暴走する鬼
◆英?
最高なのに最悪な爽快感……ゲロで満たされたプールに突き落とされ、その中でバタフライでもしてんのか?
……
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
「ガハッ!……グッ!……ぐふっ!」
俺は蛙のように仰向けで倒れている槐の腹を何度も踏みつける。口から血を噴き出し、潰れた肺でヒューヒューと苦しそうな呼吸をはじめた。
槐を嬲っている俺の所へ、源八率いる山賊達と戦っていた伴天連の騎士三人が襲いかかってきた。
最初に剣を振りかぶった奴の腹を、プレートの上から左の拳でブチ抜いて穴を開け、剣を奪う。
次に来る騎士を、奪った剣で頭から何度も殴りつけ、強引に真っ二つに切り裂いた。
最後の一人にその剣を投げつけると頭に当たり、ソイツは首が後ろに九十度以上曲がって絶命した。
視線を槐に戻す。さっきまでそこに倒れていたはずなのに姿がなかったが、さほど距離は移動できていなかった。必死に這って逃げようとしている。なんとも滑稽だ。
「おいおい、槐班長さんよぉ、俺に尻向けて逃げれると思ってんですかぁ?」
ポケットに手を入れ、歩いてすぐに槐に追いつくと、足首を思いっきりドスンと踏みつける。
「ぎゃあぁッ!!」
バキベキと乾いた音がして、槐の右足は潰れた。
「あぁ、そうだ。思い出した……これは南天の分ってコトにしておこう。それで次は、顔が傷ついた千代草の分だ……お前の顔面、踏み抜いてやるよ。そして鉄線の分として、体を二つにしてから、九鬼の分でお前を燃やす」
槐はゼェゼェと呼吸しがら仰向けになった。
「この、獣がッ!……人を痛ぶって……楽しんどんのか!? 気色悪いんじゃ、ボケがッ……ゲホッ!」
楽しい。弱者を蹂躙するのが楽しい……『楽しい?』
『楽しいだと?見ろ、槐はもう虫の息だ。やめろ』
頭の中で声がした。これは俺の声か? いや、じゃあ、俺は誰だ? 魔王か? ちがう、魔王様に使える十二の穢悪のひとり……鬼人だ。
「これはこれは魔王様。魔王様は何も気になさらず、ただ我の行う殺戮を楽しんでください」
『ふざけるな……鬼人よ、そろそろ時間だ。代われ』
ドクンッ!
体が強烈に脈を打ち、俺は膝を着くと、天地不明になる程の眩暈と激しい頭痛に襲われた。
「おえぇぇーーっ!」 ビチャビチャ!
胃の中の物を全て吐き出してしまった。
バク、バク、バク、バク、バク!
経験したことがない速さで心臓が動き、死を予感させるほど痛む。視界が狭窄し、意識が朦朧とする。これが、壱の穢悪の反動か……活動できる時間を二分に設定していたが、長過ぎたのか、危うく意識を乗っ取られるところだった。
倒れていた槐が、視界の端で上体を起こす姿が見えた。奴は俺に向かって大きく口を開けている。すると、喉の奥からニュッと筒状の物が姿を現した。
銃身に似たソレは花火を発射させる筒だと理解した時には遅かった。ドンと打ち出された花火は、風切り音を立てながら俺に向かって飛んでくる。ソレを避けることが出来ず、左肩に直撃して花火は爆ぜた。
強烈な衝撃で、俺は回転しながら後方へ吹っ飛ばされたが、まだ壱の穢悪の効果が完全に切れていない状態だったおかげで致命傷には及ばなかった。しかし、閃光と爆音で目と耳がやられてしまっている。
耳から得られる情報を掻き消すほどの耳鳴り、そして、視界はチカチカと忙しなく明滅をくりかえしている。
シルエットがぼんやり見える程度の俺の目は、巨大な筒らしき物を抱えている人物を捉えた。槐だ。さっきよりも大きな花火を撃つつもりだろう。
俺はもう起き上がる力は残っていない。ここまでだ……
良い人生だったとは言えないが、良い人達には出会えた、それだけで充分だ……
俺は目を瞑り、最後の時を待っていた。
◆千代草
「九鬼班長! 起きてください!」
先程、二人目の爆弾花火兵が爆発した時に、私は英さんから回復魔法が封じ込められたパウチを受け取っていた。
俺が時間を稼いでる間に、これを使って班長を起こせと言われていたのだ。
英さんから渡されたパウチを班長の体の近くで開封し、回復魔法を浴びせたけれど、今だに九鬼班長の意識は戻らない。
それならと自分の体内に残っている残滓のような魔力を掻き集めて、微量ながら回復魔法を班長にかける。表面上の傷はほぼ癒えているのを見ると、この二つは多少の効果はあったようだ。
「起きてくださいッ! 班長!」
ドォォォーーン!!
爆音が聞こえた方向を見ると、先ほどまで優勢だった英さんが、槐の花火で吹き飛ばされていた。
姿を鬼に変化させる程に強力な穢悪に限界が来たんだ。
槐は両手首に付けてある多次元リングから、さらに大きな筒を出現させるとそれを両手に持ち構え、倒れている英さんに狙いを付けた。
不安と焦りで私は班長の胸倉を両手で掴み、大声で名前を呼び続ける。
「お願い起きてッ! 九鬼班長ッ! 英さんが死んじゃうッ!」
……班長の眉がピクリと動いた。
「班長ッ!?」
九鬼班長がゆっくり瞳を開いた……
*次回、『花火の終わり』




