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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第十三章:終わった
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100:嵐の果ての伏魔殿


 絶え間なく自らを苛んでいた正体不明の苦痛が止んだ事で、レオロはこの災厄の終わりを知った。

 終わった。彼らの戦いは終わったのだ。あの嵐のような理不尽を、やり過ごす事に成功したのだ。二人で協力して大量の罠を仕掛け、作戦を幾つも幾つも立案して──それらが、功を奏したのだ。

 最早彼らを傷付ける者は居ない。傷付く必要も無い。だから、だから。


「……早く起きてくれよ、アージェン」


 あのレアと名乗る敵との戦いで重傷を負ったアージェンは、敵が去ると同時に糸が切れたように倒れてしまった。薬をどうにかこうにか服用させ、直ちに命に別状は無い程度までには回復させられたが、しかし未だに目覚めてくれないのだ。

 やはり、あの異形の姿で長時間活動した影響だろうか。完全に元の姿に戻っているし、体温や呼吸も問題無いから、きっとその内目を覚ましてくれるだろうが。


(俺に出来る事は、何か無いか)


 小屋に運び込み、着替えを着せて、簡素な寝台に寝かせた。周囲の警戒はもちろん欠かさず、同時にアージェンの容態が急変したらすぐ対応出来るよう、今も側に付いている。だが、それだけだ。

 戦いの間、彼は何も出来なかった。その事を彼女に言えば『適材適所さ』なんて返されるだろうが、あの場で適材となれるだけの力が無かったのが惜しい。

 いや、例え彼がアージェン並に不死身だったとしても、彼女は彼を庇い続けて倒れたやもしれない。彼女はは彼──というか、身内全般に対して過保護な所が有るから。


(全く、少しは俺に頼れっつーんだよ、本当に……!!)


 あの時、ずたずたにされた心を引きずり縋り付いてきた時と、何も変わっちゃいない。こうまで自分を使い潰さなくたって良かったのに。

 彼女はちゃんと快復するのだろうか、等とやきもきしながら、彼は静かに壁際に佇む。そうしていると、コンコンと小屋の扉がノックされる音が耳に届いた。その音に、彼は一気に厳戒態勢に入る。


「もしもーし、ちょっと良いかーい?」


 良いわけが無いだろう、と胸の内でひとりごちる。敵が戻ってきたのか、一人で対処するにはどうすべきか、と彼は険しい表情で考え始めた。だが結論を出すよりも早く、声の主は扉を開けて中に入って来る。

 鍵を付けるべきだったな、と彼は剣の柄に手をかけた。そして思いっきり威圧感を滲ませて、闖入者と対峙する。すると相手は怯んだように足を止め、両手を上げてこう言ってきた。


「って、ちょっと、待って待って。ボクは敵じゃないよ、キミたちを助けにきたんだ!」


 その言葉に、レオロは少しだけ警戒を緩めた。という事は、こいつはアージェンの知り合いの“使者”なのだろうか。他の者にこの場所を教えただなんて聞いていないが。


「敵ではないなら何者だ。……ここは俺たち以外は知らない場所の筈だ」

「説明するとながーくなっちゃうんだけど……ただ、本当に敵じゃない。ボクはアージェンさんの友達で、風雲という」


 名乗りを上げた彼に対し、レオロは逡巡する。やがて、彼は臨戦体勢を解き、マフラーを整えながらこう答えた。


「俺はレオロ。あいつの連れ合いだ。一先ずはお前を信用しよう」

「ん、そっか、ありがとう。早速で悪いんだけど、移動してもらえるかな」


 その言葉に、レオロは彼女の方に目をやる。まだ目覚める気配は無かった。


「アージェンは今は眠っている。とても動ける状態じゃないが」

「どっか骨とか折れたままだったりする? そうじゃなけりゃ、キミが運んでくれればボクが転移するよ」

「……分かった。何処に行くんだ」

「何処何処の本拠地、って言えば分かるかな。いつ『彼ら』が攻勢に出るか分からないし、守りたいものは一カ所に纏めておきたいから」


 真剣そうな表情で語る風雲に、レオロは頷く事で返した。完全に信用する事は出来ないが、このままここに留まったとして、今度レアやその仲間がやって来たら一巻の終わりだし。

