↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第十三章:終わった
112/117

102:残された光と闇


 情報を整理しよう。

 風雲は今や“いどのす”の一員である。彼らは精神を同族同士である程度共有している生き物であるらしく、故に風雲もその目的や正体を知る事が出来た。今は閉ざされてしまっていて、新たに探る事は出来ないが。


 まず、彼らの本当の名前は『テルニアルース第五世代』とかいうようだ。とはいえ、ややこしいので今後も通りの良い“いどのす”という名称を使う事にする。

 彼らは惑星を苗床とする、信じられない程大規模なキノコのようなものだ。何処から来たのか、一体何者なのかは、把握する前に閉め出されてしまったので不明である。

 ウィナンシェに彼らが根付いたのは、この星自体の歴史と比べれば比較的最近な、約3000年前の事。どういうわけだかその時彼らは、自らの正体を始めとした殆どの記憶を失っており、それを取り戻すべくあれこれ活動していたらしい。

 先住民との関係は、そこそこ良好であったようだ。べったり仲良しというわけでは無いが、敵対する事もなく、正しく共存関係に有ったのだとか。


 だが今から1000年程前、ウィナンシェが崩壊の危機を迎えた。無数の原因が複雑に絡み合い、彼らが動き出した時には、既に一夕一朝で解決出来るレベルの話ではなくなっていた。

 故に、彼らは大規模で抜本的な世界再生計画を立ち上げたのだ。それこそが、『Hibernate Yggdrasil Operation』である。

 宿主の危機に引っ張られるように瀕死になった“いどのす”たちは、その計画の絵図だけを描いた後仮死状態となり、実行の殆どを信頼出来る古代人たちに託した。

 だが古代人たちは、高度な技術は持っていたものの、あくまで定命でしかなかった。なので彼らはその技術の粋を集め、超長寿命のドロイドを製造しH.Y.O.の番人とした。そのドロイドこそが、ジトロ・ユグドラシルである。


 綿密に練り上げた計画は無事成功に辿り着き、ウィナンシェは復活し“いどのす”も記録の全てと本来の力を取り戻した。彼らの願いは叶ったのだ。──彼らが“えあると”と呼称するプレイヤーたちと、異界から流れ着き根付いていた生き物たちの屍の上に。

 だが土壇場で風雲が竜王の座をかすめ取った所為で、“いどのす”にとっても苦い結果と相成ってしまった。文字通り彼らの魂の緒に何時でもナイフを突き立てられる、そんな状態になってしまったから。

 どうやら竜王というのは独裁官のような役割を持つ存在であるらしく、“いどのす”に対してはどんな理不尽な命令でも聞かせる事が出来る。故に、風雲が少し復讐をしたいと思えば、簡単にそれが成せるようになったのだ。

 殺したければ、自害せよ、と言えば良い。彼らの努力をフイにしたければ、世界を滅ぼせ、と命ずれば良い。最後の最後でそんなイレギュラーが誕生してしまったのだ、“いどのす”たちが嘆くのも頷ける。


 だから、風雲という存在は彼らに対する有用な交渉材料になる。彼が大人しくしているという条件の代わりに、あれこれ要求を突きつけてやれば良いのだ。

 第一に、生き残りをこれ以上殺さない事、これは必須だ。帰還を望む者は地球に帰す事も、条件に加えてやろうか。あまりにも理不尽過ぎる要求は、相手に覚悟完了させかねないので駄目だが。

 ……とはいえまずは、彼の誓約が相手に信用されるかどうか、だ。そもそも話し合いに応じず、捨て身で殲滅に踏み切ってくるやもしれない。この辺は、相手が平和的な解決法を採る事を祈る他無い。




「さて、と……」


 最後の1000秒間が終わってから、二日が経過した。相変わらず動きは無いが、目立った問題も発生していない。面倒が無いのは良い事だ。

 粗方情報を整理し、ノートに書き出した風雲は、書庫の様相である自室の机の前で、ぐぐっと大きく伸びをした。もやもやとした考えを纏める時には、やはり手を動かすに限る。

 こうしていると、色々な作品の設定考察をやっていた時代を思い出す。矛盾している公式の言動に頭を悩ませたり、ぽっかりと空いた設定の空白を埋めるものを捻り出し寄せ集めたり。風雲は何でも好きな人種だが、それは特に好きな事だった。


