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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第四章:喪われた友に流す泪
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27:大河のほとりにて


 琥珀の月・12日。砂漠の国『ルブアス』と、荒野の国『グゥクルゥ』の、グゥクルゥ側の国境に有る街『ベルジャ』のとある茶店が、今日の待ち合わせ場所である。四人掛けのテーブルを一つ占拠したアージェンは、桃色のマカロンを一つ手に取り、そして食べた。

 この辺りの国々の文明レベルはあまり高くないのだが、ベルジャは中々に潤っている街らしく、この金持ち向けの茶店はそこそこ清潔感が有り、品目もそこそこに豊富で味も良かった。辺りの治安も悪くはなく、出てもスリ程度であるらしい。

 ルブアスとグゥクルゥは、『シャルゲア』という大河を挟んで隣り合っている国だ。その昔は絶えずシャルゲアの漁業権等を巡っていがみ合っていたとの事だが、今はそこそこ平等な協定を結んで平和を保っている。最近両国でキナ臭い動きが出て来ているという話も聞いたが、まぁ根無し草のアージェンには関係無い話だ。

 前回はルブアス側の国境の街に辿り着き、船に乗ってシャルゲアを渡りベルジャに辿り着いた所で解散となった。本当はもう少し進みたかったのだが、船酔いしたフュールがあまりにも可哀想だったので止めておいたのだ。


「ふわぁ~……」


 手持ち無沙汰に欠伸をしながら、アージェンはメニュー画面を確認する。待ち合わせの時間は午前9時。現在の時刻は8時35分。……暇だったからといって早く来過ぎたかもしれない。

 とはいえ、本当に暇だったのだから仕方ない。時計には8時と表示されているが、イーアイレアとグゥクルゥには二時間程の時差が有るのだ。そしてメニュー画面の時計は、時刻変更線を越えると自動で合わせられる仕様である。

 つまり彼女は、何処何処中枢メンバーの集いが終わってから実質七時間もの時を持て余していたのである。まぁ、その七時間の内三分の一くらいは、ヘイゼルを思って泣く事に費やしたのだが。


「お暇ちゃーん」


 ぽえっとした声で呟きながら、彼女は暇潰しの為にと読みかけの本を取り出す。イーアイレアで買った、長編シリーズのSFものだ。この世界の現代で生きる青年が、遠い過去の古代文明の時代にタイムスリップしてなんやかんやするという話で、作中作としては頭がおかしい程にクオリティが高い。

 こういう本は、イーアイレアのような文明レベルが有る程度高い所でなら、割と手軽に手に入れる事が出来る。しかしここベルジャでは高価かつ珍しい代物であるらしく、他の客の無遠慮な視線が彼女に突き刺さった。

 殆ど宝飾品も身に着けておらず、とても裕福そうには見えない少女が、高級茶店で貴重な本を広げている。その光景は、ここに住むNPCの目には相当に奇妙に映るのだろう。

 しかしアージェンは向けられる視線に興味を抱かず、ただ宇宙に旅立つ準備を始めた物語の中の青年の動向を見守る。彼は滅びゆくウィナンシェに見切りを付け、恋人や仲間たちと共に居住可能惑星を探し移り住もうとしていた。けれどもそれを邪魔しようとする勢力も居て、さてどうなるかと怒濤の展開を迎える物語に没入する。


「……あのー、アージェンさん、お取り込み中の所申し訳有りませんが」

「あー? 何だぁ?」

「僕です。席、良いですか」


 掛けられた声に振り向くと、そこには荷物を背負ったフュールの姿が有った。まだ待ち合わせには時間が有るが、生真面目な彼はもう来たようだ。アージェンは頷き、空席の一つを視線で示す。


