【第四幕】波乱 ―― 王都からの使者
半年が経つ。
畑はすっかり落ち着いた。春に植え直した株が根を張って、夏を越して、いまは秋の終わりの色をしている。ブラックリーフは三列から五列に増えた。デビルモスは今年、花をつけるのが少し遅い。アイアンベルは相変わらず気難しく、隣に何を置くかで機嫌が変わる。
〈今日は上機嫌だ。昨日、少し離してやったのが良かったらしい。〉
鼻歌でも歌い出しそうな気配がして、少し笑ってしまう。
王都で病が流行っているという話は、行商人の口から聞いた。「灰熱病」というらしい。高熱が続いて、全身が灰色に変色していく。回復魔法が効かない。死者が出始めている。
気になったが、手元に情報がなさすぎた。しばらく様子を見ることにして、その日は棚の整理をして終わる。
その翌週のことだ。
村の入り口の方から、馬の足音が聞こえてくる。
旅慣れた様子の女性が一人、村に入ってきた。年は二十代半ばくらい。背筋が伸びていて、腰に薬師ギルドの紋章入りの鞄を提げている。目が鋭い。何かを探している目だ。
村人に何か聞いている。
全員が、畑の方を指さした。
女性がこちらに歩いてくる。畑の入り口で足を止めて、中を見渡して――そのまま、黙った。
しばらく何も言わない。
僕は株の間に屈んで根の状態を確認していたので、気づくのが少し遅れた。顔を上げると、柵の外に知らない人が立っている。
「あ、いらっしゃい。なにか探してますか」
女性がこちらを見る。
「……あなたが、この村の薬師?」
「はい」
「これ、全部ブラックリーフ?」
「大半は。奥の列はデビルモスです」
女性はもう一度、畑を端から端まで眺める。何かを計算しているような目だ。
「品質が、おかしい」
「そうですか」
「王都のギルドで管理している農場より、明らかにいい。なんでこんな辺境に」
褒められているのかどうか判断に迷って、とりあえず「ありがとうございます」と言っておく。
女性が我に返ったように息を吐く。
「失礼。薬師ギルドの調査員、ソニアといいます。灰熱病の解毒薬を探して各地を回っている」
「灰熱病」
「ご存知?」
「行商人から少し聞きました。回復魔法が効かないと」
ソニアは頷いて、症状を説明し始める。高熱、全身の灰色化、そして体の内側から固まっていくような感覚を患者が訴えているという。通常の解毒薬も試したが効果がない。原因がわからない。
聞きながら、頭の中で何かが繋がっていく。
体の内側から固まる。回復魔法が効かない。灰色化。
固まる、というのが引っかかる。
「少し待ってください」
棚に向かって、小瓶をいくつか手に取って、また戻す。三本目を持ったまま、少し考える。去年の秋に仕込んだブラックリーフの抽出液。毒素を段階的に中和して、凝固阻害の作用だけを残したもの。試したことはないが、理屈の上では――。
「これを、試してみてもらえますか」
ソニアに小瓶を差し出す。
「ブラックリーフの毒素を中和した抽出液です。灰熱病の原因が体内の異常凝固なら、これが効くはずなんですが」
ソニアが小瓶を受け取って、中を透かして見る。
「……根拠は」
「症状の話を聞いて、そう思いました。ただ、確信はないので、軽症の患者さんで試してもらえると助かります。何かあってからでは困るので」
ソニアがこちらをじっと見る。疑っている目ではなく、測っている目だ。
「あなた、名前は」
「リオン・クラウスです」
「ギルド所属は」
「今はしていません」
また少し間があった。
ソニアは小瓶を鞄にしまって、「わかった、試してみる」と短く言った。踵を返しかけて、もう一度こちらを見る。
「……もし効いたら、また来ます」
「はい。お気をつけて」
馬が走り去っていく音を聞きながら、僕は畑に戻る。
アイアンベルがまた機嫌を変えている。
〈隣が気に入らないらしい。〉
「わかった、少し動かしてやる」
手を動かしながら、小瓶のことを少し考える。
効くといいな、と思う。ただ、それだけだ。




