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第二話 ガール・ミーツ・ガール

 目の前の銀髪美少女の向こうで、怪物が再び巨体をのっそりと動かしていた。


 「もう再生し始めていますね。」


 近くで、再び爆発が起きる。怪物が暴れたせいで、周囲一帯では漏電やガス漏れから至るところで、火災や爆発が連続的に発生していた。


 「ここで貴女を守りながら戦うのは、やはり不利ですか......」


 ミツキと視線がぶつかる。


 ミツキは落ち着いた動作で、取り出した袋の様なものに、黒い剣を収めると、背中に回した。


 不意に近づいてきたミツキに腕を掴まれて、いたっと小さく声が漏れる。


 身体がふわっと浮かんだと思ったら、ミツキに抱きかかえられていた。


 「しっかり掴まってて下さい。跳びます......」


 「え?ちょっとーー」


 次の瞬間、視界が流れる。


 地面が遠くなって、景色が横にぶれる。風が頬を叩く。


 怖くなって、ミツキに自分から抱きついていた。見たまんま小さく細い肢体のどこに、その力が宿っているのかーー。あたしは何も理解出来ないまま運ばれていく。


 ーーすごく速い……。


 人の間をすり抜けて、瓦礫を避けて、段差を乗り越えていく。


 まるで迷いがなく風をきる。


 どこかでまた、爆発する音が聞こえるけど、確認する余裕もない。ただ、抱えられたまま、あたしは息を詰まらせる。


 ミツキの髪が風に揺られていて、その横顔が、やけに近かった。


 視界の端に、階段が見えた。ミツキはワンステップで方向を変えると、地下への階段へと体を滑り込ませる。


 さっきまで居た辺りでは、まだ音が続いていて、近くでもパニックになった車がぶつかる音や、人の怒鳴り声が聞こえてくる。


 「……行きましょう。まずは貴女の安全を確保しないと……。」


 ミツキが、そっと下ろしてくれた。


 地下に入って、音が遠のいたことで空気が変わったように感じる。他にも同じ事を考える人は多く、地下街は人でごった返していた。地下特有の匂いと、人の匂いが混ざり合って、いつもより鼻にツンとした匂いが漂っている。


 「こっちだ!早く!」

 「なんなんだよあれ!?」

 「とりあえず、中に入るんだ!」


 あたしたちの後にも、人が押し寄せてくる。みんなどうして良いか分からなくって通路に入ると立ち止まってしまう。泣いている子供や、スマホを片手に必死に情報をつかもうとしている人たちもいる。


 ざわざわとした声が、止まらない。


 「さぁ、足を止めないで下さい。もっと奥まで行き安全を確保します。」


 ミツキに促されて、歩き始める。何度も人とぶつかる。足が、少しだけもつれる。


 ーー何とかしないと……。


 足を止めないようにしながら、スマホをバッグから取り出す。画面をみるけど……圏外。Wi-Fiも繋がってない。何度か、画面を見直してみるけど、やっぱり繋がらなかった。大勢が一斉にアクセスするから回線がパンクしているんだ。


