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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第一章:絆の途切れた白昼夢
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13:雲の行方は何処何処


 イーア諸島に属する島々のうち、何の資源も無い小さな一つの無人島を購入し、そしてそこに建てられたログハウス風の建物が、何処何処のギルドハウスだ。アージェンとルシフェルはそれぞれその玄関の前に転移し、カランカランとドアベルを鳴らしながら中に入った。

 扉を潜ると、そこには小綺麗なカフェ風の内装が広がっている。カウンター席も有るが店員等は居ないので、飲み食いしたければ持ち込むか、何故か設置されている厨房で自分で作る必要が有る。


「人、居ないな」

「もっと集まってると思ったけど……」


 それこそぎゅうぎゅう詰めになっている事を覚悟して来たが、ハウスの中は驚く程がらりとしていた。人の気配が無く静かで、思わず拍子抜けしてしまう。


(まぁ、ウチのギルドの奴は皆、歴戦の強者だしな。さもありなん、って所か)


 何処何処のメンバーは全て、細かいスタイルの差は有れロールプレイヤーだ。アージェンと同様長時間ログインに慣れている者も多いし、そこまでこの事態に焦ってはいないのだろう。


「ん……ああ、アージェンさんにルシフェルさんじゃないか」


 掛けられた声に、二人はその元の方を向く。するとそこには六人がけのテーブルに着いている、一人のドワーフの男とネリネの姿が有った。


「ネリネさんに、ラインハルトさんか……居る人は居るものだな」


 ルシフェルは彼らのテーブルの方に歩み寄りながらそう言う。ラインハルトと呼ばれたドワーフは、うむ、と髭面からやや険しさを抜きながら頷いた。

 ラインハルトは創始メンバーでこそないが、そのヒョの世界の様々な種族に対する造詣の深さから、アージェンも含む多くの仲間に頼りにされているドワーフだ。そうでなくとも、何ともイケメン感の漂う名前なのに外見が小さいおっさんだというギャップから、一種の名物のような扱いをされている。


「一先ず、ワシらだけでも集まって、情報を共有し意見を交換する必要が有ると思ってな」

「それで、ここで待ってたんだけど……ま、おまえたちが来てくれて良かったわ。後は風雲さんね」


 マスターの風雲に、ルシフェル、ネリネ、アージェン、ラインハルトを加えた五名が、何処何処の中枢メンバーだ。ギルドを挙げて何かに取り組んだりする場合にはまずこの五人で会議をするのが、いつの間にか不文律になっていた。

 アージェンも空いている席に座った所で、玄関のドアベルが鳴る。すぐに足音もなく風雲が姿を現し、地面すれすれを滑るように飛び、四人の居るテーブルにやって来た。


「お待たせ、皆! ボクで最後みたいですね」

「なら、ちゃっちゃと始めましょうかね。議題としては、今回のバグに対する姿勢をどうするか、ってトコか」


 風雲はやや上がった息に肩を上下させながら、アージェンのその言葉に頷く。そして徐にメニューを開き、五人分のオレンジジュースを取り出しながら、澱み無く言葉を紡ぎ始めた。


「そうさねぇ、24日の間は、適当に構えてていいと思いますよ。あんま気張り過ぎても疲れるだけだし。ま、24日経った後は、もう少し考える必要が出て来るかもだけど……」

「は? 最悪でも24日経ったら、何が有っても解決するんじゃないの」

「んー、多分そうなると思いますけど、ボクの考える最悪の事態は、それじゃないんです」


 彼はジュースが全員に行き渡った所でそれを一口含み、何処かに棘を感じさせるネリネの台詞に受け答えをする。現実世界の丸一日を浪費させられる以上に悪い事とは一体何だろう、と風雲以外の四人は頭を捻った。


「このままバグが解決されず、マシンの強制シャットダウンを待つしかない──それは、まだ下から二番目の可能性です。

 ボクの考える、最も怖れるべき事態、それは……このまま一生現実に帰れない、という未来です」


 あまりにも荒唐無稽な彼の言葉に、四者四様にどよめいた。ルシフェルは胡散臭げに、ラインハルトは鼻で笑うように、ネリネはやや目を煌めかせながら。そしてアージェンは、そういう可能性も有るか、と感心するように。


「……オレは有り得ないと思うが」

「そんなフィクションじみた出来事、起きるわけがあるまいに」

「ん……あたしとしては、留意だけでもしといて損は無いと思う。0だとは言えない可能性だし」

「他のゲームならまだしも、ヒョだしなあ……」

「ああ、そうか、これはヒョか……」


 アージェンの言った『ヒョだし』という一節に、一同は妙に納得したような顔になった。ヒョは色々と通常のゲームの枠を外れているから、予想を大きく上回る未来がやって来てもおかしくない──その辺の認識は、皆共有しているのだ。