「次はどうしよっかなー……」


 まだまだ空白の残っているノートを閉じ、風雲は目を瞑る。ノートと言えば、《狭間の道》に赴く前に机の上に出していた手記が、ちゃんとネリネたちに読まれ、役に立っていたようだったのは嬉しかった。

 結局、何処何処のメンバーで生き残ったのは、ネリネとアージェンだけであった。ネリネなら残ってくれてるだろうな、と予想はしていたが、まさかアージェンも比較的まともな状態で生き延びていたとは。

 話を聞くに、一番最初にラインハルトが麻薬に嵌って死亡同然となり、それからややあって恋人を失ったルシフェルが自爆みたいな事をしたそうだ。一時アージェンが死にかけたりもしたものの、どうにか復帰し直前まで元気な姿を見せていたらしい。

 正直、アージェンは二番目くらいに駄目になると思っていた。彼女の親友であるヘイゼルが居なくなってしまっていたし、元々それ程強靭な精神の持ち主ではなさそうだったし。彼女の仲間たちの様子から見るに、良き縁に恵まれたのだろう。


(……けど、彼女たちは大丈夫だったけれど、『生きているだけ』な子たちも居る)


 例えば、シャノワール。色々な不幸と苦労に見舞われベキバキに心が折れた彼女は、1000秒間で大人しく死ぬつもりだったのに、これまた不運な事に生き延びてしまったらしい。故にその絶望は半端無く深く、今は時折「死にたい」と呟く以外は、待合室の片隅で漬物石のように丸まっている。

 例えば、ナツメグ。幸運にも《狭間の道》から生還した彼は、キュリオスと共に生き残りを望んだ。だが間一髪間に合ったのか間に合わなかったのか、命を賭して魔法を使ったキュリオスは死に、守られたナツメグだけが生き残ったのだという。半身とも呼べる友を喪った彼は、今日も空や海を見て黄昏れている。

 もし、風雲が助ける相手を選ぶ事が出来たなら、シャノワールの代わりにキュリオスを助けただろう。そうすれば、一気に三人を救済する事が出来た筈だから。


(どうにも、ままならないね。……ボクでも、ままならない事ばかりだ……)


 はぁ、と机に突っ伏す。普通の人よりは手の届く所は広いつもりだが、それでも何でも出来はしない。竜王の座を簒奪したのだって、運と巡り合わせに助けられた部分が大きかったし。


「んー……うん。あんましネガネガしてても、どうしようもないよね。少しは明るい事考えよ」


 さっきは駄目な生き残りの例ばかりを挙げたが、勿論ちゃんと前を見て進む為の準備をしている者たちも居る。そういう者たちはネリネを中心に集まり、この先どうするかといった話を遠足の前夜のように話し合っていた。

 そんな彼らの未来を切り開く為にも、交渉には気合いを入れて臨まねばなるまい。もう一度おさらいをしよう、と彼はノートの最初のページを開く。一区切りついたら、ネリネと旧交を温めるのも良いだろう。




 何かが慟哭する声が聞こえる。人の手には有り余る、底無し沼の如き大いなる魂の上澄みをたゆたう中、アージェンはその叫び声をぼんやりと捉えていた。

 一体、何がどうしてこんな声を上げているのだろう。苦悶に塗れた悲痛な泣き声は、まるで助けを求めるかのようだ。見に行った方が良いのかな、と彼女は思う。

 そう思った瞬間、底の濁った所から無数の触手のような物が伸びて来た。彼女を捕らえんと殺到する、蛇かウナギの群れのような様相のそれらに、驚きと共に微睡みの中に在った意識が覚醒する。それにより、自分が今何処に居るのかを彼女は直感した。


(ここ、多分、“魔神アルカディア”の中とか、そんな感じの所だ)


 何の根拠も無い、強いて言うなら第六感による理解といった具合のそれだが、彼女はそれをほぼ完全に確信していた。《魔神顕現》の副作用か何かだろうか、と冷静に分析しながら、彼女はここから抜け出そうと、景色が澄んでいる方に向かって泳ぎ出す。

