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ED-A:故郷へ


 ユガタルファ王国・エジャの、神樹ユグドラシルの頂上。ジトロの知る古代の世界の風景と神樹自身の元の姿が、奇妙な調和の下に融合している世界樹の頂に、十数名の“使者”と二人の“いどのす”の影が有った。

 “使者”の方は、悩み抜いた末に地球への帰還を望んだ者たちだ。知る中では、シャノワールやナツメグ等の姿が有る。

 見送りに来た者も居て、それぞれが今生の別れを惜しんでいる。ネリネもその内の一人で、少しの間だったが付き合いの有ったナツメグを送別しつつ、元の世界に戻す為に“いどのす”が何をやるのか、を見学しに来たのだ。


「……ナツメグさん、本当に帰っちゃうの?」

「ええ。キュリオスが居ない今、最早この世界には何の心残りも無いので」


 何かを決意したような表情のナツメグを、ネリネは一抹の寂寥を抱きながら見上げる。どうしても引き留めたい程ではないが、この先彼が居た方が退屈しないだろうな、程度には思っていたから。

 彼は確かキュリオスと共に最後の1000秒間に挑んだ筈だったが、彼女が居ないという事は、そういう事なのだろう。いつかナツメグがキュリオスを置き去りにしてしまったように、今度はキュリオスが置き去りにしていったのだ。


「彼女の遺品をあの世界に持ち帰って……それから、可能ならば《HYO》というゲームの中で起きた事を広く知らしめて……それが、ワタシに出来る事だと思うから」

「……そう」


 成る程、彼は語り部になろうというのか。他の者も、多かれ少なかれそう思っているようだ。まぁ、向こうでも大騒ぎになっているだろうし、この世界で起きた事を証言する者は必要だろう。


「はぁ……ワタシも面倒くさがらずにちゃんと魔法を習得していれば、もっと備えをしていれば、あるいは……」


 彼は悔やむように肩を落としながら、既に別れを終え待機しているプレイヤーたちの元に向かい始める。そのずずんと沈んだ背に、ネリネはふと思い立ち、軽く手を振りながら声を投げかけた。


「ナツメグさん! 向こうでも達者で暮らしなさいよ! それと、あなたとは短い付き合いだったけど、案外退屈じゃなかったわ!」


 この場で別れたら、もう二度と相見える事は出来なくなってしまう。ならばせめて気持ち良く別れたいではないか。そう思っての言葉であったが、ナツメグも意図を組んだのか、彼はこちらに振り向きふっと笑った。


「……ああ。ワタシも、アナタと巡り会えて良かったと思う。ネリネさんこそ、どうか達者で」


 何とも無理しているふうの笑顔だったが、別れ際を美しく彩るには十分であった。そうして皆が踏ん切りをつけた所で、“いどのす”の方が口を開く。


「さテ、別離を惜シむのは終ワったカ? 終わっテなくトも始めるケどね」


 二人のうち、黒髪に白い角の方、レアがキヒヒと笑う。その傍らで、白髪に黒い角のレイが、その手に持っていたキューブ状の水晶のようなものを掲げて見せた。それに対し、今までずっと黙っていた風雲が問いかける。


「それは?」

「わたしたちの一部。エアルトに有る欠片とリンクしている。これを手掛かりに、エアルトとウィナンシェを繋ぐ次元孔を開く」


 何というか、ルシフェルの証言に有った、有明哲也を狂わせたモノと似ている。正確無比な立方体である事以外は、何の変哲も無いクリスタルに見えるが、これこそが何もかもの鍵だったのだろう。


「早速始めルよ。危ないカら近づかないデね。時空の彼方ニ吹っ飛ばされタいなら別だけド」


 そう言いながら、レアはキューブを持つレイの手に片手を重ねる。そして二人は瞑目し、滔々と何やら唱え始めた。


「“異邦のモノを在るべき処へ、異質の魂を還るべき場所へ。惑星(ほし)はただありのままに。今一度、門よ開け”」

「jorne le lunra ciste .i cfagau le makfa sarji samru'e .i rinju zbasu le cimde kavna seka'a le plini be me'e la .eart.」


 レアがよく分からない言語で、レイは流暢なロジバンで、それぞれ詠唱をする。その言葉によって水晶キューブに光が灯り、やがて彼女たちの手を離れて浮かび上がった。

 そしてキューブが変形を始める。まず正八面体となり、次に正十二面体、二十面体と変貌し、次にはもっとよく分からない形となる。凝視し今どんな形をしているのか理解しようとすると、何だか頭がおかしくなりそうになった。

