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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第十二章:嘱託された希望たち
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95:無駄なる崩壊


 ゾグシェーノの王都に、火の手が上がる。炎の魔法が可燃物に燃え移ったのだ。

 崩れた瓦礫の中、奇跡的に生まれた小さな隙間で、翼人の兄妹が震えながら戦いの音が過ぎ去るのを待っている。

 昨日まで善良な市民として、隣人たちに慕われて来たドロイドの一家が、剣を抜き魔法を使い友や恋人を抹殺してゆく。

 そんな惨劇が蔓延する街の中、ジャディスリィの精鋭兵士たちが、生き残りに避難誘導を行う。だがそれも焼け石に水で、回復が間に合わず死ぬ者や、避難所が敵に襲撃されて壊滅したりしていた。

 炎の弾ける音と悲鳴のコーラスが鳴り響く都の上から、数個の人影が現の地獄を見下ろす。この惨事を引き起こした張本人である彼らは、やがて一人を残してそれぞれ別の所へと散っていった。




 会議室の壁一面を覆い尽くす程に広げたマップ画面を見つめながら、ジャディスリィは苦い顔をしていた。つい数分前に始まった、“使者”を殲滅せんとす軍勢との戦況が、想定以上に芳しくないのである。

 まず、魔法の封印現象。これの所為で、魔法使いがただの案山子と化し、傷付いた者が次から次へと死んでゆき、戦場は地獄絵図と化した。ヒーラーが機能しなくなったのが、物凄く痛い。

 次に、原因不明のHP減少。毒ガスの気配もデバフのアイコンも無いのに減り続けるHPは、高レベルでも馬鹿に出来ない量だ。これの所為で、十把一絡げの雑兵たちや一般市民はバタバタと死んでいった。

 それから、ドロイドの叛逆。これが一番まずい。何せ、ジャディスリィの手下には多くのドロイドが居るのだ。勿論その中には、指揮系統の上の方だったり、中枢部の守りを任されている者なんかも居た。

 初めに現れたのはたった数人の竜人だけだったのに、一体如何なるカラクリかドロイドが一斉に刃向かって来た所為で、一気に前線は崩壊してしまった。ここまでの状況に対応する手は用意しておらず、普段は悠然とした笑みを浮かべるばかりの顔にも、流石に焦りが生じていた。


「……本当に、死んでしまうのでしょうか、わたしは」


 脳みそを一杯に使って、作戦を立案しては棄却しを繰り返す。現状を打開する手が思いつかない。ジャディスリィだけ生き延びる事を目的とすればまだやりようが有るが、端末たちを見殺しにしたくないという欲がそれを考えさせてくれない。

 第一、彼女一人でこの場を脱した所で、敵の魔の手から逃げ切れる保証も無い。並のプレイヤーやドロイド程度なら単独でも軽くいなせるだろうが、もしあの竜人に本気で追って来られたら厳しい。

 ジャディスリィの配下のプレイヤーで、のこのこと目立つ高所に出ていた竜人を叩き落とそうとしたが、100lvの精鋭十数人が軽くなぎ倒されてしまったのだ。事前に魔法が使えない事が分かっていれば、もっと他の準備も考えられたのに。

 そして戦いによって死亡し、マップ上から反応の消えたプレイヤーが、リスポーンで帰って来る気配も無い。予想通り、今死ぬとプレイヤーでも蘇れなくなるのだろう。


「ふ、ふふ、こんなに追い詰められたのは、このゲームでは初めてでしょうかね……」


 いつしか、序盤に色々と攻撃魔法に偏重させ過ぎた所為で、大量の雑魚に囲まれ処理が追いつかずリスポーンの憂き目に遭った時の記憶を思い出す。今回はそれよりももっと悪い状況であるが。

 ジャディスリィは魔法使いだ。育成方針や種族特性上HPや物理系のステータスがとことん低く、単独での戦いはどこまでも不得手である。前衛が居てこそ真価を発揮するのだが、今回彼女が護衛に選んだのは、他でもない端末の1だったのだ。

 彼はドロイドだ。誰よりもジャディスリィに忠誠を示していた彼が、謀叛を企てるとは思い難い。故に今回のドロイドの集団発狂は、何らかの洗脳のような物によっていると考えている。


「……竜人の方には気を付けてたんですけどねぇ」


 少し前、アルファルドの首都に沢山のドラゴンらしき影が集まり、何やら騒いでいたという情報が入っていた。故に、天然竜人であるコノハズクを従えるネリネは中枢部から離していたのだが、それよりももっと大規模でどうしようもない爆弾が仕掛けられていたとは。

