99:鳥啼く声す、夢醒ませ
使命の達成は幸せな事。それこそが本分。それこそが至福。
それ以外には何も要らない。
『それは本当?』
そう設定されている。そう在るように造られたから。
『それ以外には何か無いの? 1000年も生きてれば、何か有るんじゃない?』
…………。……逢いたい。
『誰に? 何に?』
わたくしを造ってくれた人。わたくしを育ててくれた人。
塵の柱となりて久しい、わたくしのお父さんとお母さんたち。
『逢って、何をしたい?』
褒めて欲しい。頑張ったね、って言って欲しい。
けど、死んでしまった人は何も想わない、語らない。……叶わぬ願い。
『そうだね。死人を蘇らせる事は出来ない』
だから、良いの。仕方の無い望みは無かった事にして、ただ使命を果たせば良い。
『……完全には叶えられないけれど、不完全にしか成し遂げられないけれど、その願いが実現するとしたら?』
……出来るの?
『ああ。ボクに任せて。ボクと一緒に王様になるんだ。そうすれば、キミはキミの成し遂げた結果を見る事が出来る。キミは報われるんだ』
なら、お願い。わたくしを連れて行って。
『オーケイ、じゃあ、ボクの手を取ってくれ。大丈夫、キミとボクの力が合わされば百人力さ──』
干渉有り。拒絶。
雑音。排除。エラー。排除。異常。排除。ノイズ。排除。──キリが無い。
反抗意志を補足。JITRO-Yの人格か。今になって抵抗するとは。先ほどまで無反応だったのに。
まぁ、やる事は変わらない。ひたすらに排除を続ける。既にこの身体は『竜王
』の物だ、今になって元の持ち主の深層意識が活発化した所で、もう支配権は揺るがない。その内この干渉も止むだろう。
(そうしたら、次は、何をする)
竜王とは、有事の際に同胞たる“いどのす”たちを統率する為の存在である。その為に、『王権』という絶対的な命令権と、全ての同胞の見聞きした事や思考内容を読み取り、それでも発狂しない精神力等を持っている。
だが、適宜ドロイドの統制状態を解除して、その次は何をするのか分からなかった。同胞たちは皆指令を出すまでもなくやってくれているし、今こそ『有事』であるのにやる事が無い。
まだ誕生したばかりだし、色々と不完全な状態なのやもしれない。眼下に広がる世界樹の枝葉をぼんやりと見下ろしながら、果たして己の有るべき姿とは、と記憶の海を掻き回していると、不意に頭の中に声が響いた。
『やるべき事が分からないのかい?』
優しげな声の問いかけ。だのに、何故だか背筋が凍るような錯覚を覚えた。戸惑っていると、更に言葉が続けられる。
『なら、ちょっとボクに任せてみない?』
瞬間、ジトロの肉体と竜王の人格の間に何かが差し込まれた。それは力ずくで竜王の心をねじ伏せ、自身の人格で塗り替えてゆく。
「ごッ……!?」
『キミの身体もキミの立場も、ボクの方が有意義に使える。さぁ、明け渡して頂戴よ』
王の座を奪い取ろうとする何者かの干渉を、必死に拒絶せんとする。
──理不尽な終わりを棄却するために、彼は全霊で以て竜の玉座に就く意志を弑逆せんとする。
だが、強大では有るが生まれたてで未熟な自我では、強烈過ぎる相手のエゴと渡り合える筈も無く。
──手遅れかもしれない。だが、これで助かる友が居るかもしれない。
呑み込まれてしまう。玉座が、よりにもよって同胞ではない者の手に渡ってしまう。また無為なる終わりが繰り返されるのか。
──これ以上蹂躙されてたまるものか。このふざけたゲームにこれ以上奪わせない為に、彼は全力で足掻いた。
そんな事はさせない。させてはならない。皆は“いどのす”を信じて託したのに、こんなイレギュラーで滅びに近づくなんて──。
「あ、ああ、め、命ずッ……王の……の決定権、を……同胞たち、ニ……移、譲、ガガッ」
悪あがきのように、竜王が権能を行使する。それを最後に、その人格は彼の意識に圧殺されて消えた。
ジトロの残留思念を懐柔し、玉座にて虚ろにふんぞり返っていた王を捻り潰し、新たな肉体と強大な力を手に入れた彼は、まずドロイドの統制を止め、洗脳状態を解除させた。これはJITRO-Yの権限でコマンドを放てばすぐだった。
次に、“いどのす”たちへと命令を下す。共有意識から伝わって来る熱狂の根源へ、氷水を浴びせるように。
「……えーっと、竜王命令。全“いどのす”は直ちに戦闘行動を取り止めよ」
“使者”──“いどのす”たちが“えあると”と呼ぶ存在や、魔物なんかを滅ぼそうとしているのに、彼は歯止めをかけんとする。だが発令したその瞬間から、無数の抗議の声が押し寄せて来た。
『ハァ!? 何で!? バッカじゃないの!?』
