恫喝
◆英
「で、いつから俺に気づいてたんだよ?」
吾亦紅は両手を頭の後ろで組んで、余裕ありそうに椅子にもたれかかる。
「あんたが吾亦紅だと気づいたのは俺じゃない、え〜っと……うん、密告があったからだ」
俺は途中で蒲公英課長から言われていた事を思い出して適当な嘘をついた。
「なんや今の間は? つーか、桔梗にコイツのババがついたパンツを鑑定させたんか? アイツめっちゃ怒ったやろ?」
施覆花さんに突っ込まれた。まだ黙っていて欲しかったんだが……
「ふ〜ん、まぁいい。で、俺の正体を暴いてどうする?」
「聞きたいことがある。本物の松代の安否確認と売人の存在……俺達はハスラーと呼んでいるがソイツの存在の有無。そして誰の命令で、なぜこんな事をしたのか」
俺の質問に吾亦紅はすんなり答えはじめる。
「そうだな……まず、本物の松代は異世界で死んだ」
「はぁ? なんやそれ、アンタが殺したんとちゃうんか?」
施覆花さんが詰め寄る。
「事故だよ。人外との情交は刺激が強すぎたんだろう。やりすぎたんだ。まぁ死んでよかったんじゃねーか? 四十超えの自宅引き篭もりニートだ。親の年金を頼りに生きてる寄生虫。いなくなった方が親も喜ぶだろ。ただ、死んだことにする前に俺たちは利用させてもらったけどな」
吾亦紅は悪びれた様子もなく、肩をすくめてそう言った。
「そないな奴でも、親は心配して捜索願いを出しとったんやぞ」
「どうだか? 二百万を回収しかっただけなんじゃねーの?」
施覆花さんは吾亦紅の胸ぐらを掴んだ。
「おい、落ち着けよ〜……俺はお前らと違って戦闘能力はないんだ。ただの諜報員。全部話すから痛いのは勘弁だぜ」
両手をあげた吾亦紅を施覆花さんは突き飛ばす。
「売人は嘘か?」
「売人は俺だ。俺が松代に接触して売った」
「どういうこっちゃ!? お前らネペンテスを作ったんか!?」
「違う違う、俺は松代を、他人が作った異世界へ連れて行ったけだ。俺らの班で救出予定だった救出対象者のな。松代と似た願望を持ったソイツの世界を楽しませてやったら、アイツは気にいってくれたよ」
その言葉に対して俺は聞いた。
「たしかに俺達は座標が判明している異世界には行くことができるが、一般人を連れて行くのは違法だ。紫雲英さんの命令なのか?」
その問い掛けに天井を見上げて下唇を摘んだ吾亦紅はすこし唸ってから答えた。
「……他のことなら教えてやる」
黙秘を選んだか……
「それで、松代になりすました理由は?」
吾亦紅はニヤリと笑って答えた。
「槐を動かすためだ」
「なんやそれ?」
「言ってる意味がわからないんだが……」
俺と施覆花さんは吾亦紅の発言の意味を理解できずにいる。
「今、異世界転生救済課では槐が悪巧みをしている。奴は一度歪みが発生した場所で再び歪みをこじ開ける機械を開発した。そして開いた歪みに様々な物を隠したのさ……なぁ施覆花、紙のタバコ持ってねぇか? ずっと我慢してんだよ」
吾亦紅は話の途中でタバコを要求したが、施覆花さんは電子タバコ派だ。持ち合わせていないと伝えると舌打ちをした。
「後で好きなだけ吸えよ、続きを話してくれ」
「まぁいい……で、槐がそこに隠したのは心臓外科医、四十雀伸彦と闇医者達で結成した医療チームだ」
「なんやて? なんで槐さんが四十雀を!?」
「やれやれ、お前ら九鬼班のアンテナの低さには同情すらするぜ。ま、ウチの紫雲英班と違って少ない人数しかいないから当然か……俺たち救済課は任務の他に、世間を欺くために別の仕事に就てる奴も少なくはない、その多くは『はなぞの製菓』の従業員だが、槐は課とはまったく無関係な医療機器メーカーの営業部長として色々な場所の病院に出入りしていた。そこで四十雀と出会ったんだろう」
「あんたら紫雲英班は、班長会議で四十雀の名前が出る前からそれを知っていたのか? あんたが松代になりすました事で、なぜ槐さんが動く? それに、座標を確認せずに歪みから異世界へ四十雀達を飛ばすなんて滅茶苦茶だ。どこへ行くかわからない筈だ」
