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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第十三章:終わった
113/117

103:終着点と分岐点


「……さぁ、話し合いをしようか、“えあると”」


 何処何処宿舎の一室にて、風雲と“いどのす”の代表を名乗る一人の女が対峙していた。その周囲を、アージェンやネリネをはじめとした数人の生き残りたちが囲っている。部屋が狭いので、派閥ごとの代表者だけが並んでいる感じだ。

 この代表者の名はレイ。曰く『仮初の王』で、“いどのす”の実質的なまとめ役であるらしい。全ての元凶たる彼女に対し、多様な感情の籠った鋭い視線が、無遠慮に向けられている。アージェンも、それらの内の一つを発していた。

 お世辞にも和やかとは言えない対談の場だが、レイは全く物怖じせず、背筋を伸ばして大人しく椅子に座っている。その堂々たる立ち振る舞いと、しっかりと三つ編みにされた白い髪は、何処か高貴な印象さえ抱かせた。


「そうだね、まずは言葉を交わし合おう。言語ってのは、無駄な暴力を省く事の出来る偉大な発明だ」

「それは皮肉のつもり?」


 風雲のあくまで飄々とした対応に、レイは顔にも声にも感情を一切宿さず小首を傾げた。それに対し、風雲は曖昧に笑ってこう続ける。


「さて、まずこちらの要求を突きつけようか。そんなに無茶な事は言わないから、安心して」

「そう」

「一つ、これ以上ボクたちに手を出さず、殺さず、邪魔をしない事。二つ、地球への帰還を望む者は、その通りにしてあげる事。たった二つだけだ、シンプルだろう?」


 その要求は、事前に話し合って定めておいた、生き残りたちの総意だ。それを受け、相手はふっと目を閉じ考え込み始める。

 果たして彼女は頷くのだろうか、それとも拒絶するのだろうか。やや有って、金色の目が再び開かれた。


「……こちらからの要求は、一つ」


 勿体振るように、レイは一度言葉を切る。そして一瞬眉間に皺を寄せた後、元の無表情に戻り口を開いた。


「申し開きをするつもりは無い。どんな大義だったとしても、間違いなくわたしたちは己の為にきみたちを貪ったのだから。許さなくて良い、憎んだって構わない」


 最低限以外一切動く事の無い表情筋に、淡々とした声音。ともすれば機械のようである彼女の振る舞いだが、しかしそこには確とした情熱と信念が宿っている様に思えた。


「ただ願う。わたしたちを、この世界を害さないでくれ。それが、我々の総意だ」


 何とも虫の良い話だとは思うが、潔く自らの所業を認めている態度は割と好感が持てる。これで『自分は悪くない』だとか言い出したら、激情のままにぶん殴っている所だった。

 相手に殺されたり邪魔されたりしなくなるのなら、この条件くらいなら飲めない事は無い。絶対に許しはしないが、実際に復讐を果たすのは我慢してやろう。

 風雲がアージェンたちの意志を確認するように視線を向けて来たのに、こくりと小さく頷く。この条件に託つけて、自分の感情を制御しようとしている節も有るし。


「……ん、オーケイ。じゃあ、互いにその約束を守ると誓おうか」

「誓おう。契約だ」


 短く言いながらレイが立ち上がり、すっと右手を差し出す。それを見た風雲はすぐにその意図を察し、彼女に倣って立ち右手を伸ばして握手を交わした。まさにこの約定の証の如く。

 固く結んだ手を離し、代表の二人は再び席に着く。すると、多少緊張を解いた様子のレイが、意外そうに呟く。


「しかし……死人を蘇らせろ、くらいは言われると思っていたんだがね」

「……蘇らせられるのか?」


 出席していたナツメグが、俄に瞠目し声を上げる。彼だけではなく、風雲を除く全員が、多かれ少なかれざわつく。ならヘイゼルを取り戻す事だって、とアージェンも目を輝かせかけたが、レイは静かに首を横に振った。