 部下の裏切りによって終わらさせられるとは、何とも梟雄にお似合いの最期である。全く心震えないが。


(裏切られたくないからこそ、端末からは徹底的に反抗心を奪っていたのに)


 ずたずたにされた指揮系統をどうにか繋ぎ合わせ、生きている部隊を生かす為に動かし、彼女はこの絶望を打開する策を模索し続ける。だがその思考も、ある一つの足音に遮られた。

 ゆっくりとした、静かな一人分の靴音。その音の主が部屋の扉を開けたのに合わせ、ジャディスリィはそちらに振り返った。


「やっぱり来ちゃいましたか」


 そこには端末の1の姿が有った。長槍を携え、心ここに在らずといった虚ろさで佇む彼の姿を見、ジャディスリィは決断を下す。


「ま、ちゃんと保険はかけておきましたし……腹を括りますかね」


 血塗れの穂先が、こちらの心臓へと向けられる。無闇に抵抗すると苦しい死に方になりそうだし、彼女は一切身構えず武器も取り出さず、我が子を迎える母親のように両腕を広げてみせた。


「例え女王蜂が失われても、すぐに次の女王が立てられます。そうなるように状況を整えてきましたからね。

 最早『ジャディスリィ』はわたし一人だけではない。わたしの配下の全てが一つの超個体なのです」


 1は無言のまま彼女の演説を聞いている。その槍の穂先が、微かに震えていた。どうやら、多少は元の人格が残っているらしい。


「流石に今回の出来事で群れの大半が削られてしまいましたが……けども新たな頭といくらかの手下が居れば、いずれジャディスリィは復活するでしょう。

 ま、そこそこ成功したんじゃないでしょうかね、わたしの人生は。もっと時間が有ればもっと盤石に出来たのでしょうが、今でも十分深い爪痕になったと思いますし」


 そこまで語った所で、1が動いた。洗脳を撥ね除けるだけの気力が尽きたのか、やはり閉口したままこちらに突撃して来る。ジャディスリィはそれを避ける事もせず、その身体で以て受け止めた。


「か、はっ……!」


 長大な槍は彼女の薄い装甲を簡単に破り、その胸に大きな風穴を空けた。痛みが許容限界を越え、却って消えて無くなる。

 頭が冷え、息が出来なくなり、刻一刻と死が近づく度に主観時間が引き延ばされていく──これまで幾度となく味わって来た、そしてもう二度と味わう事は無いであろう、死ぬという感覚。


「────」


 何か言おうと口を開くが、肺が破壊されてしまったから声が出ない。叫び声すら上げられず、ずるりと槍を抜かれてその場に崩れ落ちる。胸から上と下が僅かな肉と皮で繋がるのみとなった身体が、有り得ない角度で曲がった。

 延ばされた苦痛の中、彼女は走馬灯を見る。あまり思い出したくない地球での思い出から始まって、忘却の彼方に打ち捨てられていた記憶すら蘇って、やがて現在に帰結する。

 何てあっけない終わりなのだろう。こんな終わり方になってしまうだなんて。最期の言葉をちゃんと飾れなかったのを心残りに思いながら、彼女は薄れゆく視界に1の姿を捉える。


「ジャディスリィ様……」


 彼は感情の無い顔でこちらを暫く見下ろした後、懐から小さなナイフを取り出し、自分の首を掻き切った。自刃し、ジャディスリィの上に折り重なるように倒れる彼の姿を最後に捉え、彼女は目を閉じる。




 ガタガタガタガタ、と絶え間なく全身が震える。こんなに震えていては、近くに敵が来たら物音で気付かれてしまう。レニノは泣きそうになりながら両肩を抱いて、少しでもこの振動を抑えようと身を丸めた。

 戦線の展開と同時に護衛同士が殺し合いを始めて、それから逃れる為にひたすら駆けて、無我夢中で辿り着いた部屋のクローゼットに入り込んでから、どれくらい経っただろうか。エルフの敏い耳は、悲鳴や剣戟の音を余す所無く捉えた。


(怖い怖い怖い怖い怖い……早く終わって……もうやだ、神様、これからは模範的に生きるからどうか助けて……)


 信じてもいない神に、涙ながらに縋る。そうでもしなければ、恐慌のあまり叫びだしてしまいそうだった。

 ジャディスリィはどうしてしまったのだろう。通信機は渡されているが、先ほどから応答が無い。もしかして、彼女も本当に死んでしまったのだろうか。

 そうだとしたら、レニノは一体何に頼れば良いのだろう。誰が信用出来るのかも分からないこの時分に。心細くて死にそうだ。

 今信頼出来るのは誰か、ここから先どうするべきか──思索に耽り、彼女は恐れを忘れようと試みる。逃げる最中見た感じ、味方に手を上げているのはドロイドばかりだったし、ドロイド以外に頼れば良いだろうか。

