狭霧
◆英
俺と千代草は、過去に千代草が暮らしていた異世界に取り残されてしまった。
異世界で千代草は恋人に追われ、殺されそうになった所を俺とシロが間一髪で助けたのだった。そして俺達は今、湖のほとりの洞窟内に身を隠している。
三人目の迷子は発生していない。何者かが偽の情報で俺達九鬼班を誘きだし、そして千代草を狙った。
俺は万年青先生から聞かされた話を千代草に伝えた。
剣で顔を斬られた千代草は回復魔法を使ってみるが、不完全な回復魔法なので、血は止まったが傷は癒えていない。今は、昔千代草が洞窟内に保管しておいた薬草や治療キットを使って凌いでいる。
顔の傷は思ったよりも深く、右目のすぐ横をパックリと縦に五、六センチほど開いており、白い骨が見えてしまっている。
だが幸いにも眼球は無事だ。俺は千代草の顔に、右目を覆い隠すように包帯を巻いてやった。
簡易的だか治療も終え、気持ちもひと段落したのか千代草は静かに膝を抱えて俯いている。俺が何を言ってもこっちを見ずに、「うん」としか言わない。
まぁ、恋人にあんな目に合わされたら落ち込むのは当然か。
しかしこの千代草が設定した異世界は、以前来た時より随分と物騒な世界観になっている気がする。前はもっとほわほわした人間と生き物しかいなかったはずだが。
◆英百六十一分前……
「ほら、これがお前の新型アンカーだ。以前より軽く、グリップの部分を波型形状にしてある。耐久性も上がっているはずだ」
俺は万年青先生から新しい短刀を受け取ると、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、先生」
ここは万年青先生が代表を務めているNPO法人『らむねハウス』。元々コンビニの店舗だったのを改装した場所だ。
日中、共働きの両親を持つ子供たちが自由に集まれる憩いの場になっている。
万年青先生は六十代後半の女性。バイクとヘビメタを愛するアフロヘアーが特徴的な婆さんだ。
異世界転生救済課の前身、『異空間救助班』の初代リーダーを務め、その後、異世界転生救済課では班長として数々の救出対象者を救い出した。第一戦を退いた今は、救済課メンバー個人の能力を分析して、その者に見合った戦い方を指導している。
異世界転生絡みの失踪者、とくに子どもの救出対象者の情報は全て把握している。
俺もこの人に目をかけられていた人間のひとりだった。
「英ぁ、お前たちが助ける予定の救出対象者なんだが……三人目の迷子だと言ってたが、そりゃあ本当かい?」
「えぇ、子供の両親に会って白状させましたよ。方法は覚えていないけど、子どもを異世界へ飛ばしたって……先生、何か気になることでも?」
「あたしの耳に入ってない情報だ。さっき諜報部の苧環と芙蓉の兄妹にも聞いてみたが、二人とも知らないと言っていたぞ……あの子たちはあたしの腹心だ。お前もよく知っているだろう? 嘘はついていないはずだ。」
「そんなはずは……指示書は蒲公英課長からの物で間違いなかった」
「……ふ〜ん、今回のポイントRは何処だい?」
「T県の『甲西ダム』付近の公園です」
先生の目の色が変わった。そして俺から視線を外すと、机の引き出しから一枚の写真を取り出し、黙って俺に見せてくれた。
「これは?」
「もう十四、五年は経つかね……」
写真に写っている人物は、今より少し若い万年青先生と、紫雲英班長……それと、鋭い目つきの女の子。
「この子は、九鬼……班長?」
*次回、『欣慕する菊』