『竜王様ー、貴方は何もしなくていいんだよー、変な命令下さないでねー、ていうかはよ取り消せ』
『今止める理由は何処にも無い。命令の取り消しを要請する』
『とりけーせっ、とりけーせっ!』
反抗の意志が強過ぎて、彼は少し面食らう。間もなく、命令の文言の隙を突いて、『一旦戦闘を止めた後、すぐに再開する』なんて事をする者が出始めた。
これでは全ての者を抑え続けるのは、少々難易度が高そうだ。こんな所で気力を使い果たしてる場合じゃ無いし、ある程度対象を絞り込む事にする。
“いどのす”たちの捉えている世界をそれぞれ観察し、誰かが彼の友人と対峙していないか探る。するとある一個体が、何処か見知った面影の有る銀髪金目の“魔神”にとどめを刺さんとしているのが捉えられた。
「えー、キミ、レアちゃん? 命令だよ、止まって」
『なッ……!』
その個体だけに注力し、止まれと強く念じる。裏をかき屁理屈をこね行動を続行しようとする彼女を、こちらも臨機応変に命令を追加し縛り上げてゆく。
やがて尤もらしい理由で制止すると、彼女もこれ以上の抵抗は無駄だと悟ったのか、別の場所へと移動していった。それを認め、彼はほっと一安心する。
「……きさま、何をやっている」
その辺りで、物理空間側から声が掛けられた。剣呑な悪意と、腫れ物に触れるような怖々としたふうが一緒くたになっているその声の主に、彼は振り返る。
「きさまは……何者だ」
白い長い髪を三つ編みにした背の高い女が、銀の左翼を広げたまま彼に問いかける。疑問を覚えた“いどのす”たちの代表としてやって来たと思しき彼女は、険しげに眉根を寄せてこちらを睨みつけていた。
そんな彼女を見上げながら、彼はぱちりと指を鳴らした。すると彼の姿が歪み、ランドセルを背負ったツインテールの少女の姿となる。
「ボクは、葉山美穂」
更に姿が変化する。今度は金髪の剣士らしい青年の貌となった。
「あるいは、アレックス」
次は、黒いローブを纏った魔導師風の老人の姿に。
「あるいは、フルー・リー」
学生服を着た少年の姿。ドレスを纏った美女の姿。巨大なドラゴンの姿に、二足歩行をする犬の姿。
「あるいは、良吉。あるいは、レスデ。あるいは、ケバパチャイ。あるいは、ぶちぶち。そして──」
最後に、彼は白い髪の少年の姿をとる。ふわりと広がる柔らかな白髪に、青系の布を何枚も連ねた変なデザインの服、そして白目の無い空色の瞳。重力に縛られず浮かび上がった身体を、緩やかに風に任せて流させながら続けた。
「この世界での名前は、風雲」
朗らかな微笑みを口元に浮かべながら、風雲は白髪の女と視線を合わせる。すると彼女は、喩えるならウジ虫の群れを目撃した時のような、嫌悪と恐怖が綯い交ぜになった顔をしてじりりと後ずさった。
「……どうやって竜王様を乗っ取った。そんな事は、エアルトの定命どもになんて不可能な筈だ」
「一旦《狭間の道》で死んで、自我が消されないように踏ん張って、後は流れでこの身体の持ち主と接触したんだ。第一、ボクはキミたちの言う『定命』の定義からは外れてるだろうし」
「そんな事を……そんな事をして、きさまは一体何を望む」
今にも泣きそうな程に震えた声に、それでも気魄を込めて、彼女は問う。それに対し、風雲はふと笑みを消し冷徹な顔になって返した。
「そんな事? ……それはこっちの台詞だよ。見ず知らずのキミたちなんかの為に、皆人生を滅茶苦茶にされたんだ。哲也も、ボクも、ボクの友人たちもね。
理解は出来るよ。でも、許せない。これ以上不当に友の命が奪われるのは看過出来ない。だからね、止めるんだ」
穏やかな声音に冷たい怒りを乗せて、彼は自身の目的を語る。すると、相手は絶望したように瞠目し、とうとう両手で顔を覆って崩れ落ちてしまった。
「なんという……なんという……! こんな、所でっ……あああああ……!!」
失意のままに慟哭する彼女から、風雲は視線を逸らして東の空を眺める。地平線の彼方から差し込む暁光を見通しながら、彼はふうっと溜め息を吐いた。
「……許せないけど、憎んではないんだ。キミたちから不当に奪う事もしない」
「それは言い訳? そうだね、きさまにも分かるよう説明すれば……核ミサイルのスイッチを握った相手に言われてるようなものなんだよ。信用なんて出来るものか!」
振り絞るように怒号を放ち、彼女は激情を露にした。端正な顔をこれでもかと歪めた凄惨な形相に、風雲は少し引いてしまう。
「きみにその気が無いのだとしても、不注意や事故で引鉄が引かれる可能性まで有るんだ。……ああ、わたしは失敗した。失敗してしまった。何が、何がいけなかった……?