「早いなぁ。まぁ、暇だったから良いけど」

「貴方こそ、こんなに早いのは珍しいじゃないですか」

「まーな、予定が無くってな」


 指し示された席に座る彼の姿を眺めながら、アージェンは本に栞を挟む。そしてフュールが紅茶を一杯注文し、アージェンに許可を得てマカロンを一つつまむのを眺めながら、彼女はぼんやりと窓の外の風景に目をやる。

 グゥクルゥやルブアスは比較的獣人が多い土地柄で、道を行き交うNPCにも、二足歩行の獣のような姿をした者や、人間に獣耳と尻尾が付いただけの姿の者が混じっていた。そんな彼らの様子をパッと見る限り、プレイヤーによる犯罪は今この街では起こっていない様だった。


「フュールよ、わたしが居ない間、どうだった? プレ──じゃない、“使者”の被害は無かったか?」

「ん、ええ、大丈夫です。この街は平和そのものでしたよ」

「そうか。なら、良かった」

「ただ、風の噂なのですが。近頃、各地で違法薬物──所謂麻薬の使用の摘発が増えているそうです」

「ふーむ……ドラッグ、ねぇ。分かった、あんたも手を出すんじゃないぞー」

「出しませんよ、そんな事には」


 アージェンのそんな台詞に、フュールは軽く困り笑いを浮かべた。まぁ、彼はとても生真面目なエルフだし、自分から麻薬に手を出すなんて事は絶対にしないだろう。

 彼女がこんな質問をしたのは、それが彼女に課せられた自治組織の仕事だからだ。これがキーマから与えられた、ロールプレイヤーに対する特別措置である。


(いっつもロールプレイヤーとしかつるんでなかったから知らなかったけど、ゲームプレイヤーって本当にNPCと関わらないんだなぁ……)


 特別措置を与えられるに至った理由を憶い、アージェンは胸中にて苦笑いを浮かべる。……彼らは放っておくと、街から遠く離れた所でモンスターを狩ったり、そうでない時はプレイヤー同士でつるんでたりする。つまり、命令をしなければNPCの街には留まらないし、そこでパトロールをするなんて事もしない。

 だがロールプレイヤーは違う。一人で狩りをする事も有るし、プレイヤー同士でつるんでいる事も有るが、アージェンたちはプレイ時間の多くをNPCとの交流に費やす人種だ。それ故に、わざわざ『パトロール』なんかしなくても、ゲームプレイヤー以上に情報を集める事が出来る。

 なのでロールプレイヤーの組織員は、定期的にNPCの街なんかを訪れ、そこのプレイヤーの様子を監視していれば、組織からの指令が無い限りは自由という事になったのだ。実際に検挙したりするのは、ロールプレイヤーでは力不足な場合が多いので、別の部隊がやる事になっている。

 そうしてそんな事実を追憶していると、店内に晴嵐が紫の髪を靡かせながら入って来た。アージェンは今度はすぐに気付き、彼に声を投げかける。


「おおい、こっちだよー、晴嵐」

「あっ、司令官殿。おはようございます、今日はお早いのですね」


 声に気付いた晴嵐は、ぱたぱたとアージェンたちの元に駆け寄って来て、そして椅子に座る。その小さな背に不釣り合いな程大きな弓が負われているのを見て、アージェンたちに怪訝げな視線を向けていた者たちも、漸く納得したように目を逸らした。彼女たちは冒険者なのだ、と。


「あんたは今日もきっかり五分前か……相変わらずマメだなぁ」

「えへへ、ドロイドはそういう風に造られておりますので」


 晴嵐はにこやかに笑いながら、注文を取りに来たウェイトレスにカフェラテを頼む。残るはレオロだけだが、彼は遅刻して来るのがデフォなので、気長に待つ事にする。


「アージェンさん、ここからは何処に向かうんですか?」

「んー、予定ではこのまま北西の方行って、エルフの国『アルファルド』に向かおうと思ってるんだ。一度行ってみたかった所だし」

「アルファルド……ですか。良いですけど……アルファルドかぁ……」


 問われたアージェンが行き先の国名を口にすると、フュールは少し複雑そうに耳を垂れさせた。何か因縁でもあるのかな、と思っていると、開き直ったように堂々と店の中に入って来るレオロの姿が視界に捉えられた。時計を見る。9時7分。まぁ、七分くらいなら誤差の範疇だろう。


