欣慕(きんぼ)する菊
◆千代草
それはもう、愛の告白ではないのでしょうか?彼は私のことが大事なんですって……
しかも、ちょっと顔を斬られて怪我しただけなのに、私のためにあんなに怒ってくれるなんて……
私達が逃げ込んだ森の奥の湖には、洞窟を改装した私の研究室がある。その中で英さんは現世で起きている陰謀の可能性を、真剣な面持ちで説明してくれている……
のだけれども…………ですよ。……ハイ……
ヤバい……彼の目をまともに見れない……
顔が熱い、これは怪我のせいじゃない……
話が全然頭に入ってこない……
適当に相づちをしてしまっている。あ、横向いた……
英さんの鼻って、こんなに高かったっけ?
……かっこいい……
……いんやいやッ!! ダメダメダメ! 今は任務中ッ!任務中よ!!
パンッ!
私は怪我をしていない方の頬を自分でビンタした。
英さんは私の行動に驚いた顔をしている。
馬鹿なこと考えてんじゃないわよ千代草ッ! 迷子奪還が最優先でしょ! さぁ、仕事よ!
「英さん! とりあえずここを出て迷子を探しましょう!」
…………
二人の間に沈黙が流れる。英さんは目を瞬かせたあと、私を呆れた顔で見ている。
「お前、俺の話ちゃんと聞いてた?」
「えっと……すいません、最初からお願いします」
私は正座に座り直して俯いた。
◆英
今日の千代草はいつにも増してポンコツが過ぎる。同じ事を二回も言わせやがって。
……まぁ、傷心気味だから許してやるか。
現状を纏めるとこうだ。
一. 三人目の迷子発生していない。蒲公英課長のアドレスを乗っ取り、俺たちに作戦を注文した者がいる。
ニ. 万年青さん曰く、俺達九鬼班は、組織内のゴタゴタに巻き込まれた可能性がある。そして、今回のポイントRである甲西ダム公園は、異空間救助班時代の事故により禁足地に指定されている。
三. 千代草を連れ去った犯人の目的は不明である。
四. 現在、鉄線さんと連絡が取れない。あの人も急襲された可能性が高い。
五. 仮に鉄線さんの身に憂慮すべき事態が起こっていた場合、この異世界の座標を知る人間がいなくなる。そうすると、俺達が救助されるのに最低でも半年はかかってしまうこと。
……以上のことを千代草に伝えると、真剣な顔で顎に手を当て、ぶつぶつと呟いている。やっと事態の深刻さに気付いたのか……と思ったのだが、俺の耳に届いてきたのは別の話だった。
「半年ということは、それなりにちゃんとした家に住まなきゃ駄目よね……焼けた家はもう使えないから新築建てなきゃ……今度は海が見える丘がいいな……窓から二人で肩を寄せ合って水平線に落ちる夕陽をながめるの……部屋は別でもいいけど、せめて寝る時は一緒の部屋で同じベッド……」
「おい、千代草……」
流石に今度はちゃんと怒ろうと思ったその時だった。
ピッ
イヤホンマイクに受信音が鳴り、俺はすぐに応答した。
「鉄線さん!?」
『…………』
返事が無い、やはり何かあったのか!?
『あー、あー、もしも〜し、お前さんは……英って奴か?』
聞き慣れない声だ。千代草を攫った奴か?
「お前、誰だ? 俺の周波数を知ってるのは班の人間だけだ、答えろ」
周囲を警戒しながら千代草の近くに移動する。
『安心しろって、俺ァ味方だ。ダムでバカンスを楽しんでた鉄線はすでに助けた。帰りの準備は整えてある。ポイントRは『**5*37-*991**』だ。さっさと帰還しろ』
そう言って通信は一方的に切られた。
千代草は俺の腕を掴んでいる。顔が赤い、これは怪我の影響で異世界で何かの病気に感染してるのかもしれない。
早く戻って桔梗に診てもらわなければ……
「帰るぞ、千代草」
「は、はひ……」
このままポイントRへ戻るのは不安だだったが、選択の余地はないと判断し、俺は帰還した。
*次回、『邂逅』




