12:魂の振動
ユガタルファ大陸に有る、最初の街エジャから二つ程離れた街。イベント開始の時が刻一刻と近づく中、アージェンとヘイゼルはその街をふらふらと練り歩き、奇妙な喧噪の気配を感じていた。
新ダンジョン追加に伴われるイベントは、ゲーム内時間で後数十分程で開始する。丁度、ゲーム内での日付が変わる頃合いだ。
深夜の街には人っ子一人居ないのが普通だが、今日ばかりはプレイヤーたちの姿が疎らながらも存在していた。エジャからそこそこ離れたこの街ですらこうなのだから、イベント会場である世界樹広場はもっと凄まじい事になっているのだろう。
そして驚くべきなのは、こういうイベントの時にはサーバーが不安定になったり、場合によっては落ちるのがネトゲの風物詩だとも言えるのに、全く動作が重くなったりする気配が無い事だ。相当の負荷が掛かっているだろうに、やはりヒョの運営は変態である。
竜人も半魔も夜目が利くから、星と月の明かりが有れば、昼間と然程変わらないレベルに視界が確保出来る。細かい所で便利な自分たちの種族に感謝しながら、二人は飽きもせずにおしゃべりしながら歩いていた。
「新ダンジョンって、どんな感じなのかしらね」
「楽しみだよなぁ~。ヒョの事だから、きっと約束された高クオリティだろうし」
「イベントの興奮が落ち着いたら、早速突入してみましょ。はぁ、本当に楽しみ」
そうこうしている内に、メニュー画面に表示されているゲーム内の日付が変わった。現実世界で、丁度夜9時になったのだ。チャットを見れば、世界チャットを通してGMが何やらアナウンスを始めているのがわかった。
実際にイベントの現場に行って、その狂騒を共有したいと思わないわけではない。だがそれ以上に、人ごみ酔いのリスクを避けたいという思いの方が強い。ヘイゼルも、アージェンの人ごみ嫌いを承知しているので、こうして彼女に付き合って人の少ない場所を選んでくれたのだ。
まぁ、チャットを通して、酔わない程度に熱気を味わうのも悪くない。テンションの高い誰かのチャットを見て吹き出したりしながら、二人はのんびりとこのイベントの日を楽しんでいた。
『皆さん、今日もお忙しい所お集りいただきありがとうございます。さて、それでは早速、今回のアップデートの一番の目玉、新ダンジョン《狭間の道》をお披露目したいと思います!』
GMのその言葉を皮切りに、『待ってたぞー!』だとか、『キマシタワー』だとか、数多の文字がチャット画面を覆い尽くしていった。このままではGMの言葉がどんどんと流れていってしまうので、画面を操作しGMの発言だけを抽出する設定にする。
『終わらない冬の夢を打ち払い、残月に縋る者たちを救うのは、これからこのダンジョンを踏破し、最深部に向かわんとする貴方たちです!
それでは! オォーップンッ!!』
文章からも、GMの興奮ぶりが伝わって来る。何だか微笑ましい気分になり、アージェンはヘイゼルと二人で顔を合わせてくすくすと笑った。
「GMの人も楽しそうだね」
「見ていて楽しいわね」
と、そんな事を言い合った、その次の瞬間であった。
『gkguljks@desfelcield'fejjnq##ex'ec&djjakfnkllpmeth#odd'hezeall』
「は?」
「え?」
GMが、謎の文字列を発信した。一体どうした、と困惑を声に出すよりも早く、今度は地響きがして地面が揺れ始める。地震だ、と誰かが悲鳴じみた声を上げた。
「ちょっ、ちょっと、何なの!?」
「じ、地震だから……ヘイゼルさん、ここから逃げないと……!!」
ユガタルファは地震が少ない大陸だ。それ故に、建物も耐震性を考えていない物が多い。つまり、早く安全な場所に避難しなければ、崩れて来た建物の下敷きになってしまいかねない。そう頭では分かっていたが、何だか脳みそが揺り動かされているような錯覚がして、上手く身体が動かなかった。
天地がひっくり返る。足元の感覚が薄れているのに、道の輪郭がいやに鮮明に見える。地面がアージェンを中心に、ぐるぐると回転しているようだ。意識と実際の動きが、数秒程乖離している。
「う、あ、何これ……気持ち悪い」
「金縛りに遭ってる時みたい……あ、アージェンさん、転移を」
ヘイゼルの言葉に無言で頷き、アージェンはどうにかこうにかメニューを開き、転移を発動した。同時にヘイゼルも転移し、二人は街の外の街道まで避難する。
そうすると、その頃には謎の振動のような気持ち悪さも消え失せ、地震も落ち着いていた。しんと静かな道の中、二人は垂れた冷や汗を拭いながら深く息を吐いた。
「一体何だったのかしら……」
