表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第四章:喪われた友に流す泪
33/117

28:かりそめの蓮糸


 琥珀の月・17日。ルブアス大砂漠のど真ん中、街はおろか砂上船の航路からも外れた、まともな者ならまず訪れようともしないであろう秘境。そこにぽつねんと佇む石造の頑丈な砦が、ギルド『SAMSARA』の本拠地ハウスである。

 そんな砦の一室、自治組織《蓮の糸》の本部として使われている部屋にて、キーマとキュリオスは無数のメール画面を開いてそれらを眺めていた。メールは自治組織員からの報告書がメインだが、それ以外の物も混ざっている。


「……全く、部外者のノイズという物にはほとほと呆れ果てますね。アナタもそう思いませんか、キュリオスさん」

「……」


 届いたメールたちに片っ端から目を通し、報告書等の重要な物のメール画面だけをキーマの方に投げる作業をしているキュリオスは、彼の言葉に一瞬手を止めたが、すぐに作業を再開した。まぁ、この一ヶ月間の付き合いで彼女の無口ぶりは理解しているので、キーマも気には止めず彼女の選別したメールに目を通すのに戻る。

 何故こうして一度キュリオスによる仕分けを挟むかというと、先ほどキーマがぼやいたように、そのままではノイズが多過ぎるからだ。何故か送られて来る《蓮の糸》への応援メッセージやクレーム、的外れな指摘や意見等々、本当にキリが無かった。

 中でも読んでてその狂気に当てられそうになったのは、「武力での統治なんてやめるべき。武器を捨てればみんなトモダチ」といった具合の、凄まじく頭の悪いクレームである。自分は正しい、自分は善意だ、と信じきっているのが文面から滲み出て来ていたそれは、キーマの正気をゴリゴリと削り取った。確かその送り主の名は、『このみ』とかいったか。


(確か、最初のギルマス会議の時、キュリオスさんに怒られてた人だよな……)


 ヘイゼルの制止にも関わらず無駄話を続けようとし、キュリオスの脅しで漸く黙ったあのヒューマン。一応アレでも一つの大規模ギルドのマスターらしいが、あの時といい件のクレームといい、ロクな人物ではないのだろう。彼女のギルド『ボールマウス愛好会』には、くれぐれも気を付ける必要が有りそうだ。


(えーっと、これはアイツに回して、こっちは──)


 報告書を読み、それぞれ最も適切な方法で処理していく。実際に罪を犯したプレイヤーを見たという報告が有った所には、罪人を取り押さえる為の武装部隊を手配する。まだハッキリとした証拠や犯人の正体は掴めていないが、プレイヤーによる犯罪の臭いがするという所には、情報収集に長けた者を送り込む。

 中々に忙しいが、充実している仕事だ。帰って来ないダンジョン組や、72時間経っても尚終わらないバグには参ったが、これはこれで良いかもしれないと彼は思い始めていた。

 趣味であるPKが出来ないのは少し辛いが、それは時々彼自ら罪人の確保に出張る事で代えている。他のSAMSARAメンバーも同様に発散しているので、現状その辺りに不満は出ていなかった。


「……っは、ンヒィ~……」


 やがて届いた報告書を確認し終え、また然るべき指示も出し終えた所で、キーマは深く深く息を吐き椅子の背もたれに寄りかかった。一区切りのついた達成感に、彼は脱力する。


「少し休憩を入れましょうか。キュリオスさん、どうです? コーヒーでも」

「……」


 名前を呼ばれたキュリオスはキーマの方に視線を向けたが、彼の言葉の意味を計りかねているように首を傾げた。目の前の作業に集中していて聞こえなかったのかな、と彼はもう一度言う。


「えー、コホン。キュリオスさん、コーヒー飲みますか?」


 そう問いかけると、彼女は少し逡巡するように目を瞬かせた後、こくりと小さく頷き、そのまま届いたメールの全てを暗記する作業に戻った。全ての報告書を保管するのは仕様上難しいのだが、彼女の記憶力であれば余す事無く保存し続ける事が出来る。

