八面六臂
◆英
「九鬼班長!」
俺はその名を呼んだ。最高戦力がこの窮地に登場したことに歓喜したんだ。今まで何処に居たのか気になるが無事そうだ。しかし、顔が白く、普段より頬の傷を薄く感じる。あれは化粧をしているのか?
「英、遅くなってすまない。現状を報告しろ……」
班長は地面から斧を引き抜いて肩に担ぐと、俺に背を向けてそう言った。後ろで束ねた髪は、少し波状になって広がっている。
「俺と南天、施覆花さんと鉄線さんの四人でこの異世界へ来ました。この世界の創造主は片倉という者で、過去に槐が死亡したことに見せかけた元救出対処者です。槐と千代草はその屋敷奥の酒蔵に居ると思われます。それと……」
煙草に火を着けた九鬼班長の背中に向かって伝える。
「それと?」
俺は一度言い淀んだ言葉を続ける。
「南天と施覆花さんは、一旦帰還しています……鉄線さんは、死にました……」
九鬼班長は煙草を咥えたまま煙を吐き出し、こちらを見ずに「そうか」とだけ短く答え、戦斧を両手に待ち構えた。
そうか……だけ? 遅れて来ておいて、その一言だけなのか?
「………それだけ、ですか?」
思っていても決して言ってはならない言葉を、つい口から溢してしまっていた。
すると班長は肩越しに俺を睨み付けた。その目には、怒りと苛立ちが篭っているのが分かる。
「私が今ここで悲しめば、お前の気が晴れるのか?」
その迫力に気圧されてしまう。
「いや、そういうつもりでは……」
班長は俺から視線を外すと、伴天連達の方へ顔を向けた。
俺は馬鹿な事を口走ったと反省する。自分の感情に付き合わせようと班長に甘えてしまったのだ。
「英! ここは私が持つ! お前は中は入り、まずは千代草をさがせ!」
そう言うと班長は伴天連の騎士集団に単騎で突っ込んで行く。
強風で狂った風車のように、巨大な戦斧を激しく振り回すと、騎士達のプレートメイルが強引に拉げて、断絶される音が響く。
弾き飛ばされた騎士は、関節をあらぬ方向に曲げて絶命する。今日の班長はいつにも増して鬼がかっている。
俺は班長の後方について行く。門を護る巨人のハルバートの攻撃を飛んですり抜け、屋敷の門扉の上に立つ。もう一人の巨人が俺に掴み掛かろうとするところを、班長が戦斧を投げて防いでくれた。
班長は俺に一瞥をくれると、再び八面六臂の立ち回りを見せる。俺は屋敷の庭の奥、酒蔵を目指した。
ピッ
俺は苧環へ報告する。
「俺だ! 班長と合流できた! 敷地内に入る事が出来たぞ!」
『そうか! 良し、そのまま酒蔵へ向かえ!』
苧環の声が少しだけ明るく感じられた。九鬼班長の参戦が心強いのだろう。
酒蔵の中へ入ると、そこは酒を保管する樽の他に、大型の発電機が数台稼働していた。全てのケーブルは纏められて奥の扉へと続いている。その先へ向かうため、急ぎ足を進めると物陰から一人の女が現れた。手には銃を持っており、それを俺に向けた。
ボサボサの頭で背の低い女。コイツは歪みを開く装置を作った開発部の鳶尾だ。
「アンタには黒鉄の件で世話になったな。おかげで風邪ひきそうになったぜ…」
彼女の顔には余裕が感じられない。追い詰められた者の表情をしていて、小さく震えながら俺を見据えている。
「うるさいネ! そこを動くな! 穢悪も使うな! ……この先は行かせないネ」
俺は両手を挙げて様子を伺う。
「撃たないほうがいい……手術中なんだろ? ここの発電機に当たるとマズイ」
「それを知っているのなら早く出ていくネ!」
鳶尾はかなり興奮している。
「迷子と千代草は何処だ? それだけでいいから教えろ」
俺は両手から短剣を手放し、地面に落とした。鳶尾は、俺から銃口と視線を外さずゆっくり壁づたいに歩いてゆく。
鳶尾は手探りで壁に備え付けてあるスイッチを探しているのが分かった。
これ以上ここでトラブルに巻き込まれるのはゴメンだ。あのスイッチにどんな仕掛けがあろうが発動はさせない。
俺は伍の穢悪、飼い慣らした思念体を使った。
鳶尾の背後に、音も無く俺の幻影が姿を現した。それに気づいた鳶尾は振り向くと驚き、「ひぃ!」と小さく悲鳴を上げて拳銃で幻影を殴った。しかしそれは実体を持たない影。ダメージは与えられない。その隙に鳶尾へ距離を詰め、拳銃を奪うと力任せに地面に組み伏せた。
「あッ! ぐぐっ!」
鳶尾は表情に悔しさを滲ませる。
「なぜ異世界で臓器移植手術をしている!? 救えやしないのに……子どもの命を何だと思ってるんだ!」
「救おうとしたッ!!」
俺の問い掛けに、身動きが取れないにも関わらず、暴れながら反発する鳶尾の目からは、涙が溢れていた。
「お前に……お前らに……何が分かるネ? 弱って死んでいく子どもを助けられなかったあの人の気持ちが分かるかネッ!?」
鳶尾の言葉を聞いて、俺は過去の事を思い出した。
「分かるさ……だが、お前らは失敗した。宮田カケルを死なせた。違うか?」
俺は押さえつける力を強めた。
「うぐぐぐ……」
鳶尾は血が出るほど下唇を噛み締め、ただ涙を流し続けた。
「英さん! やめてッ!」
俺を呼ぶ声が聞こえた。
その方向を見ると、目指す先の扉は既に開いており、そこには千代草が立っている。
その隣には、金と黒の市松模様のジャケットを羽織り、丸いサングラスをかけた槐の姿もあった。
*次回、『集う』