俺達が異世界に居る救出対象者を追う手段は転移装置を使う。一度使用した事でクラッシュしたネペンテスから、救出対象者が創造した世界の座標を正確に割り出す。それはとても複雑な作業が必要であり、時間も掛かってしまう。もし、俺達が闇雲に異世界へ転送しても安全を確保できない。転送された場所が、深海だったり、高度数万キロの上空だったり、建物の中や地中深くだった場合、命の補償はない。
「いい質問だよ、英」
吾亦紅は机に乗り出した。
「槐のとこには異世界間の壁をぶち破って自由に、そして安全に空間を移動できる異貌人がいる……そいつの名前は合歓、知ってるだろ? 白髪のガキだ」
「噂でしか聞いたことがなかったが、異貌人が実在するのか!?」
「あのクソガキが?」
「合歓が四十雀を安全な場所で待機させているんだよ。迷子に非合法な臓器移植手術を行うためにな」
「槐さんは迷子に手術を受けさせる為に子どもを異世界へ送っていたのか?」
「そうだ。四十雀と結託し、病気の子どもの親を誑かして、足のつかない異世界で闇手術を行っている。それで大金を稼ぐつもりなんだろう」
「では、槐さんを動かす。とは?」
「もし仮に、売人を捕まえてネペンテスの製造法が分かれば、まずは異世界転生救済課の俺らが捜査に使うだろう。いつでも誰でも好きな時に異世界に出向いて救出対象者を連れ戻せる。そうなれば異貌人の価値は落ちてしまうからな。焦った槐は行動を起こすはずだ。お前ら知らなすぎだぜ」
「なんやそれ…」
施覆花さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
おろらく俺も同じな顔をしていたのだろう、吾亦紅は俺達を見て嘲笑している。
「お前ら九鬼班はいい子ちゃんの集まりだから、あんまり上から期待されてないだろうな。まぁ綺麗な仕事だけやってればいいんだよ。汚れ役は紫雲英さんに任せとけ……さ、もう帰っていいか?」
「…………今、俺達九鬼班は、槐班と合同で二人目の迷子救出任務の最中だ。アンタ、これをどう考える?」
俺はそう言って吾亦紅を睨みつける。
「はっはっは、マジかよ!? 誰の注文だよ? 紫雲英さんか? 九鬼と槐をぶつけるなんて悪いコト思いついたな」
吾亦紅は手を叩いて笑った。
「おうコラ! なにがおかしいんや!? くだらん画策しやがって、お前ら紫雲英班がさっさと槐のガラ抑えとったらこないな事にならんですんだんやで!」
施覆花さんが吾亦紅に詰め寄るのを俺は肩を掴んで止めた。
俺の手からは無意識に赤い蒸気が上がり、それを見て施覆花さんは驚いた顔をしている。
「英……?」
「……どいつもこいつも、好き勝手しやがって……」
俺は椅子から立ち上がり、吾亦紅の手首を掴んでそのまま机に強く叩きつけた。
「俺は特命を果たした……もういいよな?」
そして抑えつけた吾亦紅の手の甲に短剣を容赦なく突き立てた。
ドスッ!
鋭い切先は手の甲と机を貫通した。
「ぎぃやあぁぁぁぁっ!!」
吾亦紅が悲痛な声をあげる。
「英っ! やめい!」
今度は施覆花さんが俺の肩を掴んで離そうとする。だが俺は動かない。
「ふざけやがって……お前らのせいで俺達の仲間は傷ついたんだ。死んでも許さねぇからな……お前は変装が得意な諜報員なんだよな…? 今後、誰かに化けてもすぐ分かるようにうに、お前の手に目印をつけておくぜ」
俺は吾亦紅の手に突き刺した短剣をグリグリと数回捻った。
「あぁっ! やめっ!! ……ぐっ! やめでぐれぇぇぇっ!!」
グジュグジュと音を立て、机の周りには吾亦紅の鮮血が飛び散る。クソ野郎だが血はしっかり赤い。
短剣を強引に引き抜いて解放してやると、手首を押さえて悶絶している吾亦紅の胸ぐらを掴み、恫喝する。
「次、俺の目の前に現れたら殺すぞ……」
吾亦紅は涙を流し、怯えた目で首を数回縦にふった。
俺は踵を返して、施覆花さんに班長と合流する事を伝える。途中で呼び止められたが俺は構わず取り調べ室を後にした。
*次回、『謀る』