 レオロはアージェンの眠る寝台に近づき、タオルケットを巻いてやりつつその身体を抱き上げる。そして風雲の方に振り返ると、彼は目を閉じ唱えた。


「転移、何処何処ハウス」


 辺りの風景が歪み、変化する。ちょっとの浮遊感と気持ちの悪さという慣れた感覚と共に、アージェンが何処何処と縁を切ってから久しく訪れてなかった建物の前に到着した。




 すっかり無人となった何処何処の本拠地の待合室にて、レオロは次から次へと集まって来る“使者”たちの姿を眺めていた。

 ピンク色の髪をツインテールにしたハーフリングの少女や、彼女に付き従う影法師のような姿の男。そんな二人の近くの椅子の上で、膝を抱えて丸まっている体格の良いエルフの女性。ひび割れた赤縁の眼鏡を握りしめる燕尾服のドロイドに、床に座り込んで顔を伏せている黒髪の猫獣人。他にも、数名の“使者”やその連れと思しき人たちが集まり、皆一様に暗い顔をしていた。

 ハッキリ言って異様である。その気になれば一人で国一つ滅ぼす事だって出来る連中が、葬儀か何かのように深刻な雰囲気を醸し出し続けているのだから。

 まぁ、レオロも同じような状態なので、人の事は言えない。胸騒ぎが落ち着かなさ過ぎて、さっきから何度も別室に寝かされているアージェンの元とこの場を往復しているのだ。


(……しっかし、居心地が悪い)


 知り合いの居ない所に一人放り出された状態というのは、何とも据わりが良くない。フュールや晴嵐と連絡をつけられれば良いのだが、通信腕輪はあの小屋に置いて来てしまった。混乱していて、荷物を纏める所まで考えが回らなかったのだ。

 後で誰かに回収を願おうか、とまで考えた辺りで、風雲がまた一人“使者”を引き連れて戻って来た。“使者”の転移は30分に一回しか使えないと聞いていたが、彼はそんな制限なぞ無いかのようにガンガン使っている。

 だがそれが最後であったようで、風雲はそいつを適当な席に座らせると、ふわりと浮かび上がって手を叩き注目を集めた。ちらほらと顔を上げる人たちに交じって、レオロも彼の姿へと視線を向ける。


「ハイ、皆さんご注目。どうも、奇跡の生還を果たした風雲です。知ってる人は久しぶり、知らない人はよろしくね!」


 明朗に微笑む彼の顔は、蔓延する暗黒の空気を打ち払う光源であるかのようだった。まだ希望は有る、と無条件に思わせてくるような明るさだ。


「さて、色々有ったし、何処から説明すべきか迷っちゃうな……えーっと、《狭間の道》での一幕は知ってる、って前提で話すね?