 だがここには多くのドロイドが配備されている。彼女は事前に見せられた配置表の記憶を呼び起こし、安全地帯を模索し始めた。開けられれば一巻の終わりなクローゼットより、もっと良い隠れ場所は有る筈だ。


(……一階北側のあそこなら、逃げ道も有るし安全かも)


 やがて逃げ込む先に目星を付けた所で、レニノは意識を外界に向けた。目を閉じ耳を澄ませ、第六感までもを総動員して辺りの気配を探る。魔法が使えない今、自前の感覚だけが頼りだ。

 恐怖のあまり逆に冷静に振り切れた思考回路で、目的地に至る為の安全な経路を探る。しつつ、動き出そうとクローゼットの扉に手をかけた所で、この部屋に向かってくる新たな足音を捉え、彼女は硬直した。

 その足音の主は間もなくこの部屋に入って来る。そしてずんずんとレニノの入ったクローゼットに近づくと、ばんと扉を開け放った。


「ひっ!!」

「……おまえは確か、レニノ、だっけ?」


 悲鳴を上げて頭を腕で庇う彼女に、相手はこちらを見上げながら問うた。その言葉に敵意が無い事を察知し、レニノは少し警戒を解く。


「……そう、私はレニノです。貴方は、えーっと……」

「ネリネよ。そっか、おまえ、生きてたのね」


 彼女はジャディスリィの協力者だ。恐らく、少なくとも今は味方だろう。険しげな表情のまま、ネリネは片手を上げ、背後に控える真っ黒な男に臨戦体勢を解かせた。そして、彼女は暫し考えるように腕を組む。


「あの、早く何処かに隠れないと」

「コノハズクがいる限りは大丈夫よ。……おまえ、HP──体力は大丈夫なの?」

「えっ、あっ、はい、特に大怪我は負ってないです」

「……どういう事かしら。エルフだから? コノハズクも平気みたいだけど……なら、いや、真相究明は後ね」


 そう言いながら、彼女はポーションを一本飲み干した。青色をしたそれは、ジャディスリィの麾下で出回る薬のうち最も強力な回復薬だったか。


「おまえに死ぬべき業は無いわ。だから、『おまえをパーティーに入れるわ、良いね?』」

「は、はい」


 よく分からないが、とりあえず頷く。それを認めたネリネが、半透明のメニュー板を操作し始めた辺りで、バンッと部屋の扉が蹴り破られた。


「ひぃっ!?」

「コノハズクッ!」


 引き攣ったキンキン声を漏らすレニノの隣で、ネリネが素早く従者の名を呼ばわった。するとコノハズクは無言のまま両手を掲げ、魔法の障壁と思しき物を作り上げた。


「え……魔法? どうして? む、無詠唱?」

「あたしにも分かんないのよ、こいつがどうして今魔法が使えるのか。ま、使えるなら利用するけど」


 闖入者たちは各々の武器や魔法を使って障壁に攻撃を加えるが、コノハズクの守りはビクともしない。やがて相手も諦めたのか、その場から走って居なくなってしまった。


「……どうやらやり過ごせたようね」

「み、みたいですね……?」


 一先ずは命拾いしたようだ。へたりと座り込むレニノに、ネリネが相変わらず険しい視線を向ける。


「まだ転移も出来ないし、安心している暇は無いわ。立ちなさい、レニノ」

「ちょっと待って……流石に無理……!」

「弱音吐かない! 置いてくわよ!」


 鋭い激励に、レニノはどうにかこうにか立ち上がろうとする。だが安堵に足腰の力が抜けてしまって、上手く自立出来ない。


「……全く、仕方が無いわねっ」


 苦戦するレニノの手を、ネリネがぐわしと掴んだ。そしてその幼女の体躯からは想像も付かないような膂力で引き上げられ、半ば無理矢理立たされる。レニノはその力を借りて、何とか体勢を立て直した。


「あ、ありがとうございます……」

「歩けるわね? ならすぐにでも行くわよ」

「あの、逃げるなら、良い場所に心当たりが有ります。まずはそこへ──」


 駆け出しながら情報共有しようとした所で、建物の外側から不穏な音が響く。何かが高速で風を斬る音──その正体の推測を始める前に、部屋の窓がぶち破られて、その物体が入って来た。


「ヒェッ……!?」

「もうっ、今度は何よっ!」

「わたしです」


 答えになってない返答と共にそいつは硝子の破片を払って顔を上げた。白い長髪を三つ編みにした、銀鱗の竜の左翼を持つ女。その金色の瞳が、驚きのあまり足を止めたレニノたちを射竦めた。

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