「無理だよ。死んだ人は生き返らない。……人格から記憶から姿までそっくり生き写しなモノを造る事なら、出来るけど」


 止めた方が良い、と言わんばかりの声音だった。「なら、」とナツメグは言い募りかけるが、思い直したようにまた口を噤む。アージェンも、ぎりりと奥歯を噛みながら目を閉じた。


(……それじゃあ、意味が無い。無意味なんだ……)


 そうすれば一時は満たされるだろうが、いずれ駄目になる。少し考えれば、すぐに破綻の未来が想像出来た。

 だがそれでも思い直さず、尚彼女に期待の眼差しを向ける者もいた。それに対し、余計な事を口走ってしまった、と言わんばかりに彼女は溜め息を吐き、視線を振り払うようにひらひらと片手を振る。


「ま、どちらにせよ、ただじゃやらない。今回の契約でやるのは、帰還と帰化だけだ」

「帰還、は分かるけど、帰化って?」


 話題の軌道修正を試みたレイに、ネリネが乗って問いかける。レイは彼女の姿を認めると、ほんの少しだけ微妙に眉尻を上げた。


「少々話が長くなる、覚悟して。質問があればどんどん言って欲しい。

 今のきみたちは、語弊を恐れずに言えば『H.Y.O.専用仕様の“いどのす”』。とてもイレギュラーな存在だ。実際は色々制限してるし、中身は異世界産だけどね。

 だからそのままだと、今後の運行に当たって面倒な事になる可能性が高い。ので、レギュラーな枠組みに組み込み直す」

「それって……大丈夫なの?」

「何も問題は無い。きみたちに分かる様喩えれば、『ごちゃごちゃの蛸足配線を整理しマシな状態にする』といった具合」


 ネリネの疑問に、レイは毅然と答える。その語り口からは嘘や隠し事の気配は感じられなかったが、本当に『アージェンたちにとって』実害が無いのかどうか不安だ。こんな熊虫みたいな生物の価値観が、人間と同じだなんて事は有り得ないだろうから。

 その懸念は皆同じであるようで、風雲まで難しそうな顔になっている。それを認め、レイは頭を掻きながら言葉を続けた。


「……いや、本当に大丈夫だよ。変に隠し事をして、これ以上関係を悪化させたくないし。何なら試してみる?」

「ちょっ、何言ってんのよ」

「うん、そこの“アルカディア”の──今風だと半魔だっけ。そこのきみ」

「へ、わっ、わたし!? 待てよ、心の準備が」


 急に飛び火して来た事態に、アージェンは素っ頓狂な声を上げてしまう。だが制止の声も聞かずに、レイはこちらに右手の人差し指を向け、何やら一言唱えてみせた。


「おい馬鹿止めろッ……って、あれ? 何も起きない……?」


 怒声を上げかけたが、何時まで経っても痛くも痒くもならない現実に、アージェンはきょとんと自分の身体を見下ろした。具合が悪くなる気配も無いし、インベントリから鏡を取り出して見ても、姿が変わったりもしていない。


「これで、きみはわたしたちと同じツリーになった。ね、大丈夫でしょ。きみたちが如何に脆弱かは熟知してるし、細心の注意を払う」


 少々荒っぽいやり方であったが、間違いなく安全であるらしいと理解したアージェンは、ふうっと安堵の息を吐いた。空気が少し和んだのを感じ、レイは更に話を続ける。


「と、いうわけで、わたしたちはきみたちに三つの道を示せる」

「三つ?」

「ああ。一つは、この世界との縁を完全に切り離しての帰還。

 一つは、そこの半魔の子にやったみたいな、“いどのす”としての帰化。

 最後の一つは、“えあると”──ええと、“使者”を辞め、きみたちの言うNPCになる形での帰化」


 三つ目の奴も、多分二つ目と同程度には安全なのだろう。だがアージェンは眉間に皺を寄せる。


「ねぇ、わたし選択の余地なく帰化させられたんだけど。いや、別に良いんだけどさ、帰る気は無かったし……」

「うん。半魔の場合、二つ目以外の選択肢は無いから」


 さらっと告げられた衝撃の事実に、またざわつく。生き残りの中にアージェン以外の半魔は居なかったが、それでも動揺は広がった。


「半魔って、物凄く危うい種族なんだよね。『普通の半魔』がどんなものか、きみたちとて知っているだろう? 大体は理性無き魔物だった筈だ。

 “えあると”の半魔は、ギリギリ“魔神”にならないように調整され続けているから大丈夫なんだけど、わたしたちから離れるとその加護も消える。だから、きみはそうさせてもらった」

