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「お前を、この異世界から排除《ドレイン》する……」 ー内閣府裏デジタル庁異世界転生救済課活動記録簿ー  作者: ねず ただひま
同始異終(どうしいしゅう)の章

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木下 栄次郎

えんじゅ



 ワシが班長になったばかりの頃だった。ある日、班の中で唯一の女性メンバーの山蘭さんらんが、事務所に入ってくるなりとんでもないことを口にした。


えんじゅ班長ッ! わたし、ママになります!」


 突然、そう宣言されたワシは、飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出してしまい、デスクの上を茶色に染めてしまった。

 

「わわわ! 何してるんですか班長ッ!? 汚いなぁもう!」


 山蘭さんらんは慌てて湯沸室から布巾を持って来くると、ワシの机の上の掃除をはじめた。


「す、す、すまん! で、なんじゃって急に!? 子どもができたんかお前!?」


 動揺するワシをよそに、山蘭さんらんは無邪気な笑顔を見せた。


「そうで〜す! 出来たので〜す! あ、でも結婚はしないし、仕事も続けますからね」


「はぁ? 相手の男は責任取らんつもりか? お前、それでええんか?」


「え・え・ん・で・す。私が妊娠した事を告げたら、彼、実は家庭を持ってたって言い出したんですよ〜。で、認知出来ないから堕してくれって言われました」


 あっけらかんとした山蘭さんらんの態度に頭が沸騰しそうになった。


「はぁぁぁ!? なんっっっじゃそれ!? その男どついたるわ! ここに呼べや!」


 腕まくりをして憤慨ふんがいするワシを、山蘭さんらんは両手を伸ばしてなだめた。


「だからいいってば! わたしが納得してるんだから」


 責任も取らず、舐めた事ぬかすその男にも、若さ故に考えが甘い山蘭さんらんにも腹が立った。

 山蘭さんらんは孤児院育ちで天涯孤独の身であり、出産と育児をサポートできる親族はいない。

 そんな彼女が、この仕事をしながら一人で子どもを産んで、一人で育てるなんて絶対に無理だと思ったからだ。


「わたし、産みます! これから戦うシングルマザーになるんですよ!」


 自信ありそうに胸を張る山蘭さんらんに、ワシは不安を覚えた。彼女は事務方ではなく、体を張って異世界へ行く現場の人間だからだ。

 ワシは山蘭さんらんに、『はなぞの製菓』や『医療班』への異動を勧めたが、がんとして聞かなかった。

 あくまで現場で人助けがしたいのだと言い張るので、ワシは仕方なく承諾してしまった。


——————



 山蘭さんらんのお腹は次第に大きくなってゆく。つわりで体調が悪くても決して弱音は吐かなかった。任務にはワシが必ず付き添い、なるべく無理をさせないようにした。

 彼女は妊娠前と同じパフォーマンスで仕事をこなした。異世界へ乗り込んで救出対象者ドリーマーを連れ帰り、追ってきた追跡者トラッカーは得意の薙刀を使って炭化させた。



——————


 定期検診も一緒に来てくれと言うもんだから、ワシは仕方なく産婦人科へ行くようになった。他の妊婦や病院のスタッフからは、歳の離れた夫だとよく勘違いされた。

 何度目かの検診で、子どもの心臓に疾患があると告げられると、山蘭さんらんは大事を取って予定よりも早く休職するようになる。


 暫くすると予定日より、ひと月以上も早く出産する事となり、連絡を受けたワシは病院に駆けつけた。山蘭さんらんは小さな女の子を産んだ。

 その子はやはり心臓機能に障害があり、すぐに様々な器具が取り付けられる。

 結局、山蘭さんらんは娘をすぐに抱くことはできず、子どもは長く病院に居る事となった。入院している間、その子にはすみれと名前が付けられた。


——————


 産後から二ヶ月が経ったある日、すでに現場復帰していた山蘭さんらんから連絡が入った。


えんじゅ班長ッ! 娘の病院に来てくださいッ!」


 ワシはすみれの一大事じゃと思い、慌てて病院へ駆けつけると、そこには初めてすみれを抱いて微笑む山蘭さんらんの姿があった。

 すみれの体調が良くなってきたので、ようやく面会が叶ったのだという。


 窓の外からの明るい光が、母となった山蘭さんらんを祝福するかのように照らす。その姿はとても美しく、同時に儚くも見え、自然と涙が頬を伝った。


「出産の時もそうだったけど、班長って涙腺ガバガバすぎですよね」


「やかましいわ、年とったら色んな部分がゆるくなるんじゃ……」


「ふふ……ほら、すみれ、泣き虫のっぽのオジサンですよ〜」


 山蘭さんらんは笑いながら自分の目尻をぬぐい、すみれをワシに預けてくれた。

 初めて抱く赤ちゃんをどう持てばいいのか戸惑い、椅子に座って抱え込むように抱っこした。

 腕の中のすみれは暖かかく、甘くて優しい香りがしてワシは目を細めた。

 

 すみれは大きなあくびをすると、小っちゃな手を上に向けて伸ばした。ワシがその手に小指を近づけると、すみれは小指を強く掴む……


「なぁ、山蘭さんらん


「なんですか? 班長」


「この子はこれからどうなるんじゃ? やっぱり心臓手術せにゃならんのか?」


 そう聞くと、山蘭さんらんは胸に手を当てた。


「もちろん、心臓移植手術を希望しています……当然、今すぐにというわけにはいきませんが」


「それって、海外で手術して、大金が必要になるんじゃろ?」


えんじゅ班長、それは一昔前のお話です。二十年以上前に法改正されてから、この極東の国は心臓移植手術のハードルはぐんと下がったんですよ。いくつも成功例があるんです。きっとなんとかなりますよ」


 根拠のない自信のようだが……母は強しと云うべきか、なぜか山蘭さんらんが頼もしく見えた。


 ワシは、ワシに出来る精一杯のことを、これからこの親子にしてあげようと心に誓った。


 そして、臓器提供者をひたすら待ち続ける日々が始まり、三年が経ったある日……


 山蘭さんらんの体に癌が見つかった。



*次回、『親子との約束』

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