 どれくらいここに居たのかは分からないが、こんな所からはさっさとトンズラするに限るだろう。嫌になる程居心地が良いが、彼女はもっと良い場所を知っている。

 アージェンが積極的に脱出を試みると、赤黒い濁りの群れが勢力を増して追いかけて来た。流石に怖くなって来るが、同時に視界がブレて脳みそが揺らぎ始める。

 ああ、これは恐らく、夢の終わりだ。力んでいたのを解き、何もかもを浮上するような感覚に任せて、彼女は目を閉じた。




 意識が浮上する。現実の明瞭な感覚が戻って来る。半ば反射的に目を開けると、まず見慣れない天井が映った。


(……ここは。いや、まず、わたしの状態は)


 呼吸は問題無い。四肢も普通に動く。目もちゃんと見えるし、声も出る。耳も聞こえる。特に大怪我をしている様子は無かった。

 緩慢な動作で寝台を降り、部屋をざっと見回す。どうやら夜中であるようで、明かりの無い部屋はとても暗い。カーテンを開けて外を見ると、月に照らされた紺碧の海原と、青白い砂浜の風景が捉えられた。


「……何処だよ、ここ」


 どっかで見たような気がして、アージェンは記憶の海を掻き回す。だがまだ頭の回転が本調子でないようで、いまいちピンと来なかった。これ以上じっと考えても埒が明かないだろうし、と、彼女は身体を動かす事にする。

 まず寝間着姿だったのを普段着に着替え、もう一度部屋を見渡した。すると、先ほどは気に留まらなかった物が色々と見えて来る。

 部屋の内装が何処かで見たような懐かしいものである事。部屋の隅に、1000秒間の籠城地点に置いておいた筈の荷物が有る事。それから、枕元にパステルレッドの腕輪と書き置きが有った事。


(あ……)


 足早にベッドに戻り、アージェンは小さな書き置きの紙を手に取った。そこには、お世辞にも綺麗だとは言えない字でこう書かれていた。


『ここは何処何処のギルドハウスの宿舎、って所らしい。風雲って人が俺たちをここに連れて来てくれたんだ。

 フュールや晴嵐も無事で、ここに居る。話したりする気力が有れば、腕輪で呼びつけてくれ。──レオロより』


 鈍った頭を呼び覚ましながら、一節一節確かめるように読む最中、彼女は目頭に熱いものが込み上げるのを感じていた。皆、無事だったのか。自分の作戦は成功したのだ──その事実を認識して、アージェンはえも言えぬ気持ちになる。


「……あ、っはは、はははっ、ふわはははははっ!」


 安堵と歓喜のままに、彼女は高らかな笑い声を上げた。彼女は勝利したのだ。その身に降り掛かった理不尽に対し、何度も何度も敗北と敗走を喫して来たが、今回は、今回ばかりはねじ伏せる事が出来たのだ。


「良かった……良かったよぉ、わたし……!!」


 暫しの間、彼女は笑いながら涙を流す。そうしながら勝利の味を確と噛み締めた後、ふぅっと深く息を吐いて顔を整えて、そっと腕輪に手を伸ばした。




 レオロに連絡を入れると、仲間たちはすぐに集まって来た。再び生きて相見えられた事を一頻り祝った後、まず寝入っていた二日間で起きた出来事のあらましを伝えられた。

 風雲が敵のアキレス腱を引き千切って、彼女たちを助けてくれた事。この何処何処ハウスには、他にも助け出された“使者”たちが居る事。しかし、その数はそれ程多くないという事、等々。


「風雲さんが、ねぇ……生きてた、いや、生き返ったのか? まぁ良いや、助かったんなら、何でも……」


 ギルドハウスの待合室にて、淹れたてほやほやの紅茶を飲みながら、アージェンは一通りの話を聞いた感想を漏らした。まさに風雲は妖怪である。ただで死んだわけじゃないだろうな、とは思っていたが、まさか生き返る為の布石だったとは。

 こうして胃の中に温かいものを入れると、人心地がつく。自分が人である事を思い出すような気分だ。そうすると、色々と考えを巡らせる余裕も出て来る。


「そいで、今わたしたちがやる事は何も無い、って事で良いのね?」

「ああ。何もするな、との事だ」

「オーケイ、となると暇になっちゃうなー……まぁ、話題には事欠かないだろうし、いっか」


 最低限の情報共有はしたが、まだまだ話したい事は山ほど有る。何から話そうか、と考え込みながら、彼女は思う存分仲間たちの姿を見回した。一通り話したら、ネリネや風雲にも顔を見せるくらいはしておこうか。


