【第五幕】ざまあ ―― 穏やかな逆転
五日後、馬の足音が聞こえてくる。
速い。昨日も今日も雨だったので、畑の端で作業していた僕はすぐには気づかなかった。フィアが「あ、この前の人だ」と言って、顔を上げる。
ソニアが馬を止めて、飛び降りる。顔色が変わっている。
「全員、回復した」
息を整える間も惜しそうに、真っ直ぐこちらを見る。
「軽症も、重症も」
僕は手を止める。
「よかった」
それだけ言う。他に言葉が出てこない。本当に、よかった。
ソニアが一度だけ目を閉じて、また開く。膝をつきそうになるのを堪えているように見える。
「在庫はどれだけありますか。王都には今、患者が四千人います」
畑を見渡す。ブラックリーフの列が秋の光の中に並んでいる。収穫できる株、まだ早い株、次の世代に残す株。頭の中で数が動く。
「百人分くらいなら、今すぐ出せます」
「百人」
「量産するなら、二週間ほしいです。フィアにも手伝ってもらえれば、もう少し早くなるかもしれない」
フィアが「もちろん」と言う。聞く前に答えが来る。
「それと」
ソニアを真っ直ぐ見る。
「価格はギルドの通常相場でお願いします。ただし、精製と配合はここでやります。製法は渡せません」
「……理由を聞いてもいいですか」
「フィアの将来の生活費にしたいので」
フィアが「え」と声を上げる。隣を見ると、目が丸くなっている。
「先生、それ、聞いてない」
「今言った」
「それ先に言ってよ」
ソニアが小さく笑う。初めて見る表情だ。
「わかりました。条件、呑みます」
その翌日のことだ。
見知った顔が村に来る。
エミルだった。パーティの面々も一緒だ。みんな、少し疲れた顔をしている。王都で灰熱病が流行っている間、ずっと動いていたのかもしれない。
エミルが畑の前で足を止める。
僕の顔を見て、固まった。
「リ、リオン……?」
「久しぶり。どうしたの」
エミルの顔が赤くなる。視線が泳いで、地面に落ちる。「あの時は……その」と口が動くが、続かない。
待つ。
エミルは結局、何も言えない。
「怒ってないよ」
僕は言う。
「あの選択は間違ってなかったと思う。瞬時に回復できる魔法の方が、今のパーティには合ってる。それは本当のことだから」
少し間を置く。
「ただ、ここは気に入ってるから。戻るつもりはないかな」
エミルがゆっくり顔を上げる。何か言おうとして、また止まる。
フィアがエミルをじろりと見る。
「リオン先生を追い出した人?」
エミルは答えられない。
「帰っていいよ」
短い沈黙がある。
エミルは一度だけ深く頭を下げて、それから何も言わずに踵を返す。パーティの面々がその後に続いていく。誰も振り返らない。
足音が遠ざかっていく。
フィアが「もう少し何か言ってやればよかったのに」とぼやく。
「十分だよ」
本当にそう思う。
僕は畑に戻る。ブラックリーフの一株に触れる。
〈雨上がりで気分がいいらしい。〉
「そうか。よかった」
手を動かしながら、量産の段取りを考え始める。二週間あれば、四千人分には届かなくても、かなりの数が出せるはずだ。フィアにはデビルモスの列を任せよう。
やることが、ある。
それだけで十分だ。