 そんな彼女を認めながらキーマは部屋を出、有志によって営まれている食堂へコーヒーを貰いに向かう。と、しようとしたその瞬間、廊下の向こうから二人の少女が彼の元に走って来た。


「あら、キーマさん。丁度良かったわ。ちょっと時間良いかしら」


 彼女たちの内、桃色の髪を二つに纏めている方──ネリネがそう言ってキーマを呼び止める。足を止めた彼に、猫耳でゴスロリな方──シャノワールが口を開く。


「件の──世界各地で違法薬物使用の検挙数が増えている、っていう噂に関する調査、進展が有りました。それで、その報告をしに来ました」


 会議の時見せる儚げな声ではない、キビキビとした台詞。重要な報告である為に直接やって来た二人に、キーマは頷く。


「分かりました。でしたら、本部の部屋で待っていてください。コーヒーを持って来ますので」


 先ほど出て来たばかりの部屋の扉を示しながら、彼は再び歩き出した。自分たちと来訪者の分、合わせて四人分のコーヒーを持って来る為に。




 彼女たちに調査させていたドラック流行の噂は、元々は彼女たち自身にたれ込まれた物であった。そして、解決の見込みが失せたバグに疲弊したプレイヤーなら、それに手を出してしまっていてもおかしくない──そんな推測から、キーマはこれを重要案件と見て調べさせたのだ。


「結論から言うと、思いっきりプレイヤーが関わってたわ。出所はユガタルファ大陸の西側に有る、『アスディ民主主義共和国』」


 自治組織本部の部屋にて、ネリネは自身のマップ画面にユガタルファ大陸を表示させながら、調査結果の報告を始めた。キーマはかなり細く作ってある目を開いて、その隣のキュリオスは相変わらずの無表情で、二人の説明に耳を傾ける。


「どうやら、アスディでドラッグにハマったプレイヤーが、転移で彼方此方に広めてるのが流行の原因みたい。……三十分に一回だけだけど、行った事の有る何処へでも一瞬で行けるからね」

「成る程……プレイヤーなら、検問にも引っ掛からず何処にでも運べますからね」


 そう言い、キーマは頭を抱える。悪意のプレイヤーというモノは、本当にタチが悪い。どんなに違法薬物を持っていてもインベントリに隠してしまえば絶対にバレないし、どんなに厳しい検問を行っても転移を使えば全てスルー出来てしまうのだ。

 調査結果の概要を述べ終えた所で、ネリネは砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーに口を付ける。すると交代するように、シャノワールが情報の掘り下げを始めた。


「えーと、まずアスディから。あそこは言うなれば、『民主主義の皮を被った絶対君主制の、治安最底辺国家』です。そんなんなので、プレイヤー犯罪者の処罰を代行する権利も貰いに行ってませんね。

 流行ったドラッグの殆どは、多くの国で禁止されている違法薬物ですけれど、アスディでは全然禁止されていなくて、お酒と同レベルの気軽さで買えてしまいます。……数年前までは一応、法律上は禁止されていたらしいですけど。

 それから……試しに中毒者を数人逮捕して色々調べたのですけど、例えプレイヤーでも、このゲームのドラッグを使うと本当に依存症になるようです。バッドステータスとしての中毒は回復魔法で治せましたが、精神的な依存は治りませんでした」


 小さなメモ帳に目を走らせながら、彼女はすらすらと情報を並べ立ててゆく。ヒョ歴の長いキーマだから、アスディという名ばかりの民主主義国家の事は知っていたが、まさかドラッグを禁止する法すら無いとは知らなかった。そんな危険な国が、最初の大陸に有って良いのだろうか。


(それに、ゲーム内の麻薬なのに、ガチの依存症になるってどういう事……)


 彼は眉間を抑えて考えを巡らす。アルコール等も含めればドラッグを使う事の出来るVRゲームは結構有るし、キーマもそれらをプレイした事が有る。だがその効果はかなり大人しく表現されていたし、バッドステータスが付いたりはしたが精神的苦痛が現れる事は無かった。

 それなのに、ヒョではこうして問題が起こるレベルの依存症になってしまう。何故これまで現実でニュース沙汰にならなかったのか、不思議で仕方ない。もしかしたらこれまでは現実世界に戻れば治っていたのかもしれないが、ログアウトが不可能となった今、その想像の是非を確かめる術は無い。