「んー、たまたまイベントの日時と地震が重なった……? それでビックリしたGMさんが、変な文字列飛ばしちゃったとか?」
「運営側が地震の発生時刻を把握してないとか、そんな事有るわけ……いや、有り得るかもしれないわね、ヒョだし」
「ヒョだもんな。その辺のデータ量も膨大だろうし、見落としててもおかしくない」
『ヒョだから仕方ない』といった方面に結論が落ち着く。そうして、ユガタルファは暫く大混乱だろうし、転移のクールタイムが終わったら他の所に飛ぼう、といった具合の予定を立てながら、GMの発言だけを抽出してたチャット画面を元に戻した。
「……ん?」
そして再び表示され始める他のプレイヤーたちの発言に、アージェンは思わず怪訝げな声を上げてしまった。ヘイゼルも同様の物を見た様で、眉を歪めながら疑問符を浮かべている。
『GMが落ちたんですけど』
『つかこの地割れ何。GMなんでGMなのに落ちたの』
『地割れに落ちてリスポーンした者です。当方100レベケンタ、HP満タンでも即死したので、相当深いかと』
『やばい。ログアウト出来ないんですけど。明日も仕事なのに……』
『こ、こういう時にはモロヘイヤを数えて落ち着くモロ』
『おい運営ィ!! どうなってんですかァ!?』
どうやら、事態は思ったよりも深刻だったようだ。怒濤の勢いで流れてゆくチャットログを眺めながら、起きた事を把握しようと努める。
まず一つ目。エジャの世界樹広場に謎の地割れが発生し、その中にGMや多くのプレイヤーたちが落下していったらしい。プレイヤーの方は死亡後リスポーンしたが、GMはそのまま音信不通になってしまったようだ。
そして二つ目。ログアウトが出来なくなった。半信半疑で試してみたが、本当に駄目なのだ。メニューからログアウトを選択しても、『しばらくお待ちください』とダイアログが出るきりで、全く現実に戻る気配がしない。
「バグ?」
「かなぁ……しっかし、ログアウト不可とは悪質なバグね」
ログアウトをキャンセルしながら、ヘイゼルは険しげに顔を歪める。これまで他のゲームでこういったバグが発生した事は有るが、やはり実際に自分の身に降り掛かると途端に恐ろしく感じられるのだろう。アージェンも、悲観的な考えが湧いて来るのを抑えるのに必死だった。
「新ダンジョンの開放と地震が重なった所為で、何かおかしくなっちゃったのかしら」
「地震の原因はエジャの地割れっぽいし、単純に新ダンジョンだけが原因なのかもわからんね」
「何でちゃんとデバッグしなかったのよ……何がともあれ、早く解決されると良いのだけど」
「最悪、起動してから24時間経てば、マシンが強制的にシャットダウンされるけど……24時間はなぁ」
他のゲームで発生したログアウト不可バグは、発生から一時間程で解決された。今回のも、それくらいで解決してくれると良いのだが。流石に丸一日無駄にされるのは勘弁願いたい。
「どうしようか……」
「そうね……最悪24日間こっちに居ないといけないから、プレイヤー同士で纏まるべきかしら。普段は数時間──数日くらいしかこっちに居ない人ばっかりだし」
「ん……ああ、そうか。普通のプレイヤーはそうだよな……」
アージェンはNPCに付き合う為に、十日──十時間以上ぶっ続けでログインする事も有るが、NPCに縛られないゲームプレイヤーはそんな事は殆どしないのだ。廃人ならばいざ知らず、殆どの者は数時間位が限度だろう。
今このゲームの中には、そんな長時間ログインに不慣れな者たちが大勢居る。ログアウト出来ないという事実が絶えず不安を齎しているし、そう経たないうちに何らかの不和が発生し出すのは目に見えていた。
「NPCに協力を……あー、流石に無理かな。精々、エジャ周辺で注意喚起するのが限界か……」
「アージェンさんや、何処何処の人たちでも難しい?」
「んー、一応風雲さんに訊いてみる。あの人、NPCへの人脈も広いから、ワンチャン有るかもしれない」
「お願いするわ。後は、PKへの対策かしら……『SAMSARA』とか『ブラッディリボン』の人と話が出来ると良いのだけど」
忙しなく視線を巡らせながら、最悪の事態に備えて打てる手の全てを頭の中に並べる。ストレスによるプレイヤーたちの民度の低下に対する処置だとか、混乱を加速させかねない存在であるPKへの対処だとか、やった方が良い事は山ほど有る。
いつまでもここで侃々諤々としていても何も始まらないので、やがて30分が経った辺りで、二人は一旦別行動を取る事にした。それぞれ転移先を設定しながら、アージェンとヘイゼルは視線を交わす。
「……また会いましょ。出来れば、何もかもが杞憂に終わった後で」
「うん。近いうちに再会出来る事を願ってる」
