鉄線
◆鉄線
俺は自分の動体視力には自信がある。九鬼班長と手合わせをした時も、「班の中でお前が一番私に食いついてくる」と褒められていた。まぁ、あの人が本気を出せば、その攻撃は絶対に避けれないと思うが、その言葉は励みになった。
だから、大抵の敵の攻撃は捌ける自信があったのだ。だが、コイツはやはり違った……
俺の左前に居る施覆花は合歓の速度に反応できていない。
俺は瞬く間に距離を詰められた。この詰め方、この速さ……コイツは空間を溶かしながら俺の前に出現している。ある種のワープに近い物だ。これと同じ事をされた覚えがあった。あの日、ダムで俺を襲撃したのは合歓だと確信した。
目の前にはすでに合歓の顔があり、瞳の奥はドス黒く澱んでいる。俺との距離はほぼゼロに等しいが、合歓はまだ抜刀していない。刀の柄を逆手に握っている。これは居合抜きの型『ことえり』に近い。
鞘から刀身が姿を見せはじめる頃、俺がやるべきことは決まった。
殺身成仁……死んで施覆花を活かす!
即断のもりだったが合歓の刀は、俺の体を左逆袈裟斬りに通り抜けた後だった。臓器が、骨が、皮膚が、筋肉が冷たい刃の侵入を許したが、俺の命はまだ消えていない。トンファーを手離し、その両手で合歓の左右の手首を掴むと、喉の奥から込み上げてくる熱い血の塊を合歓の顔面に吹きかける。
合歓の体越しに、こちらを振り向きながら抜刀する施覆花と目が合った。
なんだよ……ひどい顔してるじゃないか……施覆花。
約束しただろ? 戦闘中にどちらかが死んでも、終わるまで感情を出さないって……
ザシュッ!
施覆花の見えない刀身が、合歓の体を横一文字に駆けた音がした。
「ぎゃっ!」
と声を上げ、合歓は踏鞴を踏むとうつ伏せに倒れ込んだ。
もはや上半身しかない俺も、手を離してなすすべなく地面に落ちた。
◇施覆花
施覆花が振り返りながら刀を抜いた時、すでに鉄線の体は二つになっていた。両手で合歓の動きを封じている。
施覆花が居合術で振り抜いた刀の先は、合歓の背骨を断ち切った。
目の前に二人が倒れ込む。施覆花はその場で刀を手放し、鉄線に駆け寄った。
「鉄線!! 鉄線!! 返事しろ! オイ!」
施覆花は鉄線の頭を抱えて、ネクタイを緩めてやる。
「え、映画の、ワンシーン…みたいだったぞ………じゃあな、相棒………先にいくわ……」
ほとんど目を閉じている鉄線は、血を吐き出しながら呻くようにそう言った。
「そうか……またな、相棒………」
施覆花は涙を堪えて微笑み、鉄線の呼吸が止まっても、暫く血溜まりの中を動かなかった。
*次回、『介錯』




