか緊張を解いた様子のジャディスリィに、同じく人心地を取り戻したキーマは何気なく質問を投げる。
「そういえば、話は変わるのですが……ジャディスリィさん、アナタはこの世界のドラッグとかにも詳しいですよね? なら、効率良く常習者の精神的依存を治す方法とか、知りませんか?」
「んー……わたしの知識は、あなたとそう変わりないと思いますよ。ああ、でも、中毒になったプレイヤーをどうすれば良いか、ってのは知ってます」
自信満々にそう答えた彼女に、キーマは眉間の皺を少し薄れさせた。今回の事件が解決された後、麻薬の被害に遭ったプレイヤーをどうするか、彼も考えあぐね続けていたのだ。ジャディスリィが次なる言葉を続けるのを、キーマは期待と共に見守る。
「方法は二つ。とってもラクチンで時間も労力もかからないのと、とっても面倒くさくて全員を処すのは難しいのが有ります」
「ほうほう」
「まず前者──声帯を潰して達磨にしてその辺の牢屋に閉じ込める、って方法です」
咽せた。盛大に、思いっきり、咽せた。何でもない事のように発せられた非道過ぎる提案に、ただでさえ青白い顔を更に青ざめさせながら、咽せた。
「とりあえず四肢を断てば大体の行動は封じられますし、声帯を潰せば魔法とメニューへの音声入力を封印出来ます。まぁ檻を用意せずとも、善きサマリア人が通りかからない所ならば、何処でも良いでしょう」
「げほっ、ごほっ、えっ、あ……そ、それ以外の方法は無いのかッ!?」
「後者──普通にカウンセリングしたりして精神を健常に戻す……という方法も候補に挙げられない事はないですが、時間も人手もノウハウも無いでしょう?
被害者が少数であれば何とかなったやもしれませんが、十や二十じゃきかない人数ですし」
「か、可能ならばそっちを採択すべきでは──」
「そればかりに人手を割いて、他の犯罪が発生してしまう隙を与えてしまうのは愚策です。かといって中毒者をそのまま放置し、正気を失った彼らが暴走するのを見過ごすのも拙いでしょう」
語られたあまりにも凄惨な手法にふらついてしまったが、確かにそれは理に適っている。人手も時間も限られている中、禁断症状を起こし始めたプレイヤーを安全に隔離するには、彼女の言う通りにするのが一番効率が良い。
だが、頭ではそう分かっていても、「はいそうですね」と軽々しく同意をする事は出来なかった。落とし所を探ろうと、目を半開きにしながら考えを巡らせ始める。
「……どうしても四肢を落とさねばならないのですか。両手両足を縛るだけでは不足ですか?」
「ええ、不足です。筋力を上げてる高レベルのドワーフや竜人等なら、鋼鉄の鎖すらも引き千切れてしまいます。現在《蓮の糸》の皆さんが使ってる手錠だって、破れる者が居るやもしれません」
「う……こ、声を使えなくするのだって、口を塞げば十分ではないですか?」
「メニューや魔法は、かなり滑舌が悪くても反応します。なので口を塞いでいても、声が出せる状態だと転移されたり魔法を使われたりする可能性が有るのです。だから、声自体を出せなくする必要が有ります」
彼女の話を聞き進める毎に、プレイヤーの強力さと厄介さを思い知る。例え鋼鉄の棺の中に閉じ込めて地中深くに埋めたとしても、声を出せる状態なら転移ですぐに脱出されてしまうのだ。
「ですから、仕方無いのですよ。両手両足を切り落として、声帯を焼き潰して、そうでもしないと発狂したプレイヤーは無力化出来ないのです。そうでもしないと、罪無き人たちを救う事は出来ないのです」
「……仕方の無い、事」
他に方法は無い。それを理解し、苦々しく復唱する彼に、ジャディスリィは深く言い聞かせるように続ける。
「そうです、仕方が無い。現実世界でだって、国によっては薬物乱用は死刑になったりしますし。そう、これは処刑、必要な処罰なのです。
誰もその行為を責めやしません。今やあなたこそがプレイヤーの法律であり、秩序の権化なのですからね。
それでも尚、罪悪感と常識があなたを苛むというのならば──」
ずい、と彼女はキーマに顔を近づけ、先ほどまでとは全く別種の笑みを浮かべた。全体的に清楚系の印象の方が強い少女の姿に合わぬ、嗜虐と恍惚の混じった妖艶な笑みを。
「その分だけ、わたしが赦しましょう」
自分の中の何かが、鉄鎖のように存在していたそれが、まるで硝子細工であったかのように砕け散る音がした。そう、揺さぶられた彼の心にするりと差し込まれた毒手が、鮮やかなまでに彼の良識を砕いたのだ。
(……そうだ、秩序を乱す者は排除しなければ……人の輪から、永遠に取り除かなければ……)
矯正しようの無い狂気は、排除するしか無い。先ほど見せた妖美さがまるでまやかしだったかのように、お行儀良く微笑むジャディスリィが見守る中、キーマは自己暗示をするように目を閉じた。
そんな彼を、いつの間にか仕分け作業を終えていたキュリオスが、静かに見つめていた。何の感情も宿らない瞳で、静かに静かに一連のやり取りを見つめ続けていた。




