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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第一章:絆の途切れた白昼夢
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16:安堵と疑懼の風間


「……というわけで、何人か教師になってくれる人を募りたいんだけど、皆さんどうですか」


 風雲に『話が有る』と言われ、ギルドハウスに集合していたアージェン含む何処何処メンバーたちは、彼が出席したというギルマス同士での会議で決まった事を聞かされ、ぽつぽつとざわつき始めた。

 マスターである風雲が自ら召集をかけたため、現在この何処何処ハウスには所属メンバーの六割近くが集結している。残りのうち三割は現在ログインしていない者で、最後の一割は集団行動を好まなかったり、若しくは何らかの事情で今居る場所を離れられない者だ。

 何処何処の入り口すぐにある、大きなカフェのような内装になっている所に、集まったメンバー約70名が一挙に顔を揃えている光景は、中々に壮観である。結構広いカフェ風スペースもぎゅうぎゅう詰めで、暑苦しさすら感じる中、何とか壁際のテーブルを確保する事の出来たアージェンたちは、神妙に風雲の話を咀嚼していた。


「しっかし……大事になったなぁ」


 アージェンの右隣でそう呟くのは、テーブルの木目をぼんやりと眺めているルシフェルだ。そんな彼の隣に座るネリネが、何か真剣に考えているような表情のまま、その台詞に対する自身の意見を発する。


「あたしは順当だと思うね。最悪の事態を考えるならば、このくらいはしないと。……ま、教師なんてあたしの性には合わないから、今回はパスだけど」


 そう言って、ネリネは再び夢中で思案を巡らせ始めた。暫しの沈黙の後、今度はアージェンの左隣に座っているラインハルトが口を開いた。


「ううむ……この際、普通の奴らをロールプレイヤー沼に引きずり込むつもりでやってみようか」


 そう考えれば、例えすぐにバグが解決されたとしても、完全に無駄にはならないだろう。しかし、口ではそうポジティブな考えを言っても、彼の髭もじゃの顔は苦そうに歪められたままだった。

 そんな彼らの言葉を胸に留めながら、アージェンは今度は周囲の人々の方に意識を向ける。ごちゃごちゃと交わされる会話の断片を掬い取りながら、彼女は未だに形を成さない自らの考えに輪郭を与えようとしていた。


「どーすんよ?」

「面倒くせーなー……俺、パス」

「わたしはやろうかな。どうせ20日後まで暇だし」

「せやかて、ワイ初心者やし……」

「んん~……なら、やるかな……」

「精神衛生的に大変よろしくない気がするし、やめとこ」


 やはりというべきか、動きたがる者は少ない。きっと皆面倒くさいのだ。自分がやらなくても他人がやるだろうし、という怠惰な想いと共に、彼らは気怠げに机に突っ伏したりしている。

 その気持ちはアージェンも同様に抱いていた。面倒くさがりの自分が、そんな事をやる必要は無い、と絶えず囁いてくる。しかし彼女はその自身を追い払うと、やっと形を成した考えを口に出した。


「わたしはやる事にする。……ま、勘だけどさ、なるだけ打てる手は打っておいた方が良い気がするんだよね」


 それに風雲の話では、件の会議を招集したのはあのヘイゼルだという話だ。彼女の力になれるなら何でもやりたいし、やってみせるという決意が有る。

 きっとヘイゼルの方だって、何処何処に協力を依頼した時点で、アージェンも助力してくれる事を期待しているだろう。ならば、それには応えなければならない。


「なら、オレも動くかな……アージェンさんの勘を信じて」

「ふーん……ま、精々潰れないようにしなさいよ、三人とも」


 そうして、この場に集まったメンバーたちの意見が大体固まった所で、風雲が動く。彼は深く息を吸うと、辺りを覆うざわめきすらも打ち払うかのように、ハッキリとした声を出した。


「皆さん、そろそろ考えは纏まったでしょうか。では、教師になってくれるという方は、ここに残ってください。そうじゃない方は、他の所に」


 その指示に従い、不参加を決めた者たちは立ち上がり、ぞろぞろと出て行ったり、その場から転移したりし始める。ネリネも徐にメニューを開き、そしてフッと転移して消えてしまった。

 そして残ったのは、およそ十数人。熱意や正義感に燃える者、思案の結果やった方が得だと考えたらしい者、友人がやるからと残った者等、様々だった。そんなメンバーの面々を眺めながら、空いたテーブルの間を通り、風雲により近い席へと移動する。


「……うん、これで全員かな。まずは、この場に残ってくれた事に感謝を。それじゃあ、具体的にどんな事を教えれば良いか、辺りから詰めていこうか──」


 自分から教えられる事といえば、NPCの半魔迫害の恐ろしさだろうか。長らく付き合って来た仲間にさえバレた時には魔法で攻撃された、と実際の体験談を多少脚色して語れば、いまいち実感の湧き難い恐怖も伝わるだろう。

 他には、と様々考えながら、アージェンは風雲の話を聞き続ける。先ほど半魔バレ事件の事を思い出したからか、三人の仲間の顔が頭に浮かんだ。


(早い所顔を合わせて、今回の事件を伝えたい所だ)


 次の待ち合わせの約束は、確か『月長の月・2日』だったか。今はその一つ前の『翡翠の月』なので、まだ待たなければならない。

 普段彼らがどんな生活をしているのかは知らないので、こちらから会いに行くのは難しいだろう。そんな所でNPCの仲間に対する思考を打ち切り、再び風雲の話へと意識を戻した。




 有志の何処何処メンバーによる、明日の相談室研修に関する話し合いが終わった後、アージェンは一人何処何処ハウスの無人島を散歩していた。

 やる事が無い。予定なら、今頃ヘイゼルと一緒に新ダンジョンを見物して、出来そうならちょっとだけ入ってみて遊んでいる筈だったのだが、バグの発生によりおじゃんになってしまった。