「……要するに、わたしが地球に帰ったり“使者”辞めたりすると、その瞬間“魔神”になって終わり、って事か」


 その通りだ、とレイが頷く。いやに懇切丁寧に教えてくれるが、絶対に契約をわやにされたくないからこその誠意なのだろうか。


「どの選択をするか、すぐに決める必要は無い。けど後からの変更は原則不可能なので、良く考えて。わたしは暫くここに居るから、決めたら言って」

「……うん、うん、了解だよ。じゃあ滞在中は、この部屋を自由に使ってくれ」

「分かった」

「じゃあ、今回の会談は終わりかな。解散しちゃおう」


 そう言うと風雲はさっさと立ち上がり、部屋から退散していった。出席していなかった者たちに、事の次第を説明しに行くのだ。他の出席者も、銘々退出してゆく。

 その流れに乗って、アージェンも部屋を出る。自分がどうなったか、他の“使者”がどうなるのかを、仲間たちに説明するのだ。そして、今後どうするかの予定を立てよう。

 ずっとふわふわと夢心地で、地に足が着かない気分だったが、やっと現実に軸足を着けて先を見る事が出来そうだ。物語の続きを予感し、彼女は足取りを軽くさせた。




 すっかりこの場での拠点と化した、アージェンが寝かされていた部屋に、アージェンは仲間を集めて、かくかくしかじかと事のあらましを説明した。もう怯える必要は無い事、“いどのす”との和平が成立した事等を知らされると、三人は皆一様に安堵の表情を見せた。


「ということは、アージェンさんは帰らないんですね」

「おう。帰るつもりも無かったしな」

「良かったのであります。それなら、旅も続けられますしね!」

「ああ、そうだな……落ち着いたら、またウィナンシェ巡りを再開するかね」


 まだ行った事の無い場所も多いし、ウィナンシェの全てを見るというのは当座の目標として手頃だ。そう思っていると、レオロがこう付け足す。


「……そのついでにでも、復興の手伝いをするのも良いだろう。これ以上、無辜の人々が死なないように」

「おっ、名案じゃん。そうだね、そうしよう」

「ですね。……もしかしたら、このふざけた計画を立てた人の子孫も居るのかもしれませんけど、父祖の罪は関係有りません」


 ヒューマンやエルフたちに思う事が無いわけではないが、実際は彼らも殆ど巻き込まれた側だ。1000年も前の先祖の責任を彼らに問うのは、流石に酷である。


「けども、もしかしたら、司令官殿のご友人方は帰ってしまうのやもしれませんのですよね?」

「んー、可能性は有るっちゃあるけど……一番付き合いのあるネリネさんは十中八九帰らんだろうし、寂しさは感じないかな」


 ネリネにはコノハズクが居る。前々から『帰れなくて良い』とか言っていたし、今更心変わりする事も無いだろうし、きっとこの世界に残る事を選ぶだろう。


(しかし、どれくらいの奴が残るんだろうな……)


 生き残り自体そんなに多くないし、残留者は10人を切りそうだと彼女は予想する。今にも死にたそうな奴らがどっちに転ぶのか分からないので、もしかしたらもっと多くなるやもしれないが。


「一先ず、ある程度皆が道を決めるまではここに居て……それが終わったら、何処に行こうかな」

「今回の奴で何処も様変わりしただろうし、行った事の有る場所でも、ある意味楽しめるだろうな……」

「ハハッ、違いない。折角だし、ユガタルファから始めようかな」


 白紙のままだった予定に、少しずつやりたい事を書き込んでゆく。どうにか軟着陸出来た所から、更なる目的地へ再び飛び立つ為の準備を。

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