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春を忘れて大樹は眠る  作者: 夢山 暮葉
第十二章:嘱託された希望たち
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94:空色映える靄の中


 翡翠の月16日。その日、エジャの街の世界樹広場の地割れから、眩いばかりの光が溢れ出した。

 地震と共に顕れ、雲を貫き天を衝く光の柱は、やがて質量を伴った巨大な大樹の貌(かたち)を得る。所々に機械のようなパーツが見受けられるそれは、しかし伝承にある通りの『世界樹』の雄姿であるようだった。

 神樹は街を覆い尽くす程に枝葉を広げ、そこから放たれる神秘の輝きが陽光の代わりに麓を照らす。それはこの世に息づく者に恩恵を与え、そうでないモノには死を与える光だ。

 1000年の眠りと、1000月の孤独、1000週の苦悶に、1000日の傍観。そして1000時間の再生と1000分間の蘇生を経て、1000秒間の終息が来る。

 物語の終わりは、近い。




 剥き出しの肌に、世界樹の頂上の薄い空気と強烈な日差しが当たる。空気の層に低減されていない太陽光線が、暖められる事の無い風が、聖女の裸体を苛む。

 寒い、寒い、寒い。熱い、熱い、熱い。痛くて苦しいけれど、でもそれももうすぐ終わる。

 強大な力が、凄まじい勢いで流れ込んでくる。手足が痺れて、肉体の感覚が薄れてゆく。ゆっくりと、ゆっくりと、意識が深みへと沈んでゆく。

 大いなる存在と繋がっているという快楽。ジトロという個が少しずつ蝕まれてゆく苦痛。それから、使命達成の時がすぐそこまで来ている事への歓喜。様々が綯い交ぜになった感覚が、形而下のソれを押Si流してyuくのだ。


「ア、アアア……アアああア……」


 この世に存在する全てノ世界樹クローンの親、ユガタルファに根付く神樹ユグドラシルの、1000分間の再生。今行われtEiるのは、その最終段階でAる。

 そノ昔、この地に神樹の種が落ちて来た時、容量不足故に生み出される事の無かった、“いどのす”たちの王。その空の玉座に着くべき意志を、ジトロの自我を核に形成すルのだ。

 だがそれは、いわば魂をuuフォアグラのガチョウのように強制的にiiia肥大化させるようなモノである。そんなaa*a事Oして、ジトロの精神が無00110事でいられるわけが無いa。

 けれどdjjmsも、ジトロは怖くなかった。これで、やっとddnj聖女は“完成”するのだ。有るのは達成感ばかりedl;sそれ以外は必要無い;;;;saaきっと、ジトロを造った人たちも褒めてくれるだ;djjjaaeろう。


「ああ……ア、ッハ、ああア……aaaaa……」


 満たされる事の無かっujippsqた寂寥も、なけなしの思い出も、薄められて消えてしまう。機械である筈の身体が書き*ek;*a換えられ、肉と骨でssseee;:mml形作られたそれへと変化する。そして、時には神とも呼ばれた彼らの輪に包み込まedm**れてゆく。

 意味の籠らない声を漏らしながら、聖女はその瞳をaajjczv;x閉じる。そして最後に一つkrsea;の命令aammmdoをドrおiドたちへと飛ばして、そのまま意識を手放ll;axbvv>した。




『必要無いなら、さ』


『ボクに譲ってくれないかな?』




 とある人里離れた森の奥にある、普通の大木の洞の前にて、アージェンは晴嵐の拘束を行っていた。

 特製の手錠で後ろ手に拘束し、鎖で両足をその辺の根っこに繋ぎ、詠唱が出来ないように声帯を潰す。ついでに頭のコードもチョウチョ結びにしてしまった。仲間にこの処置を施すのは精神的にキたが、彼を守る為だ、と自分に言い聞かせて黙々とこなす。


「……拘束はこんなもんか。ここに一週間分くらいの水と食糧を置いておくよ」


 ちらり、と葉っぱで隠して置いてある箱に視線をやる。出ない声の代わりに頷く晴嵐を、古木の根元の洞へと押し込み、その上に数枚の毛布を掛けてやった。


「怖いだろうが、堪えてくれよ、晴嵐。大丈夫、絶対にまた生きて落ち合おう」


 こくこくと何度も頭を縦に振る彼の瞳には、抑えきれない涙が浮かんでいた。その目元を軽く拭ってやった後、アージェンはその場を立ち去る。

 晴嵐自身には伝えていないが、近くの木の上には定められた時間に発動する回復魔法の魔法球が設置されてある。1000秒間が終わった後に、晴嵐の声帯を癒すためのものだ。それが有る限り、折角やり過ごせたのに飢え死に、なんて事にはならないだろう。