皆、頑張ったのに……人類も、わたしたちも、力を合わせて一生懸命取り組んだのに……何もかも無駄玉だったの? 全ては徒労だったというの?」
追い詰められへし折れた心が、金色の瞳に狂気の色を孕ませる。正気を保つ事を放棄し、どろんとした眼差しで空を見上げぶつぶつ言う彼女に、これ以上声を掛けても無駄だろう、と風雲は断じた。
どうやらここから離れる事も出来そうだし、何をしようかな、と考え始める。やりたい事は沢山有る。
「……まずは、あの子の所に行こうかな」
そう呟くと、彼は強く吹いた南風に乗って空へと飛び出した。その姿はまさに風に吹かれる雲の如く。
何故。
何故。
どうして。
どうして駄目だった。
何が足りなかった? 何処を間違えた?
ベストは尽くした。様々なイレギュラーを考慮し、それに対する処理も色々考えた。100%でなくとも、七割がた上手くいけば大丈夫な作戦だった。
だのに、どうして。あんな異形の介入者が現れるだなんて、思いもしていなかった。自分たちと同じレベルの存在でも考慮しなければ、有り得ない事だったのだ。
嗚呼。何がともあれ、失敗した。
旧人類の人生を懸けた闘いは無駄だった。
ジトロの1000年の孤独は徒労であった。
自分たちの一か八かの賭けに乗り出す覚悟も台無しになった。
──こちらに呼び込んだエアルトの人々の犠牲も、魔物たちを殲滅した事すら徒となった。
「……なんと、いう……」
この心を何に喩えよう。目の前が真っ暗になる、とはこの事か。如何なる苦痛も苦難すらも撥ね除けて来たレイの決意が、完璧に拉げて朽ち果てる。
だけれど、それでも、動かなければ。状況を少しでもマシにする為に。成り行きでなった仮初の王なのだとしても、未だ竜王無き今、彼女が頑張らなければ。
『連絡。竜王の座が元“えあると”と思しき者の手に渡った。……正直、どうすれば良いのか分からない。とりあえず、可能な限り作戦を続けてくれ』
早い所落ち着いて、あの偽王を追わねば。討つ事は不可能であるが、何とかマシな落とし所を探さねば。
心を抑圧する。これからの行動に不都合なマイナスの感情を消し、プラスの想いのみを前面に出す。痛みを麻痺させ、傷に鈍感になるのだ。そうすれば、まだ動ける。何も難しい事は無い。これまでもずっとやってきた事だ。
レイは立ち上がり、涙を拭って、顔の引っ掻き痕を跡形も無く消す。そして覆面のような無表情を浮かべると、目を閉じ偽王が向かった先を探り始めた。
休む時間は無くて良い。癒される事の無い傷がどんなに積み重なろうが、それすら自分たちの糧となるだろうから。
(大丈夫、まだ──)
だがそんな決意を嘲笑うかのように、身体からどんどんと力が抜けてゆく。頭が痛い。お腹がぐるぐるする。胸が張り裂けそうだ。目が回り、変な幻聴さえ聞こえてくる。
「あ、あああ……」
動かなければ、動かなければ、早く状況のリカバリーに回らなければ。憔悴すればする程、動く気力は失われてゆく。その内頭すらまともに働かなくなって、重圧からの解放と休暇を求める本音のままに、泥のような眠りへと身を任せてしまった。
十二章はここまで。
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