「よぉレオロ、こっちだ、こっち」

「ん」


 彼女の呼び声にレオロは頷き、こちらに寄って来て最後の空席に座った。そんな彼の姿を見て、晴嵐が少しぶすっと頬を膨らませながらこう言う。


「レオロ殿、貴殿はまた遅刻でありますか?」

「……俺は時計を持っていないんだ、致し方無いだろう」

「ならば持ってないなりに早めに行動すべきなのであります。今回は平時なので良かったですが、有事の際には一分一秒の遅れが命取りになるのでありますよ」

「いちいち細かいなぁ、お前は……有事じゃないんだから良いだろ……」


 ドロイドという機械的な種族故にか、晴嵐は時間に細かい。対するレオロはかなりルーズなので、時たま二人はこうして衝突するのだ。フュールも長命種なので時間感覚は緩いのだが、彼の場合は早めに行動するので火種にはならない。


「まぁまぁ、実際有事な時に時限を守ってくれれば良いしさ。それにレオロは夜型種族なのに、無理矢理昼型に合わせてくれてるんだ、そのくらいは目を瞑るよ」

「むぅ、司令官殿まで……」


 晴嵐は半目になりながら、カフェラテをふぅふぅと冷ましながら飲み始める。彼の追及から逃れたレオロは、広い肩を軽く竦めながらアイスコーヒーを注文した。

 そして彼のコーヒーが届いた所で、アージェンは徐にインベントリを開き、読みかけの本を放り込んだ。次に、二つで一セットになっている腕輪を三セット取り出す。


「それは……?」

「簡潔に言うと通信機。対になってる腕輪同士で、どこからでも会話が出来るアイテムだよ」


 これは自治組織の仕事の報酬を使い、イーアイレアで購入した物だ。起動にちょっとMPを使うが時間制限等は無く、例えウィナンシェの裏側からでも通話出来るという優秀な代物である。


「何故そのような物を? ていうか、これ、イーアイレアで売ってた奴ですよね……相当高価な物だった気がするんですけど」

「まーな、六桁リグ吹っ飛んだし。けれどそれだけの価値は有ると思うぜ、何時また突然忙しくなるか分からんしな」


 六桁、と言った辺りで、フュールが紅茶に咽せた。レオロすらもぽかんと口を開けている最中、しかしアージェンは気にせず腕輪を三人に配る。

 腕輪はそれぞれ異なるパステルカラーで彩られている。その内緑色の物をフュールに、紫色のを晴嵐に、そして赤いのをレオロに一つずつ渡し、自分は残った三つを纏めて左腕にはめた。


「無くさないように、なるだけ肌身離さず着けていてくれよ。違う色の腕輪同士は話せないけど、流石にこれ以上揃えるのは難しかった」

「そりゃそうだろ……つか、どこからウン十万なんてひねり出したんだ……」

「この前言った、“使者”の組織の仕事の報酬さ。バイトとしちゃ、結構割良いんだよね。またお金貯まったら、その時はあんたたちの為に使ってやるよ」


 アージェンたち程のレベルにまで至ると、消耗した装備を修復したり新しく買い替えたりするのにも六桁七桁の大金が必要になる。出費が嵩む分収入も増えるのだが、ギルドの維持費用も有るし、資金繰りには気を付けなければならない。

 高価な腕輪を、それより高価な装備に身を包んだ三人が身に着けるのを眺めながら、アージェンは最後の一つとなったマカロンを惜しむように口にする。程よい甘さが舌を包み込んだ。甘さを咀嚼し、そして飲み込んだ後で、彼女は鷹揚な笑みを作って言葉を紡ぐ。