(打てる限りの手は打った……最早天命に任せるのみ、か)


 魔法球がちゃんと有る事を確かめて、アージェンは転移を発動する。飛んだ先は籠城地点の掘建て小屋の前だ。彼女の気配を察知し、小屋の中に居たレオロが姿を現す。


「終わったか」

「おう。後はまぁ、祈れ」

「……この場合、何に祈るのが正解なんだろうな」

「んー……運命とか、勝利の女神的なサムシング?」


 軽く笑いつつ会話を交わす。そうする事で少しでも緊張を解こうとしながら、作戦通りの配置に着く。とはいえ手の込んだ布陣をするわけでもなく、小屋から離れた所で二人並んで佇むだけである。

 インベントリから装備やアイテムを取り出して身に付けて、刻一刻と進む時計を注視する。1000秒間が始まる推定時刻に夜である場所を選んだから、レオロも全力を出せる筈だ。

 懸念としては、1000秒が終わった後も敵が撤退してくれない場合が有る。正直、その場合に打てる妙手は無く、出来るのは精々全力逃走くらいだ。そうならないのが一番良いのだが。


「あとどれくらいで始まるんだ?」

「計算が間違ってなけりゃ、後一時間以内には。……いよいよなんだよなぁ、はー……」


 迫るタイムリミットに昂る神経を鎮めながら、何度も何度もやり残しが無いかの確認作業を繰り返す。フュールはイーアイレアにて避難中、晴嵐は先ほど縛って来た。メモに書き出して一つずつやって来たし、大丈夫だとは思うのだが。

 手持ち無沙汰にメイスを振ったり、深呼吸をしたりしながら、その時がやってくるのを待つ。そうして大体20分程経った所で、ふと目眩を覚えた。


「うえっ」


 次いで、尋常でないレベルの頭痛や腹痛、吐き気等が生じる。レオロも同様の体調不良に見舞われているようで、呻きながらその場に踞っていた。

 この異常事態に、アージェンは反射的にメニューを開き、自分たちのステータスを呼び出す。幸い、それは問題なく使えた。その事実に一安心しつつ、HPが物凄い勢いで減って行ってるのを見て青ざめる。


「……始まった、っつー事か」


 レオロにリジェネ薬や回復薬を手渡しつつ、自分もポーションを一気飲みする。状態異常のアイコンは無く、毒ガスが充満しているふうも無いのに、容赦無くHPは減り続ける。不可視の攻撃でもされているのだろうか。

 また、同時に一部の植物が枯れ始めているのも捉えられた。流石にそこまでは予想外で、アージェンは瞠目する。異界の存在であるならば、植物さえも殲滅対象だというのか。

 回復手段を持たない低レベルの魔物では、ひとたまりも無いだろう。こんな攻撃が出来るのならば、世界中の魔物を絶滅させるという大言壮語も、現実味を帯びる。


「なぁ、アージェン……大丈夫か」

「別に仔細無し、予定に変更は無いよ。……しっかし、キツイな、これ」


 減り続けるHPを、ひたすらポーションで補う。だが苦痛までは軽減されないので、絶えず集中が乱されてしまう。外傷による痛みとは別種の疼痛に、アージェンはギリギリと歯を噛んだ。

 敵はまだ来ない。それもそうだろう、まだ殲滅戦は始まったばかり、たった二人の対象が居る所より、もっと一杯“使者”が居る所を優先する筈だ。叶うならば最後までお目こぼしがされれば良いのだが。


「さて、そろそろ身構えるかね……《魔性開放》」


 一部の装備を外して、魔性の異形へと変化する。今回は舐めプをしていい相手ではない、最初から全力全開で対応するつもりだ。

 巨大化した右手を握りしめながらマップ画面をねめつける彼女の隣で、レオロもマフラーを整え剣を抜く。金と紅、二対の双眸が闇夜に煌めいた。


(頼む、何も来ないでくれ……)


 メニューの放つ青白い光と、群雲のかかった真円の満月を頼りに、二人は暗い暗い木立の中を見通す。眠りに落ちた野生動物の気配と、眠るように死んでゆく魔物の反応が、マップ上に映し出されていた。

 静かだ。夜行性の獣の足音と、この森の向こうから届く細波の音だけが響いている。植物が枯れたり、自分たちのHPがゴリゴリ減っているという事実が無ければ、本当に何も起きていないかのようだ。

