ダムに浮かぶ
◇鉄線
ダムの水底で身を隠していた俺は、脅威は去ったと判断して水中から身を出した。たぶん一時間は潜っていたと思う。いつのまにか空全体が明るくなっていた。
全身が痛む。特に切り落とされた耳がズキズキと脈を打つ。熱を持っている様子からすると、おそらく頭蓋骨まで影響があるだろうと判断する。
俺の一族は代々忍びの家系だ。幼少の頃より隠遁の類には長けている。追っ手を出し抜くのは得意だが、さっきのアイツは手強かった。
花からの情報が遅れていたら、俺はアウトだっただろう。
まさか三人目の迷子の情報がガセだったとは、俺達が実際会って話しをした両親は偽者、その周りの関係者も偽者とは随分と手の込んだ事をしやがる。
俺は英とシロを異世界へ送ったあと、すぐに車を走らせて通信可能な場所まで撤退を計ったが、一台のバイクに追いつかれ襲撃を受けた。
車をダムに落とされ、辛うじて脱出した俺の耳を、ソイツは初手で攻撃してきた。イヤホンマイクの破壊を優先したのだ。耳を斬られながらも交戦したが、勝てないと判断して俺はダムにわざと落ちて身を隠した。
ソイツは顔面を包帯でぐるぐる巻きにしていたので正体はわからないが、対者は課をよく知る人間の可能性がある。
それにしても、異世界にいる二人と連絡が取れなくなったのは困った。
シロが千代草の匂いを追ったから座標は割れたが、通信の手段がない。一旦、本部か班のオフィスに戻らなければならないが、車も破壊された。
さて……これは相当困った状況だぞ。
相棒の施覆花が、虫の知らせでも察知してくれたりはしないだろうかと、馬鹿なことを考えて俺はダムに浮かぶ。
*次回、『狭霧』




