介錯
◇施覆花
施覆花は、鉄線の亡き骸をひとつに纏め、胸の前で組ませてやる。
千代草の蘇生魔法の有効時間は死亡から一分以内。それを過ぎると蘇生に成功する見込みはない。極端に遺体が損壊している場合も蘇生は難しいと聞かされていた。
どちらの条件も満たせない鉄線の死は受け入れるほかなかった。だが、元よりいつ死んでもおかしくない日々を送っていたのだ。覚悟はとうに出来ていた。それでも、仲間を失った悲しみに心は傷んだ。
施覆花は、羽を無くして飛べなくなった蝶のように、モゾモゾと地面を這う合歓を見やる。
背骨を切断した事により、下半身の自由は効かない状態だろう。もはや手の施しようが無いのは傍目から見ても分かる。この合歓の命も、尽き果てる手前であった。
「おい、ガキ……俺はお前のことが憎い。死んでも許せん。せやけど、元は同じ志を持った仲間やったんや。もうこれ以上苦しまんように介錯したる」
施覆花は、落ちてある合歓の刀を拾い上げると、這って逃げようとする合歓の前に立ち塞がった。
「言い残すことは無いか?」
「………いやだ、おまえに、きられるのは、いやだ……せめてくきさんがいい!! くきさんがいいぃぃぃーー!」
「お前、狂っとんのか!」
施覆花は絶叫する合歓の首に刀を振り落としたが、その刃は首に届く寸前で、空間ごとぐにゃりと曲がってしまう。
「な! なんやこれ!?」
施覆花は危険を察知して合歓から飛び退いた。
「あーっ! あーーっ!! あぁぁぁぁぁあーーー!!」
更に大きな奇声をあげた合歓の周辺の空間が徐々に歪み始めると、それは大きなうねりとなり、合歓を飲み込む様にして消えて行った。
「クソ異貌人がッ!」
施覆花は舌打ちをして、地面に刀を突き刺した。
◇九鬼
九鬼は微かに聞こえる水の音で目を覚ました。横たわっていた体をゆっくり起こして辺りを見渡す。
そこは中世ヨーロッパを彷彿とさせる美しい庭園の中だった。花壇には色彩豊かな花が植えられ、光に照らされた木々達は、まるで話しかけているかの様にさわさわと風に揺れている。覚醒のきっかけになったのは、近くの噴水から出る水の音だったのだろうか。
降り注ぐ柔らかな日差しを遮るフォリーの中。九鬼はその真ん中に置かれたベッドの上に居るのだと気づいた。
ここも誰かの異世界なのだろうか? だが、夢のような、どこか懐かしく、心地が良い空間に感じられた。
槐の罠に掛かり、攫われた千代草を追って歪みへ飛び込んだ後、すくざま意識を絶たれ、今はこの場所にいる。
九鬼は着替えさせられている事に気づいた。真っ白なドレス……とまではいかないが、中世風のチュニックワンピースのようだ。
枕元には救済課のスーツが綺麗に畳まれて置かれている。
顔に違和感がある。化粧を施されているのだ。普段から化粧は一切しない九鬼は、顔をかゆく感じた。そして長い金髪は後ろでひとつに編み込まれている。
誰が私にこんな事を……
「お目覚めですか、澄香様」
声が聞こえた方に顔を向けると、白い修道服に身を包んだ女性がすぐ近くに立っていた。この距離に来るまで全くその気配に気付かなかった、しかし相手からは敵意を感じられない。
白い頭巾を目深に被り、その表情は読めない。よく見ると彼女の後ろには、同じ容姿をした小さな女の子が、九鬼を警戒する様に覗いている。
「行き先を決めずに蜂窩に飛び込むだなんて、とんでもない無茶をなさいましたね」
蜂窩を知っている? 異世界で創造された人間は、その存在自体知らないはずだが。
「貴女は一体、誰なのですか? そしてなぜ私を此処へ?」
「此処は蜂窩の中央部、私達は澄香様を守護する者です。今はまだ澄香様の出番ではありません。帰りの支度が出来次第、アナタを然るべき場所へ送り届けましょう」
そう言うと女は踵を返してフォリーの外へ出てく。後ろに居た女の子は最後に振り向き、恥ずかしそうに小さく九鬼に手を振った。
*次回、『戦鬼』




