来訪者
◇報告書
◯月◯日
横浜の国立病院勤務の医師、向井春子を、禁足地である甲西ダム公園への建造物・住居侵入罪での疑いで逮捕。
便宜上、身柄は警視庁に送られたが、取り調べを行ったのは裏デジタル庁異世界転生救済課の人間であった。
向井は四十雀の指示でダム付近で待機していた人物、Xへ胸部切開手術並びに臓器移植手術に必要な道具一式を手渡した。
向井が四十雀の様子を尋ねると、ゆっくりとした口調で丁寧に健在である事を伝えられた。そして向井は道具運搬の報酬としてXから三〇〇万円を受け取る。
以前より四十雀は所在が不明になることはあった。何処で何をしているのか明かさないかったが、病院で予定されている手術はすべて滞りなく行っている。
手術道具はすべて非正規のルートで病院へ納品された物である。
◆英
甲西ダム公園事件の昼頃、本部に戻った俺と千代草は九鬼班長と会えはしたが、結局昔の事件の話は聞くことは出来なかった。
いや……させてもらえない空気だった。班長は大袈裟に千代草の怪我を心配した後、足早に鉄線さんの元へ向かったからだ。いずれ真相を知ることになるだろうか……
翌日の夕方、家に着替えを取りに帰ると玄関に見覚えのない靴があった。女性のパンプス? だ。それに気づくと同時に、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。
「おかえなさい」
聞き慣れない女の声がした。廊下の壁に背を張り付けて、警戒しながらリビングをのぞくと、蒲公英課長の秘書、黒百合が椅子に腰掛けていた。足を組んで優雅にコーヒーを飲んでいる。
ここは俺の家のはずだが、まるで俺がここに客として招かれたような雰囲気になってしまっている。
俺は溜め息を吐きながら肩の力み解くと、腰に手を当てた。
「俺は今、二択で悩んでいる。警察を呼ぶか、『上司に時間外労働を強いられそうです』と労働局に駆け込むか……アンタはどっちがいいと思う?」
「どちらもやめてもらえると嬉しいな」
黒百合は首を傾げてニッコリと微笑んだ。
「で、何の用だよ?」
「フフッ、随分と冷たいじゃない。でも、そこが貴方の良いところよ。ところで女を家に入れたのは初めて? だとしたらドラゴン使いの千代草さんに悪い事したわね」
黒百合はコーヒーをカウンターテーブルの上に置いて、組んだ自分の足に肘を当てて頬杖をついた。
「はぁ……アイツとはそんなじゃねーよ。そもそもアンタが勝手入ってきたんだろ」
俺はため息混じりに答える。
「私ね、貴方に会いたくてお使いを買ってでたのよ」
「お使い? 課長から何か頼まれたのか?」
黒百合は目を細めると、胸ポケットから二つ折りの紙を取り出してカウンターの上に置いた。
「なんだか嫌な予感しかしないのだが、それは?」
黒百合は立ち上がり、俺の横を通り抜ける際に、肩に手を掛けて耳元で囁いた。
「課長からの特命よ」
黒百合の妖しい吐息はコーヒーの香りがした。
「ちなみに、その任務が終わるまで九鬼班長との合流は禁止だそうよ、頑張ってね」
「はぁ!? なんだそりゃ?」
振り返ると黒百合は既に部屋から出ていた。
俺はカウンターに置かれた紙を拾い上げ開いる。
『吾亦紅を探しあてろ』
さがしあてろ?
*次回、『パンツ』




