邂逅
◆英
「千代草、通信の相手はまだ信用できない、いつでもシロを出せるように構えろ!」
目を閉じていても眩暈がしそうな空間転送の中、俺はそう伝えると、千代草がポシェットのカバーをギュッと掴んだ音が聞こえた。
「り、了解です!」
緊張感が伝わったのか、さっきまでとは声色が違う、やっとらしくなってきたな。
視界をまばゆい光に支配され、両脚が地面の感覚を捉えると同時に、血中に魔力を巡らせて臨戦体制に入る。
俺達の前には、見知らぬ二人がいた。
一人は黒いレディーススーツのスカートの女。姿勢よく立ち、眼鏡の奥の鋭い目で俺達をじっと見ている。
もう一人は救出課のスーツを着たボサボサ頭で無精髭の垂れ目の男だ。ネクタイを緩めてだらしなく見える。
ソイツはしゃがみ込んでパンを食べていた。もう片方の手には五百ミリリットルの牛乳パックを持っている。
「……ほかえり(おかえり)」
男は俺達へ、牛乳パックを持った手を軽くあげてみせた。
万年青先生から色々と聞かされた後だ。課の人間なのだろうが、今は信用できない。全員を知っているわけではないが、そもそもこんな特徴的な奴が救済課にいるのか? 聞いた事がない。
俺は千代草を背中で隠してジャケットの中のアンカーに手を伸ばす。
千代草も体を強張らせていてその緊張が俺に伝わってきた。
男は残りのパンを口に含み、袋をくしゃりと潰すと、隣の女に手渡した。
「いやぁ、ラッキーだったよ。ここに来るまで腹が減ってよ〜。こんな時間に店はどこも開いてないと思ってたんだが、偶然にも二十四時間経営のスーパーがあってさぁ、そこで半額シールを貼ったアンパンに巡り会えたんだぜ。これって運命だと思わないかぁ?」
そう言って今度は牛乳をガブガブと直飲みするとゲップをした。
「あ″ぁ〜、勿論お前たちの分もあるぞぉ、ほら」
腕に通してあったレジ袋を、俺達に突き出す。
「…………」
俺は無言を通しながら四方に視線を飛ばして退路を確認する。
広い公園内、うつしよとのわかれは未使用、黒のSUV、コイツらの車か? 傾斜がある山へ逃げ込むか? いや、千代草は怪我をしている。俺と同じ速度は出せない。シロを使って先に逃すか? おれに二人を引きつけられるか? 伍の穢悪を使うか?
「お前らにとって今は、未知との遭遇ってワケか……そりゃあ色々と考えちまうよな……さて、お前ら…」
男はゆっくり立ち上がった。かなりの上背がある。南天より大きい。背伸びをして、軽く笑みを浮かべながら俺達に近づいてくる。
「……どこまで知っている?」
そう言うと男はとんでもない重圧を放った。気圧された千代草が震えはじめた。
やる気だ! まずは伍の穢悪で撹乱する!
俺が行動するよりずっと速く男が距離を詰めていた。ジャケットからアンカーを引き抜こうとした手を掴まれ、もう片方の手で肩を押さえられてしまう。
動けない! なんて力だ! 体内の魔力は既に血中に流れているはずなのに!
男の腹部を蹴って体勢が崩れるのを狙ったが、体を反転して躱される。
そしてアンカーを握る俺の腕を軸にし、俺の背後に回り込んで腕を捻りあげた。
「くそ!」
俺はその場に組み伏せられた。千代草は!?
見ると千代草は、もう一人の女にポシェットを奪われ、拳銃を突きつけられている。
「千代草ッ! 逃げろッ!」
「あれ? な、なんで?」
千代草は、空っぽの自分の両手を見て驚きを隠せない顔で立ちすくんでいる。
「ごめんなさい……コレ、欲しがっちゃった」
女は千代草に銃を向け、口元だけで妖しく笑う。
「やめろ! 撃つなッ!」
いつのまにかポシェットを盗られてしまったようだ。
俺を押さえつける男が口を開いた。
「英、結果発表だ。良かった点と悪かった点を教えてやる。……まず、最初に怪我を負っている仲間の盾になるとは、それはお前の美徳の致すところか? じつに俺好みだ。次に、俺との会話の最中に撤退を考えたな?これも良かった部分だ。未知の相手との戦闘は極力避けろ。犠牲は出さない方がいい……千代草を優先して逃がそうとしたな。いい心構えだ。男の子としては満点だぞぉ。
悪い点としてだが、敵か味方かわからん奴が話かけてるんだ、無言はNG。もっと会話をして相手から情報を引き出せ。後、今回に限り、獲物は早めに出してた方が良かったかもな。相手にちゃんと警戒させろ。ジャケットに手を入れて何かあると思わせようとしたのだろうが、相手はどんな服を着ている? 救出課のスーツだ。自分の戦闘方法を熟知している相手だと考えるべきだ。
初動の遅れは取り返しのつかない結果を招く場合がある。最後にだが……」
男は俺の目の前にレジ袋を置いた。
「上司が買ってきた差し入れは、ありがたくいただけ、英」
上司? ……そう言って男は俺から離れた。
「黒百合、返してやれ」
黒百合と呼ばれた女は銃を下げた。
ポシェットをゆっくり目線の高さに合わせると、瞬く間に消え、それは千代草の手の中へ戻った。
千代草は手元に戻ったポシェットを両手で掴んで大事そうに胸に抱える。
「いじわるしてゴメンね、千代草さん。全部課長が悪いのよ」
「か、課長!?」
俺と千代草は同時に言った。
「おう、俺は異世界転生救済課の課長、蒲公英。お前らの上司の上司。ヨロシクな!」
蒲公英はニカっと笑って白い歯をみせた。
*次回、『蠢動』