 だけども、人の居る所やドロイドの居た所では、きっと大惨事が起きているのだろう。野次馬をしに行く暇も余力も無いが。

 ──瞬間、動きが有った。マップ上に突如として新たな反応が出現したのだ。


「レオロ、あんたから見て三時方向」

「おう」


 変質した声で伝える。その反応の方を見やりつつ、背中合わせの状態で周囲をくまなく警戒していると、やがて相手が姿を現した。

 それは女の姿をしていた。長い黒髪と銀の目、そして額から伸びる二本の白い角。ゆったりとしたローブを纏った佇まいは、無警戒の至りのように隙だらけである。


「コーんにーチわー」


 間の抜けた挨拶をしながら、彼女は右の口角だけを裂けんばかりに上げた。肌の色は常識的だし、角以外に異形は無いのだが、だのに彼女の放つ存在感は重かった。左右非対称の奇妙な表情が、そこに不気味さというスパイスを加える。


「……A侵食・融和ケースをベースとシた“えあると”と、凍える冥府ノ星のモノ──いヤ、違う? ウィナンシェに適応しタたイプ? そんナのが……ウワ、前例有んのカよ……。

 スゲーなー、珍シーなー、でも、殺サないト怒らレルからなぁ……アーア、勿体無い」


 何とも形容し難いおかしな抑揚の台詞と共に、相手は近づいて来る。周囲に伏兵の気配は無い。たった一人でアージェンたちを殺しに来たようだ。

 やがて女はある間合いで立ち止まり、冷徹な視線でこちらを射抜く。それに対し、アージェンはインベントリに左手を伸ばしつつ、右腕で前方をガードする構えをとった。


「まずは手筈通りにだ。良いか、目的は生き残る事だからな」

「ああ、分かってる」


 二人は小声で示し合わせつつ、真っ直ぐに敵の姿を見据えて相手の出方を窺う。しつつ、アージェンは左手にナイフを取った。


「マ、話はコレで仕舞いにしヨウか。……森羅万象ヲ見通す神樹イレアの化身の片割れ・レア、推しテ参る」


 瞬間、相手の視線に殺意が籠った。先ほどと何ら変わらぬポーズであるにも関わらず、威圧感がどっと増す。その状態のまま、レアと名乗った“いどのす”はあくまで悠然と一歩踏み込んだ。

 その足音がした刹那、アージェンは左手のナイフをある一点目がけて投擲した。小さな刃は一つのロープを両断する。

 すると、そのロープで固定されていた物が、物理法則に従って動き出した。それは即ち、大きな丸太を振り子状としたトラップである。木立の中から奇襲のように迫る丸太に、相手は驚き硬直した。


「死ねぇ! ゴートゥーヘェェェル!!」


 そして放たれたアージェンの雄叫びと共に、丸太がレアを横殴りにした。衝撃音と彼女の悲鳴が一緒くたになった音がして、その身体が思いっきり吹き飛ばされる。


「うギッ……!」

「ハハッ、神だか世界樹だか知らんが、このアージェン様をやすやすと殺しきれると思うなよ?」


 右手の中指を突き立て、面白いように飛んでいった相手を挑発する。とりあえず物理攻撃は効くようだ。殴ったり飛ばしたりが出来るなら、時間稼ぎもグッと楽になる。


「い、いっツゥ……コの、小癪ナ!」


 噛ませ犬のような台詞を吐きながら、相手は立ち上がる。丸太はその横っ面にクリーンヒットしたようで、口の端から赤い血が垂れていた。

 彼女は怒りと羞恥に顔を真っ赤にさせて、こちらに突撃せんと駆け出す。だが今度は草を結んで作っておいた引っかけトラップに足を取られ、その場でずっこけた。


「ぶっ、フッ……!?」


 そうして顔面から地面に激突した彼女は、丁度その場に掘っておいた落とし穴に落ちていった。それを認め、アージェンはインベントリから大岩を取り出し、敵の落ちた穴に蓋をする。

 穴の底には大量の槍を仕込んであるから、ただの土の牢獄だとしても少しは動きを封じられる筈だ。形容し難い慟哭が漏れ聞こえる中、アージェンとレオロは共に駆け出す。


「ここまでは計画通りか……えげつねぇな……」

「はっはっは、褒め言葉ありがとう。さぁ、どんどんやってこうか。ありゃ一分持ちゃ良い方だ」

「……あれでどうにかなるなら、罠なんか仕掛けずとも真っ向から叩き潰せるわな」


 足並みを揃えて走る呼吸の合間に、二人は言葉を交わす。マップ上の敵対反応が、物凄い早さでこちらに向かって来ているのを捉えながら、次のトラップ設置地点へと急いだ。

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