 どうしても不安を拭えなくて、目を泳がせてしまう。定まらない視点のまま、考えもまとまらない。


 なぜ?どうして?考えがぐるぐる回って、ただ引っ張る手について行く。


 そう思ったときに、視界の端にひときわ人だかりが出来ているのが見えた。そしてその奥にテレビの画面が視界に入る。自然と足が止まる。


 「どうかしましたか?先を急いで頂きたいと……。」


 ミツキも言いかけて、止まる。


 そこは、地下街に入る中華料理店で、古いテレビが備え付けられていた。


 テレビには、炎と煙が上がる街の様子が映し出されていた。ヘリコプターからの映像からは、集まった警察官が避難誘導したり、怪物に対して発砲している姿。


 「うそだろ……。」

 「なんだよあれ……。」

 「警察、何やってんだよ!早く殺しちまえよ!」

 「ねぇ、自衛隊は?なんで、まだこないの?」


 怒鳴り声と、不安と、苛立ち。


 感情が全部、入り混じって、渦巻いている。


 テレビの中では、警察官が銃を構えている。


 発砲。


 でも、止まらない。さっき見たのと、同じだ……。


 「参りましょう……」


 ミツキの声に、はっとして振り返る。思わず、声に出してしまう。


 「待って!」


 腕を引く。


 「ねぇ。何か知ってるなら教えて。あの怪物はなんなの?未来ってなに?」


 言葉が止まらない。


 頭で、ぐちゃぐちゃになっていたものが、一気に溢れ出してしまう。


 「なんで、あたしがこんな目に合わなきゃならないの?なんで、あたしを……もう……やだ……」


 自然と涙が溢れてきてしまう。


 「いまのって……」

 「何?あの人何か知ってるの?」

 「背中の、あれって何?」


 不穏な空気が、少し流れ始める。


 ミツキが強引に腕をひき、わずかに痛みが走る。


 「詳しい話はお伝えしますので、どうかこちらに。」


 顔を耳元まで近づけてくる。吐息が耳に当たり、驚いて涙まで止まってしまう。


 「ちょ、ちょっとなんなのーー」


 抵抗する間もなく、人混みから引き離されていく。


 その時、テレビの画面が再び視界に入る。その中で怪物の姿が、ブレるように消えていく。


 ーー消えた??


 理解がつかないまま、角を曲がりテレビが見えなくなる。


 見ていた人たちからの、驚きの声だけが耳に残った。


 「……こちらです。」


 ミツキが扉を押す。


 そこには関係者以外立ち入り禁止、と書かれていた。迷う暇もなく中へと、引き込まれた。


 地下街と違って、中は静かなものだった。ミツキはずんずんと、進んで行って倉庫のような扉を見つけると、更に入って行った。


 「ここなら、お話ししても大丈夫でしょうか……」


 ミツキは、中に人が隠れていないかを確認しながら呟いた。


 さっきまでのざわめきが、嘘みたいに静かだ。薄暗い部屋に、コンクリートの壁の無機質さが少し不気味に感じた。かすかな機械音と二人の息遣いだけが耳をさわった。


 ミツキの顔が、こちらを向く。


 「大丈夫そうですね……。ここならしばらくは、安全です。」


 ーー安全?安全って何?


 淡々とした話し方。ミツキの息遣いに乱れはなかった。


 「状況を説明します……。」


 ーーやっと、分かるのかなぁ?


 だけど、不安は拭えなかった。


 「お願い……教えて。」


 喉が乾いて、ヒリヒリと痛む。さっきまで走っていたからだけではない。理解出来ないことが多すぎて、頭の中がずっとざわついている。


 ミツキは落ち着いた表情で、頷いた。


 「まずは信じてもらえないかもしれませんがーー私は100年後の未来から参りました。」


 ーー100年後。


 言葉の意味は分かる。


 分かるはずなのに、現実と結びつかない。


 頭の中で、数字だけを反芻している。あまりに乖離しすぎていて、理解が及ばなかった。


 ーーなら、あの怪物は?


 見てしまったものを否定は出来ない。何か返そうとしたけど、言葉が出てこなかった。


 「先程、貴女を襲ったのは、反体制派の人間が作り出したバイオ兵器。KーTー003型、特殊兵装ステルス兵ーー“レオナルド“です。」


 今度は、知らない言葉が増える。


 反体制派?バイオ兵器?型式番号?


 まるで、どこか別の世界のお話みたいに、淡々と並べられる。


 「戦闘能力自体は高くありません。しかし再生能力と潜伏能力に優れており、極めて厄介な個体です。」


 ……戦闘能力が高くない?あれで?


 ビルを壊して、人を吹き飛ばして、銃も効かなかったのに、あれで弱いの?


