101:祭典の過ぎた痕に
宿舎の一室、主の居なくなってしまった殺風景な部屋に、アージェンは寝かされていた。元の持ち主が元々物を持ち込まないタイプだったのか、それとも使われなくなった後誰かが片付けたのか、寝台と机と幾つかの椅子以外は本当に何も無かった。
布団に包まれ、彼女は昏々と眠り続けている。時折寝返りを打ったり、意味を成さない寝言を発したりするようになったので、少し安心出来た。起きるのは時間の問題だろう。
さて、そんな彼女の傍らで、レオロとネリネは椅子に座って対面していた。ネリネの斜め後ろにはコノハズクなる従者が佇み、彼女の隣の席にはレニノというエルフの女性が着いている。
このレニノはアージェンとは何の関わりもない人物であるそうだが、曰く「あんな所に一人にしないでください」との事で、ここに来ている。まぁ、聞かれて困る話をするつもりでもないし、別に良い。
「さて、と。自己紹介も終わったし、本題に入りましょうか。まず、さっき言った、『つるみたい』って事だけど……。
何も難しい事なんてないわ。この寒空の下、ただ肩を寄せ合いたいだけなのよ」
はぁ、とネリネは深く溜め息を吐いてみせる。その顔には嘆きの色が濃く出ており、この言葉は間違いなく本音なのだろう、と推測する事が出来た。
「それは分かった。だが、俺は“使者”じゃないし、あの場には他にも沢山ご同輩が居ただろ? 何故よりにもよって俺に」
「“使者”か否かなんて大した問題じゃないわ。重要なのは、前向きに生きる気が有るか否か。見たでしょ? 放っとけば首吊りそうな奴らを」
レオロは彼女の意図を理解する。成る程、つるんで互いに寄りかかり合うのならば、近いうち自壊しそうな奴は選びたくないだろう。そして、共通の友人が居る相手なら取っ掛かりも見つけやすい──そういう事だったのだろう。
「……大体把握した。俺としても“使者”の手を借りたかったから、お前が話しかけてくれたのは有り難かった」
「あら、そうだったの。ちなみに、何して欲しいのかしら」
「転移でちょいと足になって欲しい。荷物の回収やら、仲間との合流やらをこなしたいんだ」
「その程度なら──あ、でも、場所が分からないと無理なのよね……」
場所か。一応マップ上であの島の場所は見せられたが、今その場所を正確に想起し指定出来るかと言われれば微妙な所だ。レオロは頭を抱える。
「……アージェンが起きるのを待つ方が確実か」
なるだけ早く合流を果たしたかったが、迷子になった挙句ひっそりと葬られるような羽目になるのは勘弁だ。風雲に嘆願をするのも有りやもしれないが、聞いてくれるだろうか。
一旦風雲の元に向かおうか、と彼は部屋の扉の方を見る。すると丁度、それが軽くノックされた。ネリネがメニューを見ながら「どうぞー」と声を上げれば、噂の風雲が姿を現す。
「や、ネリネさん」
「風雲さんじゃない。話し合いの用意とかは良いの?」
「相変わらずうんともすんとも応えないし、少し間を置く事にしたんだ。それに、気になる事も有ったし」
「……気になる事、って」
大体の所を察したらしいネリネが、何とも言い難い微妙な表情になる。風雲のやや不気味な視線はそんな彼女を素通りし、その後ろに佇むコノハズクを射抜いた。
「コノハズク君。キミは一体何なんだ?」
ぴっ、と人差し指を彼の方へと突きつけ、風雲は低めの声で問う。先ほどまで和やかだった空気が一気に鋭利になり、レニノが少しはマシになって来た顔色をまた青ざめさせた。
いまいち質問の脈絡が汲み取れないのだが、どうやら結構な地雷であったらしい。ネリネが笑みの失せた顔で沈黙する中、レオロは両肘を机に付き成り行きを見守る事にした。