 めまぐるしく姿を変えながら、水晶は少しずつ大きくなってゆく。やがてガラスが割れるような音がして、キューブが大きな楕円形のゲートのような形となって一先ず変形が終了した。


「……よし、繋がった。この門を潜れば、きみたちは故郷に帰れるよ。多分ね」

「た、多分、って……」

「手掛かりの破片が宇宙に投棄されてたり、地中深くに埋められたりしていると、どうしようもない。変に調整しようとすると、変な所に繋がっちゃうし」

「……無事まともな所に繋がってる事を祈るしか無い、か」


 ナツメグが少し顔色を悪くさせながら、一歩前に出る。楕円形の水晶の中に広がる闇は、見る者の恐怖を煽る禍々しさだ。ネリネは何だか恐ろしくなって、ちょっとだけ後ずさる。


「こレを潜れば、最早ワタシたちにハ手の届かナい領域。……引き返すナら今のうちダよ」


 レアの言葉に、数人の帰還希望者がざわつく。だがそんな中でも、ナツメグはどんどんと前に進み、ゲートの目前に立った。そして一呼吸して心を落ち着けると、振り向く事も無く一気に闇の中に飛び込んだ。


「あっ……」


 音も無く彼の姿は消え、あまりの呆気無さにネリネが声を漏らしてしまう。これで、ナツメグとの縁は完全に切れてしまったのだ。

 最初の一人が行った事で勇気づけられたのか、他の“使者”たちも次々と闇の中へ身を踊らせてゆく。その背を見送りながら、ネリネは小さく溜め息を吐いた。


「……これで全員かな。もう帰りたい人は居ないね? 二度は開かないよ」


 そんな言葉が放たれても、もう誰も動かない。そうして門に向かう者が居なくなったのを認めると、二人は再び何やら呟いてゲートを閉じ、水晶を元のキューブ状に戻した。

 レイは裾で浮かんでいた汗を拭うと、キューブに力を込め、粉々に砕く。砕けた破片すら立方体であるそれが、空気に溶けるようにして消えてゆくのを認めながら、ネリネは顔を上げる。すると、丁度レイと視線がかち合った。


「……よし、終わり。そういえば、この中にどう帰化するか決めた人はもう居る?」


 その問いに、ちらほらと見送り組が手を挙げた。ネリネも、低い身長を補うように高く右手を掲げる。


「そ。じゃあ一人ずつ。きみはどっち?」

「あたしかしら?」


 視線だけ向けられて首を傾げると、そうだ、と言わんばかりにレイは頷いた。ならば、とネリネは答える。


「なら、あたしは普通のハーフリングになりたいわ。良いかしら」


 迷う事無く、事前にしっかり決めておいた答を口にする。レイはそれに何かコメントする事も無く、こくりと頷きネリネに手を翳した。




 地球に繋がる筈のゲートに飛び込み、闇の中激流に押し流されるような、もしくはひたすら自由落下しているような感覚に晒され続けて、どれ程経っただろうか。ナツメグは行方に光明を認めた。

 出口か、と思うや否や、彼は固い床に投げ出される。突然の事だったが、すんでの所で大怪我をしないよう受け身を取った。


「ぐ、う……」


 間もなく、後に続く帰還者たちが次々と雪崩れ込んで来た。それぞれ潰れるカエルみたいな声を上げたり、悲鳴を漏らしながらもどうにか着地したりしている。その音を聞きながら、ナツメグは徐に立ち上がった。

 さて、一体自分たちは何処に辿り着いたのか、一先ずは地球上であるようだが──そう思いながら、彼は辺りを見回す。どうやら木造の古い家屋の一室に出たらしい。窓の無い部屋は暗く、外からは虫や夜行性の鳥の鳴き声が聞こえる。

 どうやら肉体はゲーム内の物のままらしい。ドロイドのコードも動かせるし、殆どそのままこっちに戻らさせられたのだろう。元の身体は十中八九死んでるだろうし、こうするしか無かったのだろう。

 さて、部屋の中には、幾つかのサーバーか何かと思しき物が疎らに設置されている。そのどれもに透明なカバーが掛けられているが、一つだけ、ずたずたに引き千切られたカバーが彼らの背後に有った。

 周辺には、同じく粉々になっている机だったと思われる木片が飛び散っており、その中央にはキューブ状の水晶がころんと転がる。この奇妙なサーバールームは、《HYO》に関連するものなのだろうか。


