花火の終わり
◇槐
先ほど英に向かって撃った花火よりも大きな花火玉、三尺玉が入った筒を両手で抱える。
これが直撃すれば、この場にいる全員を一網打尽に出来るだろう。下手をすれば千代草にも影響が出るかもしれないが、ここであの“鬼人”の息の根を確実に止めておかねばならない。
横たわる英に筒の先を向ける。さんざん痛めつけられて立ち上がれない槐は、両膝を立てると発射の衝撃に備えて踏ん張った。
「英……逝けやぁーーッ!!」
ドンッ!! ヒューーーーッ! ……
ドッドォォォーーーーンッ!!!
……筒から放たれた三尺玉は英に向かって飛ばず、上空に打ち上げられた。その花火は、いつしか日が沈みかけた空に鮮やかな大輪の花を咲かせたあと、轟音を響かせる。それはまるでこの戦いの終わりを告げる号砲のようであった。
槐が構え持っていた筒は上方へと向きを変えられていたのだ。九鬼が伸ばした足によって。
手にした筒を力無く手放して地面に落とすと、槐は目だけを動かして九鬼の方を見る。
「なんじゃあ、生きとったんかい? 九鬼ちゃん……」
「ちょっと寝てただけですよ……部下に叩き起こされてしまいましたが」
槐はゆっくりとした動きで、その場に大の字になって寝転んで笑った。
「かぁ〜、あんたはいっつも遅れてくるのぅ……まるでヒーローみたいじゃ」
「…………」
九鬼は何も言わず、胸ポケットのシガーケースから煙草を取り出して咥えると、キンッ!とオイルライターの蓋を指で弾いて火を付けた。
山賊と伴天連の騎士達の争いも終わりを迎えた。数で勝っていたはずの伴天連達は、源八が率いる山賊達の勢いに負けて撤退を始めている。
「なぁ、……ワシにも一本くれんか?」
九鬼は一度強く吸い込んだ煙を吐き出すと、咥えていた煙草を槐の口元へ運んだ。
「ははは……最後の一服が、九鬼ちゃんとの間接チューとはな……悪ぅないが、鉄の味……最悪の血の味じゃ」
「これが最後の一本なんです」
「ほぉか……すまんのぅ」
槐は英の方を見る。そこには千代草が駆け寄っており、なけなしの魔力で必死に英へ回復魔法を使っていた。
「……臓器移植に関連する法律を変える為に、何をすればいいだろうか?」
しばらく黙っていた九鬼が口を開いた。
「法を変える?」
「今後、あなたのような人を出さないために政治家に呼びかけ、臓器移植の分野に税金の投入と法の整備を……」
「無駄じゃあ」
槐は言葉を遮ると、口から煙草を外し、空に向かってふーっと煙を吐き出す。
「国を動かしとる政治家は、自分らが儲ける為の法改正しかやらん。臓器移植が金になるんなら、奴らしっぽ振って喜んでやりよるわ。それにな、移植手術で一人二人の命を救うより、一万人の有権者のほうが大事なんじゃ……」
「そもそもドナーの数が圧倒的に足りとらんのじゃ。この国の人間は、脳死判定された者の体から臓器を取り出して、生者に提供する事に対抗があるんじゃ。そういった倫理観が、今も根強ぉ残っとる」
「他に手段は無かった……と?」
「ほうじゃ……ゲホッ! ゲホッ!……この件で移植成功の結果を出せば、医療界とそこに通じる政治家の興味を引けると思っとったんじゃがのぅ……ゲホッ!」
肺に血が溜まり、苦しそうに呼吸する槐の背中に手を当てて、九鬼は上体を起こしてやる。
「ホンマに九鬼ちゃんは……ワシみたいなクサレ外道にも優しいんじゃのう」
自嘲する槐に、九鬼は伏目がちに聞いた。
「疲れたでしょう? そのクサレ外道を演じるのは」
「なんじゃと?」
「貴方は中途半端なんですよッ!」
突然大きな声を出したのは千代草だった。
その方を見ると、僅かばかりの魔力で回復したのだろうか、肩を貸して英を座らせていた。
「なんで……心臓を抜き取った子どもを……あんなに丁寧に……」
涙ながらに語りはじめた千代草は、節々で言葉を詰まらせる。
「投薬して、殺してしまう時に……なんで、なんで……鳶尾さんと二人であんなに泣いたんですかっ!? ずるい!」
「千代草……」
「子どもの棺に、あんなにいっぱい花を添えて……何度も何度も……ゴメンて……謝って、ぼろぼろ泣いて……悪い人なら、悪い人になりきってください! 槐の事を憎みきれないじゃないですか!」
視線を落とす千代草を、英は心配そうに見つめる。
「はは、そんなとこ見られとったんかい? 言わんでくれや恥ずかしい……」
そう言って槐は俯き、片手で両目を押さえた。九鬼は、すっかり短くなった煙草を槐の口から取ると、そのまま携帯灰皿へと落として火を消した。
*次回、『木下 栄次郎』