「彼が何であるにせよ、コイツはあたしの味方。現に、1000秒間の時だってあたしを守ってくれたわ」
「うん、それは分かってるんだよ。でも、不可解な事柄は解決しておきたいじゃない?」
「……そうね、それに関しては同意だわ。ねぇコノハズク、答えてくれるかしら?」
一瞬生まれかけた険悪さはすぐに消え去ったが、何処かピリピリとしたふうは依然として消えない。そんな中話を振られたコノハズクは、ピクッ、とほんの少し顔の筋肉を動かした。
「どうしても答えたくないなら、それでも良いけど……あたしも、おまえの正体や目的は気になるのよ」
彼らのやり取りに注目しつつ、ちらり、とアージェンの方に目をやる。まだ寝ているようだ。事が物騒な転がり方をした場合に備え、レオロは軽く腰を浮かし、椅子に浅く座り直した。
そうしていると、やがてコノハズクが動いた。薄く口を開いて息を吐き、重たげに目蓋を上げ萌黄色の双眸を露にする。ネリネが息を呑む中、彼は耳の結晶を薄青色にしながら言葉を紡ぎ始めた。
「今まで通りでいられたら、それが一番良かったのだけれど、やはり駄目か」
言いながら、彼は風雲と視線を合わせた。仁王立ちをしたまま、更に続ける。
「お察しの通り、コノハズクは“いどのす”と呼ばれる種の一員です。多くの同胞は“えあると”を敵視していますが、コノハズクはそうではありません」
「……そりゃまた、何故に?」
「コノハズクはネリネの接触の刺激により生じ、ネリネの手下と定義され、従者としてこれまでやってきました。故に、ネリネの敵にならないのです。竜王様に命令をされれば無理でしたが、されませんでしたし」
淡々とした、あまり抑揚の無い低い声からは、何の感情も読み取る事が出来ない。何も込められていないわけではなく、只人には理解の出来ないレベルの心理が絡んでいるような、そんな印象を受けた。
満足のいく答を得られたのか、風雲はほむほむと頷く。そして暫し考え込んだ後、また目を閉じてしまったコノハズクに問いかけた。
「ならさ、“いどのす”との対話の為に、代表者とかにコンタクト取れない?」
「……同胞たちは今とても混乱しています。特に代表者たるレイは、かけていた期待が大きかった分、落胆も深いようで」
「落胆……ね」
ネリネがぽつりと呟く。何千人もの“使者”と幾万人もの『魔物』たちを殺した大悪党であっても、上手くいかなくて落ち込む心が有る、という事実が不思議に思われるのだろう。不条理とも思える。
「となると、何にせよ時間が必要かな。ありがとうね、コノハズク」
礼を述べる風雲に対し、コノハズクはもう喋らず、小さく頷くのみで応えた。話に区切りがついたと見、レオロは自らの沈黙を破る。
「……話が終わったのなら。風雲……さん、頼みたい事が」
「あらかた、仲間との合流とかを手伝って欲しいのかな? 良いよ、丁度時間空いたしさ。ちょっと外行って戻って来るくらいなら大丈夫でしょ」
そんな会話を交わし、まずは荷物の回収を、と彼らが軽く打ち合わせる中、ずっとぽかんとした顔で一部始終を眺めていたレニノが、やっと我に返ったように表情を引き締める。そして得られた情報を噛み締めるように頭を抱えた後、やがてぽつりと呟いた。
「何だか、すっげぇコトに巻き込まれちゃったのかも……」
きっと自分たちは今、後の歴史に残るような大いなる変化のただ中に在るのだろう。その現状を端的に表す呟きに、居合わせた者たちは皆声には出さずとも同意した。
約一時間後。アージェンが寝かされている部屋には、フュールと晴嵐の姿が有った。
「……アージェンさん、生きてたのですね。良かった、良かった、です……えぐっ」
「しれい、かん、どの……あ、ああ、司令官殿……」