「……自分たち、帰って来たの……?」


 ふと、シャノワールが声を漏らす。その言葉に、ナツメグも漸く帰還成功という現実に気付く事が出来た。あれ程にまで恋い焦がれていた故郷に、帰って来れたのだ。

 感極まって泣き出す者、脱力したように崩れ落ちる者、それでも冷静に状況把握に努める者。それぞれの反応を示す帰還者たちだったが、どたばたという剣呑な足音が水を差すように聞こえて来た。

 間もなく、部屋の扉が勢い良く開け放たれ、強烈な電灯の光がナツメグたちを照らす。眩む目に呻いていると、険しい声が飛んで来た。


「警察だ!! 武器を捨てて手を挙げろっ!」


 警察。その単語に、もしかしすると事件捜査の真っただ中に出てしまったのか、と彼は推測する。ちかちかする視界に数人の警察官と思しき影を認めながら、大人しく両手を挙げた。他の帰還者もそれに倣う。


「……あなたたちは何者ですか? どうしてそんな仮装をして、こんな所に居るのですか?」


 リーダーらしい警官が、険しげな声音で問いかけて来る。とりあえずここは日本であるようだが、どう答えるべきか。真実を語ったとして、信じてもらえるのだろうか。

 とはいえ、変に嘘を吐いても利益は得られまい。愚直に実直に話すしか無いだろう。そう思い、平静を取り繕った態度で口を開いた。


「ワタシはナツメグ。本名は草野絵理香。《HYO》というゲームのプレイヤーで、艱難辛苦の末現実世界に帰還しました」

「《HYO》、って……しかもその姿、まさか……」

「どうやらアナタたちは、《HYO》ログアウト不可事件の捜査をしている方々だと見受けられる。……一先ず、ワタシたちの話を聞いてくれませんか」


 彼らが信用出来るタイプの警官か否かは読み取れないが、今は彼らに頼るしかない。リーダーっぽい男はしげしげとこちらの姿を眺めながら、ううんと熟考し始めた。


「……そうですね。いまいち信じきれないが、あなたたちは今現実に存在している。であれば、話を聞かせていただきたい」


 とりあえず、問答無用で拘束される事は無さそうだ。そうしてナツメグが内心胸を撫で下ろしていると、今度は一人分の足音が響いて来た。そいつはすぐに姿を現す。


「錦野警部、緊急の報告が!」

「む、何ですか」

「意識不明状態だった有明哲也氏が意識を取り戻した模様! 現在取調中で、近々臨時会議が開かれると予想されます!」

「……このタイミングで、か。何か関係が有るのでしょうね。分かりました」


 有明博士が目覚めたのか。ナツメグたちが帰って来るのと同時に、彼の魂も地球に戻ったのだろうか。警部の男は難しい顔になりながら、再びこちらに目を向ける。


「ナツメグさん……いや、草野さん、と呼んだ方が良いかな。事情聴取をしたいので、同行していただけますか」

「はい、構いません。……と、皆はどうしますか」


 ナツメグ一人で勝手に決めてしまったが、他の帰還者たちはどうだろうか。そう思って振り向くが、特に異議を申し立てる者は居なかった。とにかく保護してもらわねばこの先が続かないと分かっているのか、それとも単に無関心なだけか、どちらでも良いが。


「問題無いようですね。それでは付いて来てください。──松本、山田、小此木、フォローを」


 警部とその部下たちに囲まれるようにしながら、ナツメグたち一行は部屋を出る。有明はどうなっているのか、プレイヤーの肉体はどう処されたのか、自分の墓を参る事になるのだろうか──それらの情報は、真実を語る時にでも得るとしよう。

 ナツメグ、あるいは草野絵理香は帰って来た。警察の捜査に協力して、何にも代え難い親友を弔って、その果てにはどうしようか。何も考えていなかったわけではないが、考えていた事の全てが親友の存在を前提としていた事に気付き、彼は泣きたい気持ちになった。


「……う」


 実際、泣いていた。歩きながら、頬を濡らす涙を彼は拭う。やるべき事が全て終わったら、まずは思う存分悲嘆に沈もう。そう決意して、彼は元通り平静な表情を繕った。

jorne le lunra ciste .i / ルラシステムに接続。

cfagau le makfa sarji samru'e .i / 魔法支援プログラムを起動。

rinju zbasu le cimde kavna / 次元孔を制御生成、

seka'a le plini be me'e la .eart. / 目標、惑星エアルト。

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