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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第一章:絆の途切れた白昼夢
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14:羽ばたく予感


 ユガタルファ大陸の大半をその領土とする国、『神聖ユガタルファ王国』。その首都からそう離れていない大きな街『モルトゥク』の片隅に、バタフライエフェクトの本拠地は有った。

 レンガで出来た、何処かファンシーさを感じさせる、二階建ての建物。あまり使用頻度は高く無くて、一階の広い待合室の他は殆ど使われておらず、二階は物置となっている有様だ。『とりあえず作っただけ』感は否めない。

 ヘイゼルも、ギルメン同士の待ち合わせ場所だとか、ピンチになった時の緊急避難先として使われてくれれば良いな、程度の気持ちでこれを作ったのだ。実際にそのように使われて来たし、その程度の物であり続けると思っていた。

 しかし今日は、このバタフライエフェクトのギルドハウスが建設されて以来初めて、それら以外の使われ方をする。二階の物置と化していた部屋のうち、最も広い所を何とかして空け、円卓だの椅子だの黒板だのを設置し、即席の会議室としたのだ。

 そんな部屋の中には、数人が思い思いの表情で席に着いている。彼らは皆、様々なギルドのマスターを務めている者だ。


(……予想はしてたけど、あまり集まらなかったわね)


 ギルドランキングの上位に入っているような所は勿論、下位でも動いているギルドのマスターなら全てにメールを送った。その数、およそ40。けれどもその内たったの数人しか来なかったというのは、ちょっと悲しい。

 それだけ、プレイヤーたちは今回のバグを軽視しているのだろう。確かに、数時間──こちらの世界で数日間で解決するというのなら、そういう風に気楽に構えていても良いのかもしれない。

 だが今回は、バグ発生からこれまで、一度も運営からのアナウンスが来ていないのだ。これだけ重大なバグなのだ、発生が確認され次第何らかの案内が発信されていてもおかしくないというのに。

 GMも地割れに落ちたきり音信不通のままらしいし、せめて運営からのメッセージが出てバグから解放される目処が立つまでは、こうして24日間を耐え抜く準備をしなければならないだろう。そんな考えと共に、集まったギルマスたちを見渡した。

 そうしていると、がちゃりと会議室の扉が開かれた。中に入って来るのは、彩度の低い薄黄緑色の短髪と深緑のコードを生やし、黒い燕尾服を着たドロイドの男性と、背中の半ば辺りでぱっつんと切られた黒髪を持つ、ゴスロリ衣装を纏った猫耳獣人の少女だ。


「……ヘイゼルさん、これで全員だ」

「ど、ご、ごきげんよう……」

「ん、お疲れ様、ナツメグさん」


 ゴスロリ獣人はそそくさと空いている席に向かう。それを見送りながら、燕尾服のドロイド・ナツメグはヘイゼルの隣の席に座った。すると、ヘイゼルのもう片方の隣に着席している、臙脂の髪をおさげにしたラミアの女性が、ナツメグに暗い水色の目を向けた。

 太い赤縁の眼鏡を掛け、机の下で髪と同じく赤い鱗の大蛇の尾を蠢かせる彼女の名は、キュリオス。白紙のノートを逆から開いて目前の円卓の上に置き、万年筆をくるくると左手で回している彼女は、議事録を作成する書記係だ。

 ナツメグとキュリオスの二人は、それぞれバタフライエフェクトのサブマスターの役職を担う、ヘイゼルの大切な友人である。この二人がやって来て、そしてサブマスの役割を受けてくれたからこそ、ヘイゼルは大規模に膨れ上がったバタフライエフェクトを運営し続けられているのだ。

 さて、と、全員揃った所で、ヘイゼルは一度大きく手を叩いた。ぱん、と景気良く響いたその音に、この場に集った者たちは一斉に彼女の方を向く。それを認め、ヘイゼルは良く通る声で滔々と語り始めた。


「皆さん、今日はわざわざここまでご足労頂き、誠にありがとうございます。それでは早速、今回のログアウト不可バグに対する対策会議を始めましょう」


 興味の視線が突き刺さる中、ヘイゼルは徐に立ち上がり、自身の背後に有る黒板へと向かう。そして下ろしたてのチョークを手に取ると、読みやすく整っている綺麗な字で、すらすらと議題を書き出し始めた。