軽い怪我は負っていたが、二人とも無事だった。フュールは巻き添えに死ぬ事も無く、晴嵐は誰かを殺す事も無く我を取り戻して、恙無くこの場に集う事が出来たのだ。
晴嵐はやや記憶が混濁しているようだったが、仲間たちの顔を見ればすぐに大体の所を思い出した。これにて、アージェンの作戦はほぼ完全に成功した事になる。
「色々、足掻いた報いは有ったか」
彼女の枕元でそれぞれ激情を発露させてる二人を尻目に、ぼそり、とレオロは口にした。早くも達成感で一杯だ。まだキナ臭い事案は残っているから、油断をするわけにはいかないが。
「まぁ、良かったよね。あんなに喜んでもらえるなら、パシリになった甲斐が有るよ」
ニコニコ笑顔を浮かべ、部屋の扉の傍らで佇む風雲が口を開いた。独り言のように、彼は小声で呟く。
「……助ける相手を選ぶ余裕が有ったなら、もっと……」
彼の表情とはあまりに似つかわしくない声音に、聞いていたレオロは内心ビクッとした。フュールと晴嵐はそれどころではないらしく聞いてなかったようだが、レオロだけは確かに捉えていた。
「っとと、つい闇が漏れちゃったね。じゃ、仲間水入らずで過ごしたいだろうし、ボクは行くよ。またね、幸運なデイウォーカー君。ボクの友人をよろしく」
風雲はハッと口元を押さえた後、ひらひらと片手を振り、扉を開閉する音だけをさせて出て行った。何故レオロの本当の種族を口にしたのか、と悪寒が走る。“使者”は対象の種族を看破する能力が有るらしいし、恐らくそれだろうが。
(全く、不気味な事口走りやがって)
“使者”というのは、アージェンという例外を除き、皆組し難い相手だと思っていたが、風雲はその中でもとびっきりだ。生まれた世界が違うというのが浮き彫りになる。
「レオロさん。さっき風雲さんに経緯のあらすじは教えて頂きましたけど、細かい所を教えてもらえませんか? そう言われましたし」
そんな事を考えていると、落ち着いた様子のフュールがこちらに話しかけて来た。レオロは頷き、自分が知り得た情報の全てを話す。
すんでの所で風雲が敵を止めて、ギリギリ殺害対象者の全滅を免れさせた事。彼は生き残った者たちをここに集め、敵の最後の殲滅に備えているという事。それから、“いどのす”についての事、風雲やネリネの事まで。
「……俺が知れたのはこれが全部だ」
「分かりました、ありがとうございます。……しっかし、そんなどんでん返しが有ったんですか。極限状態過ぎて分かりませんでしたけど」
「自分は、予定より早く支配が消えたので疑問に思っていましたが……何にせよ、ほんの少しでも犠牲が減って良かったのであります」
レオロ的には、見ず知らずの者が何人死んだってどうでも良いし、それよりも近しい者が死なない事の方が重要なのだが。まぁ、晴嵐は加害者にされるかもしれなかったのだし、思う所は多々有るのだろう。
「ああ、それにしても、一安心したらお腹が空きましたね。何か食べ物有ります?」
「ん、そこに」
部屋の片隅に置かれている回収して来た荷物の中には、こういう場合に備えての保存食も大量に有る。三人でたっぷり食べても五日くらいなら保つ量だ。あまり風雲をこき使うのもアレだし、尽きるまではこれで食いつなごう。
(だが、何というか……地に足が着いた感じがしねえな)
まだ夢の中に居るような気分だ。本当はあの戦いで死んでいて、今見ているのは走馬灯なのだ、と言われても納得出来てしまう程に。
何がともあれ、一先ずは休憩をしよう。空いている部屋は自由に使って良いとの事だったし、適当に占拠してしまおうか。努めて現実の方へ感覚を傾けながら、彼は荷物を拾って机の上に広げ始めた。