次の瞬間、ヘイゼルの姿が消える。一瞬遅れてアージェンも転移し、そしてその場から誰も居なくなった。
エジャの世界樹広場。アージェンはその喧噪の中心部に、夜の空から走り向かっていた。
空中を移動する手段はいくつか有るが、今回は防御魔法を応用する方法をやっている。本来防護壁として使われる結界を、足場として空中に形成し、その上を歩くのだ。他には付与や汎用魔法を使うやり方や、アイテムを使うやり方等がある。勿論、翼人や精霊等の種族なら、その身一つで飛ぶ事も出来る。
彼女と同じような事を考える者はまあまあの数居たらしく、エジャの上空には多くのプレイヤーの姿が有った。端から見ると、世にも奇妙な光景だ。先ほどの地震で目覚めたエジャの住人たちには、きっと良い迷惑だろう。
「zi'e'ai lo tsani cripu、zi'e'ai lo tsani cripu……」
さて、絶え間なく呪文を唱え、器用に防御魔法を展開させ続けながら彼女は駆け、そして無事広場の直上まで辿り着いた。その場にしゃがみ込み、目を細めて地上を見下ろす。
「……これはひどい」
そんな独り言を漏らしてしまう程、世界樹広場の惨状は酷いものであった。人ごみを厭い、上空から見物しに来たのは正解だった、とアージェンは頷く。地上から行こうとしていたら、きっとその時は血だまりや吐瀉物でブーツを汚す羽目になっていただろうから。
広場を真っ二つに割るかのような、巨大な亀裂。ギリギリ広場の外には及んでいないようだったが、田舎の学校の校庭程も有る広場を横断するレベルの大きさだ。ここにプレイヤーがすし詰めになっていた事を考えると、本当に多くのプレイヤーがこの即死トラップに飲み込まれていったのだろう。
今が深夜だという事を差し引いても、地割れの中に満たされた闇は深く、lv100のケンタウロスがHP満タンから即死したという話も有る事から、相当な深さまでこの裂け目は広がっているのだろうという事が窺えた。恐らくはこれが新ダンジョンの入り口なのだろうが、入るなら相当な気合いが必要になりそうだ。
とはいえ、今回のバグの原因と見られる場所に進んで入ろうと思う勇気は、彼女にはなかった。何が有るか分からないというのは、どうしようもなく怖い。現状、わざわざ危険を冒してまであの深淵を覗き込む必要は薄いし。
ふと、何やら乱闘が勃発する場面が目に入った。詳しい事情は分からないが、どうせ下らない理由の下らない暴力だろう。口を閉じたまま、んふ、と溜め息を漏らす。
(やっぱり生きてる人間はやだなぁ……)
自身とヘイゼルの英断と僥倖に感謝しつつ、彼女は立ち上がる。そうして次は何処何処のギルドハウスに転移しようとメニューを開いたが、まだクールタイムが終わっていなかった。
なら何処かに降りて時間を潰そう、と再び呪文を唱え始める。空中にずうっと足場を維持し続けるのは、結構MPに負担が掛かる。別に今すぐMPが尽きそうだというわけではないが、アージェンは基本貧乏性なのだ。せかせかと空を駆け、適当な着地点を探す。
と、見慣れた漆黒の翼が視界の端を過った。そちらを向けば、同様にアージェンの姿に気付いた彼のオッドアイと目が合う。同じ何処何処の創始メンバーで、現在は友人であるルシフェルがそこに居たのだ。
「ルシフェルさんじゃん」
「アージェンさんも見に来てたのか……」
「まーね。そっちは?」
「オレも帰りだ。何処何処のハウスに行こうとしたが、転移のクールタイムが終わってなくて……」
「うっわ、そこまでシンクロする? わたしも大体同じ感じ」
ネリネと同様、彼とも敬語無しで会話する程度の仲になっている。人外好きや詠唱作成等の趣味が被っていた事も有り、アージェンは彼を勝手に心の友扱いしていたりもする。
折角遭遇したのだし、と二人でクールタイムの終了を待つ事にする。街の中は危険な喧噪に包まれているので、街からいくらか離れた所に着地した。モンスターは出没するが、街の中よりはずっと安全だろう。
「さて……ルシフェルさん、状況は把握してる?」
「大体は……あの地割れに、GM音信不通に、ログアウト不可バグだろ」
「ん、あんだけ世界チャットが大騒ぎになれば、誰でも知ってるか。本当、弱るよなぁ」
「間違い無い……受動的にならざるを得ないってのも、どうにもこうにももどかしい」
もしこれが仕組まれた不具合で、帰る為にはダンジョンを踏破しろーだとか、デスゲームの始まりだーとか、そんな事を言ってもらえたならばアクティブになれたのだろうが。
とはいえ、最悪でもこちらで24日間過ごせば解決されるのだ。アージェンはそう楽観的に考えながら、残り数分のクールタイムが終了するのを待った。