 今回のバグの委細。GMや運営からのアナウンスが未だに無い事。予想される治安の悪化ついて。キュリオスが議事録を凄まじい速度で書き付ける音が響く中、ある者は興味深げにそれらを読み取り、またある者はううんと眉根を寄せる。


「まず一つ目の、バグの詳細についてですが……これはもう、皆さん知ってますよね」

「ええ、勿論です。ログアウトが出来ない事、こちらからGMや運営へのコールも出来ない事……そして、それ以外の症状は何一つとして無い事、くらいでしょうか」


 青白く長い耳を重力に任せて垂れさせたまま、確かめるようにそう言うのは、目に痛いレモン色の髪と開いてるのか閉じているのか分からない程細い目の、半魔の青年。彼はPvPをメインに活動しているギルド『SAMSARA』の首領・キーマカレー、通称キーマだ。


「それから、『PvP活動を暫しの間止めて欲しい』との文言をメールで受け取りましたが……そうですね、ウチのメンバーにはそう言っておきましょう。

 持論ですが、PKは平常の時にやるからこそ楽しいのです。今みたいな非常の時に無闇にプレイヤーを傷つけ、事態を引っ掻き回すのは美しくありません。

 まぁ、我がギルドも一枚岩ではありませんから、完全には止まないでしょうがね」

「いえ、有り難いです、キーマさん」


 PKギルドのマスターたちに声を掛けたのは半ば駄目元であったが、一体何を思ってか、彼だけは来てくれたのだ。普通に会話も出来るし、こういう事も考えられるようだし、案外まともなのかもしれない。

 PvPで勝利を重ねると、それでしか手に入らない特別な報酬が貰える。とは言え、リアリティの高過ぎるこのゲームで、好き好んでプレイヤーを殺して遊んでいる者とは、同じ日本語を喋っていても話が通じないだろうと思っていたヘイゼルにとって、少し衝撃だった。


「あ……あの……へ、ヘイゼル、さん」

「はい、何ですか?」

「ログアウトだけじゃなく……ログインも出来なくなってる、と思います。あの、皆さん周知でしょうけど、一応……」


 自信なさげにそう言うのは、先ほどナツメグに連れられてやって来た、猫耳のゴスロリ少女。彼女は小規模ながらも着実に活動を続けているギルド『エスポワール』の頭目・シャノワールである。

 縦に割れた瞳孔の金色の瞳は、おどおどと忙しなく彼方此方を見回している。恐らく、多くの有名ギルドのマスターたちに囲まれて、萎縮してしまっているのだろう。

 そんな彼女が、蚊の鳴くような小さな声で発表したのは、確かに周知ではあろうが、未だに明文化はしていなかった事柄。ヘイゼルは頷くと、バグの委細の部分にシャノワールの言った事を書き足した。


「そうですね。アレから、現実世界では数十分程経ってる筈ですが、新たにログインして来る者はとんと見ませんね」

「言われてみると、そうですねぇ……」


 意外と認識していた者は少なかったらしく、キーマ等数名が感心するように頷いた。その様子に、自分の言葉が無駄でなかった事を察したシャノワールは、やや安堵したような表情を見せる。

 気弱そうだが、それなりに頼りに出来る人物かもしれない。彼女に対しそんな印象を抱いたヘイゼルは、次の議題へと話を進めた。


「それから、運営側からの発表が未だに無い事。今回のバグが異常なのは、ここなんです。これだけ重大な不具合なのだから、既に何か案内が出ているのが普通な筈なのに」

「……まるで、現実から切り離されちゃったみたいですよね」


 神妙な表情でそう言ったのは、ふわふわの長い白髪の精霊の少年。彼は最大のロールプレイヤーギルド『何処何処』の代表・風雲だ。彼もヘイゼルと同様、あるいはそれ以上に今回の事態を重く見ているらしく、張り詰めた雰囲気と共に出席メンバーの様子を観察し続けている。

 『現実から切り離された』とは言い得て妙だ。現実とゲームを行き来する事が不可能になっており、運営という名の現実からのアプローチも無いこの状況を、的確に言い表している。