「……何ニヤニヤしてんだよ」


 いつの間にか、思わずにやついてしまっていたらしい。レオロの指摘に、慌てて表情を引き締める。やはり気が緩んでいるようだ。その所作が面白かったのか、ぷっとフュールが吹き出した。


「ちょっと、わたしは見世物じゃないよ?」

「ご、ごめんなさい。何だか安心してしまって。

 アージェンさんが死ぬわけないですし、失敗する筈も無いですけど、でも、こうして再び皆が揃ったのが、嬉しくて……」


 少々むっときたが、フュールの顔に深い安堵の色が浮かんでいた事から、それ以上責める気は無くなってしまった。その信頼に応えられて良かった、と彼女は思う。


「あっ、そういえば、司令官殿。1000秒間が終わった後、自分の喉を治す仕掛けをしておいてくれましたよね?

 あれ、とても有り難かったのであります。最中はとても怖かったですけど、司令官殿の優しさが身にしみたのであります」

「ん、そうかい? ……まぁ、アレだ、晴嵐。こんな事であんたが不当に失われなくて良かったよ」


 寿命での別れなら受け入れようが有るが、こんな事件か事故みたいな事で奪われてしまったら、そう簡単には乗り越えられなくなってしまうだろう。彼が無事恙無く戻って来れて、本当に良かった。

 と、そんな事を話していた辺りで、外の方から足音が聞こえて来た。何だろうと思っていると、玄関がばたんと開けられ、風雲の姿が現れる。何処か興奮している様子の彼は、アージェンたちの姿に気付くと、大きな声で話し始めた。


「あっ、アージェンさん! 気が付いたんだね!」

「お、おう。久しぶりだよね」

「うん、久しぶり! 旧交を温めたいのは山々だけど、それは後で! 相手──“いどのす”から反応が有ったんだ!」


 要するに、状況に動きが有ったという事か。これまたタイミングが良い。厄介事は早く終わるに越した事は無い。


「じゃ、わたしたちはどうすれば良い?」

「もし会談に立ち会いたければ、そう言って。別に参加しなくても良いけどさ」

「……ならわたしは行こうかな。ちょっと片付けて来る」


 ほんの数秒間思案した後、彼女はそう返答した。ヘイゼルや多くの友人たちの仇を目の前にして、冷静さを保てるか不安だが、奴らと向き合わないわけにはいくまい。


「おい、アージェン」

「ん、大丈夫。ちょっと時間は要りそうだけど」


 この連絡に一気に表情を険しくさせた彼女に、レオロが気遣わしげな声を投げかけて来る。アージェンはそれに目を閉じ答えつつ、風雲にこう続けた。


「風雲さん、今すぐ、ってわけじゃないでしょ。その間、頭冷やしてるよ」

「そうだね、最低でも数時間はかかるかな。了解、また呼ぶよ」


 これまで続いて来た道のりの、一つの節目の予感がする。恐慌と興奮に早まる鼓動を抑えるように深い呼吸をしながら、空になった全員のティーカップやらを回収し、食堂の方へ駆け出した。


(……利害だけを考えろ、アージェン。感情に任せるのは確かに気持ち良いが、ここは理性と論理で動くべき場面だ)


 心を落ち着かせながら、冷静にこの先の事を考えてゆく。“いどのす”どもは確かに癪だが、それでもこれ以上命を懸けたくない。下手に逆上したって状況は好転しないし、それより相手から好条件を引き出す為に、表面上だけでも友好的な態度を繕った方が遥かにマシだ。


(それに、もしこれから奴らを殺して、この世界を滅ぼしたりしたら……その時こそ、皆の、ヘイゼルさんの死も、何もかも無意味になってしまう)


 ひたすら利害を考える中浮かんで来たそれも、間違いなく本当の心だった。だけれど、だからこそ、二通りの本音が正面からぶつかり合い冷静になるのを妨げる。

 奴らに対する痛憤と憎悪は激しく深いが、それと同じくらい彼らを殺したくないしこの世界を壊させたくない。全ての犠牲を無駄にしたくないが、可能な限り惨たらしく報復してやりたい。

 片付けをする手を止めぬまま、彼女は疲弊の息を吐いた。一先ずは保留にしよう。感情が制御出来ずうだうだと悩むこの性質は、最初から何にも変わっちゃいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。