「だが、あまり大々的に吹聴する事でもないな。いざそうなった時も落ち着いて動ける様に覚悟を決めておく、ってのがワシらにとっての最善手か」

「あたしたちは良いけど、ネガティブシンキングな人の耳に入ると漏れなく面倒な展開プレゼントされるよね。ラインハルトさんの言う感じが良いと思う」

「うん……うん、そうですね。出来れば全てのプレイヤーに言いたかったけど、現実的に考えると難しいですね……」


 ただでさえ混乱しているのに、追い打ちを掛けるように悲観的な可能性を提示したら、頭がおかしくなって凶行に及ぶプレイヤーが出かねない。別にプレイヤーがどれだけ被害を受けようが構わないが、NPCがそれに巻き込まれ、リスポーンする事の無い命を散らされてしまうのは避けたかった。

 一つ結論が出た所で、五人はそれぞれ口を休める。乾いた喉を潤す為に、ガラスの瓶に入った橙色のジュースを飲むと、さわやかな果汁の味が広がった。保冷の魔法を使っているらしく、キンキンに冷えていて美味しい。五臓六腑に染み渡り、ささくれ立ち始めていた心を癒してくれる。


「それと……もう一つ話したい事が」

「なんじゃらほい」

「24日間、あるいはそれ以上の期間を過ごす為、宿舎みたいな物を作りたいと思うんです。とりあえずは、何処何処メンバーだけで使う用に」

「またそれは面妖な……」


 ゲーム内では眠る必要も無いのに、宿舎なぞ作ってどうするのだろう。そんな思いを込めたようなルシフェルの台詞に、風雲は相変わらず真剣な顔を崩さず続ける。


「いくら眠る必要が無いとはいえ、この非常事態で精神がすり減ったら、やっぱり休む必要は有ると思うんですよ。

 まぁ、慣れてる人なら、普通の街の宿屋とかでも良いかもしれないけど、正体がバレたらまずい種族──半魔だとか、ラミアだとか、そういう人たちは使い難いでしょうし」

「うむ。誰でもオフトンは恋しいだろうし」


 そうアージェンは頷く。実際、彼女はこれまで一度も普通の宿屋を利用した事が無く、またゲーム内で普通に眠った事も無い。寝ている間に半魔である事が露見するのは、どうしても避けたかったからだ。

 何処何処には彼女の他にも、バレるとまずい種族のメンバーが何人か所属している。NPCの施設を利用する事にまだ慣れていない初心者も居るだろうし、宿舎の設置は良いアイデアだと言えそうだ。


「オレも賛成だな。24日も布団と離ればなれで暮らさなきゃならないのは、流石に辛い」

「反対する理由は無いな」

「同じく。睡眠は心の栄養だもの」

「じゃあ、その為にギルド資金をちょっと使うけど、良いですね? 建てるの自体は、前と同様ボクがなんやかんやしますので」

「大丈夫だ、問題無い」

「あたしに作れる材料有ったら、協力するわよ」


 満場一致でこくこくと頷かれる。すると風雲は一気に明るい表情になり、どんな物を建てようか、と楽しそうにメニュー画面を眺め始める。

 そろそろお開きかな、といったムードになり始めた所で、アージェンはふとつい先刻ヘイゼルと話した内容を思い出した。誰かが立ち上がるよりも先に、彼女はそれを声にする。


「あー、待って、もう一つ。風雲さん、今回の奴でこの世界の、特にエジャ辺りの治安がめっちゃ悪化すると思うんだけどさ、その辺NPCに注意喚起とか出来ないかな」

「あいえぇ……そうさなぁ……んんー、何か考えておきます。すぐには良い策思い浮かばないや……」

「うーむ。今ワシらに出来そうなのは、仲間とか友人のNPCにはユガタルファに近づかない様、言い含める事くらいかね」

「あ、そうだね、それだけはギルドチャットから発信しておきますね。ついでに、他のロールプレイヤーギルドにも」


 流石の風雲でも今すぐ抜本的な対策を編み出すのは出来ないようなので、代わりにアージェンはラインハルトが提示した一先ずの対処法を記憶に留めておく。一瞬、仲間である三人のNPCの顔が脳裏を過ったが、今彼らが居るのはエンウィードゥ大陸の筈なので、心配する必要は無いだろう。その事を思考から追い出す。


「他に何か有る人、居る?」


 そう言って、もう何も出て来ないのを認めた後、風雲は四人に別れを告げて玄関から外に出て行った。早速宿舎を建てる場所を見定めに行ったのだろう。

 そして残された四人は、飲みかけのオレンジジュースをさっさと飲み干しながら、それぞれに次はどうするかを考え始めた。いち早く瓶を空にしたルシフェルが、頭を机に突っ伏しながら長い溜め息を吐く。