「……でさ、そういう連絡手段与えたからさ、特に待ち合わせじゃない日でも、わたしの力が必要になったなら、いつでも呼んでくれよな。予定が空いてれば、すぐにでも推参する。

 逆に、わたしから呼ぶかもしれないけどさ。そこんとこ、よろしく」


 ここから先、空白の自由時間は増えるだろう。その間をずっと一人で過ごしていたら、確実に彼女の正気度は摩耗する。思考を阻害するものが無いと、ヘイゼルの居ない寂しさや不安がアージェンを押し潰しに来るのだ。

 だが、ずっと他のプレイヤーに付いて回るわけにもいかない。ならば空き時間はNPCと一緒に過ごせば良いのではないか──三人に通信腕輪を与えたのにはそういった算段も有った。


「了解なのであります。自分の力が必要な時には、いつでもお声を掛けてください!」

「分かりました。……アージェンさんが居れば、小遣い稼ぎももっと良いのをやれそうですね」


 晴嵐とフュールがそう頷く中、レオロは何故だか黙り込み返答をしなかった。何か気になる事でも有ったのだろうか、と疑問符を投げかけようとした瞬間、彼は徐に声を発した。


「何だか……らしくないな。これまで一切連絡手段も無く、口約束だけで繋がってたのに」


 コーヒーをぐいっと口に運びながら、レオロは何処か訝しげに言った。そこまで妙な事を言っただろうか、と思いながらも、アージェンはぽろりと漏らしてしまう。


「……友達がな、居なくなっちまったんだ。わたしの、大切な、親友……」


 ひとりでに声に出していたその本音に、アージェンはハッとなって口元を抑える。彼らには不用意に弱味を見せまいとしていたのに、精神的な疲労からかつい零してしまった。

 対するレオロたちの方は、それぞれに顔色を変えてアージェンの方を凝視した。気まずくなって視線を明後日に向ける彼女に、レオロは気遣わしげな声音で投げかける。


「寂しいのか?」

「まーな。だが案ずるな、戦闘だとかに影響は及ぼさない。大丈夫だよ、ありがとう」

「……なら、良いのだが」

「本当ですか? 司令官殿……」

「本当、本当。安心したまえ、晴嵐君」


 ニヤリと口角を上げながら、尚も不安げな晴嵐に答える。しながら、アージェンは三人の顔をくるりと見回した。

 皆、心からアージェンの事を心配してくれている。あくまで彼らはNPCであり、本物の人間ではないと分かっていても、こうして重んじられていると自分が唯一無二の存在になれた気がして、とても心地が良かった。

 プログラムだろうがナントカゾンビだろうが、彼らは確実にアージェンに快を与えてくれる存在だ。ラインハルトとルシフェルの言い争いの記憶が脳裏を過る中、素直に騙されておくのも悪くない、と彼女は思う。


「じゃあ、そろそろ閑話休題。まず、ここからの道程の予定を考えて行こうか──」


 メニューを弄り、開いたマップ画面を『開示』に切り替えてテーブルの真ん中に置く。普段は持ち主以外には内容を見る事が出来ないメニュー画面であるが、こうして設定を変更する事で誰にでも見えるようにする事も可能なのだ。

 次の目的地たるアルファルドへ向かう経路を、マップを眺めながら四人で考える。とりあえず暫くは徒歩で、河から離れるとまた広い砂漠地帯が有るからそこからは砂上船で、といった具合に計画を練ってゆく。こういうのを考える時、限りなく正確なプレイヤーのマップ画面は便利だ。

 そうして仮のスケジュールが出来上がり、全員が注文した物を胃袋に納めた所で、アージェンたちは会計をし茶店を出る。そして彼女は三人の先頭に立ち、忘れ物は無いかと確認させながらベルジャの外へと歩き始めた。

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