 ボクはあの場でざっくりやられちゃったんだけど、どうにかこうにかジトロ・ユグドラシルの中に自我をねじ込んで、その身体と“いどのす”の玉座を手に入れて復活したんだ。

 それでどうにかあの大殺戮を止めたんだけど……完全には間に合わなかったみたいだね。助けられた“使者”は、ここに居る皆だけだった」

「──ちょっと待って」


 彼がそこまで言った所で、ふと桃色の髪のハーフリングが立ち上がり、声を上げた。彼女は疲弊で青白くなっている顔に嫌疑を浮かべながら、刺々しい語り口でこう言う。


「おまえは本当に風雲さんなの? おまえはその姿を借りてるだけで、あたしたちを一網打尽にしようとしている奴じゃないって保証は有るの?」


 それは尤もな質問だ。レオロはあの場で自分たちを抹殺しなかった事で一先ず疑わない気になったが、あのハーフリングは彼よりも慎重なのだろう。

 問われた風雲は小首を傾げ、顎に手を当て考え始める。だがハーフリングの彼女にとってはそれすらも疑わしく映るようで、握り拳を震えさせながら彼を睨み続けていた。


「そう、だね……ネリネさん」

「何よ」

「キミの一番好きな小説は『少女コウセの非言語革命』だ、って言ってたよね」

「……それの主人公の親友の従妹の恋人の名前は? フルネームで」

「フェーリィ・高松・ユラクス。どうかな?」

「彼の死に様はどんなだった?」

「作中では死ぬ描写は無かったよね。死ぬのは従妹の方だ。二次創作ではよく殺されてるし、勘違いされがちだけど」

「……分かったわ。あなたは間違いなく風雲さんね」


 間違いなく彼が彼本人であると確信したらしい彼女は、態度を軟化させて席に戻った。彼女がそう認めた事で、他の者の警戒心も少し緩んだようだ。


「うんうん、認めてくれて嬉しいよ。積もる話も有るだろうけれど、それは落ち着いた後に、ね」

「ええ。……それで、どうしてあたしたちを集めたのかしら?」


 彼女の纏う雰囲気は柔らかくなったが、その表情は変わらず険しい。口を挟む隙が無いな、とマフラーの端を弄りながら、レオロは彼らの会話を見守る事に徹した。


「それは、キミたちを殺させない為さ。一応“いどのす”の王になったから、H.Y.O.の全貌とかを知る事が出来たのだけど……これが全て真実なら、“いどのす”どもにキミたちを殺さない理由が無いんだ。

 ボクが近くに居れば、すぐに命令を聞かせられるから多分大丈夫だけど、そうじゃないとどう隙を突いて来るか分からない。一先ず彼らとの協定が成り立ったりするまでは、ここに留まる事をオススメするよ」


 命令、という単語で、あの時敵が妙な言動をして戦いから離脱したのは、風雲が何かしてくれたからだろうか、とレオロは思い至る。アレのお陰で生き延びられたのだし、後でちゃんと感謝しておこうか。

 と、その辺りで、バン、と大きな音が響いた。驚いて音の方向に視線を向けると、黒髪の猫耳の少女が床に拳を叩き付けた所が目に入った。一体何だ、と彼は身を硬くする。


「今……協定、って言った?」


 ピンクのハーフリングと風雲の会話を遮るように放たれた言葉には、何処までも屈折した闇が込められていた。物騒な事になるのではないか、と浮き足立ち始める雰囲気の中、風雲はただ悠然と微笑みこう返す。


「うん。それが一番マシな落とし所だよ。正味、今ここに居る皆で力を合わせて徹底抗戦とかしても、死ぬよ?」

「貴方の力が有っても?」

「変わらないね。このまま相手と話し合いを試みず、適当に潜伏とかしてたとしても、隙を突かれてひっそり葬られるのがオチだ。だから話し合って、殺さないでって言わないと」


 そこまで聞くと、黒髪の彼女は天井を仰いだ後、またがくりと項垂れてしまった。それを見、風雲は続ける。


「言っとくけど、キミ単独で彼らに特攻決める、ってのも止めてね? 例えキミ 一人の暴走だったのだとしても、向こうに付け入られる隙になっちゃうから」


 すると彼女はビクッと背を震えさせた後、「分かったよ……」と呟いた。釘を刺されなければやるつもりだったのだろう。彼女と同様の考えを抱えていた人たちが、微妙な視線を彼に向ける。


「一先ず先方との決め事が定まるまでは、静かに生きていて欲しい。なるだけ早く終わらせるし、その後はどうしても良いからさ」

「……はいよ」

「とはいえ、まだ話し合いが出来るかどうかも分からないんだよねぇ。こっちから声を飛ばしてはいるけど完全に遮断されちゃってるし、かといって命令をするのも誠意に欠けるし……。

 ま、ともかく、近いうちに何とかするよ。何か困った事が有ったら言ってね」


 風雲はそこまで言うと、ふわふわ髪を靡かせて皆から少し離れた席に移動し、そこに座って何やら考え込み始めた。話は終わったようだし、とりあえずアージェンの元に戻ろうか、とレオロは徐に立ち上がる。


「……ね、そこの、赤いマフラーの白い人」


 そんな彼を呼び止めるように、誰かの声が掛かる。振り向くと、あのピンクのハーフリングが彼に手招きをしているのが捉えられた。


「何か用か」

「あなた、ジェンさん──アージェンさんの知り合いでしょ? あたしはネリネ、彼女の友達。……友達の友達として、つるまない?」


 だぼだぼの袖をまくり上げ、彼女は右手を差し出す。この瀬戸際でこんな嘘を吐く必要なぞ無いだろうし、信用していいだろう。そう断じた彼は、少し腰を曲げてその手を取った。

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