 踏めばきゅっきゅっと鳴る砂の感触を楽しみながら、彼女は海沿いに島を回る。すると、ギルドハウスに程近い一角で、風雲が魔法で木々を伐採している風景が目に入った。件の宿舎を建てる準備なのだろう。


(あの人は働き者だよなぁ)


 つくづくそう思う。もしアージェンが『ロールプレイヤーのギルド』なんて物を考え付いたとしても、それを実行に移す事は無かっただろう。人々を取り纏めるリーダーなんて、面倒な事この上無い役割だからだ。

 けれども、風雲はそれをこなしている。確かに完璧とは言い難いかもしれないが、丁寧で堅実な仕事ぶりは高く評価出来る。……アージェンには逆立ちしても出来ない所業だからこそ。

 自らの怠惰さに自己嫌悪が湧き、それを解消する為に彼の建設作業を手伝おうかと一瞬思ったが、止めた。余計なタスクを抱え込んで、キャパシティを超えて潰れてしまったら元も子も無い。

 今一度、風雲の後ろ姿を見る。心底楽しそうな声でロジバンの呪文を唱え、次から次へと木を切り倒してゆくその姿に、少し目の前が眩んだ。


(……他の所、行こう)


 これ以上ここに居ても、どんどん気分が悪くなるだけだ。何処かソロでも問題なく狩れる場所に行って、そこで適当に雑魚と時間をぷちぷちと潰そうかな、と転移画面を開いた辺りで、個人チャットが届いた事を知らせるSEが鳴った。


『今会える?』


 その短いメッセージの送り主は、ヘイゼル。唐突な出来事にまず驚き、震える手を落ち着けさせながら返信を考える。


『はい、会えるます!』


 あっ、と誤字に気付いたのは送信した後だった。慌てて訂正の文言を追加しようと思ったが、それより先にヘイゼルからの返答が届く。


『なら、今すぐ何処かで落ち合いましょう。出来れば、ユガタルファ大陸以外の場所で』

『了解です、ならイーアイレアはどうかな? 首都のリザマトラの空港の北口から出た所に、大きな広場が有るから、そこで待ち合わせしよう』

『ん、分かったわ』


 今ヘイゼルからこうして連絡が来るというのは予想していなかったが、嬉しい。素早く転移画面を操作して、先ほど言ったリザマトラ空港の北口広場に転移先を設定し、そして実行した。

 そうして目的の場所に到着し、手頃な位置に有ったベンチに座っていると、間もなくヘイゼルの姿も忽然と現れた。それを認めたアージェンは立ち上がり、彼女の元に駆け寄る。


「ヘイゼルさん! よくぞ、ご無事で……!」

「アージェンさん……貴方も大丈夫そうで良かったわ」


 やや疲れが浮かんでいるように思えるが、とりあえずは健勝であるようで安心した。たった十数時間しか離れていないのに、甚く久しぶりの再会であるかのように感じられる。


「どう、アージェンさん、調子は?」

「そこそこかな。そっちは? 無茶してない?」

「あっはは、大丈夫。ちゃんと自分の限界は弁えているわ」


 アージェンはうるさく「無茶は止めろ」と言いたくなるのを抑え、オブラートに包んだ言い方をする。すると、ヘイゼルは曖昧に笑ってそう答えた。

 彼女自身がそう言うのなら、きっと今は平気なのだろう。けれども彼女の答え方は、ともすれば「大丈夫な程度の無茶をしている」と取る事も出来た。

 不安ばかりが膨れ上がり、しつこく問い詰めたい気持ちになるが、どうにかそれは抑え込む。代わりに、彼女は微笑みを浮かべてこう言った。


「わたしの力で良ければ、いつでも貸すからさ。だから、あの、いつでも頼って欲しい」

「ん、ありがとう。……本当に駄目になりそうだったら、その時は全力で頼らせてもらうわ」


 その言葉は、どうやら真実本音であるらしかった。アージェンは唾を呑みつつ、こくこくと頷いて応じる。そんな彼女の様子を見て、ヘイゼルは安堵したように破顔した。


「後、それと、愚痴を聞いてもらおうかしら。つい先刻の事なのだけど──」


 会ったばかりの時より幾分良くなった顔色で、彼女は語り出す。そんな彼女の他愛も無い話を、アージェンは静かに頷きながら聞いていた。

 そして陽が傾き、やがて空を赤く焼きながら沈むまで、時折聞き手と話し手を交代しながら、二人は語らい続けた。真面目な議論なんかは抜きに、互いに享楽を求め、意味の無い会話をし続けた。




 それ以降も、バグの解決どころか、運営からのアナウンスのアの字も無いまま、ログアウトが出来なくなって20日以上が経過した。

 バタフライエフェクトのメンバー等、バグ発生直後から事態の長期化を見据えて動いていたプレイヤーたちの尽力により、治安の悪化や暴動の発生は有る程度は抑えられた。だが不安は解消されず、刻々と積み重なるばかりだった。

 既にログインしてから現実で24時間以上経っているのに帰れていない者も出始め、そういった者たちからじわじわと「本当に一生帰れないのではないか」という噂まで広まる始末だ。噂と共に立った浮き足は人々を覆い、何時しか爆発寸前の所まで来ていた。

 崩壊寸前の危うい平穏と、遅々として解決に向かわない状況。そんな切迫を目の当たりにしながら、遂にアージェンも24日目を迎える。

第一章はここまで。

おまけの詠唱和訳→https://www.evernote.com/shard/s282/sh/32006162-31f6-4768-a6d0-62016e88ee5e/0336799aae8e3ad5bfe16262ee32cbc6

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