「最悪、本当に24日こっちで過ごす必要が有るかもしれません。その場合予想される問題を、風雲さん、ロールプレイヤーの視座から教えて頂けますか?」

「ん、そこに書いてある治安悪化が、一番の問題ですね。後は、半魔とかの種族の人は、正体を隠すようにして……。

 あ、それと、24日云々、について一つ。ボクが考えるに、最悪24日経っても帰れないのを想定するべきだと思うんです」


 ざわ、と浮き足立つ。キュリオスのガリガリと書く音が一瞬止み、キーマが瞠目し赤い虹彩を露にする。ヘイゼルも例外に漏れず息を呑み、彼に続きを促すように視線を向けた。


「ここまで現実からのアプローチが無いのを考えると、何となく、例えマシンがシャットダウンされても、元に戻れないような気がするんです。

 とはいえ、何の確証も無い事なので……けれども、最悪の事態を想定するっていうなら、それを前提とした方が良いと思います」

「……分かりました、留意しておきましょう」


 そうは言ったものの、ヘイゼルは半信半疑だった。醒めない夢が無いように、終わらないゲームだって無い。とはいえ風雲の表情に悪ふざけしているような色は一切無く、真面目に考えた結果なのだろう、とそれなりに受け止めた。黒板の文字が増えてゆく。

 さて、次は治安の悪化についてだ、と話を切り替えようとした時、甲高い女の声が部屋に鳴り渡った。そちらの方を見て、ヘイゼルは思わず眉間に皺を寄せる。


「まぁまぁ、きっと大丈夫ですよ~。この前だってなんやかんやで上手くいきましたし~、あ、それでね~」


 ニコニコ笑顔で関係の無い話をし始めたこのヒューマンは、影では『烏合の衆』と揶揄されるギルド『ボールマウス愛好会』のマスター・このみである。呼んでないのにどこからかこの会議を聞きつけてやって来た彼女は、一言で言えば『勤勉な無能』である。


(出たなラスボス)


 ヘイゼルは顔に嫌悪が浮かばないように、必死になって微笑みを取り繕う。ラスボスと揶揄されるコイツはこの通り、空気が読めない上に出しゃばりで自己顕示欲だけは強い。唯一長所らしい長所と言えるのは、その本性を知らない者を惹き付けるカリスマくらいだ。その所為で多くの犠牲者が出ていると言えるが。

 このみの率いるボールマウス愛好会は、所属人数だけなら最大規模だから、最初の内は時々交流をしたりしていた。だがあまりにもマナーの悪いメンバーを注意もせず放置している事や、このみ自身の人格もアレ過ぎた事から、現在は距離を置いている。

 そんな彼女をこういう重大な会議に招くと、邪魔をされる可能性の方が高い。故に呼ばなかったのだが、それなのに参戦するとは図々しいにも程が有る。けれども彼女の取り巻きは多く、今ここで下手に追い返したりすれば、ヘイゼルに被害が及ぶ事は避けられないだろう。


「……はい、そこまで。もう良いでしょう」

「あ、分かりました。それでその時にね──」


 ヘイゼルの制止すら無視して際限なく続く話に、出席してくれたマスターたちが皆揃ってげんなりし始めた。はぁ、と深く溜め息を吐き、ヘイゼルは軽くキュリオスに目配せする。

 すると、キュリオスは徐に万年筆を置き、ルビーで装飾された直径15cm程の銀の輪を一つ、インベントリから取り出した。近くの席の者の注目が彼女に向く中、キュリオスは機械的とも言える発音で呪文を唱える。


「ma'u'ei .o'onai vimcu .a'o lo .oi savru ma'u'oi

 zi'e'ai le'o nau ca'uvuzu'avive'i farlu .ei lo .o'onai kamfe'u lindi」


 恐ろしく早口の、しかし一切発音に歪みの無い詠唱が終わったかと思うと、次の瞬間彼女の銀の輪が光を発し、そしてこのみの脳天に雷撃が落ちた。轟く轟音に、シャノワールなんかは耳を塞いで縮こまる。