「それで、プレイヤーがそんな事に手を出しちゃった理由ですが……逮捕した人たちの内、正体がハッキリしてる人に話を聞いてみた所、やっぱり元の世界に帰れなくなってヤケを起こした、ってのばかりでした」

「……気持ちは分からなくもないですねェ……」


 続けられたシャノワールの言葉に、キーマはこめかみを抑えながら呟く。彼は割と現状を受容出来ているが、そうでない者は多い。彼女も、中毒者に同情しているように悲しげに猫耳をへたらせた。

 と、何がともあれ流行経路と原因は把握出来た。さてどうするべきか、とキーマが腕を組んで考えていると、ネリネが静かに口を開く。


「正直、難しいわよ、これ。プレイヤーは何処にでも行けちゃうから、売人と化している中毒プレイヤーを全て捕まえるのは到底無理よ。

 しかも、その試しに捕まえた人たちの中に《蓮の糸》メンバーも居たし、他にも汚染されてる組織員が居ると見て間違いないわ。……どうする?」

「原因──ログアウト不可バグは、解決しようが無いですしねぇ……」


 キーマはシャノワールとネリネと一緒になって考え込む。その最中、キュリオスだけは全く口の付けられていない自身のコーヒーを、一心に眺めていた。


「うーむ……一先ずは、対症療法でいくしかないでしょう。これまで通りに巡回させて、中毒プレイヤーは見つけ次第確保して治療し、《蓮の糸》メンバーだったなら給金カットや除名等の処罰をする、といった具合で」

「やっぱ、そうするしか無いのかしら……」

「それ以外に思いつきませんね、ワタクシには。それに、他の国で売ったり買ったりするのは違法ですが、アスディの中でやる限りは少なくとも合法なわけですし……彼らの不満が麻薬で解決されるなら、それもまた良いでしょう」


 下手に抑圧して取り返しのつかない事件を起こさせる羽目になるよりも、一応の逃げ道を用意しガス抜きをさせてやった方が良いだろう。アスディの治安は悪化するかもしれないが、必要な犠牲という奴だ。

 とはいえ、流石に治安を守る側がヤク中ではまずい。自治組織員の中毒者は、徹底して見つけ出して早急に処分せねばなるまい。幸い、ステータス画面から状態異常をチェックすれば、簡単に中毒者を見分けられる。


「では早速文面を考えて、通達をしましょうか。調査、ご苦労様でした」

「ん。良きに計らってね」


 その場でキーマはメールの新規作成画面を呼び出し、違法薬物の流行とそれへの対処の指示を書き始める。その辺りで、不意にキュリオスが言葉を発した。


「悪因は怒りに打たれた群衆。討てば約七割消える」

「……はい?」

「え?」

「どういう事?」


 謎めいた彼女の台詞に、三人は一斉に疑問符を浮かべる。するとキュリオスは「う」と言いながら一瞬眉を顰め、そのまま俯き首を横に振った。


「良い……」


 そう呟き、キュリオスは再び押し黙る。無表情に戻った彼女の姿から、先ほどの台詞の真意を汲み取る事は、キーマには出来なかった。他の二人もよく分からなかった様で、それぞれに首を傾げていた。


「……えー、とにかく、これからワタクシは通達をします。お二人はもう帰ってもよろしいですよ。

 ああ、それと。もし知り合いとかに中毒者が居ましたら、無理に逮捕しようとはせず、まずはこちらに連絡を寄越してください」

「ん、了解よ」

「分かりました」


 二人はそれぞれに了承した後、ソファから立ち上がって転移を使い、その場から立ち去った。彼女たちが消えた跡を眺めながら、キーマは残っていたコーヒーをぐいっと飲み干す。

 そうして空になったカップを片そうとし始めると、キュリオスが慌てて全く口を付けていなかったコーヒーを飲み出した。目の前のコーヒーすら忘れる程考え事に没頭していたのだろうか、等と思いながら、彼女の空いたカップも回収し、食堂に返しに行った。

ユガタルファ大陸の簡単な地図。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