悲喜交交(ひきこもごも)
◆千代草
「痛っ!」
立ちあがろうとした私は足首を押さえる。捻ってしまったようだ。
すぐに治療魔法を使おうとしたが、魔法をこちらの世界に変換していない。それに、感情が乱れてうまく発動できない。
辺りに身を隠せそうな場所は見当たらない。とにかく立ち上がらなくては。
足を引き摺りながら歩くと、私の顔の横をヒュンと矢がかすめ、思わず倒れ込んだ。私が創造した平和な世界で、彼らは私を本気で殺す気だ。私はすぐに松明を掲げた騎士達に囲まれてしまった。
「もう逃げられないよ、雫……」
騎士達をかき分けて、武装したリアが私の前に立ちはだかる。彼は手に持っている剣の先を私の眼前に突きつけた。
「他の男にキミを奪われるくらいなら、今この場で殺すしかない」
リアの目は涙で潤んでいる。私を殺すと決めた彼も、きっと苦しんだのだろう。彼をそうさせたのは私だ。そう考えると、このまま彼に殺されて許される道を選んでしまいそうになった。
……でも、私には任務がある。迷子を助けなければいけない。ここで死ぬ訳にはいかない。袖で涙を拭い、リアを睨みつける。
「さようなら、雫。愛していたよ……」
リアが剣を振りかざしたその時だった。
「ゴアァァァーーーーッ!!」
騎士達の背後から聞き慣れた咆哮が響いた。
全員が一斉に振り返る。木々の隙間から数名の騎士が吹き飛ばされるのが見えた。森の奥から姿を現したのは白く幼い竜……シロだ!
「うわぁぁ! ドラゴンだッ!」
暴れ狂うシロが、悲鳴をあげる騎士達を次々と蹴散らす。
そして……
「参の穢悪、身を焦がす衝撃……」
パリッ!
鎧を着た騎士達の間に一筋の閃光が走った。その後すぐに全員が糸の切れたあやつり人形のようにガシャガシャと倒れると、辺りに焦げた匂いが漂った。
「シロ……と、英? ……さん……?」
倒れた騎士達の向こう側にいる二人を見て、私は心から安堵した。
「白馬に乗った王子様….…てわけにはいかないが、助けにきたぞ、千代草!」
英さんは私を見つけて安心したのか、笑みを浮かべている。
「と、突然現れて……なに、カッコつけてるんですか?……ぜんぜん……似合ってないですよ……」
私はいつものような態度で言ったつもりだったけど、だいぶ涙声になっていた。
「シロがお前の匂いを辿ってくれたんだ……すまん、遅くなった」
泣いてしわくちゃになっている顔の私を見て、英さんは小さい声でそう言った。
「ああああぁぁぁーーーー!!」
リアが突然叫び声をあげて髪をぐしゃぐじゃに掻き乱す。
「なんなんだよお前ら! 僕の目の前でイチャイチャするんじゃねーよぉ!」
リアが私の背後に回り、顔に冷たい刃をあてがった。
「おい、もうやめろ。そいつはお前の恋人だったんだろ? これ以上ダサいマネすんな」
「うるしゃゃぁぁい! 近づくな! コイツを殺すぞぉ!」
半狂乱のリアに刃を突きつけられ、誰も動けなくなった。しかささ、怒ったシロが口を大きく開いて咆哮した。
「グガァォァァーー!」
「ひぃーー!」
驚いたリアが肩をすくませた時だった。私は頬に、火傷した時に似た熱さと痛みを感じて顔を押さえた。
「アッっ! ……」
温かく、どろりとした液体が顔の右半分を流れて地面にポタポタと落ちる。視界が半分赤くなり、顔を押さえた手のひらも温かく感じる……斬られた?
リアは剣を、ガシャンと地面に落として怯えた顔で私から後ずさりをする。
「ちが、違うんだ! 雫、そんなつもりじゃ…」
「おおるぁぁぁぁぁぁぁーーーーッ!!」
吠えたのは英さんだった。
彼を見ると、顔を紅潮させ、鬼気迫る形相になっている。はじめて見る表情に、私は身を震わせた。
「てめぇ……俺の、大事な仲間にぃ……なにしやがんだぁぁぁ!!」
英さんがリアに飛びかかる。
「殺さないでッ!」
咄嗟にその言葉が口を衝いた。
ドゴォォーーーン!
英さんはリアの顔を殴り飛ばした。
ふっ飛ばされたリアは何度も地面の上で跳ねて回転しながら木に激突し、口から泡を吹いて気絶した。
リアを殴った英さんの腕からは赤い蒸気が立ち上っている。血中に魔力を流していたようだ。
フーフーと呼吸している彼は、私に背を向けたままこう言った。
「殺すなって言うから……加減した。たぶん死んでねーよ……」
そして振り向いて私の顔を見ると、さっきまで真っ赤だった顔を、今度は青くさせて私に駆け寄ってきてくれた。
「ち、ち、千代草! おまっ! 血がっ! 大丈夫かっ!? 目は? 目は見えてるか!?」
あたふたと狼狽える英さんは、ポケットからハンカチを出して私の顔に当ててくれた。
「あぁ! チクショウ! 血が止まらねぇ! 傷が残っちまう! お、おい! 治癒魔法を使え!」
シロも寄ってきてくれて心配そうにしてくれている。
二人の優しさに触れた私は安心感からか、涙をボロボロ流して声をあげて泣いた。
「わあぁ〜〜〜〜ん!」
「あぁ! 痛いか?! ごめん、痛いよな!? だから治癒魔法使えってば!」
そして次に、なぜか笑いが込み上げてきた。
「アハアハアハハッハハハッ…」
「怖ッ! お前、意味わかんねーよ!」
「だって……だって……痛いし、悲しいし、苦しくて、でも英さんが優しくて、私のことを大事だって言ってくれたし、嬉しかったし、カッコよかったからぁぁ〜……わぁぁんあっはっはっはっはぁぁぁ〜!」
私はカオスと化した感情をぜんぶ顔に現している。
泣き笑いしながら涙も鼻水も血も出て、もうぐっちゃぐちゃになって、体は勝手に動いて英さんの胸に飛び込んでしまっていた。
「あぁもう! 面倒くせーよお前は!」
私をどう扱っていいのか分からなくなった英さんは、私を優しく包み込むようにそっと抱いてくれた。
*次回、『ダムに浮かぶ』