「はー……なんで、こんな事に……」


 ロールに入っていない、所謂オフの時のルシフェルのローテンションさは見慣れたものだが、ここまでのへこみ方は中々見られない。余程このバグがショックなのだろう。


「アニメのさ……あの奴さ……今日最終回だから、リアルタイムで見たかったのに……」

「ん、ああ、アレか。そうか、今日関東で最終回放映されるのか……」


 ルシフェル言ったそのアニメは、アージェンも知っている。良く出来たファンタジーで、キャラクターのほぼ全員が人外だという事から、毎週楽しみに見ていたのだ。


「録画してるからまだ良いけど……楽しみにしてたのに……」

「放映開始までに、バグが解決されると良いけど……」

「……ふーん」


 先ほど言われるまで忘れていたアージェンだが、リアルタイムで見れる事に越した事は無い。ルシフェルと二人で事態の早期解決を祈りながら、ネリネが無感情に声を上げたのを聞いた。




 小さな無人島を上空から俯瞰しながら、風雲はあれこれと考えを巡らせていた。まだ夜の闇は深いが、精霊の目は光を頼らない。宿舎を何処に建てるか、どれくらいの規模にするか、どんな外観にするか──それから、アージェンに言われた、NPCへの警告をどうやるか。

 風雲のNPCに対する人脈は広い。冒険する時の仲間や、武器や防具を作ってくれる職人、戦闘は出来ないけれど便利な魔法に通じている魔術師。依頼を解決した事から信頼を寄せられるようになった有力者、果てには王侯貴族なんかにもコネが有る。

 けれども、それらをフルに駆使したとしても、根本の解決には恐らくなり得ない。何故ならば、プレイヤーが強過ぎるからだ。

 この世界に存在している兵士、若しくはそれに準ずる職業の者のレベルは、国等によって差はある物の、平均はおよそ50から60。対して現在のプレイヤーの平均レベルは、正確な統計を取ったわけではないが、大体70から80前後だ。

 一般的に、レベルが20以上離れた者同士が戦った場合には、まともな勝負にならないとされている。プレイヤーたちが暴徒化し、NPCに対し非道を働き始めてしまったならば、警告しておいたとしても何の意味も成さない可能性が高いのだ。

 勿論、NPCの中にも、レベル80を超えている者や、100に至っている者も居る。だがそういった者の数は少なく、プレイヤーの総数には遠く及ばない。兵士等として治安維持に従事している、あるいはそういった行為に積極的な者と限定すれば、更に少なくなる。


(……暴走したプレイヤーを抑えられるのは、プレイヤーだけだ)


 それが、彼の結論だ。警告をするのは簡単だが、それが予想される未来を解決する言葉にはなり得ない。それに、下手に『プレイヤーは危険だ』という噂が広まって、真面目なプレイヤーまで悪評を被るという事態は避けたい。


(と、なると……やっぱ、ボクだけじゃ荷が重いかな)


 NPCへは顔の広い風雲だが、プレイヤーに対してはそれほどでもない。このままでは打つ手無しかな、と頭を抱え始めた辺りで、開いていたメニュー画面に『メールが届きました』というダイアログが出現した。

 誰からだろう、と疑問符を浮かべながら画面を操作し、届いたばかりのメールを開く。差出人名の欄には、『ヘイゼル』とあった。


(ヘイゼル、って……ああ、バタフライエフェクトのマスターさんか)


 直接会った事は無いが、遠目に見たり、名前を聞いたりはした事が有る。そんな人物がこの風雲に何の用が有ってメッセージを寄越したのだろう、とますます疑問符を連ねながら、その内容を読み取る。


『こんにちは、風雲さん。私はヘイゼルと申します。

 今回、このバグが長期化した時に備えて、プレイヤー同士で纏まるべきかと思いまして、こうしてメッセージを送らさせて頂きました。

 もしよろしければ、ゲーム内時間で今日の朝10時頃、ユガタルファ大陸のモルトゥクという街に有る、バタフライエフェクトのギルドハウスに来て頂けますか?

 そこで皆で意見交換や情報共有等をして、今回のバグに立ち向かってゆきたいと思うのです。

 それでは、お返事お待ちしております』


 少年の姿には似つかわしくない程真剣な顔で読み終えた彼は、一旦顔を上げて空を見ながら瞬きする。表情を常並のほわほわした物に戻した後、彼はメニューに視線を戻し、メールを書く画面に移動した。


(渡りに船……だね)


 ヘイゼルや、それと通して他の人たちに渡りが付けられれば、プレイヤーに対する働きかけも可能になるかもしれない。出席する旨を伝えるメッセージを書き始めながら、ぎゅっと強く片手を握りしめた。

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