 しかし、このみは豆鉄砲を喰らったような顔にはなったが、無傷だ。それもその筈、キュリオスが使ったのは、汎用魔法を応用した幻術だったのだから。まさしくラスボスの名に相応しい肝の太さを持つこのみでも、雷が直撃する幻影を喰らえば暫くは大人しくなるだろう。

 ラスボスを黙らせた所で、キュリオスは輪をインベントリに仕舞う。そして再びペンを持ち、ガリガリと文字を書き付け始めた。それを認め、ヘイゼルは次の言葉を紡ぎ始める。


「えー、コホン。少々邪魔が入りましたが、次に行きましょう。長時間ログインに不慣れな者が存在する事から懸念される、プレイヤーの民度の低下、それに伴われる治安の悪化についてです」


 呆然としていた者も、ヘイゼルの声によって我に返る。カツカツという音と共に白い文字が並べ立てられてゆく中、彼女の代わりにナツメグが口を開き始めた。


「数時間──ゲーム内時間で数日以上のログインをした事が無い者は多い、という統計が有ります。10日以上居続けた事の有る者なぞ、殆ど居ないでしょう。実際、ワタシもやった事無いですし……。

 不慣れな事を強いられれば、心は摩耗する。しかもここは日本ですらない、ゲームの中の異世界。そこから狂気を宿し、凶行へと走る者は少なくない数出る……そう予測されます」


 低い、しかしやはり通りの良い声。やや眠たげな深紅の瞳が、手元の資料の文字を辿って動く。彼自身の手で書かれた文字は従来の日本語文字と恐ろしくかけ離れており、彼自身にしか正確に読み取る事は出来ない。


「それに対する対応……現在、ワタシたちからは『ルールの制定』を提案する事が出来ますが、他に案が出せる方は居ますか」


 ナツメグのその問いかけに、しっかと挙げられた手が一つ。ともすれば雪の彫像であるかの様に白いそれは、風雲の物だ。黒板に必要な事を書き終えたヘイゼルが、彼に発言を促す。


「ボクとしては、やっぱり、『自治組織の設立』が必要だと思います。とはいえこれは労力がかかるから、一先ずはルールに『悪事を働いた者には罰を』とかの文言を入れるので良いと思いますけれど」

「その罰はどうやって下すのです?」

「プレイヤーをNPCに裁かせるのは、色々と荷が重いです。というか多分無理です。だから、プレイヤーの狂気は同じプレイヤーが抑制する必要が有る」


 風雲は、この世界のNPCがプレイヤーに対し如何に無力であるかを説明する。治安維持はNPCに丸投げ出来れば楽だな、と思っていたヘイゼルだったが、彼の説明によりそれはどうやら不可能であるらしい事を理解した。

 そうしてヘイゼルが彼の提案を黒板に書き付ける中、ナツメグは再び他の意見は無いかと声をかける。やや間があって、シャノワールがこわごわと手を挙げた。


「あの……いざプレイヤーが暴走した時の事も重要ですけど、そうしないようにするのも必要なんじゃないかな、って思います。具体的には、『相談室の設置』とか」

「ふむ」

「こっちの世界での過ごし方が分からない人の為に、分かる人──ロールプレイヤーの人が指導したり……それで不安が軽減されれば、頭がおかしくなる人も減ると考えられます」


 尤もな意見だ。別に独占しているわけではないのだろうが、現実のwikiにアクセス出来ない今、ロールプレイヤーの知識は高い価値を持つ。シャノワールの意見を書き込みながら、ヘイゼルは風雲に声を掛けた。


「風雲さん、出来ますかね?」

「可能です。とはいえ、ロールプレイヤーの数も限られてますから、他の方にも手伝って貰わないと厳しいでしょうけど」

「分かりました。では……他に意見は」


 そう声を掛けてももう手が挙がらない事を確認し、ヘイゼルは右手をぶらぶらと振って休めた。殆ど埋まってしまった黒板をちらりと見ながら、視線を皆の方へ移す。


「まぁ、現状考えられる手はこれくらいですね。では、次は具体的な所を……まずは、ルールの詳細から煮詰めていきましょう。私が思うには──」


 自らの考えを発表しつつ、予備として置いておいた小さな黒板を引っ張り出し、そこに書き綴ってゆく。そしてちらほらと出される意見を聞きながら、少しこめかみを押さえた。

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