 「それで……なんで、あたしが狙われなきゃならないの?」


 声が少しだけ震える。涙がまた浮かんでくる。


 さっきまでは、いつもと変わらなかったのに……。今日だって、本当は莉奈と買い物して、甘いものでも食べて、お喋りでもして……。


 「貴女が狙われているのは、貴女の未来に関わることです。しかし私に、それをお伝えする権限を与えられていないので……。ごめんなさい……」


 表情を変えないミツキに影が差した気がした。


 「それでも、貴女の命を狙っているのは、あちらです。そこだけは信じていただければ……」


 言い淀むミツキに、苛立ちが募る。


 「なんで教えてくれないの!なんで殺されなきゃいけないの!なんで!なんで……!」


 それまで、押し殺していた感情が、とめどもなく流れ出る。狭い倉庫の中で、あたしの声がやけに響いた。


 「ーーごめんなさい……」


 ミツキの言葉に力はなかった。


 「……あいつは?……あの怪物の事も話せないの?」


 そうだよね。あたしの事は話せなくても、あいつらの事なら聞いても大丈夫なんじゃない?さっきもバイオなんたらとか、教えてくれてたし。


 「かしこまりました。それなら、貴方自身の事に直接かかわらない事ならお話出来ます。」


 「お願い……」


 座りましょうと、ミツキから勧められて壁を背に腰をおろす。


 ブウンと機械の音と、鼻をすする音が続く。ミツキは、あたしが落ち着くまで待ってくれていた。


 「……あいつは、なんなの?教えて……」


 「先程も申し上げましたが、今から100年後の時代のバイオ兵器です。100年後の世界は2つの陣営に別れて戦争をしており、あの“レオナルド“は、反体制派の作り出した生体兵器の一つです。」


 ーーセイタイヘイキ?


 「生体兵器とは、生物を元に遺伝子操作や薬物強化により作り出した戦争の道具になります。」


 「なんで戦争なんかしているの?」


 「100年後の世界では、たび重なる戦争で資源が枯渇している事により、地球を保全しようという統一政府と昔の生活を取り戻そうとする反体制派による戦争が続いております。」


 今の時代だって戦争がないわけじゃない、日本にないだけで世界のどこかで戦争が続いてるっていうのは、あたしだって知っている。だけど、100年経っても戦争が続いているだけではなく、そんなに酷いことになっているなんて。


 ーー信じられない。


 その一言が喉元まで出かかった。結局それを言ったところで何も変わらない。


 「反体制派は早期決着を目論み、今から約80年後に多数の核ミサイルを含む、大量殺戮兵器を使用しました。そのダメージは凄まじく、両陣営に多大な被害を出し、地球そのものにも甚大な被害をもたらしました。」


ーー核ミサイル?なんて愚かなんだろうか?そんな事すれば、どうなるかなんて、あたしでも分かるのに。


 胸にじわりと嫌な気持ちがにじむ。


「それでも決着はつきませんでした。そこで彼らは秘密裏に開発していたタイムリープを使いーー」


ミツキが言い淀む。


「それで、あたしを殺しに来たんだぁ......」


 あたし、そんなに悪いことするのかなぁ?

 あたし良い子にしてたつもりなんだけどなぁ。


 無意識に前髪を触る。あんなに綺麗に揃えたのに、もうくしゃくしゃだ。


 「あっ......。」


 右のヘアピンが1つ無くなっていた。お気に入りだったのになぁ。


 「どうかなさいました?」


 ヘアピンが刺さっていた髪を、耳にかけて何でもないような素振りをする。


 「......それで、あなたは守ってくれるの?」


 さっきまでの恐怖が蘇えった。気持ちを落ち着かせようと、身体を丸め、腕をさする。


 「その為に参りました。私に貴女を守らせて下さい。」


 少し顔を上げると、ミツキの長いまつ毛が上を向いていて、その下の瞳が真っ直ぐ、見つめ返してくる。


 「あの怪物に勝てるの?」


 あたしは少しなげやりに呟く。


 家ぐらい大きな身体で、ビルも壊して、銃も効かない。

 確かにミツキは怪物に怪我させたし、逃げる時には鳥みたいに飛んでた。


 でも、それとこれは別。


 やっぱり勝てるとは思えない。きっとずっと追われ続けて、逃げて、隠れて生きていかなきゃならないんだ。


 「勝てます。」


 ミツキが、おもむろに黒い剣を袋から取り出す。

刃の表面が、キラキラと光を反射させている。


 それは、あの時に怪物を切り刻んだものだった。


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