老獪
◆英
「二十五ミリ機銃!用意ーーッ!」
甲板に立つ黒鉄が右手を高く掲げる。船尾にニ門備え付けられている無人の機関銃が俺に狙いを定めた。この艦は黒鉄一人の意思で自由自在に操ることができるのだろう。
しかし冗談じゃないッ! 人に向けて撃つ兵器じゃないだろう! あんなの食らったら死ぬ!
俺は急いで血中に魔力を流し込み、身体能力を高める。さっきより体は温まり、震えるほどの寒さは柔らいだが後の目眩が怖い。だが、今は海中に潜って隠れるのが優先だ。
「射ぇぇぇーーーーッッ!」
ドガガガガガガガガガガガガカ!!
ドパパパパパパパパパパパパ!!
銃弾を放つ轟音と、海面に着弾する音が暗く冷たい海中に響く。
このまま艦に近づけば機銃の死角に入れる。もっと深く潜り込んで、船の底に弍の穢悪を叩き込んでやる!
着衣のまま泳ぐしんどさと息苦しさに耐え、なんとか船底にまで辿り着いた時だった。戦艦が俺の視界から忽然と姿を消した。音のない深藍の世界が俺を不安に陥れる。
「!?」
慌てて浮上し、海面上に顔を出した。さっきまでいたはずの駆逐艦の姿は何処にもない。ここは今、雪が舞う穏やかな海上だった。
「馬鹿なッ!……消えた!?」
周辺を見渡しても曇天に水平線が広がっているだけだ。しかし、何処からともなく黒鉄の野太い声が聞こえてきた。
「空・間・天・意ィィーー!!」
急に暗くなった空を見上げてゾッとした。ヤツは真上だ! 俺は今、戦艦の真下に居る!?
戦艦を丸ごと空間移動させていたんだ。
降ってくる艦が着水する前に深く潜る事は不可能だった。俺は覚悟を決めて短刀を取り出す。
「弍の穢悪! ……」
「圧死せぇぇぇい! 逆賊ぅぅ!」
ドッパーーーーーン!!
……
………
…………
──────「ぶっはあぁぁぁっ!!」
冷たい鉄の床を這って歩き、びしょ濡れの俺は大の字で寝転がった。酸素不足と穢悪の後遺症で目眩がする、吐きそうだ。
俺は戦艦に押し潰される前に、弍の穢悪、朽ちる偽宝石を使って船底の一部分を急激に腐らせて穴を開けたのだ。
薄暗いこの部屋で、荒い呼吸をゆっくり整えながら体を起こすると右腕の前腕に激痛が走った。
これは……折れているかもしれない。
腕を押さえながら立ち上がると気持ち悪さが増し、平衡感覚にも狂いが生まれて胃の中の物を吐き出してしまった。さらに頭を強く打っているようで、鈍い痛みが脈打つリズムで押し寄せてくる。
『ピッ』
『ハナブーッ! まだ生きてるぅ!?』
芙蓉からの通信だ。
「あぁ……たった今寒中水泳が終わったところだ、だが事態は好転していない。なぁ芙蓉、救出対象者に、黒鉄新兵太というジジイが居ないか調べてくれ」
足元では、さっき俺が空けた船体の穴から海水が湧いて出ている。
『わかったよ! ねぇ苧環! 黒鉄新兵太を調べて!』
兄の苧環がすぐそばにいるのか?芙蓉は家に戻ったんだな。
艦が浸水を察知したのか急遽しい警報音が船内に鳴り響く。
「芙蓉、俺がすぐ戻れるように、ポイントRを設置してくれと苧環に伝えてくれ」
わずかに足音が聞こえる。黒鉄がコチラに来ている。
『かしこまりっ! ハナブー! ウチと結婚するまで絶対に死なないでね!』
「安心しながらガッカリしてくれ……俺は死ぬ気も結婚する気も無い……」
通信を切った俺の目線の先には、銃剣を構えた黒鉄が立っていた。
「船底の様子がおかしいから見に来てみれば……あれで生きておるとは、とんでもない益荒男よ! だが、苦しかろう!? これは吾輩からの軍人の情けだと諒解して死ねいっ!」
ダァンッ!
黒鉄は銃を俺に向けて放った。咄嗟に物陰に隠れる。
「おい、アンタ! なんで三八式歩兵銃なんて古臭い物を持ってんだよ!? 骨董が趣味かよ!?」
黒鉄は手動で槓杆をガチャリと開き、薬きょうを排出する。
「詳しいな、小童ッ! これは吾輩の曾祖父が大戦時に使っていた愛銃よッ! さぁ、出てこい! これ以上生き恥を晒すなッ!!」
ダンッ!
物陰から物陰へと移り、黒鉄から距離を取る。
「アンタは何で俺を狙うんだ!? 俺はアンタに何もしていないぞ! 敵じゃない!」
「いいや! 貴様は敵ぞ! 吾輩の盟友が言っておったぞ! 黒い背広の人間が吾輩の海に現れたら、ソイツは吾輩を殺しにきた刺客! 容赦なく殺せとな!」
ダンッ!、ガチャリ! ダンッ!
「アンタの盟友とは一体誰だ!?」
「今から死ぬ輩は知らんでもよいわ!」
黒鉄は手当たり次第、船内に銃弾を放つ。歳の割にはしっかりとした手捌きで薬莢を排出して新しい弾を装填している。
『ハナブー! その爺さんの正体が分かったよ!』
*次回、『クソジジイと小童の激闘』




